【2ー38】イベントバトル
『ターン制コマンドバトルで戦闘を開始します』
1対1のバトルなら、ターン制コマンドバトル一択だ。
殴り合いの喧嘩すら一度もした事がない俺には、戦闘の心得なんて全くない。
コマンドバトルが選択できるという事は、ステータスは俺の方が勝っているはず。
見たところ、ヤクザは武器を持っていない。コマンドバトルで行動を強制してしまえば、武器を取りに行くなんて行動は起こせないはず……だよな?
【たたかう】
【さくせん】
【とうそう】
【たたかう】→【こうげき】
【ヨルヤのこうげき!】
「ヨォォォシッ!」
どうやらAGIは俺の方が上か。思わずガッツポーズしてしまったが、とりあえず先手を取った。
出来れば一撃で仕留めたい。願うは改心の一撃。
俺はヤクザ目指して走り出す。勢いそのままにヤクザの顔面にパンチを食らわせた。
【ヤクザに28のダメージ!】
た、倒れねぇ……結構本気で殴らせてもらったんだが、ヤクザは倒れたものの立ち上がった。
【ヤクザのヤクザキック!】
【ヤクザは折りたたんだ足を勢いよく伸ばしヨルヤの顔面を打ち抜く!】
【ミス!ヨルヤはこうげきをかわした】
な、なんだコイツ!? まさか特技を使いやがった!?
ただの蹴りにしか見えなかったが、特技扱いという事は攻撃力1.2倍とかそんな感じになるのか?
しかしどうやら命中率は下がるっぽい。俺が攻撃を躱したって出ていたが、アイツが攻撃位置をミスったんだけどな。
【たたかう】→【こうげき】
【ヨルヤのこうげき!】
【ヤクザに24のダメージ!】
俺も見様見真似で喧嘩キックを喰らわせてみたのだが、やはり特技として使用しないとダメなのかダメージに変化はない。
殴りよりキックの方がダメージが小さいのだが……どんな攻撃方法でも【こうげき】として処理されるようだ。
やはりステータスゲー、数値が全てのシステムか。
【ヤクザのヤクザパンチ!】
【ヤクザは右腕を大きく引き勢いを付けて殴り掛かってきた!】
【ヨルヤに14のダメージ!】
いや普通にいてぇ……肩が外れるかと思った。
しかしあんなに大きく振りかぶっていたのに避けられないとは……避けようとしたら体が強張ったんだよな。
システムに強制されてしまったようだが、何の問題もない。
あの程度の攻撃であれば6、7ターンは耐えられる。それに俺には特技がない代わりに、大量の回復材があるからな。
奴は俺の攻撃によって表情を歪めている。敵キャラの表示の変化、恐らくそれは敵のHPの残量を示してくれているはずだ。
勝てる。チャカでも出されない限り勝てるぞ。そう思って意気揚々とコマンドを選択しようとした時だった。
【たたかう】
【さくせん】
【とうそう】
【いべんと】
……なんか増えてる。イベントなんて表示、さっきまでは絶対になかった。
これ、イベントバトルだったのか? イベントバトルと聞くと負けイベントしか思い浮かばないのだが……。
しかし負けイベントであってもゲーム的には重要なイベントだ。その後の物語に影響を及ぼすのは間違いない。
このまま倒すのか、イベントを発生させるかでエンディングに変化があるのかも。
これはゲーム化ギフトによって生み出されたストーリーだ。運営が用意してくれたイベントをスルーするなんて、ゲーマーとして失格だろう。
【いべんと】
「やるじゃねぇかよ御者。ここまで出来るなんて思っていなかったぜ」
「…………(なんか喋りだしたぞ)」
「お前、さっきみたく召喚しねぇのかよ?」
「…………(もうGPが10しかないんだよ)」
「……なるほど、俺に聞きたい事があるってわけだ」
「…………(いや、特にないが)」
「確かにあの強さの者を召喚されちゃ俺に勝ち目はねぇ。それをしねぇって事はそういう事だろ?」
「…………(いやだから、GPがない)」
「いいだろう、教えてやるよ。もう時間もねぇみたいだからな」
「…………(黙っていてもイベントが進んで行く……)」
「お前の想像通り、バドス母娘と金を攫ったのは俺達だ」
「なんだと!? やっぱりかよ!? どこにある! 返せッ!」
「お前達はいい金づるになりそうだったんでなぁ……手放すのが惜しかったんだよ」
「…………(まぁ、それは予想通りだな)」
「あの日、俺は親父の命令でヒュアーナを攫いに行った。予約していた嬢が急に辞めてしまったから攫って来いと命令を受けてな」
「…………(いや、それは予想外だわ)」
そういえばヒュアーナ、商会の手伝いをしてもらうって時に、まだ予約が残っているとか言ってやがったな。
その予約がブラク商会の代表だったという事か。
というか店を辞めた嬢を攫うって……怖すぎるわ。ガチ恋勢やストーカーを超えている。
「その時に、随分と金を稼いでいる事に気が付いてなぁ。こりゃ利用しない手はないなと思った訳よ」
「…………(まさか金の方がついでだったとは)」
「まぁその時、娘に見つかっちまったからソイツも攫った。丁度いいから娘にも娼婦をやってもらおうか」
「…………(調教師のフェルナ……人気女王様になりそうだな)」
「しかし、面倒な事になったぜ。お前が現れる前に動いていりゃ、こんな事にはならなかったってのによ。何年も待ったってのに」
「……どういう事だ?」
【たたかう】
【さくせん】
【とうそう】
【いべんと】
あれ? ここで終わり? なんかすげぇ気になる感じで終わらせられたけど、またイベントを選択すれば続くのか?
とりあえず今回の騒動の犯人がこいつ等だという事は確定した。物語に明確な事実が齎されたし、ここで終わる事も出来るのだろうが。
何かが引っ掛かると言うか、何かを忘れているような、何かが気持ち悪い。
【いべんと】
「なんだよその顔は? まだ何か聞きてぇってのか?」
「…………(何年も待ったって、どういうことだ?)」
そう言えば不思議な事があった。こいつらがバドス商会に現れたタイミング、それがおかしかった。
ハイセル・バドスが亡くなって数年が経っている。馬車を差し押さえたいのなら即座に実行できたはず。
なぜ数年も放置していたのか。それにそうだ、そもそも何の担保に馬車を差し押さえていたのかが不明だった。
金を借りるための担保? だとしたらなぜそれを隠す必要があったのか。
その答えは、ヤクザからではなく意外なものから教えられる事になる。
「……お父さん、ここでギャンブルしてたんですね」
奥の扉から暗い顔をしたフェルナが急に現れそう言った。その手には紙束が握られていおり、何かを見たようだ。
「お~知っちまったのか? 知らねぇ方が幸せだったと思うがなぁ」
「……これ、どういう事ですか? もしかしてお父さん、あなた達に殺されたんですか?」
そんな衝撃な事を口にした。もしかしてこれは、発生させなくてよかったイベントなのかもしれない。
金を盗んだ誘拐犯をボコって終了。差し押さえはなくなり、二人も無事に帰ってきた。
それで終わらせた方が良かったのかもしれない。
フェルナの表情を見た俺は、そんな事を思ってしまった。
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