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【2ー19】やっぱり何かは起こるのか……






「みなさま、ブランケットをご用意していますので、寒かったりする方は教えてください。また気分が優れなくない方もすぐにお教えくださいね」


「あ、一枚もらっていいですか?」


 乗客側に乗り移ったフェルナの声が聞こえてくる。出発前に打ち合わせした通り、客に精一杯のもてなしを行ってもらっていた。


 出発してから数時間経つが、今の所は何の問題も起きていない。



「しまった、おもちゃを買うのを忘れていたぞ」

「ヒーメルンに着いたら見に行きましょうか」


「ふむ……ふむ……? クッションのお陰か……? いやそれにしても……」


「ねぇ、この馬車のサービス、ヤバくない?」

「車内は静かだし、振動も少ないし……これであの値段なのか?」


「……早いな」

「……Zzz」

「この子寝ちゃったよ? 馬車で寝てるとこ初めて見たよ」


 時折聞こえてくる客の会話も楽しそう? ではあり、特に不満は上がっていないように思える。


 順調も順調、そう思っていた時に一頭の馬が馬車に近づいてきた。



「ねぇこの馬、売ってくれない?」

「それは売りもんじゃないし売れるものでもない」


「ヤバいんだけど、この子。全速力を出させても息切れ一つしないし」

「ちょっと、ウチの子を酷使するの止めてもらえます?」


 馬車に並走して話しかけてきたのは、前方の警戒を任せていたヴェラだ。どうやらウチの従馬が気に入ったらしい。


 馬に乗って走る姿は美しいの一言だが、さっきから凄いスピードを出していると思ったら俺の従馬で遊んでいたようだ。


「遊んでないでちゃんと護衛してくれよ? 今回は客が乗ってんだから」

「分かってるわよ! じゃあ護衛らしく報告するわ。ここから暫くは見通しもいいし安全よ、昼食を取るタイミングとしてはベストだわ」


「分かった。じゃあ先行して休憩地の安全を確保しておいてくれ」

「りょ~かい」


 そう言うや否や、再びもの凄いスピードで馬を走らせ始めたヴェラ。ヴェラを担当する事になった従馬には同情するが、どちらかと言うと羨ましい。


 俺はすぐさまフェルナを呼び、昼食について客に伝えるように指示を出した。



「みなさん、そろそろ一度目の休憩に入ります。そこで昼食を取りますので」


 馬車内で昼食を取ってもいいが、客がどれほど負担を感じているかの確認をしたくて外で取る事に。


 せっかく天気もいいし、外で食べる飯というのは格別だからな。



 少しして、ヴェラが安全を確保した河原に到着する。


 ヴェラの言った通り見晴らしがよく、魔物の襲撃を受けたとしても問題なく対処出来るだろう。


「では皆様、ここで休憩及び昼食を取ります。注意事項ですが、辺りを警戒している護衛より外側には行かないようにお願いします」


 今回は馬車結界のギフトを使用出来ない。護衛と従馬を喚びすぎた影響でGPが足りないのだ。


 まぁ馬車結界は最終手段みたいな感じだし、範囲は馬車を中心に約1.5メートルと狭めだ。


 だがその効果は絶大だった。ホブゴブリンで試したのだが、ホブゴブリンの攻撃でも結界には傷一つ付かなかった。


「では昼食の準備をしますので、皆様は休憩なさっていて下さい」


 昼食の準備は俺とフェルナで行う。辺りの警戒は俺の護衛に任せて、ヴェラには客の行動を観視してもらう。


 水魔石から水を生み出し、火魔石を使って湯を沸かし更には焚き火を準備する。


 俺はチラチラと客の様子を確認してみたが、問題はなさそうだ。強いて言うなら椅子を準備すれば良かったくらいか。



「あなた、腰は大丈夫ですか?」

「全く問題はない。覚悟して来たのだが、この馬車は当たりだったようだな」


「馬車は至って普通……しかしこの馬、何か違和感が……」

「ちょっとあなた。あまりその馬達に近づかない方がいいわよ? その馬達、御者の命令しか聞かないから。蹴られても知らないわよ?」


「この国に来た時に乗った定期馬車とは大違いだね」

「そうね。こんなノンビリした休憩じゃなくて、本当の意味での休憩だったからね」


「……速すぎないか?」

「……ここってマルベ渓流の休憩地だよね?」

「……王都から半日はかかる場所ですよ……」


 客の反応は悪くなさそうだった。体調が悪そうな人もいないし、長めに休憩を取る必要はなさそうだ。


 冒険者の三人は流石に速度が異常だと気づいたようだが、特に問題視はしてないようだしいいだろう。


 そして昼食が出来上がり、客達に配膳する。


 食事に関しては少しグレードを下げたというか、下げざるを得なかった。


 客達の反応は微妙。あっ食事は普通なんだ、ちょっと期待してたのに……なんて感じの表情をしていた。



「ねぇ、ちょっといいかしら?」

「ん? どうかしたか? 悪いけどこの飯で我慢してもらうしかないぞ」


 少し離れた場所にいたヴェラにも昼食を運んだ時の事だ。


 どこか優れない表情をしたヴェラだが、食事に文句を言われても困る。


「そうじゃなくて、あの男……」


 そう言ったヴェラの視線の先には、一人でこの馬車に乗り込んできた男性の姿があった。


「あの男、視線の動きが不自然だわ。まるで何かを探っているみたい」

「探ってるって……何を?」


「さぁ、ハッキリとは分からないけど、あなたの事も色々と嗅ぎ回っているみたいよ」

「な、なんだよそれ」


 聞くとフェルナや他の客に、俺の事や馬車の事を聞いて回っていたらしい。


 聞いて回ると言っても世間話の延長レベルらしいが、男性に興味を持たれても嬉しくないぞ。


「ともかく、念のため注意しておきなさい? 他の商会のスパイ……なんて可能性だってあるんだから」

「ス、スパイ!?」


 唯一、あの男性客だけはヒーメルンに行く理由が分からない。


 フェルナやヒュアーナが世間話的に聞いた時、何故か言葉を濁したらしいのだ。


 潰れかけの商会が、ヴェラという有名冒険者を雇い、格安で馬車を運行し始めた。


 それだけ聞けば興味を持つ同業はいるかもしれない。他社の動向の把握は営業戦略的に重要なのだ。


 とは言っても特別なのは従馬だけ。しかしその特別は真似ようと思っても真似れる事ではない。



「まぁ探られるだけなら、問題ないだろ」

「……最悪なのは、馬車に細工されたり御者にちょっかいを出して、運行の妨害をされる事よ」


「そこまでするか?」

「すでにこの馬車の優秀さは伝わっている。でも運行中にトラブルが発生すれば、商会の評判は落ちる」


「て、でも初運行だぞ? まだ何の実績もないのに」

「芽を摘むなら早いうちよ。下手に成長したら面倒になるでしょ?」


 なるでしょ? じゃねぇよ、何を他人事みたいに。


 ともあれ、ヴェラが言うには警戒するに越した事はないとの事だ。


 とりあえずはヴェラが注意深く監視してくれるらしいが、俺も一応注意しておけと。


 何事もなく終わって欲しいものだが、やはりそう上手くは行かないのだろうか?



お読み頂き、ありがとうございます

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