125 秋刀魚の日
〈ハイパワー〉のニセ天草さんが言った。
「わたしとても合理的なので、鞍替えしたんですよー」
「はあ?」
天草さん(本物)がため息を漏らした。
「アルファ、ふざけないで」
「ハーイ」天草さん(偽者)が舌をペロッと出して、次いで彼女の全身が波打つようにぼやけた。巫女服がセーターとジーンズに変化した。
「これでいい?」
わたしは口をへの字に曲げて変身した偽物を眺めた。「……顔は変えられないんだ?」
「顔形まで変えられたらこんなに早く自由になれませんでしたよー」
わたしは天草さんの本物に顔を向けた。
「いや、わたしも困惑してる真っ最中で……」
アルファと呼ばれた偽物はニコニコしてる。
「まあわたしの「人格」を認めて頂いたのは感謝してますよ。ロボット扱いで分解されたらアレだし」
「〈ハイパワー〉のお仲間を裏切っちゃって良いんですか?」
「それ訊かれると辛いんですけど、ま、仕方ないですわ。でも「彼ら」もきっと分かってくれると思いますよー。そうじゃないと無益な戦いが始まってしまいますし」
また妙な成りゆきになってる。
ともかく、わたしは面倒臭いこと考える気分じゃなかったので、天草さんたちと別れて部屋に帰った。
「あーナツミおかえりー」
「……ただいま~」
またですぴーが来てた。
メイヴさんと一緒に酒盛りの最中だ。島根の宿以来干物がお気に入りらしく、コンロで炙ってははお酒をちびちび、家飲みしに来る。まあですぴーはいくら飲んでも酔って見えないから柄は悪くない……
でもなんでわたしのアパートで!?
「せめてラブラブアイランドでやれば良いのに……ていうか川越のタワマンならもっと広いし」
「メイガンに干物焼くなって怒られちまったんだよ。テラスで焼いたのに」
「デスペラン」メイヴさんがタブレットの画像を指さして言った。「これ見て、この七輪ていうの買ってきてサンマ焼きましょ!」
「それ美味しそう――じゃなくて!……まあともかく、七輪なんか買ってきて部屋の中で焼かないでくださいね!」
「わかった、外で焼く」
あくまでサンマは焼くようだ。
まあこういう時テレポーテーションできるひとがいると便利ですわ。
ですぴーはわずか二十分で七輪ふたつと新鮮なサンマを調達してきた。
いきなり七輪なんか使えるのかな……?って思ったけれど、彼らは基本、プロの屋外生活者であった。どんな道具でも上手に着火して最適な火加減に調節できてしまうのだ。
焼き魚番長のメイヴさんが二階の廊下でサンマを焼く姿はシュールだったけれど。
なんだか良いな、こういうの。
暖かい七輪で暖をとりつつ、網のうえでサンマがジュージュー脂をしたたらせてるの眺めて。
サイが買い物から帰ってきた。「なにやってるんだ?」
「見りゃ分かるでしょ」メイヴさんが言った。
「そうだが……」
「ちょうどよかった。もう人数分揃うから、七輪一個とサンマを下に持っていってあげて」
「鮫島にお裾分けか?わかった」
「あの人のチームも予算拡大で人数増えたんですって。だから一緒に食事できなくなるかもって言ってたわ。残念ねえ」
メイヴさんが世話焼きなおかげで、わたしたちの生活は昔気質な温かさに満ちている。わたしはそれが嫌ではなかった。七輪を使って備長炭で焼いたお魚なんて、わたしだけだったら死ぬまで経験できなかったろう。たとえ結婚したとしても賑やかな食事を毎度やれるかどうか。
そんなわけで、わたしは大根おろしとかぼすを用意するだけで美味しいサンマの夕食にありつきました。どこで調達してきたのか大きくて新鮮なサンマ。
「ナツミ~、あしたカレー食いたい」
「デスペラン!おまえ何なんだよ居座りやがるつもりか?」
「いいんだよサイ、カレーくらい作ってあげるから。でもカツはですぴーが調達してね」
「おう!任せな。今度は分厚い上ロースカツ、試してみようぜ」
それはトンカツ単品として食べないともったいないような気もするけども、ですぴーの奢りだし異議は唱えまい。
十時頃まで楽しく過ごしたあとですぴーが帰って、わたしとサイとメイヴさんはラブラブアイランドに移動した。
わたしの剣……「天つ御骨」とみずから名乗ったというそれはコテージに、サイのデスリリウムと並べて立てかけられている。
あの聖地以来、紫の包みに収まったままだ。
誰ひとり中身を見たいと申し出なかったのがまた奇妙だった。「神聖なもの」に対する日本的な遠慮だろうとは思ったけれど、中身を確かめないで既成事実化して良いのかな?
