158 さいごの根神
「で、なに?そのあと四時間以上ショッピングつづけたって?ずいぶん呑気なんじゃないの?」
ぷりぷり腹を立てるメイガンの前でわたしは平身低頭するばかりだった。
隣で突っ立ってるサイはよその方向を向いて涼しい顔だけど。
「ちょっとサイファー、ちゃんと聞いてらっしゃる?」
「仕方なかろう?よくスマホじゃ話せないって言ってるじゃないか。盗聴がどうとか――」
「まったくもう!」メイガンは腕時計をサッとたしかめた。「ワシントンは夜明け前か……とりあえずギリギリってとこよ」
「ごめんね~」
わたしが言うと、メイガンは怖い顔でプイと顔を背けた。
「まあ良いじゃねえか。ハイパワーが降伏してくれたんだから、祝杯挙げてもいいくらいだ」
ですぴーになだめられてもメイガンは納得せず、わざとらしくため息を漏らした。
「そんな場合じゃない。あの偽キリストがアメリカ人の仕業だなんて、由々しき事態じゃないのよ!」
ですぴーがのんびりした口調で言った。
「前よりマシだろ?少なくとも犯人捜しから奴の素性が割れるかもしれん」
「そうだけど……」
メイガンはソファーにドスンと腰を降ろして足を組んだ。
「あの男を作ったのがアメリカ人だという仮説が当たってるなら、犯人はまもなく判明するでしょう……わたしたちが中国から持ち帰ったハイパワーの山田を解析した技術者と関連企業は、それほど多くないはず。だけどなんのために?」
「そうだ、意図をはからないと」サイが言った。
メイガンは頭痛を覚えたようにこめかみを揉んだ。
「気が重いわぁ……上にどう報告すればいいの?……もうすぐ例のインチキ異星人が降伏しに来ますよって?」
「おめでたい報告じゃねえのか?」
メイガンは首を振った。
「大統領は偽キリストの件で信心深い議員や知事に追い詰められてる。いまのタイミングでハイパワーと和平を進めるのが政府にとってプラスイメージになるか、極めて微妙なところなの……」
サイがわたしにウインクした。
「たしかにな、人間は面倒くさいことばかり考える。サトウが嫌がるわけだ」
「そうねえ……」わたしは苦笑しかけたけれど、メイガンにキツく睨まれて表情を引き締め直した。
「とにかく報告はしたよ」
「ハーイ……」メイガンは額に手を当てたまま答えた。
「それじゃナツミ、夕ごはんにしよう。なに食べたい?」
「和食にしない?」
「分かった」サイはメイガンとですぴーに手を振った。「わたしたちはこれで失礼する」
学校の先生に叱られてるような状況から解放されてわたしはホッとした。
「メイガン最近テンパってない?」
「母国が荒れてる。無理もないだろう」
わたしたちは歩いてタワマンを出た。
日曜日はなにごともなく……
というわけにもいかず!
もうすぐ冬コミだから、わたしはそれなりに忙しくしなきゃならなかったのだ……本来は。
きのう丸一日遊び回ったぶん、今日はがんばらないと。
『がんばらないとじゃねーだろ〆切あさってだよ あ・さ・っ・て!』
上野隊長のお電話を受けながらわたしは額に汗していた。
「うぃす、分かってるっす」
『頼むよまったく!タカコちゃんも戦力外通知ギリギリなんだからさ……』
「え?タカコが?なにしてんすか?」
『知らねーけどクリスマス間近で忙しいとかなんとか言ってたよ。ハッ!あんたまでスイーツ脳にならないでよね?お姉さんと約束よ?ね?』
「分かってますよぉ、わたしいちおう彼氏いない派だし……」
言ってみたらちょっと哀しくなってきた。
「ま、がんばりますんでハイ、さいなら」
ようやく通話を終えてわたしはホッとした。
スマホを置いてノーパソに向かう。
「…………」
わたしは立ち上がった。
「エナジードリンクとコーヒー買ってくる」
「スランプ?」
わたしはハハッと笑いとばした。
「スランプじゃなかったことなんか無いで~す……」
サイも立ち上がった。「一緒に行くよ」
そんなわけでサイと一緒に近所のお店までお散歩。
きのうとは打って変わって曇り空。今月中に初雪という話もマジかな、というくらいに寒い。
沿線沿いの道路は車の往来も少なく。線路の向こうではハイパワーの宇宙船が突き刺さったときの大穴を修復する工事が続いていた。調査団体がしょっちゅう検分に来るから工期がなかなか進まないらしい。
ドラッグストアでエナジードリンクを数本購入して、コンビニに移動。
まえにこんな状況でアイスカフェオレを買ってたときは、藍澤さんガ出現したっけな……あの子はちょっと警察と家裁のご厄介になって、いまは大人しくしてるらしい。
(まあわたしなんかに関わらないほうがいいのよ)
今回は無事カフェオレをゲットできた。
ほとんどミルクなんじゃないの?というおいしいホットドリンクを飲みながら家路につくと、わたしたちはうしろから呼び止められた。
「なつみん待ってくれメンス!」
「はぁ?」
振り返ると、根神が息を切らせて立っていた。
「もう!」わたしはさすがに腹を立てた。「いい加減付きまとうのやめてくださいよ!」
「だってしょうがないじゃんよ」
下卑た笑みを浮かべてる。なんで笑えるのかマジで分からない。
「おいら、ストーカーじゃねえし。なつみん女として見てるわけじゃねえんで」
「おい!無作法はたいがいにしろ」
サイが一歩進み出ると、根神はギョッと飛び退いた。でもまだ冷やかすような笑みのまま。
「わかってんよ、でっかいまんさんじつはサイファーなんでしょ?オレ調べたから」
「だからどうした?」
「どーしたもこーしたもオレ、なつみんに用事があんの!ハイあんた邪魔ですから!あっち逝って」
サイは嫌悪感にしかめた顔をわたしに向けた。
「こいつなに言ってるんだろう?」
わたしはがっくり頭を落として溜息を漏らした。
「……根神さん、なにか言いたいならいまここで言って。わたし忙しいんで」
「あーそうそう、なつみん冬コミ行くん?」
「はやく用件言えっての!」
「ほならゆうけどワイ、追い込まれてんのね?オレの寿命、なつみんの誠意にかかってる状況なんで、ひと肌脱いでくれませんか?って話よ。あ、エッチな意味じゃないから」
わたしはもうこの人をぶん殴ってやりたいのをほとほと我慢してたけれど、もうちょっと話聞いてあげるべき?




