157 降伏の儀式
「ここではなんだ、場所を変えようか」
サイが言うと、佐藤くんは肩をすくめた。
「好きにしてよ」
そんなわけで、わたしたちはおもての喫茶店に移動した。
妙な事になった。
「コーヒーとか飲むのか?」
「おごり?」
「ああ」
「それじゃ、ミルクティーを」
サイが首を巡らせてウェイトレスさんに注文した。わたしとサイはカフェオレ、それとミルクティーひとつ。
「それで、どういう要件なのだ?」
「うん、ボクたちは降参することにした」
サイとわたしは顔を見合わせた。サイが言った。
「つまり、ハイパワーはもうわたしたちに敵対はしない、という意味か?」
佐藤くんは首を振った。
「ボクたちだけだ。〈後帝〉は従う気がない」
「おまえたちは〈後帝〉に反旗を翻した、ということか」
「そう」
「なるほど――」
ウェイトレスさんが注文を持ってきたので会話が中断した。
わたしは砂糖をひとさじ、佐藤くんは砂糖二さじを入れてかき回した。佐藤くんがカップをじっと見て、匂いを嗅いでひとくちすすった。
「おいしいのか?これ」
「おまえたちハイパワーは味覚なんか忘れたろ?」
「まあね」
「だいたい、おまえは召使いロボットに過ぎないのだろう?そんなやつを公式の外交使節として受け止めていいのだろうか?」
「地球人じゃあるまいし面倒臭いこと言うなよ。ボクはたしかに使役アンドロイドだけど、ハイパワー本体とボクたちの垣根は曖昧なんだ。ボクの言葉はハイパワーの意見として考えていいんだ」
サイは先程から腕組みしてむずかしい顔をしてたけれど、しぶしぶといった様子でうなずいた。
「分かったよ……それじゃあその件は伝えるが、おまえたちはこれからどうするつもりなんだ?」
佐藤くんは肩をすくめた。
「まあ、なんなら協力するけどね」
「わたしたちと一緒に戦う気はあるのか?たとえ〈後帝〉が相手でも」
「ボクたちはイグドラシルに帰りたいんだ。そのために障害となるものの排除には協力する。でも地球人のくだらないゴタゴタに付き合うのはごめんだよ」
「それは分かった。地球人の国家がなにか交渉を求めたら、おまえたちは一歩退いていてくれればいい。要件はそれだけか?」
佐藤くんはティーカップを傾けて、またひとくち飲んだ。それから言った。
「降伏宣言したんだ。それでじゅうぶんじゃないの?」
「ああ、だがいくつか質問したい」
「どうぞ」
「アメリカという地域で起こっている騒ぎは知っているか?」
「伝道師のような男のこと?」
「それだ。あれはおまえたちの差し金ではないというが……」
「関知しないね」
「あの男は明らかに〈魔導律〉のような力を持っている。おまえたちが仕掛けたのでないなら誰が始めたのだろう?なにか考えはないか?」
「仮定的な話ならふたつ」
「それでいいから聞かせてくれ」
「第二文明が現れたのかもしれない」
サイはうなずいた。わたしはやや戸惑った。
「第二文明って?」
「現生人類の前に勃興した二番目の文明だよ……ハイパワーの次」
佐藤くんがうなずいた。
「ボクたちが宇宙に出た10万年後くらいに現れたはずだよ……興味なかったから詳しくは知らない。それなりに発展したようだけど、全球凍結の原因となった惨事で滅亡したはずだけどね……いまの連中の神話のモチーフでもある。目立ちたがり屋だったんだ」
「そんなやつらには遭ったことない……現存してるとしたら地球上ではないと思う」
「ボクたちも遭ったことない」
「もうひとつは?」
「〈後帝〉が密かになにかしているかもしれない」
「仲間のおまえたちにも隠して?可能なのか?」
「なんでも出来るよ……ボクらは高度に自立してるからね。〈後帝〉を〈後帝〉たらしめているのは、彼が特別な力を持っているからさ。それも隠してるけど」
「それだとどんな仮説もアリになってしまうな……もうすこし絞れないか?」
佐藤くんは腕組みして、背当てにもたれた。
「――アメリカのあの男は、ボクらと同じ構造だと思う。アメリカ人が過去に回収した山田のボディを解析したんだろうな」
「アメリカ人が作ったというのか?」
「そうじゃないかな、いまネットワークをざっとスイープしてみたけど、あの男のために膨大なリソースが割かれているようだ。世界中の電算機にアクセスしてる」
「そっちの専門的なことはわたしには分からないな。アルファ――かつてのおまえたちの仲間だったヘルミーネに尋ねれば分かるかな?」
「ヘルミーネ、元気でやってるみたいだね。ボクらももっと早く鞍替えすれば良かったよ……そう、分かるんじゃない?」
「よし」サイが言った。
「おまえたちが敵ではなくなった旨、わたしが関係各所に伝えよう。しかし彼らは疑り深いんだ。証拠を見せろと言ってくるかもしれない。そのときはどうする?」
佐藤くんは肩をすくめた。
「調印式でもパレードでもなんでも付き合うよ。そういう些末事のためにボクらは作られたんだ」
「了解した。外交的なあれこれが必要になるだろうが、アメリカから始めれば良いと思う」
「それは一度やったから分かってる。ホワイトハウス直通の番号は持ってるしね」
それで、わたしたちとハイパワーの佐藤くんは、なんらもめ事もなく別れた。
なんだか奇跡のようだ。
アルファが超合理的思考なんだと言ってたけれど、ホントにハイパワーってサバサバしてるんだ。
わたしたちはサンシャインホテル前の広場に出て、アニメショップのほうに向かった。
「いや~驚いたなあ……」
「ナツミ、ごめんね。せっかくのデートが台無しだ」
「ううんいいよ、大事な話だったじゃない?」
「まあね。でも時間の問題だった。ナツミが彼らを打ち負かしたんだよ」
わたしは苦笑した。
「大げさよ。〈天つ御骨〉さんの力でしょ?」
「うん。でもそれは、イコールナツミということだ。また助けてくれよ?」
わたしは階段を降りながらサイのほうに振り向いた。
「もうもめ事は願い下げなんですけど……それよりサイ、いまの佐藤くんとの会話、メイガンに報告すべきじゃないの?」
「急がなくていいよ。わたしたちはお買い物をつづけよう」




