第96話 再集合
鏡夜の来訪から、更に数日。お盆が終わると同時に、浬も海瑠も彩斗と共に天神市に帰っていた。
「あー・・・疲れたー・・・ほんとに色々あった・・・」
ぽふん、と浬が自室のベッドに倒れ込む。本当に、色々あった。命を狙われたなぞと非日常の最たる例だった。が、非日常は簡単に日常に侵食してきた。
「あー・・・帰って来た気がする・・・」
「ね。やっぱりお家って安心するね」
「・・・いや、なんで二人も一緒なのよ・・・」
さも平然と部屋に入り込んだモルガンとヴィヴィアンに対して、浬がため息を吐く。一度カイトの部屋に行ったはずなのだが、気付いたら浬の部屋に上がりこんでいた。
「いや、だって二人っきりって寂しいじゃん。それに外なら素っ裸で動き回らないし」
「あはは。流石に外じゃあね。私、露出狂じゃないし」
「どの口が言うか」
ギリギリギリとモルガンがヴィヴィアンの頬を抓る。なお、浬は聞かなかった事にしたらしい。が、そう言っていられない事を思い出した。
「ん?・・・待って。お兄ちゃんの部屋で同棲してたんだよね?」
「うん」
「・・・知ってるの?」
「そりゃ、知ってるよ。カイトの前でも裸で彷徨いてるし」
「・・・私は何も聞かなかった事にしよう」
首を傾げながら何を当たり前な、という風に聞いてきたヴィヴィアンに、浬はこの一件を全てなかった事にする。カイトの部屋と自分の部屋は隣――海瑠は斜向い――だ。そんな隣で起きていただろう事を気にしたくなかった。
「・・・あ。そう言えば・・・明日一応皆集まる予定になってたんだけど、二人はどうするの?」
「え? ああ、一緒に行くよ。何時も学校で待機してたしね」
「ランスも居るだろうしね」
どうやら二人も一緒に集まるらしい。夏の間に全員色々あったので、ここらで一度集まっておこう、と考えたのである。それに夏の間はおやすみだった訓練も再開しないといけない。あちらはしないと命に関わるのだ。そうして、この日は何事も無く、全員普通に眠りに就く事にするのだった。
そうして、翌朝。浬と海瑠は連れ立って出掛ける事にしていた。勿論、モルガンとヴィヴィアンも一緒に、である。
「おかあさーん! 私、遊びに出かけてくるねー!」
「僕もー! 別に一緒の所じゃないけど!」
「あ、うんー! って、二人共、宿題はー!?」
「僕は終わったー!」
「私はあとちょっとー! って、ことで、いってきまーす! あ、私、お昼要らないからねー!」
「あ、こらー! ちゃんと帰ったら終わらせなよー!」
綾音の声を背に、浬は逃げる様に家を後にする。その背がどこかウキウキしていたのは、仕方がないだろう。それに、ヴィヴィアンが笑みを浮かべた。
「あはは」
「よっしゃ! 脱出成功! 生きててよかったー!」
「現金な奴め」
家から出た所で、フェルが待っていた。これから行くのは、隠れ家だ。が、そんな事で彼女の足取りが軽くなるわけがない。
実は、綾音に告げた事は嘘だ。彼女はお盆までにきちんと宿題を全て終わらせていた。ということは、だ。ご褒美が待っていたのである。
「これが嬉しくなくてなんなの! 生歌よ、生歌! 大枚叩いても聞けないんだよ!? 今やってるワールド・ツアーのチケットどれ位プレミア価格になってると思うの!? S席以上に近いんだよ!?」
「知らん。あんな人魚の小娘の歌の価値なぞ・・・見事である事は認めるがな。金を払う必要がないからな」
「くっ・・・ブルジョワめ・・・」
「ブルジョワとかじゃ無いんじゃないかな・・・」
浬の一言に対して、海瑠が小声でツッコミを入れる。まあ、確かにツッコミが正しいだろう。彼女のプライベート・コンサートなぞ、金でなんとかなるものではなかった。
「っと。では、私はあいつを呼んでくる。ドレスだなんだ、と手間取っていたからな」
「お願いね」
「やれやれ・・・」
浬の期待感満載の応答に、フェルが首を振って呆れを露わにする。カイトの妹である事を嘆いたかと思えば、今は手のひらをくるっ、と返して歓喜していた。人らしい、とはフェルは思うが、それでも見事な手のひら返しだった。
そうして、浬と海瑠は歩いて、隠れ家へとたどり着く。少し遠かったので、だいたい20分ぐらいの距離だった。今後は自転車を使おう、と考えたかどうかは、定かではない。
「えっと、確か・・・ここだったよね」