それとも曖昧なのが良いのか。
「天つ御骨って、変な名前だけどどういう意味なのか」
揺り椅子にのんびり腰掛けたメイヴさんが言った。
「地球の骨という意味よ。すなわち龍翅族の骨……その剣は龍翅族の身体の一部で出来ているの」
「えーっ!?」わたしは振り返って剣をまじまじと見た。「地球の、骨……」
ますます、たいへんなもの受け継いでしまった!
でもなんでわたし?
サイがテーブルで郵便物をより分けていた。前はダイレクトメールしか届かなかったのに、今週急に郵便物の量が増えた。
「また大学から、剣を見せて欲しいって依頼……」サイは手紙を「無視」の山に積んだ。
「見せてあげれば良いのに」
「ナツミが良いならかまわないけど、巌津和尚が、学術関係者に応じる義理はないというのだ。どうせ彼らは屁理屈をこねて彼らの学術体系にその剣を組み込んでしまうから、だそうだ」
「天つ御骨さんが日本神話の一部として扱われるのか……それはそれでカッコイイな」
サイが笑った。「だけどインチキと判定される可能性のほうが高いってさ……どう見ても遺物に見えないからね」
「ま、そのほうが気楽で良いかも」
「クナイチョウというところからも同様の依頼が来てる」
サイが「無視」の山に置きかけたのでわたしは慌ててひったくった。
「これは一応わたしが検討しとく」
サイは肩をすくめた。
「メイヴ、アメリカから」
サイは黄色いメール便ケースをメイヴさんに渡した。
「あら、早いわね」メイヴさんはメール便を開けた。「メイガンの弁護士から。契約は成立したそうよ」
「契約?」
「ええ、絨毯一枚売ったの。値段は――五千万ドル」
「ごごごこごッごせッ!」
「ロッキード・マーティンていう人がね、金塊で払ってくれるそうよ。わたしは十万円て言ったんだけれど、なぜか慌ててメイガンが代理人交渉に当たってくれて」
「メイヴ、ロッキード・マーティンは会社だ。人じゃないよ」
メイヴさんは肩をすくめた。
「どちらにせよ親切なことだわ。2割は手数料払って、残った半分は寄付させてもらおうかしら……それでも使い切れないくらい大金だし」
「そっすねえ……」
「面白いのよ。メイガンは、イーロン・マスクっていう人なら一億ドル出すって言ってたんだけど、皆さんお金持ちなのね。それでわたしはジョーに絨毯の使い方を伝授しなければならない。そのお仕事は別料金なので、五千万ドルだというの。とにかく、これでサイファーに心配されることもなくなったわ」
サイファーは笑った。
「いきなりわたしより大金持ちになったな。あなたにはあまり意味がないことだが」
メイヴさんはため息を漏らした。
「ある程度おカネに敬意を払ったほうがここでは良いらしいと、わたしも気づきはじめたところよ……」少し皮肉交じりだ。
わたしは両手で顎を支えながら話に聞き入っていた。
サイもメイヴさんもおカネに無頓着だ。資産相応の生活をしよう、という気がない。
わたしがもっとイケイケな女だったら、サイに甘えてお金を使わせてたろう……もっと良い家に引っ越すか建てるかして、贅沢三昧に。
だけどそんな誘惑に駆られない自分にわたしはホッとしている。
高いサンマを七輪で焼くほうが楽しい。コテージの生活はじゅうぶん贅沢だし……。
わたしはサイからひったくった手紙を見下ろした。
(とりあえず連絡してみようかな……)




