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【2ー29】クルーゼ君による世界最高峰の権力組織講座






 傭兵ギルドを出た俺は、すぐにボクス商会へと向う。


 新聞掲載の件で何度か訪れた事のあるボクス商会は、遅い時間だというのにも関わらず灯りがともっていた。


 どこの世界でも出版業界というのは多忙なのだろうか? 商会に入ると、当たり前のように仕事をしているクルーゼの姿があった。


 驚くクルーゼに事情を説明する。フェルナ達の事、そしてダヴィドの事の話をすると、彼は資料を探してくると言って商会の奥へと消えていった。


 そして当時の新聞記事の他に、数枚の用紙を手に持って戻ってきた。



「数年前に起こった帝国の皇女誘拐未遂事件……確かにウチも記事にしていますね。とは言っても、帝国でそんな事件がありました~という程度の記事ですが」

「本当ですか!? それで、ダヴィドという傭兵の情報は……」


「当時、この事件を担当していた者の調査報告書がありますので、確認してみます。お待ちください」


 口を動かしながら調査報告書を確認していくクルーゼ。俺と話しているのに、目が紙から一切離れない。


 聞くと当時の担当者はすでに引退しており、田舎に帰ってしまっているらしい。


 事件の内容は単純で、数人で構成された犯行グループが、身代金目的で皇女を誘拐しようとしたが失敗……という事らしい。


「これだ……えぇと……事件に関わっていたと噂される傭兵が、王国に逃げ込んできたという情報を得たので調査……恐らく該当の人物の事ですね」

「そ、それで!?」


「名前が判明……チェイス・ノーブル……」

「チェイス……ノーブル……?」


 名前が違う。ゲオルグに教えられた、ダヴィドという人物とは別人という事だろうか?


 事件に関わった傭兵が一人とは限らない。この人が調査していたのは、ダヴィドとは違う傭兵だったのだろうか。



「ま、待って下さい! 偽名らしいです、偽名!」

「偽名……ですか? そっか、そりゃそうですよね」


 大罪を犯して逃げて来たのだ。帝国にいた頃の自分を捨て、何もかもを偽って生きていく必要がある。


 素直に元の名前など名乗らないだろう。ただでさえ緑鬼までランクが上がっていた有名人、名前くらい変えているはず。


「本名は……ダヴィド・イシルス」

「おおっ! そいつです、そいつ! そいつの情報はありますか!?」


 ついにダヴィドの情報に辿り着いた。そいつの居場所や関わっていた人物などが判明すれば、ヤクザとの繋がりも見えてくるはず。


 ヤクザとの繋がりとは言ったが、恐らくただの用心棒だろう。


 しかしヤクザとは一緒にいるはずなので、フェルナ達もそこにいる可能性が高い。



「とある冒険者と何度も接触……その後、該当の冒険者と接触を図ろうとするも……」

「な、なんか不穏な気配が……」


「……どうやらその冒険者、辞めてしまったようですね。接触はできなかったようです」

「そ、そうですか。あの、続きは……?」


「……ここで調査を打ち切ったようです。確かな証拠も掴めなかったため、この人物の事は記事にはなっておりません」


 申し訳なさそうな顔をするクルーゼだが、こんな時間にここまでやってくれたのに文句なんてない。


 分かった事は本名と、やはり帝国での事件に関わっていた可能性が高いという事。


 そして、王国に来てからとある冒険者と何度も接触していたという事だ。


 まだ糸は切れていない。次は……冒険ギルドだ!



