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【2ー15】無事帰還






「……やっぱり異常だわ、あんたの馬車」

「いや~流石に疲れたな……」


 野営地を朝早くに出発し、王都ハイルオールに戻ってきた。魔物の襲撃は一度もなく、道中は快適そのものであった。


 時刻は夕暮れ。昨日の朝に出発し、次の日の夕刻には戻った。普通の馬車なら今頃ヒーメルンに到着している頃らしい。


 初の運行はこうして終わった。慣れない野営によって疲れが溜まった感があるが、不思議にも馬車の運転は苦ではなかった。御者ギフトの効果であろうと思っている。



「高速馬車より早くて、貴族馬車のような快適性……なんなのよ一体」

「どうだった? 護衛から見て……まぁほとんど護衛してないけど、何か問題はあったか?」


 何故か呆れ顔でブツブツと呟いているヴェラに、今回の運行について確認を取る。


 安全性、快適性、速度、サービス、その他。特に問題なかったとは思うが、念のための確認だ。


「ま、まぁ問題……問題は……ない……ってそうだわ! あんた鼾がうるさ過ぎっ!」

「それ馬車運行に関係あんのかよ……」


「何か指摘してやりたいけど、思いつかない……っ!」

「いや無理して問題点を探さなくていいよ」


 どうやら問題はなかったようで良かった。何故そんなにも問題点を捻りだそうとするのか謎だったが、どうやら何もしていない自分に気づいたようだ。


 魔物の襲撃は俺の護衛が撃退し、野営地では御者を扱き使い、持ってきた飲食物を盛大に消費、更には辺りの警戒などそっちのけで睡眠した。


 おかしいな? 確かヴェラの事は客じゃなくて護衛として雇ったはずなのだが。



「……5万でいい。流石に10は貰えないわ」

「えっ!? 大丈夫か? 熱でもあるんじゃ……!」


 慌ててヴェラの額に手を置いて熱を計ってみる。あの守銭奴が自ら報酬を返却するなどあり得ない。


 熱がある、もしくは長旅で疲れたか? そういえば、移動中に客が体調を崩した場合の備えを行っていない事にも気が付いた。


 薬を準備しなきゃ……そう考えていると、頬を僅かに赤く染めたヴェラが鋭い目つきと共に俺の手を払いのけた。



「熱なんてないわよ! か、軽々しく触んないでよね」

「わ、悪い」


「……流石に何もしてないもの。何もしてないのに、何かを貰うのはおかしいわ」


 そう言いながら目を逸らすヴェラを見て、思ったより守銭奴ではないかもと思い直した。


 そもそも一日5万というのが銀等級冒険者を雇うには安すぎるのだ。ヴェラは出世払いなんていう戯言を受け入れてくれてくれたのだし。


 俺は彼女に報酬として、金貨一枚を差し出した。



「……ちょっと、だから5万でいいって。あたし何もしてな――――」


「――――ルーシーさんはよくやってくれたよ。近道も教えてくれたし、魔物の情報や盗賊の情報もくれた。野営地や休憩場所だってルーシーさんからの情報だ」


「そんな情報、誰だって持っているわよ」

「それに安心だった。銀二等級のルーシーさんが横にいてくれる事で、何の不安もなく走らせる事が出来たよ」


「…………」


 いくら俺の護衛が優秀でも、ヴェラ・ルーシーという存在には敵わない。


 戦闘能力はもちろんだが、なにより知識がある。不測の事態が起きてもヴェラがなんとかしてくれる……そんな安心感を持って運行していた。


 俺の護衛は喋らないがヴェラはちゃんと笑ってくれる、怒ってくれる。そのお陰で楽しい旅程だったし。


 しかしそれでもヴェラの曇り顔は晴れない。彼女には彼女なりの矜持があるようだが、払う側が10万でも安いと思っているのだから受け取ってもらいたい。



「それに綺麗な女性と一晩を共にしたんだ。そのくらい受け取ってもらわないとこっちが困るよ」

「だ、だから言い方っ……! わ、分かったわよ、仕方ないから貰ってあげるわ!」


「素直じゃないなぁ」

「うるさいっ! でもそうよね、あたしと野営したんだから、10万なんて安い方よね!」


 ヴェラはそう言うと、俺から金貨を受け取り馬車を降りた。


「じゃあルーシーさん、三日後もよろしく」

「分かってるわ。それと……ヴェラでいいわよ、あたしもアンタの事をヨルヤって呼ぶから」


 俺の返事を聞かず、じゃあねっと言ったヴェラはそのまま去って行った。


 急にデレを見せてくれた彼女だが、心の中でいつも呼び捨てだった事は秘密にしておこう。


 そんな彼女の姿が見えなくなるまで見送った俺は、バドス商会へと戻るのだった。





 ――――





「――――ただいまぁ~」

「は……えぇっ!? ヨルヤさん!? なんでいるんですか!?」


