155 夜のお山で
二週間もすると、川越のUFO騒ぎもウソみたいに沈静化した。
人の噂もなんとやら……というけれど、あんな事件も「過去のニュース」として脇に追いやられてしまうのね。
人間は生きるのに忙しくて、日々の生活に直接影響がないことにいつまでも関心を持つように出来ていないらしい。
もしくは芸能人の最新不倫スキャンダルに関心が移ってるとも言える。
終末論騒ぎでずっと揉めてるアメリカとはずいぶんと勝手が違ってる。
わたしのアパートのまわりも静かになって、一部の好事家がウロウロする程度に収まった。
サイとですぴーは〈魔導大隊〉の編成とメイガンの「裏工作」に時間を取られるようになった。それで、メイヴさんも一緒にしょっちゅうアメリカにテレポーテーションしてる。
少なくとも、サイは毎日帰宅する。
おかげで夕食にサイのアメリカ土産のピザやビーフサンドイッチが届けられることもしばしば。
「けっこううまいんだよ」
「でもボリュームがすごいねえ……」
わたしはでっかいビーフと焼きチーズがはみ出たトーストサンドに齧り付いた。 しっかり火の通ったお肉にチーズの塩味とコショウ、バーベキューソースの単純な味付けだけど、やたら凝った日本の料理の味付けに慣れてると、かえって新鮮だ。
「ウム……」一生懸命噛んで飲み込んでからいった。「おいしい」
隣では、メイヴさんがシンプルなタラのバターソテーをつついていた。
彼女は175センチくらいあって食事量は多そうに見えるけど、妖精さんになりかけてるためなのか、それほど食べない。だからと言って映画のエルフみたいにベジタリアンでもない。
自家製カクテルを傾けつつゆっくり食べる様子は年季のいった酒飲みっぽい。
「そういえば、メイヴさん。ふたつめの神器はまだ在処の見当つかないんで?」
「ん~……このまえは南極の地下まで探索してみたのだけれど、見当たらなかったわねえ。日本国内に無かった時点でちょっと難しいとは思ったけど、難題だわ」
「な、南極まで行ったんですか……」
連れて行かれなくて良かった、とわたしは内心ホッとした。
なんだかんだ言ってサンドイッチを平らげてしまった。
カロリー摂取量は考えないことにしよう。
食後は洗面所の空間跳躍ドアをふたつ抜けてメイヴさんの山頂コテージに移動した。
この場所こそ夢のスローライフプレイスよね。
人間、慣れてしまえばTVもパソコンも無しで過ごせるのだ。就寝までの時間をゆったり、本を読んだりお喋りしたり。
そんな生活してると世俗の毒気が抜けてゆくような……
あるいは、たんに現実から逃避できてスッキリしてるだけなのか、わたし自身分からないけれど、まあ良いじゃないか。
また雪が降って山頂は5センチほど積雪していた。今年は例年になく寒い冬で、12月中に関東平野も雪が降るかもしれないそうだ。
ピンと張り詰めた冷たい空気。
雪が周囲の音を吸収しているかのような静謐。
温かいお風呂に浸かる前のひとときの寒さがなんとなくわたしのお気に入りだ。川越だったら近所のコンビニに行くのも寒くて億劫なんだけどね。
埼玉と群馬の県境、というのを承知していなければ、軽く異世界チックだ。
わたしとサイしか存在していない世界……という幻想に浸るのは容易だ。
崖縁から麓を覗くと工事は終わってて、真っ暗な山の中で神社と鳥居がライトアップされている。
長い階段に沿って並ぶ灯籠の赤みがかった灯りがある種幻想的だった。目を凝らすと警備員がわりの山伏さんがゆっくりな足取りで階段を昇っていた。
「神器が揃ったら、あの階段を昇りきった先に〈ポータル〉が出現するの?わたしたちが使ってるどこでもドアの超巨大版みたいなのが?」
「そうだよ」サイが言った。「少なくとも〈鏡〉を見つけられれば、イグドラシルへの道が開くはずだ、とメイヴは言ってる。今月には解決するだろうと思ってたんだけどね……」
「だけど〈鏡〉が見つからないのよね……?」
サイはうなずいた。
「メイヴが言ったように。……まあ、時間の問題だと思うけど」
わたしは心のどこかでその「時間の問題」が遅れてくれることを願っていた。ぶっちゃけ〈鏡〉なんか見つからなければ良いと……。
「ポータルが開いたらどうなるの?」
「まずは〈魔導大隊〉を率いて世界王討伐だろう。そのあとのことは……分からない」
「サイたちが勝たないと、ってことかぁ……」
「そうだ」
わたしはサイに顔を向けた。
「勝ってよね、サイ」
「心配ないよ。あの巌津和尚などわたしと同レベルの〈魔導律〉を体得しつつある。それに先日の川越で〈天つ御骨〉の力を借りた鮫島のパワー……わたしが最初に世界王と対峙した頃とは比べられないほど戦力が高まっているんだ」
「分かった」
そう返事はしたけれど、本当は戦いに行って欲しくない。
「ナツミ」サイが明るい口調で言った。「明日はなにが食べたい?」
「えっ?もうアメリカンフードはしばらくいいです。デブっちゃうもん」
サイは笑った。
「明日はアメリカには行かないよ。それに土曜日だろ?なんなら一緒にどこかでかけようか?」
「え?良いの?それじゃあ……お買い物に行かない?ユリナのクリスマスプレゼントも買いたいし」
「よし、デートだな」
「やった~!」
わたしはサイの腕にすがりついて、明日の予定をあれこれ話しながらアパートに戻った。




