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150 世界情勢みたいなもの

 

 『緊急報道!自衛隊、市中で交戦か!?』


 夜から翌日にかけてTVはずっとこんな調子だった。

 特別ニュース枠にTVコメンテイターを招いて、(専門家)のVを流したり「現場の様子」を流したりしながら延々話し合ってる。

 

 ところがどうも、変な文脈になってる。


 「まったく呆れる。アメリカじゃあり得ない」

 メイガンが憤ってた。

 「え?だめっすか?」

 わたしら日本人にとってはいつもの調子だったから最初は漠然とした違和感を覚えてただけだけれど、メイガンに指摘されてだんだん分かってきた。


 コメンテイターの大半が自衛隊と政府の批判ばかりしてる。極端なところだと憲法論議になってたり。

 どのテレビ局にも言えることは、事実としてなにが起こったのか誰も興味がない、あるいは触れないようにしてる、ということだった。


 「なるほど」

 「納得していただいて嬉しいわ!」メイガンが皮肉っぽく言った。

 「――でもさいわいネットのほうはもうちょっとマシかな……アメリカで起こってる偽ジーザス騒動、それにディーの暴露本と今回の騒ぎをちゃんと関連付けて考えはじめているから」

 「ああそうだ!」

 あの夢で植え付けられた偽の記憶はまだぼんやり残ってて、ずいぶん昔のことのように思えたけれど、ですぴーのTVインタビューを見たのはほんの三日前なのだ。

 「ですぴーがジャスティン・ビーバーと戦ったんですっけ……」

 メイガンが不本意そうにうなずいた。

 「あの動画がわたしたちの情報工作よりよほど効果的だったのは認めざるを得ない。おかげで世界中の人が真剣に受け止めはじめてる……この世には魔法と異世界が存在してて、わたしたちがそこに移住できるってことをね」

 「日本でそんなこと話し合うようになるのは遠いことに思えますね……」

 「それが不思議なの。だいたいあんたがた日本の若い人って異世界大好きじゃなかったっけ?なんと言ったかしら、ネットノベルの主流なのでしょ?ダンプトラックに轢き殺されて転生とか……」

 「まあ実際に出来るとなると話は別なんじゃ?」

 

 昨日のハイパワーとの戦いで、わたしのアパート周辺は物々しい騒ぎとなっていた。

 JR駅を中心とした半径1キロは出入りが著しく制限されて、住民は体育館や仮設住居に一次避難をはじめている。自衛隊が派遣されてたけれど、ハイパワーの宇宙船とおびただしい数の田中くんの死体をどうすべきか、まだ方針さえ決まってないという。

 それで、わたしとサイはNSA川越支局が陣取ってるタワーマンションに居候してます。

 

 まあ〈日本の影の偉い人〉芳村さんによると、汚染やなにかという理由で封鎖しているのは表向きで、ハイパワーの宇宙船の調査が終われば解除されるだろう、という話だ。


 ハイパワーの宇宙船は、中国で一隻が真っ二つにへし折られて墜落してる。アメリカにとっては喉から手が出るほど欲しかったサンプルなのだ。

 だから鮫島さんの〈シャドウレンジャー〉が交戦の末ハイパワーを殲滅したことは日本国内では大問題とされているけれど、アメリカ政府には大絶賛されたので、鮫島さんは処分されることはないそうだ。

 わたしは大いにホッとした。

 だって、鮫島さんはわたしを守るために戦ったのだから……。

 

 ボブとシャロンがマグカップ持参でリビングに現れた。

 「あーあ、まだやってるよ」ボブが言った。

 いまは六本木のテレビ局の番組を流している。

 「このコメンテイターの野郎ひょっとこみたいに口とがらせて朝からずっと自衛隊と政権を叩いていやがる。エイリアン相手に勝利したんだぜ?アメリカなら即英雄だろうがよ?」

 いまのところ「自衛隊関係者」の「いきすぎた行動」による「広範囲にわたる甚大な被害」を問題にしてる。

 その被害とは家屋の半壊……窓ガラスや壁の倒壊、道路の破壊、よそ見していた運転手が起こした自動車事故30件あまり、そして転倒して怪我した人と心臓発作を起こした人数名だ。

 死者はいない。

 若手コメンテイターがたまに異星人という言葉を使うけれど、司会者に黙殺されてしまうか、「敵だと決めつける根拠はないでしょう!」という怒れる年配コメンテイター諸氏の反論に遭うかのどちらか。


