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38.(証拠は揃った、かもしれない)

 ドロシーやグレース、そして修道院のみんなが精力的に出歩いて情報を集めている一方、私はロディと二人で別邸にこもりっきりになっていた。


 みんなは二、三人一組になって出かけては、新たな情報を手に戻ってくる。その情報を聞き取り、まとめて整理する役がどうしても必要になってしまったのだ。


 私もできることなら情報集めに出かけたかったのだが、先日ミランダさんと面会するために王宮でうろうろして悪目立ちした前科がある。私がこっそりと情報を集めるのは、難しいように思われた。


 そんなこともあって、別邸に残って情報をまとめる役は私に押し付けられてしまったのだ。次期伯爵として特訓していることもあって書類仕事は苦手ではないが、こうしてじっとしていると居ても立ってもいられなくなる。


 みなが報告してきた内容をまとめた書類を手際よく分類していたロディが、苦笑しながらこちらを見た。


「気持ちは分かりますが、焦ってもいいことはありませんよ。これも大切な仕事なのですし、頑張りましょう」


「それくらい分かっているわ。でも、やっぱり落ち着かないの」


 思わず声がきつくなる。彼の言うことは正しいけれど、それでも八つ当たりせずにはいられなかった。そうして、そんな自分に自己嫌悪を覚えそうになる。


 彼はそんなところまで見抜いているのか、ひときわ優しい目つきになった。そんな目をした彼は、まるで私よりもずっと年上の円熟した男性のように見えた。彼は私と同い年だというのに。


 そんな彼の余裕が愛おしくも憎らしくて頬を膨らませていると、ロディは近づいてきて私の頬をつつきだした。先ほどとは打って変わって、いたずらっぽい目をしている。


 私たちの間に甘い空気が流れ始めたその時、シャーリーがばたばたと駆け込んできた。私たちはあわてて離れ、何事もなかったようなふりをする。


「修道院から、返事が来ましたよ。……あれ、どうかしましたかお二人とも。気のせいか、顔が赤いような……」


「気のせいよ。それより、報告をお願い」


「了解しました。ばあちゃん、気合入ってるみたいですね。ほらこの子、ばあちゃんが飼ってる鳥の中で、一番速く飛べる子なんです」


 ばあちゃん、というのはあの修道院で働いている伝書士だ。私もあそこにいた時に何度か彼女が飼っている鳥を見せてもらったが、みなとても立派なものだった。今シャーリーの腕に止まっているのも、ほれぼれするような見事な翼をした大きな鳥だ。


 シャーリーは鳥を腕に乗せたまま、空いた手で小さな紙片を差し出してくる。とても小さく折り畳まれたそれを、慎重に開く。


 そこには、レイ男爵についての情報が事細かに書かれていた。レイ男爵というのは、ミランダさんの夫であるフェルム公爵の愛人エヴァの父にして、フェルム公爵の息子であるジョンの祖父だ……ああ、ややこしい。


 彼はフェルム公爵とつながりがあるだけでなく、あの宴の日、フェルム公爵に真っ先に駆け寄り、彼を介抱した人物でもあるのだ。修道院の精鋭たちは、あっさりとそのことを突き止めていた。


 一方でミランダさんは彼のことをあまりよく知らなかったらしく、彼女から渡された紙にはレイ男爵のことはほとんど書かれていなかったのだ。


 彼も一応、事件の関係者だ。彼についても調べておいた方がいいだろう。私たちはそう結論付けて、至急修道院に連絡したのだ。レイ男爵について、そちらで分かることをまとめて送って欲しい、と。


 今シャーリーが持ってきたのがその返事だ。思ったよりもかなり早かった。私が広げた紙片に目を通していると、ロディとシャーリーも寄ってきてのぞきこむ。


「彼も法官なのですね。ヘレナが会ったというウォレスさんも法官だったと記憶していますが」


「ええ。でもレイ男爵は、罪人の刑罰に関わる部署にいるみたいね」


「罪人の刑罰って、やっぱり処刑とか……するんでしょうか。怖いですね」


 シャーリーが大きく身震いする。その拍子に、彼女の腕に止まったままの鳥が小さく鳴いた。


「可能性はあるわ。死刑の執行において実際に手を下すのは執行人だけれど、彼はその執行人に命令を下す立場にいるのだし」


「死刑の執行、と言うとあれですか」


 ロディが眉間にしわを寄せたまま、声をひそめる。


「あれね」


「あれですね」


 私とシャーリーもつられて小声になった。全員で目を見かわして、同時につぶやく。


「キチトの毒」


 声がぴったりそろったのがおかしくて、三人同時に笑い声を上げる。そのまま、口々に思うことを話し始めていった。


「キチトの毒は珍しいもので、罪人の処刑ぐらいにしか使われない。グレースとメラニーさんがつかんできた情報ね」


「きっとレイ男爵は仕事柄、その毒について知っていたのでしょうね。それなら、すぐに毒の種類を言い当てることができたのもうなずけます」


「でも、ちょっと変じゃないですか?」


 シャーリーが腕に鳥を止まらせたまま首を傾げた。鳥も一緒になって首を傾げているのが何とも可愛らしい。


「何もおかしなことはないと思いますが。レイ男爵は刑罰に関わる法官で、それゆえにキチトの毒にも詳しい……ん?」


 状況を整理しながら話していたロディが、不意に黙り込む。シャーリーが目を輝かせてうなずいた。


「レイ男爵がキチトの毒に詳しいのなら、フェルム公爵の様子がおかしいことにも気づいたのではないでしょうか?」


 それを聞いて、ようやく私も気がついた。毒を口にした時のフェルム公爵の様子は、キチトの毒によるものとは全く異なっていたと、医者が言っていたことに。


「本当だわ。彼なら、フェルム公爵がキチトの毒を盛られたのではないとすぐに分かった筈ね。症状がまるで違うのだから」


「だいたい、強い臭いがする毒が入ったワインを、そのまま飲むっていうのがそもそもおかしいですよね。公爵って、ワインにうるさい人なんですよね? アイリーンからそう聞いてますけれど」


「だとすると、公爵はキチトの毒を口にしていなかったのでしょうか……?」


「口にしていたら間違いなく死んじゃうんですよね。うわあ、怖いです」


「そうすると今度は、公爵がいきなり倒れてのたうち回った理由が説明できないのよ」


「公爵はすぐに回復されていましたし、他の毒が使われていた痕跡もないようですね……ということは……」


「まさか、演技……? どうして、そんな」


 さっきまでのにぎやかなお喋りを止めて、私たちは押し黙ってしまった。私たちの考えが当たっていれば、この事件の真相はあまりにもミランダさんにとって酷だ。誰あろうフェルム公爵が、彼女をはめようとしていたなんて、私としても信じたくはない。


 私は力強く頭を振って、不穏な考えを心の奥底に沈めた。今はまだ、それは可能性の一つに過ぎない。


「……とにかく、こうして私たちだけで話しあっていても結論は出ないわ。夕方になればみんな戻ってくるし、その時にあらためてみんなで考えましょう」


「そうですね。少なくとも、ミランダさんの無実を証明できるだけの証言は集まりましたし、そろそろウォレスさんに会いにいってもいいかもしれませんね」


「そうね。私たちの一番の目的は、ミランダさんを無事に連れ戻すことなのだから」


 どことなく重くなった場の空気を吹き飛ばすように、シャーリーが連れていた鳥がぴぃ、と甲高い声を上げた。

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