「ありがとうございますクルーゼさん! 俺、冒険ギルドに行ってみます!」

「あの、ヨルヤさん。一ついいでしょうか?」


 クルーゼに礼を言って商会を出ようとした所、真剣な表情をしたクルーゼに引き留められた。


 流石にその表情を見ては立ち止まらない訳にはいかず、俺は再び椅子に腰かけた。


「元とはいえ緑鬼といえば、相当に腕が立つのだと思います」

「そ、そんなにですか?」


「えぇ、冒険者でいえば銀等級以上なんですよ?」

「ヴェラと同等以上……」


 ヴェラと同等以上という事であれば、俺が召喚する護衛では歯が立たないかもしれない。


 今は最大で六体の護衛を召喚できるし、ヴェラとの模擬戦から護衛召喚のレベルも上がってはいるが、どうだろう。


「お一人でこの者の所へ向かうのは危険すぎます。相手は戦闘のプロなのですよ?」

「…………」


 クルーゼの言う通りだ。俺は物語の主人公気分で、なんとかなるだろうと思っていたのかもしれない。


 なんとか出来るのなら、最初に襲撃された時になんとか出来ていたはずだ。


 勘違いするな。お前は異世界転移を果たしたが、己の力だけで解決できるような力なんて授かっていない。


 お前は、御者だろうが。



「それに相手は犯罪者です。ですので、あの組織の力を借りましょうよ」

「……警察ですか?」


「そうです、世界警察です。実は身内にジャッジがいるんですよ。よければご紹介いたします」

「あまり世界警察には、いい印象がないんですよね……」


 どうやらそれはクルーゼも認識しているようで、俺の言葉に苦笑いをしてみせた。


 クルーゼが言うには、確かに酷い警察官……ポリスなどがいるのは事実なようだが、全体を見ればちゃんと統制が取れており、取締り機関として十分に機能しているらしい。


 数が多いので、末端の者にまで教育が行き届いていないようだ。



「まぁ世界警察は独立組織ですからね……世界法律も彼らが制定したものですし」

「え……? 警察が法律を制定? 自分達で法を制定して、自分達で取り締まっているんですか?」


「そうなりますね」

「すっげぇ権力組織ですね。そりゃ勘違いもするか……」


 自分達は偉いんだという、そんな勘違いをする者がいてもおかしくないほどの権力組織だ。


 世界法律の他に国ごとの法律もあるようだが……一つの国に複数の司法というのは、色々と面倒な事になるんじゃないのか?


 一般人が煙たがる理由も納得できた。犯罪者の取り締まりなどには感謝するが、下手に関わりなんて持ちたくないと思ってしまう。



「ですが今回のように、帝国出身の者が王国に逃げた場合、帝国は手出しが出来ません」

「身柄引き渡しとか……そういう制度は?」


「ないですね。面子にも関わりますし、入出国手続きの問題もあります。そこで国境など関係なしに活動する、世界警察の出番と言う訳ですよ!」


 聞けば聞くほど迷惑な組織だな、世界警察。


 犯罪の抑止力にはなっています。犯罪者は捕まえるし、様々な脅威から人を守ります。


 たまに権力を振りかざして暴走します。その暴走には国すら逆らえません……という事か。


 国境など関係なしにって、国の上層部からしてみれば本当に迷惑だろう。


 しかしどうやら、国でも簡単に手が出せないほどの武力を持った組織のようだ。


 その武力の代名詞ともいえるのが、ジャッジという存在らしい。



「つまりは……エリート警察官か」

「まぁ簡単に言えばそうですかね? 取締のポリス、審判のジャッジ、執行のエクスキューションが有名です」


「……へ~、カッコいいっすねぇ」


 中二病……とまでは言わないが、流石は十代の若者が作った組織だ。


 俺も昔はそういう言葉、設定が大好きだった。でもある時を境に、急に恥ずかしくなってしまうんだよ。


 ともあれ、色々と世界警察について教えてくれたクルーゼ。


 上手く世界警察と付き合っていく事で生活がしやすくなるらしいので、俺も毛嫌いをするのは控えようかと思った。


 クルーゼの身内というジャッジを紹介してもらう事にした俺は、冒険ギルドに向かうために再び椅子から立ち上がる。


 ジャッジとの面会は明日の昼前を予定とした。それまでになんとか、ダヴィドへと続く糸を切らないように、少しでも手繰り寄せておかないといけない。


お読み頂き、ありがとうございます

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