 予想通りの反応をしてくれたフェルナに、早く戻れた理由を説明する。理由といっても単純に、俺の馬車はぇぇぇんだっ! って事なのだが。


 それを聞いたフェルナは驚愕の顔を見せた後、馬車へと走り寄って色々と確認し始めた。



「ど、どこも壊れてない……? 壊れたから引き返してきたんじゃ……」

「ちゃんとヒーメルンまで行ったよ、ヴェラが証人だ」


 そう言っても信じてくれないフェルナを説得するのは大変だったが、色々と説明するととりあえずは信じてくれたようだ。


 高速馬車以上の速度で目的地に着ける事は、広告には載せないし秘密にするという事でフェルナと合意する。


 俺が離れた後のバドス商会の事を考えたというのもあるが、高速馬車以上なんていうのは普通に考えたら物凄いスピードで運行するという事なので、単純に怖いだろうと。


 本当の所は、俺の従馬が休憩いらずの体力オバケだから早いのだが、そんな事は信じてもらえるはずがない。



「じゃあ後は、お客さんがどれほど来てくれるか、ですね」

「そうだね。今の所はいるのかな……?」


「実は今日、二名の応募がありました! ご夫婦だそうで、隣町の息子さんの所に行きたいそうです」

「ほんとに? 広告塔のお陰かなぁ」


「出発日が丁度良かったのと、料金が安いから……らしいです」


 どうやらヴェラのお陰ではないようだが、集客については正直な所、上手くいくかは未知数だった。


 こういうのは物語的に上手く行かないのが鉄板だ。ストーリー中というのがそれに拍車をかけており、集客には苦労するだろうなと。


 しかし二人も応募があったのであれば、集客問題もクリアーだ。先にも言ったが、儲け度外視で客が一人でも出発させるつもりだったし。



「じゃあ後はクッションの完成と、薬の確保……は手持ちの回復材でいいか。あぁ後はそうだ、野営中の事なんだけど――――」


 野営中、女王様となったヴェラに言われたのだ。体を拭きたいからお湯を準備しなさいと。


 鍋に水を汲んで火にかけたのだが、ヴェラ女王から火魔石くらい持ってねぇのかよ? とお叱りを受けた。


 火魔石とはなんぞや……? と思ったのだが、女王の威圧感にやられてしまった俺はヘコヘコと謝るだけで、火魔石の事を質問し忘れていたのだ。



「確かに、野営には火魔石や水魔石が必需品ですね。というか、荷物の中に二つとも入れておきましたけど……」


 フェルナがそう言うので荷物内を調べてみると、確かに赤みがかった石と青みがかった石が一つずつ入っていた。


 火魔石は熱を発生させ、水魔石は溶ければ水になるという。


 どちらも基本的に一度使ったら終了の使いきりらしい。


「……どう使うんだ?」

「え? 魔石に魔力を流し込むだけですけど」


「…………」

「えぇ? 私なにか、おかしなこと言いました?」


 いやおかしくはないのだろうけど、魔力を流し込めと言われてもやり方が分からん。


 この世界の人間であれば、歩く事と同じような感覚で魔力を操れるのかもしれないが、生まれて間もない赤ちゃんに歩けと言っても無理だろう。


 魔力を操ってみるのはまた今度にして、俺はフェルナに火魔石の使い方を実演してもらう事にした。



「じゃあいきますね?」

「おう」


 火魔石を手に持ち、ジッと石を見つめ始めたフェルナ。するとすぐに反応が現れ、火魔石が僅かに輝き出した。


 その状態になった魔石を水の入った鍋に投入する。たったこれだけでお湯が作れると言うのだから驚きだ。


 どのくらいでいい感じの温度になるのだろう? 一瞬で湯が沸くのなら、かなり便利だな。


「あとどのくらいかかるんだ?」

「えっと、この水の量にこのサイズの火魔石が一つなので、一時間くらい……かな?」


「一時間!? つ、使えねぇ……」

「で、でも火魔石の数を増やせばすぐですよ!」


 火魔石を数個投入すれば、火にかけるより余程早くお湯が出来るらしい。それに大きな火魔石であれば一つで十分だそうだ。


 単純に火力不足だと。でもアンタ、俺に持たせた火魔石ってこれだけじゃん? これ使って湯を作ろうとしてたら一時間かかったんだろ?


「すみません……うちにあった火魔石はこれだけなんです……」

「……分かった、俺が何とかする」


 バドス商会が超貧乏な事を忘れていた。


 まぁ火魔石がなくてもお湯を作る事はできるが、火魔石の方が色々と便利そうではある。


 明日、キリールの所に行って魔石について聞いてみよう。


 タワーディフェンスと放置バトルで得た魔石なら大量にあるから、安く加工してくれるかもしれない。


お読み頂き、ありがとうございます

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