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131 ハロウィーンの訪問者たち

ながらくお待たせしましたが第五部開幕です。


 わたしとタカコが即売会の自分卓で店番してると、会いたくない人物が現れた。


 「あ~なつみんおひさ~」

 「根神」タカコが思いきり渋面になった。わたしもだいたい同じ。

 「ちょっと……こっち来ないでください」

 「冷たいこと言うなよ~。ちょっと挨拶したかっただけじゃんよ」

 「それじゃご無沙汰ですさよなら」

 「なつみん素っ気ね~!」根神はなぜかケタケタ笑った。「なに?おれ何かなつみん怒らせるコトしましたっけ?」

 「ストーキングに嫌がらせにヘイトデマ拡散」

 「それぜんぶなつみんが悪いんだしぃ」

 信じがたい現状認識。わたしは根神の顔をまじまじと見た。

 「――あとあなたのお母さんに殴られたわ。下手したら死んでましたけど?」

 「なに意味分かんないこと言ってんだか」ヘラヘラ笑ってる。


 わたしとタカコは顔を見合わせた。(こいつダメだ)


 まえからそんな気があったけれど、夏のお台場までの出来事をすべて都合良い記憶に書き換えたらしい。こんな思考回路の人間に道理を説いてもまともな会話は成立しそうにない。

 「とにかくそこに立っていられると邪魔なんで、どっか行ってください」

 「しゃーないなあ……そんじゃ上野さんによろしく言っといて、あとで連絡するからさあ」

 「さいなら」


 根神が立ち去ると、タカコが盛大にため息をついた。

 「無敵の人になっとるねえ」

 わたしもいささか心配だった。

 「あれだけやらかしといて、まさか復帰できると思ってるのかなあ……」

 「そんな勢いだったよね。本気で相手してくれると思ってそう。あそこまで行くと可哀相」

 ああいう健忘症には根本的な不安を覚える。とはいえここ三ヵ月間に起こった出来事に比べたら些細なことだけど……。  


 三十分くらいすると、サイとですぴーとメイヴさんが彗星の尾みたいにギャラリーを引き連れて帰ってきた。

 三人ともコスプレしてる。

 正確に言うとコスプレではなく普段着だけど。あちらの世界の。

 「ナツミ、カフェオレ買ってきた」

 「ありがとうサイ!」 

サイが店番に加わったため自動的にお客さんが倍増した。それでしばらくわたしたちは忙しく接客した。

 「サイファーくん女になっても人気あるよねえ」

 タカコが言ってサイを眺めた。サイは吉羽さんに作ってもらった金糸刺繍のぴっちりスーツ姿だ。ですぴーは超派手なボアつき狩猟服。メイヴさんはいつも通り白いローブに杖。

 どう見ても冒険者パーティーです。


 タカコも上野さんも、サイが性転換したことをなんとなく受け容れてしまっていた。不思議なことだ。たぶんサイの人柄と……容姿のおかげね。それに論理性をうっちゃる日本的大雑把さも加わって。

 で、女サイファーさんは現在、スーパークールな宝塚系男役的人気を博して、女性ファンを虜にしていた。

 メディアをいっさいシャットアウトしているおかげで一種謎めいた雰囲気を醸し出しているためか、カルト的に盛り上がってるようだ。


 なかなか難しいことをしてると思う……メディアに頼らず、だけどいずれ全世界の人をサイの故郷――イグドラシル世界に移転させるためにキャンペーンを張ってるんだから。


 そのためにはまず〈ハイパワー〉と決着をつけないといけないし。


 そして目下わたしとサイの邪魔をしているのは〈新日本学術連絡会〉という、サイに言わせれば「反知性団体」である。

 

 新日本学術連絡会のスパイは今日も会場にいる。

 20メートルほど離れた即売会会場入り口近くに、マスクとサングラスに野球帽と茶色いジャンパーという絵に描いたような「変装姿」のおじさんが立っていた。

 控えめに言っても性犯罪者に見える。  

貧乏なのかケチなのか、探偵を雇うおカネも無いようだ。

 あの人がメンバーなのはすでにバレている。サイが厳しく問い詰めたからだ。

 だけど「わたしはここに居る権利があるんだ」とかなんとか……のらりくらりと言い張ってわたしたちに対するストーキング行為をやめようとしない。

 しまいにはサイもあきれ果て、放置するしかなくなった。


 新日本学術連絡会は巨大な馬鹿の壁としてわたしたちの前に立ちはだかってる……いや実害ほぼゼロだから「立ちはだかってる」は大げさすぎるけどね。

 それにしても中国や偽異星人を相手にしてきて、次の相手があの子供じみた無作法な人たちというのは、何だかなぁと思う。

 でもちょっと待って。

 聞き分けがない唯我独尊、という意味では根神にも通ずるような……

 ちょっと不気味な符号だわ。


 「みんな~今日は早めに畳むよ~」

 上野隊長が宣言した。

 「エ~なんでっすか~?」

 「子供の相手しなくちゃ!カワイイ我が子がコスプレして待ってるんだわー」

 「いいなあハロウィンパーティーですかー。あたしなんか何もないですよ」

 わたしとタカコはパーティーだけどなんか言い辛い雰囲気……でも助かる。タワマンの会場に直行しないで済むから。

 本も売り切ったし。

 わたしは天草さんにメールで撤収時間を伝えた。彼女は即売会は早々に辞退して、浅草を巡って暇を潰していた。



 撤収作業を終えたわたしたちはひと気のない地下駐車場に移動した。最近はどこに目があるか分からないからテレポーテーションの場所を選んでいたのだ。

 エレベーターを降りると、奥の方に駐車されてたワゴンに誰かが寄りかかってて、わたしたちの姿を認めるとサッと車から身を起こした。

 「やあ」

 若い声……黒い詰め襟の制服姿で、中学生くらいに見えた。

 サイと天草さんがわたしの前に出た。サイが言った。

 「なにか用か?」

 「いえ、挨拶しに来ただけ」

 「おまえ〈ハイパワー〉だな?」

 中学生は目を丸くした。

 「もうバレちゃった?」

 「うん」わたしたち全員が答えた。

 「それは話が早い……そう、僕はハイパワーの田中です」

 わたしはうなずいた。「やっぱりハイパワーだ」

 田中くんは笑った。

 「とりあえず、あなたたちと挨拶したかっただけなんです。今日は戦いません」

 「いずれ戦うということか?」

 「どうですかね」田中くんは謎めいた笑みで言った。「僕たちの目的にかなえばなんでもします」

 ですぴーが言った。

 「とっ捕まえておまえさんの相棒の山田と一緒にしてやっても良いぞ?」

 「今日はやめておきましょうよ。ただの力比べには興味ないから」そう言って田中くんは背を向けた。「それじゃさようなら」


 田中くんの後ろ姿が青い光りに包まれ、次の瞬間消失した。


 「……あれがアルファの仲間、ハイパワーですか」天草さんが言った。

 「そうだ」サイが答えた。「あれは宣戦布告かな?」


 ですぴーが言った。

 「そう考えるのが妥当だ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  田中さんが去り際に言った「ただの力比べには興味がない」というセリフがとても良かったです。読んでいてナツミさん以外の他のメンバーが即座に戦闘態勢に入っている場面が浮かんでしまいました。
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