109 地下神殿
「え、うそ」
わたしは足を投げ出して座り込んで、呆けたように天井を見上げていた。
「ニャー」
茫然自失のまま床についた手元を見下ろすと、ハリー軍曹がいた。
「ハリー……どうしよ、わたしたち――」
どうなっちゃったの?
周囲を見渡した。
明るい。
わたしたちを乗せた床はまだゆっくり降下し続けていた。頭上でシャッターが次々と閉じてゆく。
やがてまたがくん、と床が揺れて、降下が止まった。
わたしたちを囲んでいた白い壁の一枚が横に開いて、ハリー軍曹がその出口に向かって走った。それから立ち止まってわたしのほうを振り返った。
「あっ待って、わたしも行く」
わたしはヨロヨロと立ち上がって、エレベーターの外に足を踏み出した。
ハリー軍曹はふたたび歩き出した。
「待って!ここでじっとしてたほうが良くない?ですぴーがすぐに来てくれるよ……」
それでもハリーはどんどん歩いて行ってしまうので、わたしは仕方なく従った。
六本木のお洒落なナイトクラブみたいな世界が広がっていた。
壁も天井も黒っぽいミラーパネルが張り巡らされて、奥行きがよく分からない。床は白く明るい。
どうやらだだっ広い通路のようだ。
人間がいっぱい横たわっていた。
「ひえっ……」
ハリー軍曹が転がってる死体らしき物に歩み寄って匂いを嗅いでいた。
わたしは抜き足差し足でそのそばに近づいた。
山田くんだ。
よくよく見ると転がってる遺体はみんな学生服姿だ。
みんなバラバラ死体と化してたけれど、血は流れていなかった。壊れたマネキンだった。
怖くてあまり詳しく見てないけれど、倒れているのはどれも山田くんの顔だった。
そんなのが何十体も……。
わたしはその遺体をよけながら通路を進んだ。
ハリー軍曹に従って角をまがると、通路はかなり破壊されていた。ミラーパネルが割れてコンクリートが剥き出しになり、床の照明もところどころ消えて白黒になってた。
ハリー軍曹がとつぜん駆け出した。
「ちょっと!待ってよハリー!」
すると、薄暗い通路の奥から声が聞こえた。
「やあハリー」それから「――ナツミか?」
わたしはハッとして、立ち止まった。
「……サイ!?」
わたしは返事も待たず駆け出していた。
サイは壁にもたれて座り込んでいた。ちょっとくたびれているように見えた。
「サイ!」
わたしはサイの傍らに屈み込んで、擦り傷やら煤汚れだらけの体に手を触れた。
「なんでここに現れた?」
「サイこそなんで――」わたしは言葉が詰まって首を振った。「ゴメン、わたしのこと探しに来てくれたのに……」
「とにかく無事のようで安心した」
「うん……ぜんぜん大丈夫」
サイが立ち上がろうとしたので、わたしは手を貸した。
「〈ハイパワー〉の山田くんと戦ってたの?」
「ああ。なかなか手こずってね……さっき最後の一体を片付けた」
「帰れなかったの?」
「ここは〈魔導律〉を制限するらしい。閉じ込められてた」
「じゃあ、抜け出せないの?」
「いままではね。だけどナツミが現れたとたん封印が解けたようだ」
サイはぶるっと頭を振って髪を掻き上げた。
擦り傷が消えていた。
「とにかく――」
サイはわたしをギュッとハグした。
わたしの全身が心地よく弛緩した……思わず、ちょっと色っぽい吐息を漏らしちゃった。
「ニャーウ」
わたしたちは足元を見下ろした。
「ごめんごめん」わたしはハリー軍曹を抱え上げて、あらためて3人一緒の抱擁を交わした。
「さて帰るか……と言いたいところだが、あとひとつ片付けないと」
「どうするの?」
「この奥だ」
わたしたちは肩を組んでゆっくり歩き始めた。
「サイ、ですぴーとAチームも来てるよ」
サイはうなずいた。
「それならまもなく駆けつけるだろう。もう封印は完全に無くなったから」
通路はまもなく終わって、サイは突き当たりの重い扉を押し開けた。
扉の向こうに広がる光景にわたしは息を呑んだ。
赤一色。
【ラストエンペラー】に出てきたような広い庭……その奥には神殿みたいな建物。
「なに……ここ」
「皇帝の玉座というところだな」
わたしたちは階段を下って広大な石畳の庭に降り立った。
すぐさま、青竜刀を構えた若い女性衛士ふたりが駆け寄ってきて、わたしたちの前に立ち塞がった。
「ここは下賤の踏み入る場所ではない!」
でもサイは立ち止まらず、低い、恐ろしげな威嚇のこもった声で言った。
「どけ」
衛士たちが急に萎縮したのが分かった……うろたえた表情で後ずさった。
サイはまったく意に介さず、衛士たちのあいだを悠然と通り抜けた。
神殿の真ん中にはサファイアブルーに輝く大きな石が鎮座していた。台座の上に恭しくまつられ、妙に有機的な紋様が表面に蠢いている。サツマイモみたいな形状で1メートルほどの長さ。
その石の向こうには、白い儀式装束姿で頭に白い帯を巻いた男性が、座っていた。
「あんな大きな〈魔導律〉結晶を作り出すとは」サイは呆れ声だった。
「(魔導律)の、結晶?」わたしは囁いた。「あの青い塊を、人間が作ったの?」
「ある意味大したもの だが、どんな犠牲を払ったのか想像を絶する」
「あれを一体どうするつもりなんだか……」
背後を振り返ると、いつの間にか大勢の女衛士が集合して、わたしたちを遠巻きに囲んでいた。
時代がかった古代中国の甲冑姿で青竜刀を携えた、奇妙な女性たち……。みんな若くて美人。鼻筋がシュッとした似たタイプの顔ばかり。
闖入者であるわたしたちに対する敵愾心は、なぜかあまり感じられない。
(たぶん、わたしと同じくらい途方に暮れてるんだ……)
玉座の男性の家来なのだろうけれど、新たな指示がもらえなくて路頭に迷ってる、というふうだった。
無理もない。
玉座の男性は死んでるみたいに見えたから。




