【2ー35】それぞれの戦場へ
「アンタら、そこをどかないと怪我じゃすまないわよ?」
二十人強の傭兵崩れ達を前に、俺の護衛は言わずもがな、ヴェラの様子も普段と変わらず焦ってなどいる様子はない。
この世界に来て恐らく初めての人と人との戦闘。出来れば避けて通りたかった、人と人との命のやり取りが行われようとしている。
魔物の時とはまた違った緊張感が走る。向こうの世界で争いとは無縁な生活をしていたんだ、嫌でも考えてしまう。
だけど遊戯神にも言われた、自覚もした。そういう世界に来て、そこで生きていくと決めたんだ。
刃を向けられるのならこちらも刃を抜き、刃を向けなきゃないのであれば構えなければ……死ぬ。
「引く気はなし……か。まぁ少なからず悪事に手を染めているんでしょうから、どうなっても文句はないわよねッ!」
ヴェラが誰よりも先に動き出し、傭兵崩れ達に突っ込んで行った。
屈強な者達二十人に一人の女性が特攻する姿、しかし不思議と不安に思わなかった。
何度もヴェラが戦う姿を見てきた。苦戦する所も、怪我をした所だって一度も見た事はない。
「鎧は左側を抑えて! 女はヨルヤを護衛しつつ、奥の通路に連れて行った後は通路を封鎖! ヨルヤ! アンタは何も考えず突っ走りなさいっ!」
「分かった!」
ヴェラから命令が飛ぶと俺の護衛も動き出した。その姿を見た俺は女槍士の護衛と共に真っ直ぐに走り始める。
すでに二人、ヴェラの手によって排除された傭兵崩れが地に伏せているのが見える。
鎧護衛もその威圧感のせいか、いい感じに数人の傭兵崩れの足止めに成功していた。
「おいッ! そいつを奥に行かせんな――――」
「――――行かせんのよ馬鹿ッ! 引っ込んでなさいッ!」
俺に向かって来そうな奴はヴェラが全て止めてくれている。傭兵崩れを押しのけ、見事に俺が進む道を作ってくれていた。
正直に言えば全てを片付けてからヴェラと共に奥へ向かいたいが……どうやら半端な連中ではないらしく、ヴェラでも制圧には時間が掛かりそうだった。
俺は覚悟を決めて全力で中央を突き進む。そしてヴェラ達のお陰で何の危険もなく辿り着く事が出来た。
「ヴェラ! 先に行ってるからな!」
「えぇ! 後から追いかけるわ!」
店の奥へと続く通路の封鎖を女護衛に任せ、俺は店の奥へと進んで行った。
「さて、じゃあそろそろ本気でいこうかしら?」
「こいつ、冒険者のヴェラ・ルーシーだぞ」
「へぇコイツが……結構いい女じゃねぇかよ」
「昨日連れてきた女もいい感じだったけどよ、まだ手ぇ出せねぇからな」
「コイツなら文句も言われねぇだろ? ヤッちまおうぜ?」
「……昨日の女って、フェルナ達の事?」
「さぁどうだっかな……おい、コイツを囲め。殺すんじゃねぇぞ」
下卑た笑みを浮かべる男達がヴェラの事を囲いだす。
鎧護衛に指示を出そうとそちらを見ると、数人の傭兵崩れに囲まれて攻撃を受けている所だった。
ほどなくして鎧護衛は靄となって消えてしまう。鎧護衛を相手にしていた男達もヴェラの囲みに加わり始めた。
鎧護衛はよくもった方だろう。コイツらは弱くない、囲まれてしまえば反撃は難しい。
「いきなり消えるからビックリしたぜ。お前、召喚士だったのか?」
「……ほんと面倒ね。雑魚のくせに」
「その雑魚にお前はこれから犯され尽くすんだよ! 精々いい声で鳴いてくれよなァ!」
「ほんっと男って……ムカつくわ」
ヴェラの雰囲気が変わる。
目付きは鋭くなり、放たれる気配には殺気が籠り出した。
彼女のトレードマーク、金髪のサイドテール。それが重力に逆らい逆立ち始める。
