【2-EX】ヒロインイベントの予感?
その日、ファルエンド王国第一王女、アンジェリーナ・リドル・ファルンドは魔物討伐遠征を終え、王都ハイオールへと戻って来ていた。
数十日ぶりの帰還となったが、街の様子に変わりはない。沿道には王女帰還の知らせを受けた民が集まり、アンジェリーナに声援を送っていた。
「アンジェリーナ様ぁ! お帰りなさ~い!」
「こっち向いてくれぇぇ!」
「きゃー! アンジェリーナ様ぁぁぁ!」
「…………」
その様子を馬上から眺めるアンジェリーナ。その表情は硬く、声を掛ける民達には見向きもしなかった。
第二王女エカテリーナと同じ美しい銀髪。キリっとした目元、透き通るような蒼眼。引き締まったウエストに豊満なバスト。
身長はエカテリーナよりも高い。背筋も伸びており、纏う圧倒的な強者のオーラを見た者は――――
「――――カッコいい」
誰かが口にした、誰もが口にした。
アンジェリーナの姿を見た者の口から出る言葉の全てはそれであった。
それはもちろん、アンジェリーナの耳にも届いている。
物心ついた頃からアンジェリーナは、周りからカッコいいと男女関係なく言われ続けてきた。
それを聞いても彼女の表情は変わらない。嬉しそうでも嫌そうでもない、それはもう当たり前の事として自他ともに認知されていた。
「カッコいいけど、人形みたいだな」
「おい! そんなこと言うなよ!」
「でもお前も知ってるだろ? 鉄仮面とか呼ばれてるの」
「あ、あぁ……でもそれは、エカテリーナ様を推してる連中が言ってる戯言だろ?」
そんな言葉もアンジェリーナの耳に入る。もちろんそれでも表情は変わらない。
彼女は感情を表に出す事を昔から苦手としていた。それは大人になっても変わらず、そのせいで鉄仮面と呼ばれている事も知っていた。
しかしいつの間にか、苦手な事は当たり前の事になってしまっていた。
当たり前の事を、改善しようとは思わなくなっていた。
「エカテリーナ様とどっちがタイプだ?」
「お前やめろよ! 不敬だろうが!」
エカテリーナと比べられている事も知っている。
美しく可愛らしいエカテリーナと比べられ、可愛げがないと言われている事も知っている。
そして、その影響もあり加速する。
エカテリーナは可愛い、アンジェリーナはカッコいい。
誰もアンジェリーナの事を可愛いなどとは言わなくなった。
本当は、可愛いと言われたいのに。だが今となっては、その思いも眠りについてしまっていた。
「――――めっちゃ可愛くね!? ビックリしたよ俺!」
「ヨルヤ、来て早々なんの話だい?」
「だからアンジェリーナさん! さっき見たんだよ、めっちゃ可愛くない!?」
「兄の私にそういう事を聞かないで欲しいな……」
それは帰還の報告を行うために、兄の私室に訪れた時に聞こえてきた声だった。
その声に私の足は止まってしまう。何かありえない声が聞こえてきたようなと、そう思ってそっと部屋の中を覗いてみた。
「いや~ビックリしたわ。あんな美人いるんだなぁ」
「そ、そんなにかい? アンジェはどっちかと言うとカッコいいと言うような……」
「いやカッコいいけど、それ以上に可愛いだろ? どうなってんだよお前の美的センス」
「う、う~ん……」
可愛い……? 私が? あの人、私の事を可愛いって言った?
