101 夢幻回廊
ハイパワーが地面に穿った穴は、とても深かった。
わたしたちは見えないエレベーターに乗ってるかのように、地下世界に降下した。
もとは通路や部屋だったとおぼしき残骸がなかば溶けて、不気味なオブジェクトと化していた。
さっき山田くんが「遮断装置を切った」とか言ってたけれど、それで目的の場所がはっきりしたのだろうか。山田くんは迷いなく突き進んでいた。
穴に飛び込んだときは蒸し暑くて息が詰まったけど、すぐに涼しくなって呼吸もできるようになった。残骸はまだオレンジ色に赤熱してたから、山田くんがバリアーかなにか張ったのかもしれない。
人の気配はない。
電灯も切れてる。
やがて、わたしたちは穴の終点、広々とした地下トンネルに降り立った。
(なんなのここ……)
ここの電灯は生きてる。
高さが何十メートルもありそうなかまぼこ断面のトンネルが見渡せた。それで、あまり見たくないモニュメントがずらりと陳列されているのが見えた。
(彫像?)
ロボットなのか、得体の知れない巨大彫像が並んでる。
でも人型ロボットはともかく、モダンアートじみた、ねじれた鉄の塊もたくさん並んでた……
控えめに言っても不気味。
アントニオ・ガウディ的なレリーフが刻まれた石盤とか……
蒸し風呂のあとでは妙に涼しい地下で、わたしは山田くんのあとについて地下回廊を歩き続けた。正直言ってわたしはびびってたから、山田くんから逃げようという気も起きなかった。
地下トンネルの終点は、壁いっぱいに書かれた赤い★がライトアップされてた。それと判読不能な中国語。
そこで初めて声が聞こえてきた。スピーカーから威嚇的な調子で、たぶん「これ以上近づくな!」とかなんとか言ってるのだろう。
ここの職員は壁の向こうに籠城しているのだろうか。
山田くんも、声を張り上げて流暢な中国語で返事を返した。
それから片手を芝居下たっぷりにゆっくり上げて、カウントダウンしはじめた。
「サン――アァ――」
指を折りながら、ゆっくり。
「イー――リン……」
スピーカーから慌て気味の声が響いた。
山田くんが短く答えると、壁の一部がガタンと音を立てて、分厚い扉がゆっくり開き始めた。
山田くんは両手をポケットに突っ込んで扉が開ききるのを眺めている。
わたしはやや距離をとってその背中を見てた。
――案の定、扉が停止したとたん、中から鋭い打擲音が響き始めた。タタタタタンッ!という、明らかに銃声だ。わたしはしゃがみ込んで耳を塞いだ。
だけど、山田くんは余裕で突っ立ってた。
銃声が止んだと思ったら今度はものすごい火炎がわたしたちに襲いかかった。
「ひっ!」
わたしはさらに縮こまったけれど、かすかなガソリン臭さは感じたけど熱さは感じず……バーベキューにもならずに済んでいた。
やがてそれも止んで、しばらく、たぶん一分ほど沈黙が続いた。
壁からさっきとは違う、哀願に満ちた調子の声が響いて、また山田くんが応じた。
扉の向こうから、カーキ色の制服を着た人たちが両手を挙げて出てきた。
さらに白衣姿の男女が続いた。
こちらは手は上げてなかったけれど、そそくさと立ち去る制服の人と違ってわたしと山田くんをしげしげと眺めながら、横を通り過ぎた。
学生服姿の山田くんとしゃがみ込んでおびえてるわたしの姿は、じつに奇妙な取り合わせに見えたことだろう。
中国人の一団が立ち去ると、山田くんが言った。
「さて、行こうか」
わたしに言ってる?
……だよね。
わたしは泣きたい気分だったけど、しぶしぶ立ち上がって、山田くんの後に続いた。
扉の向こうはいっけん病院みたいな、普通の建物の中みたいだった。ただし赤い非常灯のおかげでホラーじみていた。
わたしは山田くんのあとを着いて行きながら唾を飲み込んだ。
こわい反面、この先にメイヴがいるかもしれないと思うと、期待と不安がない交ぜの複雑な心境になる。
遠くで「ズズーン」という音が聞こえて、廊下が揺れた。
わたしはそれで思わず立ち止まったけれど、山田くんは意に介さず歩き続けてる。
ドリンクの自販機が廊下に並んでて、さらにシュールだ。
何度か角をまがると、廊下の突き当たりにいかにも「特別製」という趣のドアがあった。びろうど張りで劇場のエントランスじみてる。
山田くんが押してみたけど、鍵がかかってるみたい。
「なるほど」
山田くんは振り返ってわたしに言った。
「来い。扉に手を置け」
「え……?」
「早くしろ」
「あ、はいはい」
わたしは扉のノブ辺りに手の平を当ててみた。
「こう?」
すると、ガチャンと音がして、扉の鍵が開いた。
「えっなんで……」
山田くんは扉を押し開けた。
扉の向こう側はさらに奇妙だった。
まるでホテルだ。
部屋の奥から、女性の声が聞こえた。
「あらあら、また封印を解いてしまったのね。あなたたち本当に熱心だこと」
どことなく面白がっている声音だった。
山田くんがわたしに言った。
「行け。女を部屋から連れ出すんだ」
「え?わたしが?」予想外の言葉に戸惑ったけれど、わたしはおそるおそる部屋に足を踏み入れた。
止まってるエスカレーターに乗ったときのようなふわっとした奇妙な感覚に襲われて、わたしはつんのめりそうになった。気を取り直して呼びかけた。
「あのー……メイヴさん?」
「待って、いま着替えてるから」
「あ~……はい」
いささか緊迫感のないやり取りでわたしは当惑していた。
二分ほど待たされたものの、やがて奥の部屋から女性が現れて、わたしはホッとした。
「はい、お待たせしました」
なんの変哲もない洋服姿だった。
まえに見た姿とはずいぶんイメージが違った。とはいえ金髪の端正な美貌は、たしかにまえに彼岸で遭ったあの女性のようだ。