「うん。ここだよ・・・鍵、忘れてないよね?」
「うん、どうしたの?」
「ごめん。先トイレ行って来る!」
海瑠は浬から鍵を受け取ると、少し急ぎ足で隠れ家の中に入ってく。どうやら途中から我慢していたらしい。妙に道中は黙っているな、と思ったのだが、どうやらそういうことだったのだろう。
「あはは・・・って、どうしたの?」
「あー・・・ここなんだーって・・・」
そこでふと浬が横を見ると、モルガンが頬を引きつらせていた。その表情はかなり微妙で、どこか哀れんでいるようでさえあった。
「何? どういうこと?」
「あ、実はここね。ほん」
「すとーっぷ! まだ早い! 絶対早い!」
知らない様子の浬を見て、モルガンが完全に事情を把握したらしい。大慌てでヴィヴィアンの口を塞ぐ。知らないのは、教えてもらっていないからだ。そしてそうであるのなら、即ち理由があるはずなのである。
「玉藻だ。絶対玉藻が企んでるから」
「教えて上げた方が良いと思うんだけどなー・・・」
「ダメ」
楽しそうな笑みを浮かべながら絶対の意思を滲ませたモルガンに、やれやれ、という様子でヴィヴィアンが呆れる。そんな妖精二人に、浬は首を傾げる。二人だけでわかる会話をされても、分からない者にはわからないのだ。と、そんな彼女に、後ろから声が掛けられた。
「あ、浬! そっち、大丈夫だった!?」
「あ、鳴海! 久しぶり! そっちも大丈夫だった!?」
後ろから声を掛けてきたのは、鳴海だった。どうやら立ち止まっていたお陰で、彼女も来たようだ。横にはランスロットも一緒だった。
「ほんっと怖かった・・・アロン先生が来てくれなかったら、って思うとゾッとする・・・」
「こっちはこの二人・・・」
二人はため息混じりに、お互いの救い主について報告し合う。と、そこで浬の横に奇妙な物体が浮かんでいた事に気付いた。
「って、わぁ!? なんか居る!?」
「あはは・・・ヴィヴィアン殿。モルガン殿。お久しぶりです」
「うん、久しぶり。ここ最近でここまで離れてたの久しぶりだね」
ランスロットは鳴海の驚きに笑いながら、二人に挨拶する。言うまでもなく、三人は知り合いだ。それ故だった。そんなランスロットに、鳴海が問いかけた。
「知り合い、なんですか?」
「ええ・・・とは言え、こんな所で話していたら、可怪しく思われますからね。入りましょう」
「あ、はい」
妖精達が見えているのは、この場の面々だけだ。もしこの場でモルガンとヴィヴィアンを紹介しようものなら、周囲からは怪しまれる事請け合いだ。というわけで、一同はランスロットの促しに従って、海瑠が開けっ放しにしていた玄関の扉を開いて、中に入る。
「あ、結構もう来てるんだ」
「靴、多いね。御門先生の分は・・・なさそうかな」
「ああ、インドラ殿でしたら、昨日は大いに飲まれていましたので、深酒してるんじゃないですかね」
靴の中に見慣れた革靴がなかった事に気付いた鳴海に対して、ランスロットが事情を語る。ちなみに、昨夜は途中までは一緒に飲んでいたらしい。お土産として、イギリスの地酒を持って帰ってきたようだ。そうして、とりあえず中に入ると、中では煌士が力説を行っていた。
「すごかったぞ! あれが、『マハーバーラタ』に語られるアルジュナか! まさに大英雄! あの物理攻撃が効かぬという金鬼に対してああまで圧勝していたとは!」
「あはは・・・何度も聞いたよ」
「申し訳ありません、空也様。病院ではハイテンションに成れぬ、とずっと我慢してばかりでしたので・・・」
どうやら煌士は落ち込んだり恐怖を覚えるどころか、ようやく間近で見れた英雄の戦いに興奮している様子だった。
「矢は音速を超え、その健脚は自らの放った矢と並走出来る程! これが英雄かと貧血にも関わらず血が上るかと思ったぞ!」
「あー・・・血が抜かれて静かになった、と思ってたんだけど・・・何時も以上だわ、これ・・・」
相も変わらずどころか何時も以上にハイテンションな煌士に、浬がため息を吐く。どうやら精神面どころか肉体面も大丈夫だろう。
「おぉ! 天音姉弟に木場くん! それにアロン先生! お久しぶりです! 先生も一緒でした・・・か?」
どうやら煌士はランスロットについては聞かされていなかったらしい。珍しく素の表情で目を瞬かせていた。まあ、彼の場合は病院で情報から隔絶されていたのだ。仕方がない。ちなみに、海瑠は先程合流した。
