第93話 ため息
とりあえず彩斗の生家に帰った浬達だが、今度はモリガンとヴィヴィアンも一緒に家の中に入ってきた。
「え? 来るの?」
「え? だって私達寝るとこ無いし」
平然と家の中にまで付いてきたモルガンとヴィヴィアンに浬が問いかければ、モルガンが平然と宿無しを明言する。それに、二人は良いのかな、と思いつつも何時も通りと言った流れでついてくる二人に、もう任せる事にした。
「あ、一応私達の事は二人とカイトにしか見えてないから、変な事言ったら一気に怪しまれるから、気を付けてね」
「ああ、それでわからなかったんだ・・・」
ヴィヴィアンからの言葉で、海瑠は今までずっと気付かなかった理由を理解する。今よりももっと魔眼を使いこなせれば話は変わってくるのだが、今はまだ簡単な魔術で見えなくなってしまうのであった。
「ただいまー」
「おかえりー。お参り、きちんとしてきたー?」
「うん。すっごい疲れたけどね!」
浬は本当に恨みがましい視線を小鳥形態になっているカイトに送る。疲れた原因は大抵これだった。ちなみに、お参りだが自分の神社で暴れている馬鹿がいる、と聞きつけた菅原道真本人に会ってきた。単なるお参りよりご利益は確かだろう。
「そっか。おつかれ。じゃあ、あとちょっとでご飯だから、休んでおいで」
「うん、そうする・・・あー・・・ほんとに疲れた・・・」
綾音の言葉に二人は本当に帰って来た事を実感しながら、この家で自分達の部屋として与えられている二階の一室へと移動する。相部屋だが、文句は言えなかった。
ちなみに、以前は浬と居候のティナ、カイトと海瑠で一部屋だった。なら別々の部屋にして、と進言したのであるが、片付けが面倒だからダメ、と却下されたらしい。
「はぁ・・・結局家が一番落ち着く・・・」
「ねー。私もそう思う」
「いや、ここ貴方の家じゃないでしょ・・・」
モルガンが同意したのを受けて、浬がため息を吐く。本当に彼女はまるで自分の家の様にくつろいでいた。そうして、色々としながら夕食を待つ事にする。
「はぁ・・・」
「ねー。見て見て」
『乗るな馬鹿』
「ぷっ・・・」
カイトの上に乗ったモルガンを見て、浬が吹き出す。蒼い小鳥の上に乗る妖精というのは妙に似合っていた。
「試しに乗ってみたけど、妙なフィット感・・・でもなんかもうちょっと小さくなってくれた方が良いかな」
『だから乗るな』
「んー・・・横乗りの方が良いかな?」
「そしたら二人で乗れるね」
『うきゅう』
どうやら平常時のカイトには二人分の重さに耐え切れる程の力は無いらしい。モルガンの横にヴィヴィアンが座ると同時に、カイトがぺたん、と潰れる。そんなカイトに、ヴィヴィアンが不満げだった。
「・・・なんか傷付くなぁ」
『だからお前も乗るなや!』
「きゃー!」
「・・・う、五月蝿い・・・」
ここ数日間は静かだったのに、一気に三人分の騒がしさが入ってきた部屋は騒がしかった。と、そんな三人に、浬は気になった事があった。
「ねえ、結構大丈夫そうなんだけど・・・呑気に構えてていいの?」
「ほえ?」
「何かな?」
『うん?』
じゃれ合う小動物三人組は浬の言葉にじゃれ合いを止めて、その顔を窺い見る。それは何処か周囲を警戒しているようだった。そうして、浬は努めて小声で問いかけた。
「いや・・・襲撃とか・・・」
「ああ、それ? 大丈夫大丈夫。お盆明けぐらいまでは無いよ、絶対。今度は私も保証する」
「え?」
絶対の自信を滲ませたモルガンに、浬が毒気を抜かれる。何を根拠としているかはわからないが、少なくとも、絶対の自信があった。そして、それを補足するように、ヴィヴィアンが説明した。
「死者蘇生がどうして出来ているのかはわからないけど、まあまず、一週間で動ける様にはならないよ。どれ位無理か、って言うと、世界最高の魔術師でも死者蘇生は難しい、って言うぐらいの無理さ加減」
「それに、お盆になると陰陽師達も警戒を始める。特に京都は地球有数の怪異の密集地帯。そこで事を起こそうったって無理。今週末ぐらいから一気に陰陽師達が全国津々浦々から集まるのよ。今はその応対で忙しくて、丁度最後の谷間だから出来た事、というわけ。まあ、そもそも私達が一緒なら、襲撃なんて仕掛けなかったでしょうね」
「「へー・・・」」
先程のアーパーでいい加減なモルガンと同一人物とは思えない程にしっかりとした解説に、二人が目を見開く。と、そう言われて気になったのは、ある事だ。
「・・・あれ? じゃあなんで今までお兄ちゃんの近くに居なかったの?」
「ああ、それ? えーっと、まあ、なんというか・・・里帰りしてたの」
「アロン、って浬ちゃんの担任だよね?」
「うん、そうだけど・・・」
