111 ドラゴンVS宇宙船
わたしたちは湖を囲む切り立った峰に瞬間移動した。
戦争は一時的に収束したのか、空にはなにも飛んでなくて、爆発の類いも止んでいた。
ただし、〈ハイパワー〉の宇宙船だけは相変わらず浮かんでる。
サイはわたしをわずかな平地に降ろした。幅1メートルくらいの峰の頂上で、クレーターの内側も外側も 急な勾配で落ち込んでいた。中国によくある無茶な登山道みたいだった。とにかく、うっかり足を滑らせたら何百メートルも滑落する。
ほかの人たちもその峰に立っているのが見えた。
Aチームは20メートルほど離れてる。
ですぴーがメイヴさんと一緒にテレポートして現れた。なにかを抱え込んだ鮫島さんとメイガンも一緒だ。
「メイガン、それって……」
「ああ、山田くんの体。このくらい持ち帰らなきゃ」
「戦利品か?仕事熱心なことだ」ですぴーが言った。
メイガンと鮫島さんが協力して、壊れた山田くんをまるまる一体ぶん回収したらしい。折りたたみナップザックを広げて頭や手足を詰め込む様子はなかなかシュールだ。
ズ・ズン……
身体を揺すられるような地鳴りが走って、湖の水面が激しく波打った。
地震?
いや、あれが地上に出ようとしてるんだ……
島の真ん中の孤島が見た目に分かるほど揺れていた。ヘリが慌てたように離陸してゆく。まもなく白い建物が倒壊して、島そのものもぐずぐずに割れ始めた。
とつぜんバリバリ音を立てて島全体が崩れ、水没した。湖の底が抜けてあの地下迷宮に沈下してしまったのだろう、続いて湖面に大きな漏斗状の渦巻きが生じていた。
なかなかのスペクタクルだけど――
本番はそれからだった。
湖面に淡い光が浮かんで、それから水面が大きく盛り上がった。
巨大な翼が水を割って出現した。
そしてドラゴンが悠然と頭をもたげた。
「ボス!デカいんですけどあいつ!」シャロンが叫んだ。
「サイズに惑わされんな!人間がイメージ投影してるだけ――」
ドラゴンが大きく羽ばたいて、ものすごい突風をわたしたちに叩きつけた。
「うわあ!」
みんな地面に伏せてなんとかやり過ごした。サイが抱いてくれなかったらわたしなんか吹っ飛ばされてたところだ。
女衛士の何人かは斜面を転げ落ちてしまった。
ドラゴンが巨体をうねらせながら空に舞い上がった。明らかに地下神殿の時より巨大化していた。
まっすぐ〈ハイパワー〉の宇宙船に向かってる。
宇宙船の機首から稲光のような激しい光の瞬きが生じていた。ビームでドラゴンを攻撃しているようだ。だけどドラゴンはひるむ様子もなく、宇宙船に巻き付いてしまった。
なんかこんな映画のシーンあったよね?
「なるほど、毒をもって毒を制すか」ですぴーが言った。「どちらかでも倒れればめっけもんだが……」
宇宙船の胴体から幾筋もの光線が放たれてるけれど、ドラゴンの胴体を透過してしまうように見えた。光の筋の何本かは地面に当たって大爆発を引き起こしてた。やっぱりビームね!
宇宙船が身じろぎするように動き出して、同時に周囲でパッパッと煙が上がり始めた。
「人民解放軍が砲撃を再開してる!」地面に這いつくばったメイガンが叫んだ。
ドンドン!キューン!という音が幾重にも重なって聞こえた。ずいぶん遠くから撃ってるみたいだ。
「うかうかしてられないぞ!」ボブが言った。「このままエスカレートしたら核攻撃ぐらい思いつくかもよ?」
「いくらなんでも飛躍しすぎよ!」メイガンが文句を言った。「――ええい、無線機を埋めるんじゃなかった」
「中尉、衛星携帯でしょ?国防省かNSAになんか聞けないの?」
「だから!わたしたちはお忍びでここに来てるんだってば!」
(カクコーゲキって水爆ドカーン!てことだよね……)わたしは額に汗した。ますますどうしてこんな真っ只中にいるんだか、わたし……!
ドラゴンは宇宙船の表面を舐めるように這いずり回っていた。
宇宙船はさすがに異星人(?)の乗り物らしく、ぐるぐる回転したり、飛行船ではあり得ない動きをしていた。いっけんドラゴンに締め上げられてもがいているように見えた。
「やつのほうが優勢っぽいぞ」ですぴーが言った。
サイも顔をしかめていた。
「もうちょっと、頑張ると思ってたが……」
ドラゴンに巻き付かれた宇宙船はもう何千メートルも高度を上げていた。ほとんど垂直に、船首を上に向けている。
ギシギシ、メキメキ、という不気味な音が聞こえる。
宇宙船のメタリックな表面に七色の光がさざ波のように走っていた。
やがて
宇宙船が真ん中からへし折れた。
「あーあ」
ですぴーが頭の後ろで掌を組んで空を見上げながら、言った。
「予選を勝ち抜いたのは主席のようだ」
真っ二つに折れた宇宙船が破片をまき散らしながら峰の向こうに落下してゆく……
やがてズーン……という重い響きが地面から伝わってきた。
大爆発が起こるものと身構えたけれどそれは無く、ただ茶色い土煙がむくりと湧き上がっていた。
ドラゴンが大きく羽根を広げて咆吼した。思わず耳を塞ぐほど甲高い咆吼だ。
「もう後戻りは無理かな」メイヴさんが言った。「あれはもう大量のエネルギーをむさぼりすぎて、おそらく知性を失ってると思う」
サイは険しい顔で空を仰ぎながら、言った。
「荒れ狂う帝王の誕生か」
わたしはサイを見上げた。
「サイ、戦うの?あれと?」
「ナツミ、心配するな。 わたしはあんなインチキ野郎に負けはしない」
「おい」ですぴーが言った。「おまえでもちょっと分からんぞ。せめて巌津和尚を呼んでから取っ組み合え」
メイヴさんもだいぶ悲観的だった。
「そうよサイファー、あれと戦ったら多大な犠牲なくして勝てないと思うわよ」
「ちょっとみんな!あれ見て!」メイガンが空を指さして叫んだ。
それで、わたしたちはみんなメイガンが指さすほうを見た。だいぶ日暮れが迫った西の空にいくつもの黒い点が見えた。
眺めてる間にどんどん増えてる。
黒い点は徐々に長細いシルエットとなってドラゴンを囲むように接近してくる……
「〈ハイパワー〉の宇宙船が、何十隻も……」ジョーがそれだけ言って絶句した。
数十隻もの宇宙船が柱のように列を組んで、ドラゴンを円状に取り囲んだ。
そしてとつぜん空全体がフラッシュライトのごとく光り、残像が焼き付いたわたしたちが目をしばたいて、あらためて空を見上げると、ドラゴンも宇宙船も消えていた。




