114 ピクニックに行こう
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「俺は嫌だね!」ですぴーが断言した。
2週間ぶりのタワマンである。サイがキャンプ参加者を募るため訪問したのだ。
「俺は都会暮らしが性に合っているのだ」
「デスペラン、おまえからだが鈍ってないか?そろそろ鍛え直す潮時だ」
「世の中平穏なときは」ですぴーは目を瞑り、厳かに告げた。「人は享楽にふけり、大いに楽しんで、少し太るべきなのだ」
「デスペラン・アンバー。あんたはいつもそうやってグダグタ言うけれど、もう頭数に入ってるから諦めて」
「やーだー!」
「ガキみたいに駄々こねない」
サイとメイヴさんがですぴーを説得しているあいだ、わたしはAチームから「必要なもの」を提供されていた。
「あんたのちっこい足に合うトレッキングブーツ、見つけたよ」ジョーが嬉しそうに言った。
「ありがとう、わざわざすいませんねえ……」
「ザイルは?」
「あ、それはあたしが一巻き持ってくよ。カンテラと、信号弾と……ボウガンいる?」
「まあウサギやキジくらい狩る必要あるかもしれないし。あ、そうだ熊対策、と」
メイヴさんがどんな行先を告げたのか知らないけれど、キャンプしに行くのにそれ必要?という品目が次々加えられてゆく……。
すぐさま「行く!」と宣言したのはジョーとシャロン、Aチーム女子組だ。
メイガンは速攻断り、ボブとブライアンも気が乗らないようだ。
「おまえら物好きだなぁ。地図とナイフ一本だけでアラスカの山ん中100マイル踏破させられたこと忘れたんか?」
「面白かったじゃんあの訓練」ジョーがめっちゃ大きなナイフを点検しつつ言った。
「あたし【もののけ姫】大好きなの。屋久島にも行ったけどさ、今回のはもっと凄いから」
「え?山陰ですよ?アマゾンのジャングル行くんじゃないですよ?」
「ナツミ」シャロンが不気味な笑みを浮かべて言った。
「世の中にはね……文明から取り残されたエリアってのがあるんだよ。道路も電柱も作られず、ひっそり何百年も、人間が立ち入らなかった土地が、あるの」
「だって日本ですよ?そんな場所なんか――」
「あるんだってば。偵察衛星で確認済み。メイヴ姐さんがどうしてその地域を指定したのか分からないけど、これは絶対なんかあるよ……」
シャロンがフフフフ、と笑うのでわたしも釣られて笑ったけれど、たぶん引きつってる。 絶対なにかあるって、どういう意味なんですかねえ……。
「あの……キャンプ、ですよね? ね?」念を押さずにはいられなかった。
「キャンプ?そりゃするよ。休息できなきゃまずいでしょ」
「まずいって何が!?」
「大丈夫だって!あたしたちプロだから」
「勇者と魔法使いも一緒だし」
「キャンプするのに勇者と魔法使い必要でしたっけ?」
「そりゃ必要でしょ、RPGやったことないの?」
なんかダメな気がするこの……かみ合ってない感じ。
その後、買うべき衣服のリストを渡されてわたしたちは帰宅した。
厚手のセーターとマウンテンパーカーに長袖の肌着、厚手の靴下、軍手……素材も色もキッチリ指定されている。サイのはぴったりなサイズのがひととおりタワマンの倉庫にあったので、それを提供された。
「ほーピクニックですかぁ」
夕食のひととき、鮫島さんが言った。
「うん、そうなんだけどね……なんだかわたしの言う「ピクニック」と彼らの言ってる内容が食い違ってるような気がして」
「いつ出発するの?」
「十月の連休を使って」わたしは釈然としないで答えた。「ていうか、日帰りか一泊のつもりだったんだけど、なんか長引くような話になってるよ~な……」
「でもまあ、山でトレッキングして、ご飯食べるだけでしょう?」
「だよね?そのはず」
「楽しそうじゃないですか」
「なに人ごとのように言ってるの?あなたも参加するの」台所でお鍋を見下ろしていたメイヴさんが言った。
「は?」
「参加よ。用意しなさい」
「あー……」鮫島さんはさすがに言いよどんだ。「でもせっかくお友達とピクニックなのに、僕が加わったら――」
「参加だ」浴室からタオルで髪をゴシゴシしながら現れたサイが言った。「なにか差し支えがあるか?」
「いや……いちおう上に報告しないといけませんが、たぶん反対はされないんじゃ、ないかな……」
「巻き込んでゴメンね」わたしは少し同情した。「わたしたちが出掛けてるときくらいお休みしたいでしょ?」
「いや、良いんですけどねそれは……でもホントに支度しなきゃ。装備を使って良いのか確認しないと」
「そのことだが、できればあまり言いふらさないでもらえないか?必要なものはわたしが揃えるから」
「お忍びで行けと?」鮫島さんは渋い顔だった。
このまえ中国まで行っちゃったことが多少問題になったという。「常に行動を共に」という命令は守ったし、極めて貴重な情報を持ち帰ったから、米軍の顧問という立場ということにしてなんとかお咎め無しだったそうだけど。
「……まあ多少、融通は利くかも」
そんなわけで十月なかばの土曜朝。
わたしたち一行は「ピクニック」に出発した。
メイヴさんが魔法の絨毯をもう一枚作ったので、メンバー全員が乗れる。
わたしとメイヴさん、それにAチームの女性ふたりが一枚を使い、サイとですぴーと鮫島さん、それにネコがもう一枚に乗って、川越のタワマン屋上から出発。
出発10分後に富士山の左脇を通過した頃には、ジョーとシャロンはすっかり夢中になっていた。
「うちの部隊にも一枚欲しいよこれ!どんな隠密作戦にも使えるもん」
「凄いよね、音速近いのにそよ風しか感じないし息苦しくないし!オスプレイと交換してくんないかな」
「とにかく、魔法の絨毯に乗る夢が叶うなんて思わなかったなあ」
「シャロンさんもそう思います?わたしも」
「やっぱ女子としちゃね……あとは人魚姫になれたら最高だねえ」
わたしたちは女子トークに花を咲かせた。
いっぽう男子組(?)はサイと鮫島さんが並んで前のほうに乗り、何やら話し込んでた。ですぴーはひとりうしろで荷物の山に保たれて、ビールを飲んでる。
「ていうかさ、ディーってサイファーに惚れてんすよね」ジョーが言った。
「デスペラン?」メイヴさんが答えた。「さあねえ……わたしはふたりのなれ初め知らないのよ。わたしがふたりに出遭ったときはもう、サイファーは世界王の呪いで少年に変えられてたから」
「えっ?呪いだったんだ……」
メイヴさんはうなずいた。「でもデスペランはサイファーが女だったときからの付き合いだし、呪いが解かれるまでずっと待ってたとしたらすごい執念だわね」
「それじゃナツミにとっては脅威だよねえ」
「え?」
「そうでしょ?うかうかしてっとサイファー寝取られちゃうぞ」
「えーっと……それは」
「余裕こいてちゃダメだよ、あたしたちはナツミの味方だからね!」
「はい……がんばります」
そんなこんなしてるうちに目的地に到着した。
「あらあらこれは……」メイヴさんが呟いた。
「みなさーん!このあたりは対〈魔導律〉障壁が濃密なようよ!この辺で歩きに切り替えましょう!」
わたしは戸惑った。
「え?なんですそれ?魔力が使えないってこと?」
わたしが言うあいだにも魔法の絨毯はぐんぐん高度を落とし続けていた。