ヴィヴィアンから唐突に出た問いかけに、浬が首をかしげる。それに、ヴィヴィアンが続けた。
「彼と一緒に、里帰りしてたの。あの子、イギリスに大切な友達が居るからね。それでそっちの仕事も含めて手伝おう、って言うことで私達も一緒に帰ってた、っていうわけ」
「そういうこと。今回の一件で、彼も帰ってきてるよ。今は鳴海ちゃん、っていう子の側に居るわ」
「へー・・・じゃあ、悪いことしちゃったのかな・・・」
ランスロットの帰還が自分達の為だと知った浬が、少しの申し訳無さを滲ませる。担任として二年間一緒に居たのだ。やはり嬉しかったが、自分達の為に大切な友人との時間を邪魔した事には申し訳無さがあった。
「まあ、それは置いておきましょう。そういうわけだから、お盆明けまでは絶対に問題無いわ。逆に海瑠がそこらを飛び回る陰陽師を見付けて驚かないかの方が問題。バレたら厄介な事になるわよ」
「あ、気を付けます」
「よろしい」
海瑠の返答に、モルガンが満足気に頷く。いつの間にか彼女は偉そうに足を組んでいた。しかもそれもまた、堂に入っていた。
「というわけで、当分はゆっくり休んで大丈夫よ」
「そっか・・・じゃあ、そうさせてもらおー」
『おい、愚妹。パンツ見えてんぞ』
「きゃ。変態!」
安全を理解して横になった浬はカイトの指摘で、スカートの裾を直し、再び横になる。こうして、本格的な彼女らの夏休みが、始まるのだった。
ということで、始まった夏休み。それは勿論学生達だけの物だ。というわけで、翌日も彩斗は『最後の楽園』での仕事を抱えていた。だが、この日は何時もとは違い、支社に出社していた。
「それ・・・大丈夫だったんですか?」
『ああ。大丈夫だったそうだ。どうにもインドラ神が息子のアルジュナを遣わして、密かに護衛にしてくれていたらしい』
「はー・・・さすが神様、つーやつですか」
『だろうな』
支社に出社していた理由は、勿論煌士の一件があって注意を促す為、だった。こういう事があるので気をつける様に、という注意の伝達だった。
『まあ、そっちは陰陽師の総本山だから気にする必要は無いだろう。特にお盆前後は大忙し、らしいからな。京都には大量に出入りするらしい』
「・・・大丈夫なんか、鏡夜くん」
「あー、俺か?」
横に居た鏡夜に対して、彩斗が問いかける。陰陽師が忙しいというのに彼は今日も今日とて一緒なのだ。しかも彼は名家の御曹司なのである。出迎え等は良いのか、と思ったのだ。が、これは勿論、事情があった。
「おりゃ、出んほうがええんです。まあ、ちょいと数年前本家に楯突いて、思い切り各地の当主・・・特にこの時期に集まる当主勢から睨まれとるんで・・・」
三柴の前なので、鏡夜も一応丁寧な言葉づかいを心がけたようだ。そこには何処か苦笑が滲んでいた。どうやらやっちゃった、とはわかっているらしい。
「まあ、そりゃ、ええんです。後悔はしとらんので・・・で、まあ、流石にアメリカまではこっちも手を出せんので申し訳ないんですが・・・」
『ああ。いや、君は気にしなくて良い。覇王社長がホットラインを使ったらしい。なんとかわずかばかりながらもブルーと連絡が取れた様だ』
「ってことは、実在しとるのは、実在しとるでええんですね?」
『ああ。現に彼の遣いだという者が病院に来て、薬を置いていった』
今まで半信半疑だった存在に確証を持てて、三柴も彩斗も安堵の表情を浮かべる。と、そうして思ったのは、それを使えないのか、ということだ。が、この考えは安易に読めた事だったので、三柴が先んじて首を振った。
『ああ、考えはわかる。今はまた不通らしい。魔女については今は各地を転々とさせていて、バレる可能性のあるこちらとの接触はさせられない、だそうだ』
「やれやれ・・・そこまで、警戒するんですか?」
近づいたかと思うと、すぐに離れていく。そんな奇妙な存在に、彩斗がため息を吐いた。
『欧州の奴らからの情報だと、ものすごい、の一言だそうだ。教会によっては、その一言は禁句。探している、と言っただけで事情も聞かずに一度会談がご破産になったぐらいらしい。我々を警戒するのも無理はない』
「今の日本は特に入りやすい、か・・・はぁ・・・」
全ては自分達が弱く、大組織であるが故だ。内部にスパイが入りやすいのだ。そこから、情報が漏れるかもしれない。おまけに、襲撃に対する攻撃力と防御力は皆無に等しい。唯一の生存者である魔女一人で余裕で上回れる。警戒している理由は簡単に理解出来た。
「はぁ・・・強くならんと、望みは叶えられん、というわけですか・・・」
『そうだな・・・』
二人は揃って、ため息を吐く。確実に生きていると言える魔女にアポイントを取るには、何よりそれを守る夫を納得させねばならないのだ。だが、それはかなり困難な条件だった。
