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【2ー26】空気を読まないイベント






「ご乗車ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」


 何回目かになる定期馬車運行を、今回も問題なく終わらせた。


 新聞掲載の効果もあり、毎回満員で運行させる事が出来ていた。


 野営は一切、行っていない。夜も走行する事で到着時間を早める運行を行っている。


 評判は悪いどころか高評価を頂いている。到着時間が常識外れなので当然の結果だろう。



「じゃあフェルナ、今回の売上管理をお願いね。あと次はフウドナー行きだからヴェラの手配と、フウドナーからの応募の管理もよろしく」


 現在、王都発ヒーメルン行きの馬車と、フウドナーという街への運行を行っている。


 新聞掲載の効果もあり、ヒーメルンやフウドナーから王都に向かいたい客の確保も出来るようになっていた。


 ヒーメルン行きの時はヴェラを雇用していない。フウドナーへはまだ行き慣れていないので、ヴェラに護衛兼道案内をお願いしていた。



「あの、ヨルヤさん……大丈夫ですか? ちゃんと休んでいますか?」

「大丈夫だよ。仮眠は取ってるし、眠気を吹き飛ばすギフトがあるから」


 ヒーメルンに向かう時は俺が一人で馬車を走らせている。


 以前はサービスをよくする為にフェルナのような運行補助者を乗せていたが、今は客も増えてきたのでヒュアーナの補助をお願いしていた。


「じゃあ俺はヒーメルンに行ってくる。戻るのは明日の夜、明後日の朝はフウドナーに向かうよ」

「……はい。お気を付けて」


 心配そうな表情をフェルナはするが、今の所は体調に問題はない。


 運行中に眠くなる時はあるが、以前に取得した眠々打破ギフトが役に立っている。


 これからヒーメルンに向かい、ヒーメルンで一泊。翌朝ヒーメルンから客を乗せ再び王都に戻ってくる。


 今日はヒーメルンで数時間は眠れるし、大丈夫だろう。


 その後俺はすぐに、ヒーメルン行きの馬車を出発させた。




 ――――




「……ちょっとあなた、大丈夫なの?」


 なんて、初運行の時のように、心配しているのかいないのか微妙な表情……ではなく、本気で心配そうに俺を見つめるヴェラ。


 今日はフウドナーに向かう日なので、ヴェラに護衛の依頼を出している。


「大丈夫だよ?」

「……とてもそうは見えないんだけど」


「なんだよ、心配してくれんのか? 珍しい事もあるもんだな~」

「……茶化さないで。本当に大丈夫なのね?」


 少し目が険しくなるヴェラ。本気で心配してくれたのに、今のは俺が悪かったな。


 しかしそんなに体調が悪そうに見えるのだろうか? 問題ないと思うのだが、客に体調が悪そうだと思われる事は避けたい。



「大丈夫だけど……少し休んでくる。客が来るまでまだ時間があるしな」

「そうね、それがいいわ。馬車の準備はあたしとフェルナでやっておくから」


 珍しく素直に可愛い、流石は俺のヒロイン。いつもキツいから忘れそうになるが。


 いつもこのくらい優しければいいのに……なんて事を思いながら少し休ませてもらう事にした。



 ――――



「そんな――――」

「――――かよ!?」


 時間にして一時間くらいだと思うが、横になった途端に眠ってしまった俺は、大きな声に目を覚まさせられた。


 瞬時に脳が覚醒する。フェルナの声が聞こえた気がしたし、大きな声というのは先日の事もあって驚いてしまう。


 また奴らが来たのか!? そんな事を思った俺はすぐに声がした場所に急ぐ。



「ちょっと、大きな声を出さないでよ! ヨルヤさんが寝ているんだからっ」

「ヨ、ヨルヤって誰だよ!? お前、まさか……!?」


 そこにいたのはフェルナと、フェルナと同じ歳くらいの青年の姿。


 状況が分からず混乱するが、フェルナの様子から危険はなさそうだと判断する。


「ほら! ベンセルが大きな声を出すから、ヨルヤさんが起きちゃったじゃない!」

「こいつがヨルヤか……!」


 青年から放たれる完全なる敵対の視線。敵意剥き出しの目で盛大に睨まれた。


 初対面だというのに、なぜそのような目と表情をされなければならないのか。



「お前、この商会をどうするつもりだ!? 何が目的だ!?」

「……いきなりだな。俺はただバドス商会に雇われているだけだぞ」


「嘘を吐け! 何か目的があるんだろ! フェルナか、フェルナなのか!?」

「意味が分からないんだが……」


 そもそもコイツは誰で、なぜお前こそここにいるのか。


 叩き起こされた事もあって若干イライラし始めていると、それを察したのかフェルナが慌てた様子で間に入ってきた。



「す、すみませんヨルヤさん。この人は、その……私の幼馴染みでして」

「幼馴染み!? 確かにそうだけど、今は婚約者だろ!?」


「婚約者……? え、いま出てくるの?」


 このタイミングで来るの? 君は登場するとしても三章以降じゃないのか?


