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159 こどおじ無双

 

 根神は赤いダウンジャケットに帽子まで被って、まえより大きく見える……じっさい太ったようだ。

 「よくわたしに誠意とか言えるよねえ!?さんざん迷惑かけていったい何様のつもりなの!?」


 根神はそれでもまるっきり罪のないような面食らった表情だ。

 「なに言ってんの?おれらデートするほど親密だったじゃんよ。ツレない態度取っても本心は分かってるかんねオレ――」


 「だーかーら~」

 わたしは会話を始めてしまった自分にウンザリしつつ 言った。「はやく用件言って要件!じゃないとわたしたち帰るよ!?」

 「しばし待たれい!ホント困ってんのよ。なつみんが持ってる〈剣〉とかいうの持ち帰らないとおいら殺されちゃうかもしれないんさ。オレがなつみんのせいで死んだら寝覚め悪いっしょ?だからさっさと渡してくれればいいよ」

「なっ……!」

 虫の良すぎる要求にわたしは絶句した。

 サイも呆れて嘆息した。

 「ナツミ、お話にならない、行こう」

 「うん」


 わたしたちは背を向けて立ち去ろうとしたけれど、根神がカニみたいに回り込んで通せんぼした。両腕を上げて大の字で。

 動きがまるで子供だ。

 「ダメ、ヤリ逃げ禁止」

 「おい……!」

 サイがかなり険しい声音で言ったけれど、根神はもうなりふり構わずの態だ。


 「ねえ意味分かったよね?なんか知らんけど剣みたいなの渡してくれりゃいいの!終わったら返すから!じゃないとオレ死ぬよ?なつみんいちおう大卒だから人道的配慮って意味分かりますよね?待ってるからさっさと持ってきな?」根神はパンパンと手を叩いた。「はやくして!」

 「おまえなんかに配慮してやる義理はない」

 「デカいおばさんは口出さなくていいから!なつみんオトナだから自分で考えなきゃ」


 「おばさん」サイがわたしに顔を向けて、ぽつりと言った。

 「この人14才以下の女性しか興味ないの」わたしはカフェオレをひとくち飲んだ。「あと男の娘」

 「マジか」サイはたじろいだ。


 「あーそれ言う?したらなつみんも同罪ね、未成年略取ってご存じ?オレと違っておまえ有罪だから!こんなこと言いたくないんすけどぉー、通報したら川上ナツミさんタイーホだから、よく考えようね?」


 わたしが反論しようとして深呼吸すると、根神の背後20メートルくらいに路駐してる車が騒々しくクラクションを鳴らした。

 根神が素の表情になって振り返ったので、わたしもそちらに目を凝らした。


 車の運転席に座っているのは、根神のママだった。


 「――あんた、母親同伴で来たの!?」

 根神はハエを追い払うように手を振った。

 「あーいまそれいいから!本題に戻ってね」

 「ていうか根神さんさ、いったい誰に脅されてるの?本当に〈天つ御骨〉を持ち帰らないと殺すとか言われてるの?」

 「そう言ったじゃねーか!」かんしゃく玉が破裂したようだ。「そー言っただろ!?なんで理解できねーのよったく使えねーッ!」

寒いのに、いまや根神は汗だくで顔を真っ赤にしていた。憤怒に歪んだ顔はいまにも泣き出しそうにも見えた。


 40才になろうかという男がコレなんて……

 サイは飲み終えたカップを地面に置いて腕を組み、なにかをこらえるように瞑目していた。

 わたしもあきれ果ててたけれど、とにかく言った。

 「ねえ、誰とつるんでるの?あの岩槻教授?それともまえの中国人みたいな厄介な人たちと関わってるんじゃないでしょうね?」

 「だから、そういう話やめろッつってんだろ」

 「だって具体的になにが問題なのか打ち明けないと対処しようがない――」

 「ハイストップ!無駄話いいから剣持って来いよ!通報されたくないっしょ!?」

 ちょっとでも前向きに対処しようとしたわたしが馬鹿だったようだ。

 「通報でもなんでも好きにすればいい!そんな態度で渡すわけないでしょ。頼まれたってごめんだよ!」


 次の瞬間、根神はわたしに襲いかかった。

 カッと眼を見開き世にも醜悪な笑みを浮かべて。この世の――たぶん女性に対する侮蔑と苛立ちを暴力で解決することに決めた顔だ。

 けどもちろん、サイはその動きを予期してた。

 スッとわたしと根神のあいだに割って入り、足を払った。根神は勢いよくつんのめって足をもつれさせ、地べたにくずおれた。倒れ込んだ拍子に帽子が脱げて、秋よりてっぺんハゲが進行してるのが見えた。

 それでも怒りに我を忘れたのか(比較的)素早く起き上がり、「アー!」とか叫んでサイに突進した。

 だけど相手が悪すぎる……

 サイは手も使わずのんびり攻撃をかわしつづけて、いっぽう根神は四度目で息を切らして、早くも動きが鈍ってる。

 自分でもカッコ悪いのは気付いているようで、ウルトラマンみたいに腰を低くした構えのまま、サイとぶざまなダンスを続けるべきか、わたしに襲いかかるべきか逡巡していた。

 「もうよせ……」サイがいたたまれない様子で言った。


 「コウちゃん!」

 根神がギョッとみじろぎした。

 「あんたたちコウちゃんになんてコトするの!」


 ママが救援に来た――来てしまった、というべきか。

 息子を守るために、躊躇することなくわたしの頭を殴った人だ。正直言って相手としては根神より気後れする。

 おそらく60代という女性を相手に修羅場を演じたくないし……

 どこか懇願まじりの声で根神が叫んだ。

 「ちょっ、母ちゃん来るなっつったろ!?」

 「だってあんた――話し合って解決するっていってたじゃないの!なんで取っ組み合いになってしまうんだい?」

 「いいからすっこんでろよ馬鹿!」

 「あなた――」根神のママはわたしに呼びかけた。

 「どうかこの子のお願いを聞いてくださいな!この子岩槻という人に脅迫されてるんです……あと一回おまわりさんの厄介になったらこの子……この子収監されちゃうんですよ!お願いだからこの子を奪わないでちょうだい!」


 「ええと……」わたしは困り果てた。

 「根神の母上」サイが言った。「あなたの息子が要求していることは不可能なのだ。あきらめて、公的機関に委ねたほうがいい。わたしが対処できる人たちを紹介する」

 「でもこの子もう後がないのよ!」

 「容易な選択ではあるまい。しかし彼は泥沼にはまっているのだ。大事に思うなら我々の助言に従うしかない」

 ママは決断しかねるようにサイと我が子を見比べた。

 「コウちゃん……?」

 「アーア!」根神はふて腐れて地面に座り込んだ。「もう超台無し!ハイハイ好きにしてくださいね、オレベトナムに高飛びすることにするわ」

 「あんたパスポート持ってないじゃないの……」

 「チッ!コレだから情弱は!密入国ルートなんてチッと裏検索すりゃいくらでも出てくるんです~!」


 ママが屈んで根神の頬を張り倒して、わたしはハッと息を呑んだ。


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