「天道くん。元気そうで何よりです。実は学会の途中までは、先生が護衛していたんですよ」
「私達も、ね」
「は、はぁ・・・いえ、あの・・・先生は一体どういう理由でこちら・・・ようせいぃ!?」
どうやら煌士にとって今日は驚きが続く日らしい。今度はランスロットの横に浮かんだヴィヴィアンに驚いていた。
「ちなみに、もう一人居ます」
「うぇ!?」
モルガンの真横での囁きに、煌士が思い切り飛び跳ねて驚く。
「きゃはは! 満点の反応! グッジョブ!」
大げさな驚き方を披露してくれた煌士に対して、モルガンは空中でケタケタと笑い足をバタつかせる。どうやらツボに入ったらしい。そんな笑い声で、玉藻がモルガンに気付いた。
「おお、いたずら娘が帰りおったか」
「玉藻、きちんと黙っといたよ」
「「・・・ぐっ」」
二人はサムズ・アップで応じ合う。無駄にこんな事に精を出すあたり、二人は似た者同士なのかもしれない。そんな昔馴染みに呆れたヴィヴィアンが今は別の意味で騒がしくなっていた煌士の方を向いた。
「やれやれ・・・まあ、とりあえず。君は一度落ち着こう? あのままじゃ話し合いになってなかったよ」
「む・・・いや、空也。すまなかった。少々興奮していたようだ」
「あはは。良いよ。煌士が何時も通りだ、ってわかったしね」
煌士からの謝罪に、空也が笑って首を振る。何時もならば流石に空也も若干辟易するのだが、今回ばかりは別だ。彼とて幼馴染にして親戚が襲撃にあって昏睡状態に近い状況になっていたのだ。心配だった事が大きかった。そうして、その頃になって、侑子がやってきた。
「おはよ。全員元気そうじゃん」
「あ、おはよ、侑子・・・そっち、大丈夫だった?」
「パルクールって意外とキツいね。スタミナ作りとかに約立つかも」
「?」
浬からの挨拶に答えた侑子だが、浬には何のことだかさっぱりわからなかった。とは言え、とりあえず彼女も無事らしい、という事はわかった。が、そんな彼女でも、担任のランスロットは兎も角、妖精が居ればびっくりするだろう。
「・・・へ」
「はじめまして、人間の少女さん」
「あ、はぁ・・・はじめまして・・・」
ヴィヴィアンから挨拶されて、侑子が上の空で答える。誰なのか全くわからない上に、今までとは全く違う完全ファンタジーの存在だ。驚くしかなかった。
「で・・・そちらのはどう見ても妖精にしか見えないのだが・・・」
「そうですね、では改めて、自己紹介をしておいた方が良いでしょう」
煌士の疑問を受けて、ランスロットが場を取り仕切る事にしたらしい。そもそも、ランスロットその人自身空也は知らない。空也も勿論、ランスロットを知らない。学校が違うからだ。
「では、私から・・・アロン・ベンウィックの名で教師をやっております・・・さて、天道くん。ベンウィックと聞けば、何か思い当たりませんか?」
「はぁ・・・何か引っかかるのですが・・・んー・・・あー・・・申し訳ありません。いまいち・・・」
ランスロットから急に水を向けられて、煌士が首をひねるも何も思い出せなかったらしい。が、どこかで聞いた事があった様な、とは思っていたようだ。十分、博識と賞賛されただろう。
「あはは。そうですね、では、アーサー王物語のベンウィック王、といえばどうですか?」
「! ランスロット卿の父ですか! いや、申し訳ない! 殆ど語られていないので、思い当たりませんでした!」
「はい、そういうことです。で、父がベンウィックなので、アロン・ベンウィックというわけですね」
「・・・はい?」
父が、アーサー王物語のベンウィック王。つまりその息子であるということは、答えは一つだった。
「ということは・・・湖のランスロ! まさか先生がランスロット卿なのですか!?」
「あはは。教え子にそれほどまで驚いていただければ、私としても武名を少しは轟かせた甲斐があったというものです。木場さんなんて全くわかってくれませんでしたからね」
「・・・誰?」
ランスロットから水を向けられた鳴海が煌士に問いかける。アーサー王伝説のアーサー王は知っている者は多くても、その円卓の騎士達まで完璧に把握している者は少ない。
鳴海もその一人、だった。が、逆に知っている者からすると、大興奮する相手だった。まあ、煌士だからなのかもしれないが。
