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121 聖域


 巌津和尚は悠然と階段をのし上がってきた。

 

 「が、巌津上人(しょうにん)!」天草さんが心底驚いていた。

 「拙僧、そのような大層な呼び名に値しません」

 だけどいつの間にか林の中から山伏の一団が現れ、階段の傍らに傅いて巌津和尚を迎えていた。  

 「どうやら責任者が来たようだ」ですぴーが言った。


 「遅れて申し訳ございません」巌津和尚は鳥居の手前で一礼すると、わたしたちの前に立った。天草さんに目を向けた。

 「この御一行の件は拙僧が預かりましょう」

 「は、ハイ」天草さんは心からホッとしているようだ。「――ですが宜しいのですか?」

 巌津和尚――大覚巌津上人はうなずいた。

 「このかたたちは導かれしもの、我らが妨げることはかないません」

 「承知」

 「それでは皆様、聖地に向かいましょう」


 わたしたちは台地の真ん中にある林に向かって歩いた。1㎞はありそうだ。

 鮫島さんが言った。

 「元は2000メートル級の山だったと思う。それがこのように中腹あたりで平らに均されてるというのは……」

 シャロンが引き継いだ。「人工的な地形だね。あたりにやたら石が転がってたのも、元はこの山の一部だったんだ」

 「なにげに凄いこと言ってるねあんたら」ジョーが言った。「だけどここはもう標高千メートルをはるかに超えてるからな。杉があんなに育つわけないんだよね……不自然なことだらけだ」


 先頭を行く巌津和尚と天草さんが話し合っていた。

 「虫の知らせで、こうして参った次第」

 「たいへん助かりました。しかし大覚様、この地に参ったことがおありで?」

 「無論、ないですよ」巌津和尚が愉快そうに言った。

 「天草くんもご存じのとおり拙僧、かつては破戒僧であった。禁足地に踏み入るなど許されるわけがありません」

 「えっ、それではこの先になにがあるのか、ご存じないので――?」

 「知りませぬ。ですが心配無用。かならずや魂の形見があるはず」

 「むかし、宮司様からいちどだけ伺いました……神器が祀られていると」

     

それほど大きくはない林だけど、鬱蒼として奥は垣間見えない。わずかに石畳らしき痕跡があって、わたしたちは雑草を掻き分けながらそれをたどった。


 しばらくガサゴソ進み続けると、とつぜん空き地に出た。

 「ああここは――」

 鮫島さんが絶句した。


 いわゆる、ストーンヘンジというの?

 長細い岩が芝の地面に突き立って、サークルを形作っていた。

 しめ縄だったと思われる物体が、苔と同化して岩にまとわりついていた。

 まえは人がいてここを管理していたのかもしれないけれど、それはずっと昔のことのようだ。

天草さんが眼を瞑り、口を押さえていた。気分が悪いのかと思ったけれど、よく見ると静かに泣いていた。


 かくいうわたしも涙が溢れてたのだけど。

 胸を締め付けるこの……慈愛。

 共感。

 ママが赤ちゃんに向ける愛情。

 それがここにあった。


 「あたしはパワーストーンとかパワースポットの類いは信じてなかったんだけど――」ジョーがのろのろと膝を屈して十字を切った。

 シャロンも同様で、拳を胸のまえで組んでなにか呟いていた。

 男性陣は荷物を降ろし、剣を置いて、しばし無言でいた。

 メイヴさんだけがストーンヘンジのまわりをゆっくり歩いていた。だけど不遜な感じはなく、むしろ様になってた。 


 ストーンヘンジから離れた庭の片隅に石碑があった。

 巌津和尚が屈みこんでその石碑に書かれた文言を読んだ。

 「建武元年 興正寺了源により此の地を聖地と定め、杵築(きずき)神宮により鎮魂の儀を執り行った、とある」

 天草さんがミッフィーのハンカチで目元を拭いながら言った。

 「建武元年……どれほどの昔なのでしょう」

 「鎌倉期。了源は日蓮の弟子である。出雲の神宮司……つまり神道と仏寺共同による鎮魂祭を執り行ったようだ」

 「ざっと700年前です……!」天草さんの声に畏敬の念がこもっていた。

 