どれだけの期間協力してもらう事になるのかはわからない。その間の身の安全を確実に保証出来てはじめて、協力を依頼出来る。それが、最低条件だった。
「世界を単独で破壊出来る男を納得させられるだけの実力・・・無茶苦茶な話やないですか」
『何処の漫画だ、と思うがな。事実は小説より奇なり、だ・・・おっと。雑談をしている場合ではなかったな。これで連絡は終わりだ。お前も楽園に戻って情報収集に努めてくれ。説得しようにもこちらからなんとかアポイントを取ろうにも、情報が必要だ。それに、別ルートから魔女を見付けられるかもしれんからな』
「わかりました。じゃあ、もう行きますわ」
三柴の言葉を聞いて、彩斗は気を取り直して仕事に取り掛かる事にする。魔女狩りの最盛期が終わりかけの400年程前までは、確実にもう一人魔女が生きていたらしい。ならば、他にもまだ生きている可能性は十分にあった。
「イギリスか・・・欧州組の奴、なんとかやれとるとええんやけど・・・」
遠く、地球の殆ど裏側で同じ任務についている同僚達に、彩斗は密かに激励を送る。向こうはこちら以上に情報収集に難航している、と言う。だが、頼りは彼らだけだった。
「鏡夜くん、じゃあ、また頼むわ」
「おう。おっちゃん一人だけやと、式神に乗せてけるからな」
気を取り直した彩斗は、鏡夜に頼んで再度『最後の楽園』へと送ってもらう様に頼む。すでに他のメンバーは『最後の楽園』へと入っていて、作業に取り掛かっていた。で、いちいち台座で移動するのも面倒なので、鏡夜に頼んで移動しよう、ということだった。
「じゃあ、今日もやるかね」
移動した彩斗は今日も今日とて資料の解読に勤しむ。基本的に、資料の持ち出しは許されていない。これはプライバシー保護もあるし、同時に魔術的な資料を紛失する可能性があったからだ。と、作業を始めて、数時間。ふと、彩斗が首を傾げた。
「・・・ん?」
「どうした?」
「いや、今日なんや・・・騒がしないか?」
桐ケ瀬の質問に、彩斗は周囲を見回しながら問いかける。それに言われてみれば、と桐ケ瀬も思ったらしい。
「あー・・・すまん。今日は何かあったのか?」
「・・・もうしばらく、説明はお待ち下さい」
どうやら、何かがあったのは事実らしい。彩斗達はそれを理解する。とは言え、今出来る事は無い。なので全員に一応警戒させる事にして、彼らは作業を進める事にするのだった。
一方、その頃。鏡夜を主力とした陰陽師達は、というと、エリザに呼び出されていた。
「と、言うわけよ。陰陽師の事は陰陽師で片付けて頂戴」
「藤原千方・・・マジの話か?」
「ええ・・・これを」
鏡夜の問いかけに、エリザが数枚の写真を提出する。それは戦闘中の四鬼達の写真だった。
「何が目的かは知らないのだけれども、魔力的に優れている人に対して襲撃を仕掛けていたのを確認したわ。戦闘の際、千方が復活している事を匂わせていた。襲われていた者達の記憶は消したわ。安心して」
「・・・はぁ・・・ふかしやなさそうやな」
基本的に、両者ともに信頼関係は皆無と言える。なので疑っていた陰陽師達だが、写真やその他の情報を見せられて調査する必要はありそうだ、と考えたらしい。ため息を吐いていた。
「わかった。親父や皇本家には、こちらから言うとく。だから、あんま変な行動はしてくれんなよ」
「わかっているわ。貴方達こそ、変な行動は起こさないで。ただでさえこの時期はこっちも気が立っているの。数年前の様に偶発的な戦闘はごめんよ」
最後に鏡夜とエリザは威圧的な会話――他の陰陽師の手前なので――を交わし、エリザの執務室を後にする。そして去っていった陰陽師達を見つつ、エリザがため息を吐いた。
「これで、良いのね?」
「ああ。これで確実にこちらが大阪に居る間は動けなくなるはずだ」
影から出て来たカイトが、エリザの問いかけに頷く。情報を伝える様に命じたのは、カイトだった。陰陽師達に情報を流して、更に確実に千方達がこちらに攻撃を仕掛けられない様にしよう、という考えだったのだ。特にカイトの実家は名家草壁の近所だ。尚更行動は起こしにくいだろうが、万が一には備えておきたかった。
「ふぅ・・・これで、自由に行動させてやれるかな」
「大変ね、お兄ちゃん、って」
「あはは。サンキュ」
楽しそうに笑った二人が、口づけを交わす。エリザがカイトの愛人や恋人だ、というのは事実だった。そうして、更に数日の間は平穏が保たれる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回投稿は来週土曜日21時からです。




