【3-40】ラブコメ風妄想劇
挿し絵あり
「もう……死のうかな……」
そんな呟きが耳に入っては流石に放ってはおけない。雰囲気的に本気感が伝わってくるし、放っておいたらこの人、マジで5日後に命を絶ちかねない。
何があったのかは分からないが、気持ちは分からなくもなかった。
ガラッと変わった環境、文明レベル、人との繋がり、その他諸々が現代を生きていた人からすれば耐え難い。
順応できない人もいるだろうとは思っていた。だが学生たちには、クラスメイトで友人がいるからまだいいのだろう。
この人は先生で、学生たちとは立場が違う。迷っても、落ち込んでも、何かが起こっても相談できる人、頼れる人も寄りかかれる人もいない。
自分で言うのもなんだけど、俺は楽観的だからな。座右の銘はなんとかなる、それを自分に言い聞かせて今まで生きてきたくらいだから。
「あの、大丈夫ですか?」
「え……?」
だったら俺が、相談に乗ってやればいい。同郷のよしみという訳ではないが、同じ境遇で同じ立場なんだから分かり合えるはず。
招かれざる二十歳を超えた異世界人。この国の人は優しいから何も言われないし、追放なんて漫画みたいな事はされないが、残念ながら期待されていない事は伝わってくる。
だが逆に、期待されていないのだから自由勝手に生きていけばいいのだ。その事だけを楽天的に考えれば、現代を生きるよりしがらみなく自由に生きられる。
「お久しぶりですね、先生」
「あぁ、バスの運転手さん……ですよね?」
先生に声を掛けると、彼女はゆっくりと顔を上げてくれた。しかし目に光はなく、どこか諦めているような、絶望でもしてしまったかのような印象を受ける。
うろ覚えだが彼女は確か、明るく元気系な先生だった気がする。学生たちを纏める時も明るい大きな声を出していたし、笑顔が明るい人だな……なんて思った記憶がある。
そんな彼女が今は完全に沈んでおり、明るいのあの字もないのだから驚きだ。
「元気ないですね? なにかあったのですか?」
「あはは、まぁ、色々と……」
「すみません、そりゃ色々ありましたよね。なんせ、こんな世界に来てしまったのですから」
「そう、ですね……」
「もしよかったら相談に乗りますよ? 俺と先生は、同じ感じでここにいるんですし」
「…………」
彼女は数分黙ったが、いつまでも俺が隣に居続けた事で黙るのを諦めたのか、静かに語りだした。
簡単に言うと彼女は、この世界での立ち位置が分からなくなり、全く上手くやっていけていないらしい。
生徒を見守り、時には導く立場として転移させられたのに、生徒には煙たがられるだけ。
教師としての自分は必要とされていない、期待されていない。そりゃ何も教える事が出来なくなったのだから当然だと。
しかしその必要性がなくなれば、そのためにここに来た自分はどうすればいいのか。
自分に与えられたギフトの事を考え、向こうの世界と同じ職を進められるが、その道に進む気はもうない。
しかしその道を拒否してしまえば、もう自分は誰にも必要とされていない事になる。元の世界ならいざ知らず、こんな不思議な力がある世界では新たな道を見つけるのは難しい。
「最初は正直、転機になるかと思ったんです」
「天気……? あぁ、転機」
「向こうの世界での私、結構限界だったので……」
「心機一転、異世界で……ですか」
「でも、ダメでした。誰からも必要とされていない私なんて、いる意味が……――――――――」
俺は正直、来たくなかった。仕事も楽しく、友人も多く、環境も悪くなかった。
向こうの世界での生活が、それなりに充実していたんだ。
でもそうじゃない人にとっては、またとない機会なのかもしれない。人生に絶望した人に、別の世界でやりなおさないか? なんて聞いたら、承諾する人はいるだろう。
現世に何の未練もない人が転生して、新たな人生を歩む物語は溢れている。彼女がどういう状況だったのか分からないが、それらと同じように変化を望んでいたのか。
「――――――――だから今は後悔しています。私は、一人でいられるほど強くなかったみたいなので」
「…………」
「向こうでもここでも、一人にならないように、誰かに必要とされるように頑張ったんですけど……」
「……うん」
「ダメでした。この世界で私は、誰からも必要とされていません。必要のない人間なんて、生きている意味がありますか?」