 「見つけたわよ」メイヴさんがストーンヘンジの向こう側で言った。


 わたしたちはぞろぞろストーンヘンジを回り込んで、メイヴさんが杖で指し示すほうを見た。

 石の柱の数メートルほど内側に、それはあった。

 ちゃぶ台サイズの石に、妙な形の剣が刺さっていた。柄は金細工、頭身はガラスみたいに真っ黒で、六本の角が生えてる。

 「剣、だ……」鮫島さんが言った。「七支刀(しちしとう)

 「新品同様に見えるけど」シャロンが疑わしげに言った。「これが、700年もここにあったの?誰にも盗まれることなく?」

 「盗掘されなかった理由は見当つく気がするよ……」ジョーが言った。「誰か腕力のあるひと、あれを引き抜いてみない?」

 「ああ、そういうことか」ですぴーが言った。「俺が試そうか?それとも巌津和尚、あんたがやるか?」

 「現世と異界、一名ずつ試してみましょうか」

 

 巌津和尚が深く一礼して、草履を脱いでストーンヘンジの内側に踏み込んだ。

 七支刀の柄を何度かためすがめつ、持ち方をかえたのち、「むん」とうなって力を込めた。

 びくともしない。

 石のサイズからして、剣が完全に癒着してたとしても石ごと持ち上がるはずなのに、1㎜も動かない。

 巌津和尚がふっと力を抜き、後ずさってまた一礼した。

 「もう分かったようなもんだが」ですぴーが言いつつ、剣を引き抜くのを試した。

 「ぬおッ……!」

 やっぱり石は身じろぎもしない。

 鮫島さんを呼んで手伝わせてもダメ。ぜんぜんびくともしない。

 「サイファー、おまえもやってみるか?」

 「わたしはもうデスリリウムを保有している。相応しくない」

 「メイヴ?」

 メイヴさんは首を振った。

 「その剣を引き抜く資格があるのは地球人だけだと思う」

 「それじゃあと残り70億人に試してもらうだけだな」ですぴーが肩をすくめた。「運がよければ1億番目くらいで見つかるだろう」


 「参った」ジョーが言った。「まさかアーサー王伝説に出くわすとは思わなかった……」

 「とりあえず候補者リストを作成して、地味に試していくしかないんじゃない?」

 「候補ってシャロン……そんなんどう決めんのさ?」

 「そりゃ……ダライ・ラマ14世とか法王様とか、相応しそうなひとがいるでしょ」


 「待ってください!」天草さんが声を上げた。

 「そもそもあの剣を抜く必要があるんですか?この地の荒振神(あらぶるかみ)を封印するために突き刺した物ですよあれは!」

 「なにかを解き放つことになるのは間違いござらぬが、決して邪なものではあるまい。それは先ほど天草くんも感じたことと思う」

 「そうだ」サイも言った。

 「あれは「龍翅族」が残した御印そのものだと思う。新たな主人を待っているのだ」

 「それでは……大勢をここに呼んで列に並ばせて、試させるというのですか?あまり現実的とは言えないですよ!」


 わたしはみんながえらく真剣な話し合いをしてる輪には入らず――っていうか入り込む余地がなさそうだったから、あたりをウロウロしていた。

 ここはスマホで撮影できる雰囲気ではなさそうだ。

 ちょっと残念だけど、パソコン画像ではここの感触は伝わらないだろう。一期一会、訪れた人にしか分からないこともあるのだ。

 でもせめて、あの剣の柄を握ってる自撮りくらいは欲しい……かな。

 それで、そっとストーンヘンジの内側に入り込んで、剣の柄を握ってみた。


 ――それからわたしはサイに呼びかけた。

 「サイ~?悪いけどこれ、壊れてると思うよ?」

 わたしは石から引っこ抜けちゃった七支刀を振りながら言った。


 話し合っていたみんなが一斉に振り向いた。

  


 「オッ、オー」 ですぴーが顎をこすりながら言った。



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