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104 いま帰った


 「どんなもんよ!」メイヴさんが仁王立ちで勝利宣言した。


 わたしは無言で立ち上がると、手近な椰子の木に手をついて、吐いた。

 「オエ――」

 さいわい胃袋は空に近かったけど。


 「あらあら、大丈夫?」

 わたしは涙目で答えた。「ま……ぼちぼち」

 「悪いけどもうちょっと我慢してね」言いながら、メイヴさんは鞄からペットボトルの水を取り出してわたしに放ってよこした。



 わたしたちは飛行を再開した。

 「追ってきた人、生きてるみたいですが……」

 「衣装を失ったら飛べないけれど、まだ〈魔導律〉が残ってるでしょう。生還できるんじゃない?歩いてだって帰れるし」

 「そっか、水と果物もありますからね……」

 それでわたしは余計な心配をやめて前方に集中した。


 さらに飛び続けること1時間……

 メイヴさんが先に桟橋を見つけた。

 「あっあれじゃない?」

 メイヴさんは絨毯のスピードを落として旋回させた。たしかに、桟橋と櫓が見えた。

 「そうです!」

 絨毯をゆっくり降下させてゆくと、わたしたちのコテージも見えた!

 帰って来られたんだ!

 わたしが椰子林と砂浜の境界に建てられた小屋を指し示すと、メイヴさんはその近くに絨毯を向けた。

 わたしは絨毯が地面に降りるのも待ちきれず、立ち上がって飛び降りた。

 「ここに住んでるの?」

 「まあ、寝室として使ってる感じです」

 「いいわねえ」


 コテージでちょっとひと休みしたいとこだけど、わたしたちは絨毯を丸めて運び上げると、100メートルほど歩いて出口に向かった。

 秘密のドアをくぐると、わたしたちは川越のアパートに戻っていた。


 わたしはあらためて実感を噛みしめた。

 ちょっと信じらんないけど、戻ってきた!宇宙人にさらわれて無事戻れたのだ!


 「あら、ひょっとしてあなたの住処なの?」

 「賃貸ですけどね」わたしは台所のテーブルにスマホが載ってるのを見つけて、飛びついた。

 「どうぞ、座っててください」ですぴーに電話しながらわたしはメイヴさんに言った。


 『オイナツミか!?』受話器の向こうからですぴーの驚愕が伝わってきた。

 「はい!いま帰ってきました……アパートにいます。だけどサイは中国に置いてけぼりで……」

 『ああ、あんたとサイが中国に向かったところまでは把握してたけどな……なんで中国に行ったんだ?』

 「えーとそれは」わたしはやや躊躇した。「わたしが山田くんに、もっと強い〈魔導律〉の持ち主がいるよって教えたからなんで……」

 『なるほど』ですぴーも声を潜めた。『それで、いたのか?その――』

 「はい……いまここに一緒います」

 『そっか』ですぴーが言った。『ちょっといったん切るわ』

 「え?はあ」


 わたしは当惑しつつ通話を終えた――

 「メイヴ・ウィンスター!!」

 「ひゃっ!」わたしはスマホを放り出して飛び上がった。

 ですぴーがテレポーテーションしてきたのだ。

 「あらデスペラン!ご無沙汰だわねえ」

 「ととと突然現れないでよっ!」

 「すまんすまん」

 冒険仲間のふたりはハグで再会を喜びあった。

 「……あ~、感動の再会のお邪魔して申し訳ないんですけれど、おふたりとも靴脱いで頂けません?」

 「おお、そうだった」


 靴を脱いだふたりは、台所のテーブルに座って近況を交換し合っていた。わたしは紅茶を入れた。

 「おまえをどうやって探すかずっと考えてたんだが、あのインチキ異星人のおかげで助かったぜ」

 「インチキ?」わたしは尋ねた。

 「ああ、あんたがヤマダに連れ去られたあとでちょっとあってな。あの天草というニューフェイス、彼女も〈ハイパワー〉の一味だったのさ」

 「えっ!?そうなの?」

 「彼女が自分で正体明かしやがったんだ……だが、ヤマダも彼女も高度なロボットだ。それに異星人じゃなかった。〈ハイパワー〉は古い地球人……古代文明の末裔だ」

 「はえ~……」

 ですぴーはうなずいた。

 「NSAの分析官もだいたいそんなふうだったよ」

 メイヴさんが言った。

 「わたしはずっと幽閉されてたから、この世界のことは断片的にしか知らないの。NSAというのは人民解放軍の大佐が言っていた、悪魔の帝国の手先なのでは?」

 「中国人にいろいろデタラメを吹き込まれたようだな」

 メイヴさんは肩をすくめた。

 「わたしも彼らの説明が1から10まで真実とは思わなかったけどね。彼らの荒んだ世界の捉え方からして、ここが〈ギルシス〉の末裔の世界だとは推測したわ。そうなのでしょう?」

 「残念ながら、そう」

 「いやあねえ……早く帰りたいわ」

 「そうは問屋が卸さねえんだ。『終焉の大天使協会』はここで俺たちに仕事させようとしてる」

 メイヴさんはため息を漏らした。

 「そうなの……それで、どうすればいいのか分かってるの?」

 「いまはそれよか、サイファーを中国から連れ戻さにゃ」

 「ああそうですよ!」わたしはテーブルを叩いた。「いまは……4時?サイは3時間以上もあっちに行ったままよ。どうやって連れ戻せばいいんですか?」

 「衛星からモニターかぎりじゃ、派手な戦闘が起こってるようなんだよな」

 「サイが、戦ってるの……?」

 「気が向かないかもしれんが、中国に戻るか?」

 「サイを連れ戻しに?」

 「ああ。どのみち様子を見に行くつもりだったんだ。あんたたちにはここでゆっくりしてもらいてえところだが……俺がナツミの護衛を怠ったと知ったら奴が怒るから」

 わたしはうなずいた。

 「わたしがいちばん安全なのは、サイの側だもん。行く」

 正直、逃げてきたばかりの中国にとんぼ返りすると聞いて、わたしは足が竦んだ。

 でも行かなければ!


 メイヴさんが立ち上がった。

 「仕方ない。行きましょ」

 「え?おまえまで戻ることはねえんだぜ?せっかく解放されたんだから――」

 「良いじゃない、久々のトリオ復活の機会なんだから……それにちょっと用事もあるし」

 「忘れ物でも?」

 メイヴさんは首を振った。

 「ドクターペッパーという、あの地方でしか生産されていない飲み物があるの。まとめて入手しておかないと」

 「えーと」わたしは頭をかいた。「ドクターペッパーはこの近所でも売ってます……」

 「え、本当!?」

 わたしもですぴーもうなずいた。「世界中で売ってる」ですぴーが言い添えた。


 メイヴさんは椅子に座り直した。

 「行く理由がなくなった」


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