127 また面倒臭い人
「あらあら、大げさだこと」 メイヴさんは笑った。「さ、お掛けください」
芳村さんが即座にメイヴさんのことを見抜いたので驚いたけど、皆さんが庭先のテーブルで席に着くあいだに、わたしはコテージの中から剣を持ちだした。
座ったばかりなのに、わたしが天つ御骨を抱えて戻ってくるとまた立ち上がった。わたしは多少恐縮しつつ、剣をテーブルに置いた。
「ご覧になります?」
「ウム、よろしく、お願い致します」
わたしが包みを解くあいだ、芳村さんは立って目を閉じ、天草さんはすこしうしろに控えて同様にしていた。
やがて芳村さんが目を開け、姿をあらわした天つ御骨に一礼した。
まるまる一分ほども眺めていたろうか、やがて天草さんのほうに向いて、言った。
「すまないが天草さん」
「はっ」
天草さんは白い手袋をつけて一礼すると、剣の柄に手を回した。
「失礼致します」
天草さんは柄を握ってしばらくじっとしていた……たぶん持ち上げようとしていたのだろう。肩をいからせて二の腕がぷるぷるしてたから。
しばらくして、はっと息を吐いて天草さんは手を離した。ちょっと信じられない、というように手の平に目を落としたけれど、すぐにまた一礼して、うしろに下がった。
芳村さんは重々しくうなずいた。
「ありがとう……これでなんの躊躇いもなく御報告申し上げられましょう」
芳村さんが「御報告」申し上げるお相手に思い当たって、わたしは身震いした。
剣を囲んでお茶、というわけにもいかない様子だったので、わたしはまたすぐに天つ御骨を包んで、コテージに運んだ。天草さんは剣を扱うわたしになんとも言えない目を向けていたけれど、芳村さんはやや緊張を解いて見えた。
メイヴさんがお茶をいれてわたしがお茶菓子の椀を置くと、芳村さんは躊躇することなくおせんべいを手に取った。
「いやはやお手間かけまして申し訳ない。先日出雲であのようなことがありましたのに、まだ疑う者がいましてね、まことに度し難い」
「あのようなこと」とは地震と落雷のことだろう。
「お怪我したりしてなければいいんですけど」
「罰当たりが脚でも挫けば御の字ですよ。とにかく」芳村さんはお茶を飲んだ。「あのいんちき異星人に対する我が国の体制は、これで足並みが揃いましょう」
「え?ど、どういう意味です?」
「アメリカ、中国、EU、そのほかで〈ハイパワー〉に対処する連合が出来つつありましてね。ですが我が日ノ本は国内の意見がまとまりませんのです。急ぐ必要がありましたので、このように押しかけてしまいました……こんな急場でなければ、せめて年明けまで待つところでしたのに」
それと天つ御骨を見に来ることになんの関係があるのか、わたしには見当もつかなかった。だけどサイは承知のようだ。
「あなたがたの力を借りれば心強い」
芳村さんはサイに一礼した。
「わたしの権限が及ぶかぎり、最大の便宜を図りましょう。あなたがた異界の御方には必要ないでしょうが」
「あら、お言葉に甘えてお山をいくつか紹介していただけると嬉しいわ」
「お山!」芳村さんは膝をぴしゃりと叩いた。
「仙女様はお住まいを探しておられる?」
サイは苦笑した。「メイヴ、それは虫のいい要求だろう」
「いいえかしこまりましたぞ!」
芳村さんは勢い立ち上がって宣言した。目がキラキラしている。「お山の件、この芳村に任せていただきましょう!」
この人若返ってない?
思ったより話が弾んで、わたしたちは1時間以上お喋りした。
芳村さんは懐から懐中時計を取り出し、しぶしぶといった様子で言った。
「さて、それではおいとまさせていただきます。年寄りの長話に付き合わせてしまい申し訳ありません」
「いえそんな」またいらしてくださいというのも何なので、わたしは短く答えた。
わたしたちは通りまで芳村さんをお送りした……のだけれど、車の前で何やら揉めごとが起こっていた。
灰色の背広に灰色の髪、背高で痩せたご老人が、シークレットサービスに囲まれながら声を上げている。
「岩槻か」芳村さんがしかめ面で呟いた。
わたしたちの姿を認めた背広のご老人――岩槻さんはひときわ大声で怒鳴った。
「芳村貴様!まんまと出し抜きおって!」
「やあ岩槻ちゃん、元気そうだね」
「しらばっくれるなよこのじじい!我々を差し置いて勝手なことしおって!貴重な出土品を何十年も秘匿してただで済むと思うなよ!」
「はて、何のことかわからぬ」芳村さんは耳をかっぽじった。
「しかも貴様はそれを小娘に渡してしまったそうじゃないか!馬鹿者!」
「わめくのをやめいこのきちがい!」芳村さんも怒鳴った。「わしの命にかけてお前らには渡さんわい!どうせくだらん機械にかけて、10年も費やしてお粗末な結論下すのを待っておられんわ!」
「そういう態度でいるからおまえらは進歩せんのだよ!学術を蔑ろにして国に未来はないのだ。ここ30年の停滞の末貴様らが精神論に立ち戻ってゆくのを、わたしが指を咥えて傍観すると思うなら大間違いだぞ!」
「岩槻」芳村さんは苦しげに首を振った。
「知識を活用するのと弄ぶのは違うのよ……お前さんはついぞ違いが理解できなかったようだがの。お仲間のインテリ共にも言っとくが良い。国難の時期に張り切るのはよろしいがピンぼけ過ぎるのはいかがなもんかとな」
「貴様に言われる筋合いはない!――」岩槻さんはわたしに顔を向けた。そのしたり顔にわたしはギョッとした。
「あんたが報告にあった川上くんだね。さ、あんたが盗んだ出土品を持ってくるんだ。いまなら罪には問わないから、早く、急いで」
「岩槻、いい加減にせい」芳村さんの口調に険が籠もった。「龍の巫女様にその物言いは許さんぞ」
「ハッ!戯言をぬかすか」
「貴様も報告書ぐらい読んだであろう?」
「大地が揺れ落雷があったと?馬鹿もたいがいにせい」若槻さんはせせら笑った。
「月にサイン、UFO騒ぎのお次はご神託と来た。まったく度し難き連中ばかりで困るよ!ちっとはまともに頭を働かせる人間はいないのかね?とにかくお前さんがたの神秘主義に付き合う暇はないのだ。さ、お嬢ちゃん――」
岩槻さんは両手をパンパンと叩いた。「さっさと剣を持ってこんか!」
天草さんが一歩進み出た。
「芳村様、この天草、これ以上は看過しかねます」
わたしも聞いていられず、口を挟んだ。
「あの――何なら一時お預けしてもけっこうですよ?どうせどうにもならないと思いますし……」
「川上さん、譲歩は禁物ですぞ」
「余計なことを言うな芳村、それに……」若槻さんはふと首をかしげてわたしをしげしげと眺めた。「もう持ってるじゃないか……?」
「えっ?」わたしは思わず自分の右手を見おろした。
いつの間にか天つ御骨を握りしめていた!




