139 終わらない夢の中へ……
わたしはただテレビを観るためにタワマンに寄ったわけではない。
「あんたを煩わせてる〈新日本学術連絡会〉だけど、なかなか手に負えない連中のようね。日本人はある一定の地位の人間には面子を配慮してしまうところがあるから、あんな無益な組織でもお取り潰しに至らないのよ」
「まあ、そんな感じでしょうね……」
「あのオウムに破防法を適用しなかったくらいだから、事なかれ主義極まれりってとこね」
メイガンはタブレットをタップしながら言った。
「それはともかく、あの組織は九月に中国のハシゴをとつぜん外されて、いまは焦ってるらしいの。あの若槻という男があんたに執拗に食い下がってるのはそのため……だけど、我々のプロファイル分析によると〈天つ御骨〉にこだわる度合いが不自然なのよ」
「不自然?」
「彼はもっとも面白みのない類いの合理主義者だから遺物にこだわる理由がない……学術資料として大学の研究室に戻せと政府に抗議すれば気が済む話なのに、あなたの家にわざわざ忍び込んで盗み出そうとするなんて、明らかにおかしいわ」
わたしはだんだん表情が曇ってたと思う。ブライアンが大きな手をわたしの肩において、元気づけるように揺すった。
「心配ねえよお嬢。俺たちがついてる」
わたしは微笑んだけれど、ついつい疑問を口にしてしまう。
「みんなに守っていただいて感謝していますけど、こんなこといつまで続くのか……」
「クリスマスまでには終わる」
シャロンが嫌そうに顔をしかめた。
「やめろっつの、それNGフレーズだから」
「あ、あと根神って人のこと、なにか聞いてます?」
「あんたのストーカー?夏の件で執行猶予中の筈だから、起訴されたらバッターアウトだけど、今回は物証に乏しくて無理かな……けど若槻とグルだっていうのは気になるので、身辺を洗ってるわ」
根神が罪に問われないと聞いて、わたしは思った以上に失望した。
「お手間かけてすいませんけど、よろしくお願いしますね~」
「怖いもんねあの手は。お台場でもっとシメときゃ良かった」
メイガンからいろいろ説明を受けて、わたしは帰宅した。疲れ知らずのアルファがボディガードについてる。サイはメイヴさんの住まいを手伝いに出掛けていた。
アパートにコンビニコーヒー持参で帰ると、アルファは一階に降りてしまい、わたしはひさびさに一人きりになった。
11月中旬。おこたがちょうど良いくらいに寒い。
「はあ」
なんか足りなくない?
――ミカン。
ミカンがいるわ! 買ってこないと。
……とりあえず、コーヒー飲み終えたあとで。
「ニャー!」
くぐもった鳴き声に振り返ると、猫のハリー軍曹が窓をげしげし引っ掻いていた。「早く開けろよ!」と仰ってる。
「あー待ってね」
わたしは立ち上がってガラス戸を開け、ネコさんを招き入れた。
軽やかに敷居を飛び越えて優雅に着地すると、わたしの守護神はしばらくぐるぐる歩き回ったあと、ホットカーペットのうえでまるくなった。
「ゴメンね~気がつかなくて」わたしはしゃがみ込んでハリーの毛並みを撫でた。
「ニャオ」
わたしは台所からお皿を持ってきて、ですぴーが勝手に備蓄しているアジの干物をちぎって入れた。
ハリーは匂いを嗅いで、尻尾を振りながらモシャモシャ食べ始めた。
わたしはおこたに突っ伏してハリーを眺めていた。
「ゴメンね、それくらいしかなくて……あんたふだんキャットフードなのかな?ちゃおちゅーる?」
「フニャー」
「そうね、ですぴーに聞いてみよう」
「ニャ~オ」
「喉渇いた?待ってて」
ペットボトルのお水を皿に注いであげると、ぴちゃぴちゃ舐めはじめた。
おやつを終えると、ハリー軍曹はまたアパートじゅうを走り回ってパトロールをこなし、やがてわたしのこたつ布団の胸元によじ登ってきた。尻尾に二~三度引っ叩かれて、わたしは手で避けながら笑った。
「もーあんたがそこに座ったら邪魔じゃないの」
仕方なくわたしは座布団を枕にして寝転がり、ハリー軍曹はわたしの胸のうえでくつろいだ。
ハリーが小さくあくびして、わたしはつられてあくびを漏らした。
ゆっくりと、心地よい眠りに誘われて……
夢を見た。
四月最初の金曜日。
朝から季節外れの冷たい雨でした。
簡単な朝ご飯を済ませたわたしはノートPCをぼんやりいじってた。
台所の方にふと気配を感じて、わたしはPCから顔を上げた。もちろん、誰もいない。窓の外でしとしと雨音が聞こえるだけ。
わたしはホッと息をついて、キーボードを叩く作業に戻った。
スクラッチくじの一等に当選したわたしは思いきって会社を辞めて、それ以来二ヶ月ほど、社会人人生最長の連休を満喫してる。
気楽な生活だけれど、ま、ちょっと寂しいかな……
明日は土曜日だけど、特に予定もなく、今日と同じことをしているだろう。