 「さすがにあたしもサメジマに同情するなあ」シャロンも言った。

 「でもあれほど野党議員とマスコミから叩かれても処分はないだろうって、朝霞駐屯地の偉いさんが知らせてくださったわ」

 「当然だよ!アレで処罰されたらあたしならブチ切れるね!」

 「ロボの動画は?」

 メイガンは首を振った。

 「世界中でジャスティン・ビーバー以上にバズってるけれど、いまのところこの国のマスメディアだけは総シカトね……」

 「信じがたいこった。ハイパワーの息の根を止めたのはあの……「シャドウレンジャーロボ」じゃんか。動画見りゃ明らかなのに」

 「それはあなたが「シャドウレンジャーロボ」って言う前に若干躊躇したのと同じ理由でしょうよ。日本人はある面で著しく柔軟性を欠いてる。お茶の間に提供する真面目なニュースに宇宙人や巨大ロボを出すのは「妥当ではない」の」

 「その点、近い将来是正しないと」

 メイガンは難しい顔でうなずいた。

 「まずはFOXの特集番組を民放の夜中にねじ込むつもり。それから電子ニュースサイトにトピックを増やして、あとはツイートの量次第……」

 「やれやれ、関東平野の真ん中に宇宙船が突き刺さってても、日本人はまだ理解しようとしないか……」

 メイガンは苦笑した。

 「この国はアメリカ以上に裏工作が面倒なのよ。さいわい、懐深い所に問題の本質をちゃんと理解している人たちはいる。彼らが損得勘定しか興味ない連中を脅して従わせるのにちょっと時間がいる」

 「メイヴさんに惚れて山んなかに神社建ててる爺様?当てになるんかね?」

 「神社じゃない。日本で最初のポータルを作ってるのよ。なかなか狡猾でしょう」

 「え?そうなの?」シャロンが言った。

 「カリフォルニア知事がGAFAの入れ知恵で作ってるような「異世界転移」用のポータル?そりゃたいした行動力だ」


 メイガンは暗い笑みを浮かべた。


 「彼らも異世界大移動がひとつの答えだと、重々承知してるんだと思う。だけど偉い人たちは誰も国民に向けて言いたくないのよ……」


 瞑想的な口調でつづけた。


 「20世紀を通じて築いた複雑すぎるインフラが今後20年で一斉に耐用年数を超えて、先進国はすべて致命的な生活水準低下に見舞われる。

 アメリカや中国のような食料生産国はまだしも、日本にはなにも無い……「国民の皆さん、日本はもうダメです」――そう告げる勇気のある人は、なかなかいないでしょうね……」


 メイガンの話がとてもシリアスだったので、わたしは気が重くなった。

 (そういえばサイはどこかな)

 テレポーテーションできる人が相手だとなかなか見当がつかないけれど、遠くに行くとは聞いてないからフロアのどこかにいるはず。

 わたしは立ち上がって玄関を出て、ビルの内側をぐるりと巡る廊下に出た。

 吹き抜けの転落防止策に寄りかかってなにやら話し合ってるですぴーとアルファを見つけた。珍しい組み合わせだ。

 「ようナツミ」

 「おふたりでなに話してたんですか?」

 「それがな、アルファによると、あの宇宙船がハイパワーそのものなんだとさ」

 「えっ!?あの突き刺さってるのが?」

 「そーよ、アレがわたしたちハイパワーの進化した果ての姿なの。ふたり死んじゃったからわたしを差し引くと残りは810人」

 「それはそれは……」

 なんと言ったらよいやらだ。

 「〈天つ御骨〉がハイパワーの力を凌駕すると示したから流れが変わるかもしれないそうだ。ナツミ、期待してるぜ」

 「期待してるぜって言われてもなあ……」わたしは頭を掻いた。「それより、サイ知りません?」

 「サイファーならサメジマと一緒に屋上に行ったぞ」

 「え、鮫島さんと……?」


 わたしは妙な胸騒ぎを覚えて、非常階段を目指した。


 屋上に出ると、午後二時だけどめっちゃ寒かった。

 うなりを上げてる四角い機械のあいだを縫ってサイの姿を捜すと、ヘリポートを支える太い柱の陰から喋り声が聞こえた。


 サイが言っていた。


 「おまえはナツミを愛しているのか?」

 

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