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32.かごの鳥

 宴の夜からずっと、私は王宮の一室に軟禁されていた。窓には鉄格子がはまっているし、扉の外には見張りが立っている。


 あの夜、オーガストは何者かに毒を盛られたようだった。そして腹立たしいことに、私が一番の容疑者ということらしい。私は反論すら許されず、ここに放り込まれてしまった。牢獄でなかっただけましだったし、修道院に連絡することだけは許されたが、それでも納得がいかない。


 どうにも嫌な感じがする。彼が倒れてから私が捕らえられるまで、あまりにも淀みなく物事が進んでいた。まるで誰かが、私をはめようとしているかのように。


 けれどこうして軟禁されている身では、その証拠を探しにいくこともできない。突然の変事に何もできないというのは、ひどくもどかしかった。


 せめてもの抵抗として、私は取り調べに対して無言を貫き続けることにした。私はオーガストに毒を盛ってはいない。けれどうかつに口を開けば、その言葉が曲解されて犯人に仕立て上げられてしまうかもしれない。だから私は何も言わないことにしたのだ。


 口を閉ざしたまま眉一つ動かさずに涼しい顔で座り続ける私に、取り調べの役人も手を焼いたらしい。彼らはみな、どうにかして私の口を割らせようと悪戦苦闘したあげく、お手上げといった顔で退室していくことになった。そして時間をおいて、別の役人が顔を出す。その繰り返しだった。


 そうして二日ほど経った頃、宴で会った法官ウォレスが顔を出したのだった。彼は取り調べに駆り出されるような下っ端ではない筈だが、おそらく役人たちの方も万策尽きてしまったのだろう。


 しかし彼の行動は不可解なものだった。彼はたった一人で私のいる部屋にやってくると、独り言を装って色々なことを話し始めたのだ。


 オーガストはあっという間に快復し、後遺症一つ残さずにけろりとしているということ。彼が「妻に毒殺されかけた」とあちこちで吹聴して回っているということ。王は私の無実を信じてくれているということ。彼は顔色一つ変えずに、それらの事柄を語っていた。


 私たちは、あの夜たまたま出会って少し言葉を交わしただけの間柄でしかない。なぜ彼は、こうまでして私に情報を流してくれているのだろうか。


 彼の真意は分からなかったが、裏があるようには見えなかった。だから私は少しだけ態度を和らげて、感謝の意を込めた微笑みを向けることにした。彼に気を許した訳ではないが、これくらいなら問題はないだろう。


 緊張した面持ちだった彼は、私の反応を見てほっとため息をついた。そのどことなくうぶな仕草に微笑ましさを覚えていると、彼は折り目正しく頭を下げた。


「……それでは、今日はここで失礼いたします。また明日、改めて参ります」


 彼は珍しくはっきりとした笑顔を浮かべて、そのまま退室していった。気のせいか、わずかにその耳が赤くなっているように思えた。




 それから彼は毎日ここを訪れて、様々なことを話していった。やはり名目上は取り調べということになっているらしく、そう長く滞在することはなかったし、私もあいさつ以上の言葉を口にすることはなかった。それでも、黙って彼の声に耳を傾けている時間は、思いのほか心地良いものだった。


 そんなある日、私は窓辺の椅子に腰かけて鉄格子越しの景色を眺めていた。代わり映えのしない風景に飽きてきた頃、扉が控えめに叩かれる音が聞こえてくる。


「少々、よろしいでしょうか」


 いつもと同じように、ウォレスがそこに立っていた。相変わらず無表情の彼は、礼儀正しく頭を下げてくる。私は無言で微笑み、彼にうなずき返した。


 今日はどんな話を聞かせてくれるのだろうか。いつの間にか彼を心待ちにしていた自分に苦笑しながら、私はじっと彼の言葉を待った。


 けれど彼は背後の扉にちらりと目をやると、予想外の言葉を口にした。


「貴女に客人です。さすがに貴女を客人と二人きりにする訳にはいきませんので、私も同席することになりますが、よろしいでしょうか」


 その言葉にはさすがに驚いたが、無言のままうなずく。私に客人とは誰だろう。修道院の誰かが、駆け付けてきてくれたのだろうか。


 ウォレスが扉を開けると、背筋を伸ばしたヘレナがきびきびと入ってきた。


「ミランダさん……ああ、ご無事で良かった」


 ほっとした笑顔を見せるヘレナの背後で扉をしっかりと閉め、ウォレスがまた口を開く。


「今から貴女がたが話される内容については、私は聞かなかったことにします。ですので、どうぞご自由に話してください」


 その言葉に、ヘレナが不安そうな顔をして私を見る。彼を信用していいのか、とその目は問いかけていた。


「大丈夫よ、ヘレナ。あなたがここにいるということは、修道院のみんなはあなたに助けを求めたのね?」


「はい。私はロディと王都に来ました。ドロシーとグレースも、すぐに合流する予定です」


 懐かしい名前に目を細めながら、私は自分の知ることをできる限り彼女に伝えることにした。夫の様子がずっとおかしかったこと、あの夜に起こったこと。


 ヘレナは真剣な顔でうなずきながら話に耳を傾けている。壁際に立ったままのウォレスは、眉一つ動かさなかった。


「そうして、私は夫を毒殺しようとした疑いで、ここに軟禁されたの。真犯人は誰か、まだ分かっていないわ」


「分かりました。その真犯人を突き止めればいいんですね」


「……そうだわ、これを受け取って。きっとあなたの助けになると思うの」


 緊張した面持ちの彼女に歩み寄り、小さく折りたたんだ数枚の紙を手渡した。先日フェルムの屋敷で書き溜めた、あの紙だ。オーガストとその周囲の人間について、私が知ることを可能な限り記してある。オーガストはあくまでも被害者だが、彼の情報もきっと役に立つだろう。


 ヘレナは驚いているようだったが、すぐに冷静さを取り戻すと、紙をドレスの胸元に突っ込んだ。とっさの隠し場所としては上々だ。ウォレスは礼儀正しく目をそらしている。


「ありがとうございます、ミランダさん。私、頑張りますから」


 そう答えながら、彼女は紙をしまい込んだ胸元をしっかりと押さえている。その気合の入りように嬉しく思うと同時に、少しばかり心配も覚えていた。


「張り切ってくれるのは嬉しいのだけど、気をつけてね。あなたたちが嗅ぎまわっていることが真犯人に知れたら、何が起こるかわからないから。くれぐれも用心してね」


「はい、くれぐれも気をつけます。……ですから少しだけ、待っていてください」


 一通り聞き終わったヘレナが、入ってきた時よりもさらに張り切った様子で部屋を出ていく。彼女の後に続いて部屋を出ようとしたウォレスが、去り際にちらりとこちらを見た。


 彼の目には、思わずどきりとさせられるほど優しく、柔らかな光が浮かんでいた。

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