なんだろう、顔が熱い。まるでフレイムリザードの炎の中にいるような、そんな激熱な感情が心臓を高鳴らせる。
私は無意識に部屋の中に入り、覚束ない足取りで彼に近づいた。
「ん……ア、アンジェ!? 戻ってたのかい?」
「兄さん、後で」
「え? あ、うん」
兄から声を掛けられたが、そちらに意識を飛ばす余裕がない。彼の目だけを見つめ、ゆっくりと彼に近づいて行く。
そんな彼は驚いたような表情で、どうしてか慌てている様だった。
「あの……私の事、どう思う? 思いますか……?」
「え、えっと……? どう思うとは……」
「…………」
困らせてしまったようだ。そんなつもりなかったのに、いきなりそんな事を聞かれれば誰でも困惑するか。
しかしもう一度言って欲しかった私は、何年ぶりだろうか? 男性を下から覗き込む、上目遣いという仕草を使って彼の目を見てみる。
あの子、エリーの真似をしてみたんだけど、やっぱり私じゃダメ――――
「――――うっわめっちゃ可愛い」
「――――っ///」
「あっ……す、すみません。つい……」
見つけた。見てくれる人、言ってくれる人。見つけた、見つけた見つけた見つけた。
「……好き」
「は……?」
逃がさない。逃がしちゃいけない。絶対に……逃がさない逃がさない逃がさない。
私は、この人の所有者になりたい。
「……結婚しよう」
「は……?」
こうして私、チョロイン・アンジェリーナ・リドル・ファルエンドは爆誕する事になる。
――――
「よっしゃ! 今日こそ初級ダンジョンをクリアーするぜッ!」
「この国の大図書館、そこで司書できる事になったの!」
「俺は傭兵ギルドだな! ああいう雰囲気大好きなんだよ!」
「あたしは個人商店に雇われたんだけど、そこの店長がイケメンでさ!」
私の名前は、水鏡桜花。こっちの世界だと、オウカ・ミカガミって言うんだったっけ。
そんな私は、担当するクラスの学生たちと一緒に異世界へと召喚された。言葉にすると笑ってしまいそうになるが、事実である。
あの日、異世界転移を果たしたあの日。
神の世界に招かれた私は、学生たちの補助をお願いされてこの世界へとやってきた。
まだ十代の子供たち。神様達にミスもあったようだが、教師という私の立場が丁度いいという理由で転移をお願いされたのだ。
ほんと、断ればよかったよ。
「じゃあオウちゃん! 行ってくんね!」
「だからオウちゃんって言うなって……っもう!」
学生たちは今日も、嬉々として王城を飛び出して行った。
今となっては帰りたいと言う者もいなくなり、この世界を楽しんでいる……というより、この世界で生きていく事を決めたようだった。
転移して数日は、塞ぎ込んでしまった学生たちの心のケアに努めるという、先生らしいことも行ってきた。
それが今どうだろう? 私って必要なのかな? 私の補助が、彼らに必要だろうか?
「ミカガミ殿。本日はどのようになさるおつもりで?」
「あ、えっと……と、とりあえず生徒の様子を見て回ろうかと」
私の担当というか、この世界でどのように生きていくのかを一緒に話し合ってくれている文官さんが、いつものように声を掛けてきた。
未だに私は、どのような職に就くのかを決めていない。ここ最近は、学生たちの様子ばかりを確認する毎日だった。
「そうですか……あぁそういえば、学園には行ってみましたかな?」
「えぇ一応……でも私には……」
私は教師だ。授かったギフトという不思議な力も教師であり、その道に進むのが一番いいと何度も言われてきた。
一応、この世界にも学校がある。そこに足を運んでみた事はあるのだが、とてもではないが私がやっていけるとは思えなかった。
当たり前のように魔法という不思議な力を使う学生に教師、魔術科なんていうクラスもあった。
なにを教えられると言うのだろう?
なにを教えろと言うのだろう? 国語? 数学? 英語? 地球の知識が役に立つと言うのだろうか?
