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124 魔剣、名乗る

 

 そうしてわたしは二泊三日の大冒険を終えて川越に帰還したわけだが。

表向き、生活に変化はなかった。


 ま、明くる土曜日にタカコにお土産を渡した頃までは。


 池袋で乙女ロードを回ったりショッピングして家に帰ると、デジャビュな光景が待ち受けていた。

 天草カオリが引っ越し作業してる。

 

 「あれっ!?天草さんなにやってるんですか!?」

 「ああ川上様、先日はどうも」天草さんは作業の手を止めて会釈した。あいかわらず赤と白の巫女装束だ。


 ****


 冒険の三日目、宿で熟睡中だったわたしは朝5時半に叩き起こされた。

 それからが慌ただしかった。

 わたしはあの剣だけを携えてサイと一緒にリムジンに乗せられて、あの出雲大社に連行された。正確には裏手の山の中にある非公開施設だけど。

 途中の駐車場に黒塗りの高級車が何十台も駐車されてた。


 わたしは高床式住居みたいなのに通され、ヒノキ風呂を使わされて巫女さんたちにゴシゴシ洗われ白装束を着付けさせられ……

 ま、とにかくお清めの儀式とやらをいろいろ。

 冷たい滝に打たれるのは免除されたらしい。


 それから丸石を敷いた祭場に向かった。

 先頭を行く宮司さんが、例の白い短冊を先端に飾った棒をシャンシャン払いつつ、ほかにも笏を持った平安ルックの人や巫女さんの行列に囲まれて。

 サイはアパートからいつの間にか正装を持ち込んでた。黒い生地に金糸の刺繍をあしらった、サイの世界の「礼服」だ。

 赤い裏地のざっくりしたマントに剣まで刺して、わたしの斜め後ろに控えていた。


 (日本てこういう国だったんだ……)

 そう思わせる、わたしの知らない世界が広がってた。

 わたしたちの行列を大勢の人たちが見守ってた……何百という人数。

 揃って黒の背広か紋付き袴で、ヤクザ映画みたいだ。

 そのうちのひとりに見覚えがあった。九月に公園で会った大企業の会長さんだった。


 祭場の真ん中にはゴザが敷かれ、その上に祭壇が設けられている。祭壇の四方は細竹の支柱に縄が張られてる。見たところ建物の施工のとき行う安全祈願と同じに見えた。ただし祭壇はちょっと派手だ。


 それで、ご祈祷が始まった。

 初心者のわたしはまわりの巫女さんからここに立って黙祷しててとか、宮司さんが下がったら剣を祭壇に置けとか小声でレクチャーされた。役目はそれだけだった。


 それだけだった筈なのだけど、物言いがかかった。

 

 ****


 「なんでここに……?」

 「はい」天草さんはアパートに顔を向けた。「わたし名義でここの一階のお部屋が賃貸されていますので、ちょうど良いだろう、ということで」

 「いや借りてたのはあなたの偽物ですけど……」

 「書類上はわたしらしいので。それに家賃10年分前払いされてたらしいですよ」

 「だからって――ていうかなぜ引っ越して来なさる!?」

 「もちろん川上様の警護ですよ。念のため、半年ほど」

 「はあ……ていうか様付けはやめてと――」

 天草さんは首を振った。

 「いいえ!やはりあのような出来事のあとでは」


 ****


 六十代の和装の男性がギャラリーの列から進み出てきた。

 「この宝物(ほうもつ)遷移の儀、お待ち頂きたい!事を急ぎすぎます!」

 「井坂さん!控えて!」

 「いいや!わたしは断固反対します!このままだと益々宝物が一極集中してしまうではないですか!」

 井坂さんと呼ばれた男性の呼びかけに「そうだそうだ!」という声が少なからず上がった。

 祭場は騒然となった。かなり剣呑な雰囲気だ。

 要約すると、やっぱり県外に宝物を持ち出すのは反対という意見。もういっぽうはもういっぽうで、宝物は都内神社の宝物庫に収めるのが妥当、と言ってる。

 どうもわたしとサイが思ってたのと違う話になってるような……

 その時だ、わたしの頭の中でスイッチが入ったのは。

 わたしの身体が勝手に動いて、両手で抱えていた剣の包みを地面に突き立てた。

 それからわたしの声が言った――というか、轟いたらしい。


 『聞け愚か者どもよ!龍の巫女が天つ御骨(あまつみほね)の名において命ずる!』


 怒っていた人たちがわたしを振り返った。超忌々しげな表情だった。もとよりここの関係者は全員わたしとサイに胡散臭げな目を向けていた。巌津和尚の説得も行き届いてはいないらしい。

 中心人物の井坂さんがわたしを怒鳴りつけようと息を吸い込んだその時――

 地面を激しく突き上げる大地震が起こった。

 

 『我の行先は龍の巫女に委ねられた!異を唱えし者共は相応の覚悟を持つがよい!』

 落雷。祭場の端に立つ杉が真っ二つに裂けた。


 地鳴りが遠のいたときには、居並ぶ皆さん全員が地面に伏していた……わたしとサイを除いて。

 「――あれ?」我に返ったわたしは、足元に天草さんがひれ伏してたので驚いた。

 「サ、サイ、なにが起こったの?」

 だけどサイも片膝をついてこうべを垂れてる始末……


 ****


 「なにが起こったのかサイに教えてもらったけどさ、あれはわたしの仕業じゃないので」

 「いやもう無理です。川上様は龍の巫女。もはやいっさい、疑念はございません」

 わたしは溜息をついた。

 「アレ」が起こった後祭場の空気はもっと微妙になって、わたしは再開した祈祷(なぜか前より必死)のあとそそくさと立ち去るしかなかった……誰もわたしたちを見ようとしないなか。

 おかげでお土産屋さんに立ち寄る間もわずかだったし。


 念のためとは言ってるけれど、また天草さんに付き纏われるらしい。しかも今度は「本物」――

 「それじゃあ一階にまた――」

 「天草さーん」

 アパートのほうから現れたもうひとりの天草さんのおかげで、わたしは言いたいことを忘れた。

 「――えっちょっとアレ!?」 

 「あーはいはい」

 天草さんの隣に天草さんが並んだ。

 「ナツミさん、お久しぶりでーす」


 わたしはのろのろと手を上げて、二人めの天草さんを指さした。


 「あ、あんた〈ハイパワー〉でしょ!?なんで自由にほっつき歩ってんの!?」



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