【2ー25】山から谷へ、どん底から頂上へ
「止めて下さい! 借金ならヨルヤさんが返しに行っているはずだって言ってるでしょう!?」
「チィッ……このババア、ふざけやがって……!」
「ゥっく……」
「お、お母さんを放して! 乱暴しないで下さい!」
「そいつは元"緑鬼"の傭兵だ。怒らせない方がいいと思うぞ?」
ヒュアーナとフェルナの叫び声を聞いた俺は、急いで馬を降りて商会に駆け込んだ。
目に飛び込んできた光景は中々に非日常的なものだった。映画やドラマでは日常茶飯事な光景ではあるが、実際に遭遇すると足が竦む。
だからと言って黙って見ている訳にはいかない。俺は精一杯の勇気を振り絞り、男達に怒号を浴びせる。
「お前らなにやってんだ!? その人から手を放せッ!」
ヒュアーナの胸倉を掴み、馬車に押し付けている大男。馬車の扉に付いていたガラス窓が割れていたので、さっきの破砕音はこれのせいか。
「なんだお前は? 誰だ? 部外者は引っ込んでいてもらおうか?」
そう言う少し身形のいい男。口調や態度は大男と違って荒々しくないが、堅気とは思えない雰囲気を纏っている。
「俺は部外者じゃない! この商会の御者だ!」
そう言うと身形のいい男は興味深そうに目を僅かに見開いた。それから大男に向き直ると何かを目で合図する。
それを受けた大男はヒュアーナを睨みつけながらも手を放した。そのまま俺の方に歩いてきて、身形のいい男の隣に立つ。
ヤクザとゴロツキか。どうやらただの借金取りではなさそうだ。
「こんな借金だらけの商会でよくもまぁ御者なんてやろうと思ったな?」
「……アンタには関係ないだろ。それで、なんの用だ?」
ヒュアーナに駆け寄り体を支えるフェルナを遠目に、俺はヤクザとゴロツキに向き合った。
「何の用だと? 決まっているだろ、馬車を差し押さえに来たんだ」
「それは聞いている。だが金ならここにある、これを持って消えろ」
懐から金貨を数枚取り出した俺は、ヤクザに差し出した。
こいつらは十中八九、商業ギルドの人間ではない。だが下手に問いつめて暴れられても面倒だ。
恐らく護衛を召喚すればこんな奴らは撃退できるだろうが……こいつらが何者で、バックがいるのかどうかも分からない。
金を払う事で引いてくれるなら安いもの。俺がいない時に再襲撃でもされたら、それこそ面倒だ。
「へぇ? まさかあのバドスが金を用意できてるとはな? 随分と頑張って体を売ったようだなぁお母さま?」
「おまえッ……!」
「ヨルヤさん! 大丈夫です、私は大丈夫ですから……」
拳に力が入り、ヤクザをぶん殴りそうになった時、ヒュアーナの声が俺を留まらせた。
自分で講じた策を自分で台無しにする所だった。情報がなにもない今は大人しくしているのが最善なはず。
俺にもっと力があれば良かったのだろうが、残念ながら俺はチートキャラではない。
「……今日はこの金を持って帰ってくれ。通知にもあった借金の一部だ、額は十分だろ?」
「ふ~ん、まぁいいだろう」
ヤクザは金貨を分捕るように奪い取った。それを懐にしまいこみ、値踏みするように俺の事をジロジロと見始める。
正直、ここまで物分かりがいいとは思っていなかった。なんだかんだ理由を付けて実力行使に出ると思ったのだが拍子抜けだ。
「……ちょっと待て。お前、どこに借金を返しに行ってた? 商業ギルドか?」
「こんな朝早くから行くかよ。お前らも来るのが早すぎだろ。仕事熱心なのはいいが、危うくすれ違う所だったぞ」
「……なるほど。お前、馬鹿じゃあないみたいだな?」
「は……?」
「お前、商業ギルドに行っただろ? そして聞いたはずだ」
「…………」
一瞬にして頭が混乱する。頭の回転は悪くない方だと自負しているが、あくまで悪くない方だという程度である。
こいつらは商業ギルドを騙って通知を出してきた。つまり自分達が商業ギルドの人間ではないという事は、知られたくはないはず。
なのにコイツは、俺が惚けてやったのにも関わらず、自分から商業ギルドの人間ではないと明かしたのだ。
「まさか金を用意出来るとは思ってなかったからな。商業ギルドに行くとは思ってなかった」
「やっぱりお前らは……」
