138 拡散
ですぴーがTVに出演していた。
スタジオで女性アンカーとですぴーがソファーに腰掛け向き合っている。
アメリカの番組なので英語のやり取りに字幕がついてた。
「ミスター・デスペラン・アンバー氏はこの半年間アメリカで起こった出来事の中心人物と言われています。さて、アンバーさん――」
「キャッシィ、今夜はお招きいただいてありがとう。ディーと呼んでくれ」
ですぴーは体にぴったりのスーツでワイシャツをラフに着こなし、ノーネクタイだ。長い髪をオールバックにして普段よりあごひげをたくわえ、野性味50%増しになってる。
「それではディー、あなたは著書でLoーDiと称する様々な騒動の関係者だとみずから暴露されていますが……」
ですぴーは芝居気たっぷりに肩をすくめた。
「そろそろみんな知るべきだと思ったのだ」
「我々は独自調査により、あなたが去年南米で行ったマフィア掃討作戦の情報を掴んでいます。あなたは言わば「リーサルウエポン」としてCIAの傭兵となり、海外作戦に従事していたそうですが……」
「それはちょっと違うんだ。合衆国政府は俺を持て余して、兵隊として使えるか試そうとしたのだ。暗殺部隊の隊員としてね……だけど俺はそれをまどろっこしいと感じてね。それで、勝手に出掛けてマフィアをふたつみっつ壊滅させてみせた」
「ですがちょっとおかしいんですよ。たしかに大きな麻薬ルートが消滅して、去年から米国に流入するコカインが激減しましたが、その功績に合致する騒動が起こった形跡が見当たらないのです」
「どういう意味かな?」
「ええつまり……銃撃戦による大量死傷、小競り合いと言うべきかしら……そういう痕跡がまったくありませんでした……代表的なホセ・へフェの組織は不思議な内部分裂によって解散したように見えます」
「あんたがたはハリウッドに毒されすぎているよ。殺戮は必ずしも必要ではないのだ……むしろ生かして死ぬほど悔い改めさせるほうが、生産的だろう?」
カメラがズームして、ですぴーの凄みのある微笑をとらえた。
アンカーはお尻をもぞもぞさせて、脚を組み直した。髪を梳きながらテーブルの資料に目を落として、言った。
「ええ……我々が接触した関係者は、みな一様に怯えきっていました……ホセ・へフェが秘密の別荘に閉じこもっているという噂も」
「奴のところにはたまに挨拶に行く。俺をテレビで観て喜んでるんじゃないか?」
「それではCMの後さらにデスペラン氏のインタビューをつづけます」
わたしはタワマンの最上階でメイガンさんたちとテレビを観ていた。
番組は2時間まえ東海岸で生放送され、わたしたちが視聴しているのは世界向けに再編集されている。
ですぴーはまだアメリカから帰っていない。取材の申し込みが殺到してるのだ。
「本まで出したんですか?」
「おかげさまでベストセラーよ……」メイガンが言って、大きなハードカヴァーをわたしに見せた。
タイトルはずばり『LoーDi』。裏表紙いっぱいにですぴーの顔写真。
「これのおかげでいまアメリカじゅう大騒ぎよ……彼、あれでも教養豊かで文章力があってね、市民の1割くらいは信じたんじゃないかしら」
「10%ですか……少なくないですか?」
「まさか!プロパガンダとしては上出来以上よ。書いてあることはほぼ事実で裏付けもとれるから、50%いるアンチは陰謀説で対抗するしかない。そいつらはどのみち100%の真実で頬を引っ叩かれてもなにも信用しないから、わたしたちは残りの40%を懐柔すれば良い」
「そういうもんなんですねえ……ですぴーってひとりで本当にマフィアをやっつけちゃったんですか?」
ボブが笑った。
「マジだぜ。おかげでCIAやFBIやらATFやら大勢に文句言われたんだよな?仕事がなくなったって」
そのときのことを思い出したのか、メイガンも苦笑した。
「みんな困惑してたわね。とにかく、彼に愛想つかされず友達になれたのは幸運だった」
番組が再開した。
「それで、あなたは合衆国政府の名誉市民として迎えられたのですね?」
ですぴーはうなずいた。
「目一杯寛容に扱ってもらったね。たいへん感謝している」
「そして今年の6月です……」
ですぴーが身を乗り出して、前屈みになった。
「俺の大切なダチが日本に現れたのだ。それで俺はNSAの協力でそいつと接触した。中国人が同じ動きをしていたから急ぐ必要があった。……ただ、ダチはいっけん子供のように見えたので、アメリカの一部組織は彼をこんどこそ便利な私兵にしようと試みたんだな。しかもその連中は彼をコントロールするため、脅迫を行ったのだ……大事な人の命が惜しければ従え、とな」