 いずれは現れるとは思っていたが、完全にヤクザイベント後だろうと油断していた。


 空気読めよ……絶対に今じゃないでしょ、君のイベント。


 このクソ忙しい時に、余計なイベントを増やさないでくれよ。




 ――――




「えっと、この人はベンセル。ベンセル・クレーデルと言って、私の幼馴染みです」

「だから婚約者だろ! なんで婚約者という事を隠すんだよ!?」


 噂の婚約者、名をベンセル・クレーデル。


 第一印象は頭の悪いクソガキ。鼻っ柱に絆創膏が貼られており、ヤンチャな印象も受ける。


 バドス商会のために御者の修行中である彼が、なぜこのタイミングで現れたのだろう?


 バドスを助けるつもりなら遅すぎだ。俺が介入していなければ馬車は差し押さえられていただろう。


 俺が介入した事によってストーリーが改変してしまったのだろうか?



「そんな事より、何が目的なんだよ、あんた」

「何って……バドス商会の復活?」


「なんで赤の他人のあんたが、そんな事をするってんだよ? おかしいだろ」

「まぁ、そうかもしれないな」


 正直に言うと、バドス物語がゲーム化ギフトによってストーリーとなったから、それが始まりだ。


 ゲーム脳だった事を否定はしない。


 後は単純にバドス母娘の事を助けたかったから、御者の仕事を勉強したかったから。


 同情であり、都合が良かったから。


 言葉にすると中々に意味不明で、とても褒められた理由ではないかもしれないが、それが全てだ。



「バドス商会を助けて、あんたに何のメリットがあるんだよ」

「メリットか……」


 第三者からすれば、誰もがベンセルと同じ事を思うだろう。


 明確なメリットがある訳ではない。だとすれば目的が分からない。


 困っている人がいたから助けた、それを信じるのは中々に難しい。


 助けるけど見返りなんて望んでいない、そんな無償の善意というのを人は素直に受け入れられない。



「フェルナか? それともヒュアーナさんか? 二人をどうするつもりだ?」


 どうやら俺はフェルナ達が目的でバドスに近付いたと思われているようだ。


 それであれば、婚約者としては黙ってはいられないか。


 しかし、確かに二人は美しく可愛らしいけど、それだけの理由で借金まみれの商会に介入するなんて、よっぽどだぞ。



「ダメだぞ! ヒュアーナさんはいいけど、フェルナはダメだぞ!? ヒュアーナさんで我慢してくれ!」

「……あぁなんか俺、お前のこと好きになれそうかも」


 なんて素直な奴だ、素直に好感が持てる。


 どうやら心配していたのは俺とフェルナの関係だけで、他の事はどうでもいいようだ。


「ちょっとベンセル! いい加減にしてよ! ヨルヤさんは私達の事を助けてくれてるんだから!」

「そ、それはお前が目当てなんだよ! だってお前、可愛いから!」


「か、可愛いって……もう、こんな所でやめてよ」

「安心しろ! 俺が来たからにはもう大丈夫だ!」


 さっきまでの怒気はどこにやら、ベンセルの言葉に満更でもなさそうな表情となったフェルナ。


 どうやら婚約者というのは本当のようだ。なんなんだこれ、面白くない。


 素直な奴だが、やっぱりベンセルの事は好きになれないかもしれない。



「ヨルヤ~? そろそろお客が……って、なによこの状況?」

「……いや、なんでもない。ほっといて行こうぜ」


 いいタイミングでヴェラが来てくれた。


 アホくさくなった俺はフェルナに後を任せて、フウドナー行きの準備をヴェラと行う事に。


「ちょ、ちょっと? なんで肩に手を回すのよ?」

「……だめ?」


「当たり前でしょ! まぁお金払うなら考えるけど?」

「やはり無償は存在しないのか……」


 俺のヒロインは、まだまだデレてはくれないようだ。

お読み頂き、ありがとうございます

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