【2ー18】RE:スタート
「……ヤバイ、緊張してきた」
そして迎えた出発日の朝。俺はもの凄い緊張感に押しつぶされそうになっていた。
初めて客を乗せてバスを運転した時もこんな感じだったかも。あの時は近くに先輩がいたけど、今日の初運行で運転手は俺一人だ。
ぶつけたらどうしよう、道を間違ったらどうしよう。時間に間に合わなかったり、客からクレームを受けたりしたらどうしよう。
そんな思いが頭の中をグルグルと駆け回っていた。
「ちょっと大丈夫なの? 顔、青いわよ?」
「だ、大丈夫ですよ! 私もしっかり補助しますから!」
護衛のヴェラ・ルーシーに、運行補助のフェルナ・バドス。ヴェラは微妙だが、フェルナは俺の事を心配した様子で声を掛けてくれる。
ヴェラは予定通りだが、フェルナの同行は昨日の夜に急遽決まった事だ。
母親のヒュアーナが、仕事をしばらく休み商会の運営を行うと言ってきたので、これ幸いにとフェルナの同行が決まった。
フェルナはずっと馬車に乗りたかったそうだ。本人たっての希望で、御者席に座る事が決まっていた。
「出発まであと少しですね、そろそろお客様がいらっしゃるかもです」
「お、おぉ! いらっしゃいませぇバッチ来いッ!」
「ちょっと、本当に大丈夫なの……?」
ここでヴェラは本気で心配しているような顔を見せた。それほどまでに俺は酷い顔をしているのだろうか?
そうこうしている内に出発予定時刻まで、一時間を切った。
キリールからクッションを受け取ってからの二日間で集客に力を入れた事もあってか、今回は満員御礼の八名を乗せて運行する事になっている。
嬉しい事だが初っ端から満員かよ。最初は一人か二人で良かったのだが、まさか満員とは。
更に言うともっと応募があったらしい。立ち席や詰めればまだ乗れたが、今回は断らせてもらっていた。
「お客様がいらっしゃったわよ~」
少しだけ気の抜けた声が、商会の受付から聞こえてきた。声の主はヒュアーナ・バドス。一応だがこの商会の代表である。
さていよいよとなった俺は護衛を二体召喚する。変な感じで生成されたらどうしよかと思ったが、生成された男女の見た目は至って普通だった。
護衛その一、男性。職業は……軽戦士? なんか身軽そうで、腰に挿してあるのは二刀の短剣のようだ。
護衛その二、女性。職業はアーチャーか。以前の黒髪エルフのような特別感はないが、まぁ特に問題はないだろう。
「二人とも、この人の指示に従うように。有事の際は俺の指示を待たず、ヴェラの命令に従ってほしい」
「「――――」」
肯定の意志は示さないが、まぁ大丈夫だろう。それほどまでに俺の護衛召喚に対する信頼は厚い。
さてお次は従馬だ。まずは馬車を引く従馬を三頭召喚する。二頭でも十分だと思われるが、まぁ見栄えもいいし三頭だ。
そして護衛達が乗る三頭の馬も召喚する。GPを上げておいたお陰で、これだけの数を召喚する事ができた。
「……よし。じゃあ、行こうか」
「ええ」
「はい!」
商会の裏手から表側に回る。御者席に座ってみると何故か緊張など吹き飛んでしまった。
ヴェラもいるしフェルナもいる。優秀な護衛に従馬もいるし、例え不測の事態が起こっても大丈夫だろう。
いや起こってくれなくていいんだけどね? 別にフラグでもなんでもないからね?