「それは……」
自嘲気味に笑みを見せる先生を見て、本当に辛かったんだなと思った。人は誰かに必要とされるために生きているんじゃないとは思うが、考えは人それぞれか。
誰かに必要とされることで、自分の存在意義を見出す人。自分のためではなく、他人のために生きる人。
それを非難するつもりはないが、そういう考えに至った過程はあるだろう。彼女を渦巻いていた環境なのか、もしくはトラウマでもあるのか。
「この世界には友達も両親もいない。一度躓いたら、必要のない私になんて誰も手を差し伸べてくれないし、誰も助けてくれない」
「…………」
「私、情けないですけど……自分一人で立ち上がれるほど強くなかったみたいで……」
「……そうですか。じゃあ、こうしましょう」
俺は立ち上がり、彼女に向かって手を差し伸べた。
随分とメンタルがやられているようだが、俺は彼女が本来明るい人なのだという事を知っている。
今は大きな環境の変化について行けず、混乱しているだけだろう。彼女に根付いているなにかも、それに拍車を掛けているのかもしれない。
だから今は、発破を掛けるのではなく手を差し伸べるのだ。
「あの……この手は?」
「あなたが躓いたら、俺が引っ張り上げてやりますよ」
「え……」
「あなたは一人じゃない、同じ境遇の俺がいるじゃないですか。逆に俺が転んだら、あなたが俺に手を差し伸べて下さい」
俺達は望まれて来た訳でも、期待されている訳でもない。
俺達は、この世界の物語の主人公じゃない。
でも、そんなのは関係ない。一人で何でも出来る主人公じゃないのなら、支え合える仲間を作ればいいだけだ。
「俺、今仕事のパートナーを探しているんです。もしよろしければ、手伝ってもらえませんか?」
「仕事……ですか? 私、何も出来ませんよ……」
「大丈夫です、色々と教えますから。そもそもそんな難しくないですよ、運行補助なんて」
「私が、必要なんですか……?」
はい、そう言いながら大きく頷くと、彼女はゆっくりと手を伸ばして俺の手を掴んだ。
しっかり握られたのを確認した俺は、少しばかり強引に彼女の事を立ち上がらせる。
立ち上がった彼女の目には、しっかりと光が差し込んでいた。
……というのが俺のラブコメ風妄想劇。
実際はこんな感じではなかった。どうやら俺は、ラブコメの主人公にもなれないらしい。
彼女の悩みを聞いた俺は、なんと言ったらいいのか分からなくなり、ただ叫んだ。
「――――――――いやいやいや! 俺が必要としてますから! いる意味、ありますから! たぁくさん仕事ある! あなた素晴らしい人材!」
「……本当ですか?」
「え……?」
「本当に、私が必要なんですか?」
「え……えぇまぁ、どちらかと言えば必要ですかね……」
「そう、なんだぁ……♡」
実際はただ必要なんだと叫んだだけ。とりあえず、自ら命を絶つなんて事を思い止まってほしくて、単純な言葉を吐いただけ。
でもどうやら、それが正解だった様子。本当は妄想のようにカッコよく手を差し伸べたかったが……まぁ正解ならいいか。
それに自分で言うのもなんだけど、こっちの方が自分らしい。
『クエストクリアーを確認しました』
【特殊クエスト――――あなたが必要です】
【クリアー報酬――――成長材(SR)、ヒロイン化】
『ヒロインリストにオウカ・ミカガミが追加されました』
【名前————オウカ・ミカガミ】
【年齢————24歳】
【職業————従業員・総務】
【好感度————145】
【関係性————所有者と物】
【状態————ヨルヤ依存症】
【一言————あなたのために生きますね】
いや想いが重い重い重いっ! 自分のために生きてくれる!?
立て続けに、高好感度に方向性がおかしい状態のヒロインが出来てしまった。
というか関係性がアンジェと同じなのだが、これどういう意味だ?
まぁ要は、アンジェと同じで取り扱い注意という事だろう。
アンジェの場合は俺の命の危険が、オウカの場合はオウカ自身の命の危険って所か。
……いやなにそれ? 俺言ったよね、普通のヒロインが欲しいって。
「オウカって呼んでね! ヨルヤさん!」
「いやお前、いきなり元気になりすぎだろ……」
依存体質天真爛漫元気系か。
まぁ、可愛いは可愛い。馬好きの俺にポニーテールが刺さる。