そもそも私は、もう教師なんてやりたくない、そう思ってしまっていた。
「焦らないで大丈夫ですよ? 時間はたくさんありますから、やりたい事を見つけましょう!」
「はい……では、行ってきます」
文官さんと別れ、私も王城を出た。王城を出て見える光景に、私は溜め息を吐く。
なんでこんな世界に来てしまったのだろうと、目の前を通り過ぎた馬車を見て思った。
そしてこの日もいつも通りだった。生徒たちがいる箇所に足を運び、問題がないかと確認するだけ。
トラブルに巻き込まれていないか、困っていないか。怪我をしていないか、泣いていないか……そんな子、ただの一人もいなかった。
「おっ? オウちゃん、今日も来たんだ?」
「はぁ……もういいいよ。なにか分からない事とかない? 大丈夫?」
「分からない事かぁ……あぁそういえば」
「なに? なにかあるの?」
「いや、聞いても無駄か。爆発魔石の作り方……分かんないよね?」
「…………」
分かるわけないだろう。
「あっオウちゃん!」
「こんにちは。何か困っている事とか……あるかな?」
「ん~……ないかな? お金がないくらいだよ」
「あ、あはは……お金か」
「というかさ、もう子供じゃないんだから。あまり見に来られるとハズいんだけど~」
「…………」
子供だろう。
私は、何をしているのだろう? 何がしたいのだろう? 何が出来るのだろう?
教師はもうやりたくないと言うくせに、未だに教師の立場で彼らと接している。
もう彼らは教師としての私など必要としていない。学校で学ぶ事なんて、この世界ではほとんど役に立たないだろう。
彼らはとっくに学生の立場を終えている。私だけが未だに、地球の教師なのだ。
そんな事を思ってしまったからか、学生たちとの絡みは日に日になくなっていった。
彼らと私は、仲が良かったとは言い難い。教師と学生、ただそれだけの関係だった。
歳が近い事もあって学生からの人気、というか話しかけられる事は多かった。
でもそれは、他の教師と比べて少しだけ多かっただけという事。
「うっせぇなぁ、どっか行ってくれよ?」
「なぁオウちゃん、おっぱい揉ませてくんない?」
「オウちゃんそのメイクはないわぁ……ダサいって」
「ウケるんだけど! マジで経験ないの!?」
向こうの世界での、学生たちとのやり取りが急に思い起こされた。
歳が近いせいか、私にこんな感じで話かけて来る学生。
そう、私は彼らに完全に舐められていた。
私の事を教師とも思っていない言葉と行動。友達のような関係と言えば聞こえがいいが、友達とすら思っていないだろう。
でもそういうものなのだ、彼らが特別なのではない。歳が近かろうが何だろうが、学生と教師の関係なんてそんなものなのだ。
「もう、教師にはならない……なりたくない」
教師に憧れ教師となったが、憧れは現実に変わっていた。昔は確かにあった情熱は消え、教師はただの仕事と思うように。
多くの残業や休日出勤、部活の顧問などで疲労は蓄積。更には学生たちには舐められ、家に帰って何度泣いた事か。
それはひとえに私が弱かったからだ。でも、もういい。
ある日を境に、私は学生たちの様子を見に行く事を止めた。
あれだけ様子を見に行っていたのに、見に行かなくなった私に誰も何も言って来なかった。
もう私は必要ないんだ。そもそも私は、誰かに必要とされた事があっただろうか?
私は誰にも必要とされていない。元居た世界でも、この世界でも。
必要とされていない私が、この世界で生きていく意味は何だろう? 何もできないし、役にも立たないし、必要ともされていない。
生きる必要があるのだろうか? 元居た世界なら兎も角、こんな訳も分からない世界で。
「――――もしよろしければ、手伝ってもらえませんか?」
でも見つけてもらったんだ。私を、必要だと言ってくれる人に。
「私が……必要なんですか……?」
「えぇまぁ、どちらかと言えば必要ですかね」
「私、何もできませんよ……」
「大丈夫です、色々と教えますから。そもそもそんな難しくないですよ、運行補助なんて」
見つけてもらった……見つかっちゃった♡
「馬に乗れるなんて凄いですね」
「まぁね、得意なんだよ」
「今度、私にも乗って下さいね?」
「は……?」
あの文官さんに報告しないと。やりたい事、なりたいものが見つかりましたって。
私は、この人の所有物になりたい。
「子供は三人くらい欲しいです」
「は……?」
こうして私、チョロイン・オウカ・ミカガミは爆誕する事になる。
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