――――
「え~本日はバドス商会の定期馬車をご利用いただき、誠にありがとうございます」
定期馬車の場合は御者が挨拶をするのが一般的らしいので、とりあえずそれっぽい感じで挨拶をしてみるのだが……こういうのは苦手だ。
今日は商会の代表もいるのだしと断ったのだが、今回の事にほとんど関わっていないので……とヒュアーナに断られていた。
うん、確かにそうだ、全く関わってない。そう思った俺が挨拶を行っているという訳だ。
「目的地は隣町のヒーメルンです。到着時刻は天候や道中の状況によって左右されますので、随時お知らせさせて頂きます」
野営を行うかどうかは道中にアンケートを取ろうと考えていた。恐らくだが今日の夜中には着けると思うので、野営は必要ないのだ。
だがお客さん達は野営ありだと思っているはず。野営を行った方がいいと判断した場合は無理をせずに行う予定だった。
「皆様の道中の安全は、銀二等級冒険者のヴェラ・ルーシーがお約束いたします。他にも優秀な護衛を二人用意しました」
「ヴェラ・ルーシーよ、よろしく」
「「――――」」
すると僅かにお客たちがザワつき出した。ヴェラを本当に雇っていたのかという、驚きによるザワつきだろうか。
「何かご入用の際にはこちらのフェルナ・バドスまでお知らせください」
「フェルナ・バドスです、よろしくお願いします」
フェルナには接客全般を任せている。客からの用命に答えたり、客と俺との橋渡し役、その他諸々は彼女が対応する。
「それでは、まもなく出発いたします。お荷物をお預け後、ご乗車になってお待ちください」
それを聞いた客たちが動き出す。馬車の後方に集まり、荷物をフェルナへと預けていく。
預け終わった客は馬車の入口に移動する。入口で扉を押さえて待っていた俺は、客の顔を確認し再び挨拶を行っていく。
「立派な馬だねぇ。でもあまり速度を上げないで貰えると助かるわ」
「すまんね、如何せん老骨なもので、腰がね……」
「畏まりました、快適に過ごせるよう努めます」
最初に馬車に乗り込んだのは老夫婦。一番に応募しくれた、隣町の息子さんに会いに行くと言っていたお客様だ。
どうやら息子さん達に子供が産まれたらしい。お爺ちゃんお婆ちゃんとして会いに行くそうだ。
「どうも、よろしくお願いするよ」
「よろしくお願い致します」
次に乗り込んだのは、お一人でご利用の男性客。歳は俺より少し上といった感じだろうか? 隣町へ行く理由は不明だが、別にそれはどうでもいい事だ。
結構身なりがいいのだが……なぜこの商会を選んだのだろう? 安いは安いのだろうが。
「いや~本当に安いですよね! 助かります!」
「祝福の鐘……諦めるしかないと思っていたけど、本当に良かったです!」
「いえいえ、旅行をお楽しみください」
その次は二人の男女が馬車に乗り込んだ。聞くと二人は新婚さんらしく、新婚旅行でこの国に訪れていたらしい。
ヒーメルンの観光名所、祝福の鐘とやらを鳴らしに行くそうだ。
「よろしく頼む」
「へ~、結構よさそうじゃ~ん」
「ヴェラさんの噂、本当だったんだ……」
「足元にお気を付けください」
最後に乗り込んだのは三人の女性。彼女達は鉄二等級の冒険者であり、ヒーメルン近郊にある初級ダンジョンに潜るらしい。
意外にもこの三人は、あのタゴナ率いる青銅級パーティーからの紹介で、うちの馬車を選んでくれたらしい。
「アンタ達、ヤバい時は力を貸してもらうから、そのつもりでいなさいよ?」
「もちろんだ」
「は~い」
「ほ、本物だ……」
銀等級のヴェラはやはり有名なようで、癖が強そうな三人の冒険者たちは文句をいう事なく承諾した。
客ではあるが冒険者だ。鉄級という事もあり、青銅級のタゴナ達よりも遥かに腕が立つのだろう。
もやは魔王でも攻めてこなければこの馬車は落とせまい……いやフラグじゃないからな?
「それでは定刻となりましたので、出発します」
そしてついに出発時刻となり、俺は馬車を発車させた。
バドス商会の入口ではヒュアーナが笑顔で手を振り、客たちを見送った。隣に座るフェルナも笑顔で……え? 泣いてる?
「私もう、泣きそうです」
「いやもう泣いてるが……」
「お父さん。この馬車にまたお客さんを乗せる事ができたよ」
「……再スタートだな、バドス商会」
空を見上げるフェルナは、涙を流しながらも表情は晴れやかだった。
一点の曇りなき笑顔。その笑顔は今まで見てきた笑顔の中で一番の笑顔であった。
ほんと、ヒロインじゃない事が悔やまれるよ。
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