「怒髪衝天……あまりあたしを怒らせない方がいいわよ?」
「ど、怒髪衝天だと? それって確か……」
「あたしは召喚士なんかじゃないわ……――――あたしは、狂戦士よッ!」
怒りに満ちた狂気の刃が振るわれる。
銀等級冒険者、ヴェラ・ルーシーのジョブギフトが狂戦士だと知っている者はいない。
知ってしまった者はみな――――
――――
「…………」
「へへっ……どうしたよジャッジ? 来ねぇのか?」
ヴェラ達とは少し離れた場所で対峙していたのは、世界警察ジャッジのコンラード・イシガミと、元緑鬼の傭兵ダヴィド・イシルス。
細長い軍刀を構えるコンラードに対し、ダヴィドの獲物は大型の魔物をも切断できてしまいそうなほどの大剣だった。
「その鈍重な得物で俺と戦うつもりか? そんな物に斬られるほどトロくはないぞ」
「斬るんじゃねぇ、叩き潰すのよ。人間は魔物より脆いから簡単だぜ?」
「……そうか、では叩き潰して見せろ」
「言われなくてもッ! いくぜぇッ!」
大剣を片手で持ったダヴィドが動き出し、こちらもついに戦闘が開始される。
大きな体に大きな剣を持っているというのに、ダヴィドの動きは決して悪くなく、むしろ素早かった。
大剣を軽々と振るい軽やかな足捌きを見せ、大振りしているのに隙がない。
鍛え抜かれた肉体に豊富な戦闘経験からくる自信、ギフトによる身体強化がそれを可能にしていた。
しかしコンラードは冷静に、最小限の動きでそれを躱していく。
客観的に見れば押されているコンラードだが、彼の表情に焦りは見えなかった。
「流石はジャッジと言った所か? 上手く避けるじゃねぇかよ」
「この程度か? この程度でよく今まで逃げ延びたものだ」
「それはお前らが無能だったからだろうがよ! 今さら誘拐事件とか……もう忘れちまったぜッ!」
再び猛攻を仕掛けるダヴィド。
今度は緩急をつけ、わざと隙を見せて誘い出すがコンラードには通用しない。
「防戦一方かよ!? 俺を捕縛するんじゃなかったのかァ!?」
「防戦? これのどこが戦いなのだ?」
「てめぇ……随分と余裕じゃねぇかよ? それならこっちも本気で行くぜッ!」
「初めからそうしろ。出し惜しみ出来る余裕など貴様にはない」
「ムカつく野郎だ……その澄まし顔がどこまで続くか見てやろうじゃねぇか! 殺害領域!」
ダヴィドを中心に赤い線が伸び始め、線はサークルを形作った。
流した血が連想される赤黒い線、それは禍々しく近寄りがたい雰囲気をバシバシ放っている。
そんな雰囲気の中、コンラードは可哀想な者でも見たかのような顔をしていた。
「……キリングテリトリーだと? ガキかお前は?」
「な、なんだと!?」
「傭兵どもがよく使用する、殺害領域というスキルギフトの事は知っている。しかしそれをキリングテリトリーと言う奴は初めてだ」
「…………」
「いや、呼び方は人それぞれか。笑ってすまなかった、カッコいいと思うぞキリングテリトリー」
「……ふ、ふ……ふざけやがってェェェェッ!」
キリングテリトリーを発動したダヴィドがコンラードに迫る。
その顔はキリングテリトリーよりも赤かったとか。
――――
一方その頃、ヨルヤは。
「…………」
「ほらもっといい声で鳴いてみせなさい!? それともまだ踏まれたりないのかしらぁ!?」
「ぶひィィィィィィッ!!」
「……いや、なにこれ?」
とある部屋で女王様プレイ中の豚と、ヒュアーナの姿を見て帰ろうかなと思っていた。
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