149 小さな思いやり
「川上様」
巫女さんがそっと囁きかけてきた。
「え?ハイ」
「ここはまもなく騒然とするでしょう。まずはアパートに戻ったほうが……」
わたしはなかばぼーっとしつつあたりを見回した。
道路いっぱいの白い中学生像、破壊された道路、壁、電柱。
100メートルぐらい向こうには地面に突き刺さったUFOが荘厳なモニュメントのごとくそびえてる。
巨大ロボはいつの間にか姿を消していた。
パトカーや消防車の音が聞こえる。
「そ、そうだね、アパートに帰ろう」
白い立像になってしまった中学生のあいだを縫って、アパートまでの最後の30メートルを歩いた。
そうだ、わたしアパートに帰ろうとしてたんだっけ。
なんと遠い道のりだったことか……
二階の部屋のドアまでたどり着くと、巫女さんが一礼した。
「しばらくごゆっくりしてください。アルファが引き続き護衛にあたりますが、サイファーさんもまもなく駆けつけましょう。わたしはご近所の様子を見回って参りますので……」
「ええと……ハイ、そうします」
部屋に戻ってみたけれど、そういえばわたしの記憶と微妙に違ってる部屋なのだった。
この部屋は生活感豊かで、別人の住まいのようだった。食器類も多くて、冷蔵庫の中身も詰まっていた。
スムージーがあったのでコップに注いだ。
台所のテーブルにスマホが置いてあった。
古めかしいけどグレード高めの機種。わたしが使ってた安いのと違う……わたしのじゃないのかな?
しげしげ眺めていると突然スマホが鳴り出して、わたしは飛び上がった。
画面を見ると……なんと、妹からだった!
慌てて部屋を飛び出し階段を降りたわたしに、アルファ――巫女さんの片割れが声をかけてきた。
「ナツミ、お出かけする気?」
「うん、妹がこっち向かっててね。でも大渋滞で車が動かないから、バイパス沿いのお店で合流するの」
「そう、それじゃ行きましょ」
「え?行きましょっ、て――」
巫女さんはわたしの体に手を回すと軽々掬い上げ――「わっなにちょっとやめ――」――跳躍した。
「えーっ!?」
女の子に抱っこされて民家の屋根から屋根に、ピョンピョン跳びはねた。
「ちょっとまじで――」
国道に沿って何度も跳躍を繰り返して、あっという間にバイパスまで。
「妹さんの車、コンビニの駐車場にいるよ」
「なっなんでそんなこと分かるの!?」
「あんたの身内は全員トラッキングしてるから」
最後は大渋滞中のバイパス脇の歩道を猛スピードで駆け抜け、わたしたちはセブンイレブンに到着した……看板の前で降ろされたわたしは汗びっしょりになってた。
「もうなにがなんだか」
わたしはふらつく足取りでコンビニ駐車場をウロウロした。
妹の車ってなんだっけ?似たような4ドアハッチバックばかり並んでてよく分からない。
だけどお店の自動ドアが開いて、女の子がわたしの名前を呼んだ。
「ナチュミ!」
「えっ!?」
立ち止まって振り返ると、蛍光ピンクのダウンジャケットに縞々タイツの小さな女の子が駆け寄ってきた。
「ユリナ……?」
記憶にある素っ気ない態度の高校生ではなく、まだ幼い姪っ子。
わたしは確信できないまましゃがみ込んで、一直線に向かってくるちびちゃんを迎えた。姪っ子は傷ついたようなしかめ面だった。幼いなりに精一杯心配してる表情だとわたしは思い当たった。
「ナチュミ!」
姪っ子はわたしにぺたっとしがみついた。
「ユリナ……ちゃん」
思いがけない親密なハグにわたしは戸惑った。
姪はわたしの顔をのぞきこんで言った。
「ナチュミへいき?」
「え?うん」
「イタくない?」
「ん?痛くないよ……なんで?」
「ナチュミがユメでイタイイタイしてたの」わたしの頬に小さな掌をあてた。
わたしは急に胸を締め付けられて、言葉が出なかった。
ユリナちゃんはわたしの頬をぺちぺちしながら言った。
「イタイノイタイのトンでけー」
その瞬間、
わたしの頭の中で霧が晴れた。
なにもかも、すっきり――
「ユリナ――――!」
わたしはちびすけの体をギュッと抱きしめた。
「ナチュミ?」
「うん……おねえちゃんもう大丈夫、ありがとね……」
「ナチュミ、泣いちゃだめヨ~」ママ譲りのおませな台詞だけれど、優しいなだめ口調。。
「うん……ゴメンね」
姪っ子がもらい泣きしそうだったので、わたしは深呼吸してなんとか気持ちを静めた。
ユリナちゃんを抱きかかえて立ち上がると、妹が穏やかな笑顔でわたしたちを見ていた。
「おねえちゃん大丈夫そうね?」
「ご心配かけてごめん」
「ちびがねー、昨日からお姉ちゃんに会いたいって何度も言って……したら川越でたいへんなことが起こったからさあ。あたしも焦っちゃって」
「だよねえ……」
地面に突き刺さったハイパワーの宇宙船はここからでも見える。
ユリナが目を丸くして眺めてる。
「ママ!アレしゅごい!」
「そうだねえ、ユーフォーやっつけられちゃったねえ」
プゥ――――ゥ~
長々と響いたその音にあわせてわたしはゆっくり首をかしげた。
「へーこいたでしょあなた」
「オニャラヨ」姪が得意げに改正した。
「それじゃあなたはオナラちゃんよ!」姪のお鼻を指でつつきながら言った。「略してブーちゃん」
ユリナはくちびるをタコチューにして「ブー」と鳴らした。なかなか反骨心がある。
妹が諦めたように苦笑した。
「ユリナったら、最近おさつが大好物で。お芋食べておなら連発するなんてマンガみたいだよまったく」
言いながら手を差し伸べてユリナを受け取った。
「さ、ユリナ帰るよ。おねえちゃん、また落ち着いたら連絡するね。このまえの服のお礼とかもしたいしさ」
「うん、またね」
「ナチュミバイバーイ」
「バイバイ」
妹の車が比較的空いてる下り車線に向かうのを見届けた。それから店のほうに振り返ると。ウインドウの前にみんなが揃っていた。
サイ、ですぴー、メイヴさん、Aチームのみんなに鮫島さんと天草さんとアルファ。ハリー軍曹も。
わたしはサイの懐にまっすぐ駆け寄った。
優しく抱きしめられて、わたしは言った。
「サイ、わたしぜんぶ思い出した!」
「そうか」サイがホッと息を漏らした。「おかえり、ナツミ」