商業ギルドの人間ではない事が確定した。
それと同時に、いくつかの疑問が浮かび上がる。
「……お前達は、何者だ……?」
「さぁなぁ……ただ一つ、教えといてやる。お前達バドスはギルドだけではなく、俺達からも借りてんだ」
そう言ってヤクザは一枚の紙を見せてきた。
借用証のようなものらしく、そこにはハイセル・バドスの名、拇印が押してあった。
その書類には借りた金額などの記載はない。記載がない代わりに、とある物が担保として押さえられていると書かれてあった。
バドス商会保有馬車。
なんの担保なのかは隠されて確認できない。隠しているという事は、聞いた所で答えてくれるつもりもないのだろう。
しかしハイセル・バドスは何かを行うために、この商会唯一の馬車を担保として差し出していた。
————
「「「…………」」」
ヤクザとゴロツキが帰った後の商会内には、異様な空気を漂っていた。
ヒュアーナすらも知らなかった、思ってもいなかった事実が発覚、それも最悪な事実。
唯一の幸いは、まだ最悪な状況にはなっていないという事だ。
「……とりあえず、奴らの方を優先するしかないでしょう。アイツらは何をしてくるか分からない」
「そ、そうですね。商業ギルドに話しておいた方がいいのでしょうか?」
「それは……悪手ですかね。下手にギルドを交えると、奴らは強硬手段に出るかもしれないです」
「…………」
とても真っ当な連中ではない。真っ当に事を運ばせようとしても、上手くはいかないだろう。
黙って担保となっている馬車代を稼いで金を支払う。ヤクザの件が片付いたら商業ギルドへの借金返済を始める。
それが最善か? 商業ギルドが返済を待ってくれるという事が唯一の救いだな。
「ほんとお父さん、なにしたんだろ……」
「あの時期は、上手くいかなくて荒れてたから……」
故人を貶したくはないが、どうしてここまで問題を残してくれたのだろうか。
唯一の資産すらも差し押さえられていたとは、なんも言えねぇわ。とりあえず今度、墓石の前で文句の一つでも言ってやろう。
「とりあえず二十日の猶予が与えられたんです。稼げるだけ稼ぎましょう」
「そうですね……」
「はい……」
意外にも奴らは情けを見せた。一部の金を奴らに入れた事によって、奴らは差し押さえを待ってくれたのだ。
あの紙に期日なんて書かれていなかったと思うが、現金を貰った方がいいと判断したのだろうか?
それに色々と不思議というか、おかしな点がある。
まず一つは、なぜ奴らは数年も何もせずにバドス商会を放置していたのか。
言っては何だが、すぐに馬車を差し押さえればよかったのに。どうしてここに来て急に通知してきたのか。
もう一つは、なぜ奴らは商業ギルドを騙ったのか。
真っ当な連中ではないにしても、あの書類が本物ならば商業ギルドを騙る必要なんてないし、正体も隠す必要もない。
なにか裏があるのは間違いない。
ここで主人公ならば、金を稼ぐなんて選択ではなく、奴らの悪事を暴こうと動くのだろうか?
俺に出来るか……? ダメだ、自分を信じられない状態でそんな危険は冒せない。
ヒュアーナやフェルナだっているんだ、失敗はできない。物語の主人公だからって、特別になった訳ではないのだから。
だとしたら俺に出来る事をやるしかない。自信がある事をやるんだ。
「よし……定期馬車を出しまくります。料金は値上げしますが、それでもいいと思う程の運行にしてみせます」
「は、はい! 私もお手伝いします!」
「私も、やります」
もうちょっと落ち着いてから発生して欲しかったイベントではあるが、そんな事を言っていても仕方ない。
山を登っている最中に道を踏み外して谷底に向かい始めてしまったが、それなら逆に下って下ってやる。
そうして付いた勢いで、再び大きな山を一気に駆け上がってやるぜ!
「よっしゃぁ! いくぞ野郎共! 稼いで稼いで稼ぎまくってやろうぜぅぇぇぇ!!」
「「お、おぉぉぉ……」」
バドス物語、第二章の幕開けである。
まだこの物語を、バッドエンドにはさせないぞ。
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