「それで「彼」はとても腹を立てて……」
ですぴーは重々しくうなずいて、ふたたびソファーにもたれた。
「キレた。政府が歩く核弾頭を激怒させてしまった、と気付いたときはもう手遅れで――」
「あの事件が起こったのですか。エル・トロ基地壊滅と月面のピースマーク――」
「さよう。彼は有言実行の人だ。心するがいい」
「政府もそれは思い知ったのでしょうね。以降あなたがたはいくつか密約を交わして、アメリカ政府と手を組んだ。いったいその密約とはなんです?」
「知っててもそれは言えない。安全保障上重大なことではあると思う」
「あなたは知らないと?」
「知りたくないね」
「そしてあのUFO騒ぎとなるのですが」
「ああ」
「ワシントンにUFOが現れてファーストコンタクトが行われたのち、日本と中国大陸に同じUFOが現れ、中国では交戦状態となったという証拠があります。我々はあの異星人、あなたが著書で〈ハイパワー〉と呼ぶ種族の正体をいまだ知らされていません。果たして〈ハイパワー〉は敵なのか味方なのか……?」
「敵対者だが融和の可能性はある、と申し上げよう」
「和平は可能だと?しかしアメリカ政府は国連主導による防衛軍の編成を進めているようです」
「それは敵の意図ではなく能力に備えよ、ということだ。アメリカでは常にそうだったはずだが?」
「その交戦の数日後、中国国家主席がとつぜん退任しました。病気説や失脚説など噂が飛び交っていますが、あなたと、お友達が関わっていたのではないかという憶測もあります。その点いかがなのでしょう?」
「それは中国人に聞いてもらいたい。いまは友好ムードだろう?俺は水を差すべきではないと思う」
「〈ハイパワー〉の脅威が迫っているいまは結束すべきだと、いうことですか?」
「まあ常識的には」
アンカーはうなずいて、資料に目を落とした。
「それで……エ~、あなたは魔法を使える、ということですが……」
「信じがたいかね?」
「たしかにここ数ヶ月の出来事を振り返ると、超人的な力の存在を感じざるをえませんが……」
「信じたほうがいい」ですぴーは真剣な顔で言った。「それがアメリカ市民の幸福に繋がるので」
上品な番組なのか、ここで魔法を披露してみせろとは言われなかった。
「では最後に、写真を提示させていただきます。ディー、この写真に写っている人物を知っているか、お答えください」
アンカーが写真のボードをテーブルに並べた。背後のモニターパネルにも大写しされていた。
わたしはハッとした。男サイとメイヴさんの写真だった。
サイの写真は吉羽さんのホームページのモデル写真を失敬している。メイヴさんは飛行機の格納庫らしき場所で軍人に囲まれている様子を盗撮したもののようだ。
アンカーは不意打ちのつもりだったかもしれない。だけどですぴーはとくに動揺したように見えなかった。
「ああ、こいつがサイファー、俺の友達だ。もうひとり、金髪女性がメイヴ・ウィンスター。彼女も友人だ……俺たちはずっとパーティーを組んでいる」
アンカーはうなずいて、テレビに目を向けて言った。
「たいへん興味深いお話でしたがそろそろお時間です、今夜のゲストはデスペラン・アンバーさんでした。番組はまだまだ続きます」
「ああん!」メイガンが口惜しげに言ってソファーに身を起こした。「もうちょっとで〈魔導律〉の話に詳しく切り込めたのに!キャッシィのやつ日和りやがって……!」
ブライアンが言った。
「プライムタイムに魔法の話はハードル高いでしょう」
「でもでも!」わたしは言った。「ずいぶんいろいろバラしちゃってますけど、あれでいいんですか?」
「いいの。インタビューの大半はわたしたちが誘導したシナリオに沿ってる。リークしたり苦労したのよ……」
「でも顔出しは心配ですよ」
メイガンはすこし憂い顔でわたしを見た。
「ディーはわざと、自分が標的になるよう買って出てくれたの……これで頭のおかしい連中が彼に向かって殺到するでしょう」
「そんな!なんのために?」
「戦いに勝って彼が正しいと証明するためよ。彼は預言者ヨハネなの……だけど今回は、あっさり処刑されるわけにはいかない」
そのときはわたしにはよく分からない例えだったけれど、それで幸いだった……
メイガンは、サイがイエス・キリストだと言っていたのだ。