「湖のランスロ! アーサー王伝説の最重要登場人物だぞ! なぜ知らない! 彼の存在無くしてはアーサー王伝説は語れん程の武勇と高潔さを持つ最優の騎士だ! いささか語弊があるが彼と王妃ギネヴィアの密通によって、アーサー王は右腕たるガウェイン卿を失い、モルドレッド卿の反逆によって没落と破滅を迎える! まさに、最重要人物中の最重要人物だ!」
「・・・あー・・・煌士? それ、言ってよかったのか・・・?」
最後まで語り終えて肩で息をする煌士に対して、空也がおずおずと問いかける。どう考えても当人の居る前で語るべき内容ではなさそうだったのだ。と言うか、半ば糾弾にさえ近かった。ということで、少しランスロットが落ち込んでいた。
「あ・・・も、申し訳ありません・・・決して、糾弾したり指弾したりしているわけでは・・・」
「あはは・・・ま、まあ、単なる事実の羅列ですので、お気になさらず・・・」
お気になさらず、と言う割にはひどく落ち込んでいる様子のランスロットに、誰も何も言えなくなる。明らかにヤバそうだった。そんなランスロットに、モルガンがため息を吐いた。
「はぁ・・・いい加減立ち直ればいいのに」
「そう言ってあげないでよ。ランス、悩むと長いもの」
ヴィヴィアンはよしよし、と幼子をあやす様にランスロットの頭を撫ぜる。
「はぁ・・・じゃあ、次は私。モルガン・ル・フェイ。『常春の楽園』の九姉妹の長女よ。九姉妹は昔の統治者ね。今はアルト・・・アーサー王ことアルトリウス・ペンドラゴンが統治しているわ。だから、自由に動いているわけ」
「モルガン・ル・フェイ?」
「アーサー王の姉だ。が、確かアーサー王の敵だったはずでは・・・」
「国同士はともかく、敵に回ったつもりは無いわ。一度もね」
煌士の言葉に対して、モルガンは少し嫌そうに首を振る。ここら、聞けば勝手に敵役として物語に設定されてしまった、という話らしい。実際には協力者の一人、と考えて良いそうだ。
最後の最後でアーサー王を追い詰めた筈のモルガンがアーサー王を癒やす者の一人だった、という変な話になっているのはそれ故だったそうだ。強引に事実とつじつま合わせをした結果らしい。そうして、少し真面目に語っておきながら、次にはおちゃらけた様子に戻った。
「まあ、今はカイトの情婦でーす」
「じょ、情婦ですか・・・」
「どういう意味?」
「・・・はぁ・・・モルガン殿。子供の前でそういう事は言わないで頂きたい。せめて恋人にしておいてください」
「いいじゃん。中学生でもこのぐらい知ってるでしょ」
半数程度――と言うか詩乃を除いた女子勢全員――が首を傾げたのを見て、ランスロット首を振る。が、意味がなさそうだった。何も気にしていなかった。
ちなみに、情婦とは恋人というよりも愛人に近い。それも肉体関係有りきの愛人だ。なお、実態としては恋人の方が強い事は、一応注意しておく。
「それは置いておこう? じゃあ、最後は私ね。私は<<湖の乙女>>。ランスのお母さんの一人でもあるかな」
「おぉ! やはり最後はあのヴィヴィアンか!」
「・・・え?」
予想通りの名前が出て来た事に興奮する煌士に対して、ギョッとなった空也と侑子はランスロットとヴィヴィアンを見比べる。
どう見ても中学生も良いところのヴィヴィアンは決して、ランスロットの母親には見えなかった。まあ、綾音を知らなければ、という所だが。
なお、ヴィヴィアンは実母ではない。育ての親である。そもそも妖精なので実年齢と見た目は比例していない。見た目だけで驚いたのは、そこらまだ常識を捨てされていない所だろう。
「<<湖の乙女>>とは複数居る妖精の一人だが、モルガン殿に対してこちらはアーサー王の味方として描かれる妖精だな。有名なのは、ランスロット卿の育ての親である事と、かの聖剣エクスカリバーに纏わる逸話だろう。アーサー王のエクスカリバーは彼女の持ち物で、アーサー王は彼女から与えられた、というのは有名だ。戦いの最後にはアーサー王が聖剣を彼女に返却する所で、幕を下ろす」
「ふーん・・・」
誰も聞いてもいないのに勝手に解説を加えた煌士に、全員が生返事を返す。どうでも良いとはいえないが、とりあえず頭には半分程も入ってこなかった。こうして、騒がしいながらも新たにアーサー王の関係者3名を加えて、再集結を果たした一同なのであった。
お読み頂きありがとうございました。




