第89話 移動
再び、話は大阪に戻る。関東の各地とアメリカはワシントンにて戦いが起こっていた頃。浬達は、というと相変わらず睨み合いを続けていた。
「海瑠、どう?」
「流石に電車にまでは乗ってこなかったから、わかんない」
二人は電車に揺られながら、周囲を怪しまれない程度には警戒していた。流石に隠形鬼達も電車までは乗る事はせず、更にカイトとて魔力の消耗を抑える為に小鳥の形態で列車の上だ。
万が一の場合に外からの攻撃に備えられる利点もあった。が、そのかわりに二人には情報が回らない、というデメリットが生まれていたのである。
「とりあえず、今の内に私行き方確認しとく。前の時確か夏休みは人でいっぱいだったから安全だとは思うけど・・・」
少し前に伏見稲荷を訪れた時も夏休みで、その時も人でごった返していた。それを考えれば道中は安全だろう。
「あ、そうだ。そう言えばうかさんに連絡取ってみる?」
「え? ダメだよ。巻き込んじゃうかもしれないもん」
海瑠の提案に、浬は首を振る。うか、というのは伏見稲荷神社で働いている大学生のバイトの巫女さんの事だ。美人なのに男慣れしていない所が可愛らしい、とそれなりに知られている巫女さんである。
兄の知り合いで、ここ数年は年末年始には伏見稲荷大社に行く二人も仲良くなっていたのであった。海瑠は彼女に迎えに来て貰おうか、と考えたのだ。
「でも、巫女に手を出されたら外でも神様怒らないかな?」
「だから巻き込めないってば」
「あの人、人間じゃないよ?」
「え? っとと」
初めて明かされる情報に、浬が思わずスマホを取り落としそうになる。まさか自分を可愛がってくれている女性が人間では無い、と思っていなかったのだ。
「何かはわかんなかったけど、大晦日にうっかりゲーム中に尊兄ちゃんになんか変、って言ったあるんだ。お兄ちゃんに怒られてそのまま気にしなかったけど、今思えば、多分人間じゃなかったんだと思う」
「うっそぉ・・・」
尊とは海瑠を可愛がってくれている件のうかの兄と名乗る青年だ。同じく兄の友人にして綾音の友人であるヒメとその妹という中性的で性別不明なヨミと合わせて四人兄弟だ、と言っていた。この様子だと、四人とも人間では無いのだろう。
「・・・じゃあ、一応聞いてみよっか」
「うん」
海瑠からの告白に、浬は考えを改める。幸い、四人ともアドレスの交換はしていた。人間では無いのなら、兄の裏の顔の知り合い。即ち、強力な援軍になってくれる可能性があった。現状で手を借りない手は無い。そうして、浬は物は試しとばかりに、アドレス帳からうかの名前を探し出す。
電車内での電話はマナー違反だが、今は流石に命が懸かっている。そうも言っていられない。なんとか車両の端っこの席を確保出来ていたので、壁を向いて更に口を覆い隠して小声で話す事で勘弁してもらう事にした。視線は痛かったが、気にしていられない。
「・・・あ、うかさんですか?」
『ああ、良かった。電話してくれましたね。電車内でしょうから、手短に話します』
「え?」
繋がると同時に漏らした何処か安堵の声に、浬が首を傾げる。まるで電話が来るのを今か今かと待ち望んでいたかのようだった。
『ああ、ごめんなさい。大体の事情はカイトから聞いて把握しています。私が、宇迦之御魂神なんです』
「え゛」
まさかの祀られている本人の登場に、思わず浬が脱力しかける。そしてそれと同時に、安堵も得た。彼女の助力を得られれば、安全の確保は確実だからだ。
『あはは。驚くのも無理は無いと思います。それで、伏見稲荷に来るなら電話が来るんじゃないかな、と思ってたんです。あ、でも電車の中での電話を認めるのは今回だけですからね』
「なんだ、良かった・・・はい、わかってます」
どうやら、伏見稲荷に行く事を聞いたカイトが先んじて連絡を回していてくれたらしい。
『それで、申し訳ありません。今少し別の用事で伏見稲荷からは離れているんです。とは言え、貴方達は私の氏子。そして伏見稲荷は私の総本宮。すでに宮司の息子さんに話を付けて、車を回す様に指示しています。後でメールで写真を送ります。彼にアオイの知り合いです、と言えば全て理解してくれます。安心してお参りしてください。で、もし他に行く所があれば、ついでに申し付けてください。車を出させます』
「あ、有難うございます!」
どうやら安全を確保する為に、すでに手を打ってくれていたらしい。それに浬は満面の笑みを浮かべて、小声でお礼を言って頭を下げた。
なお宮司の息子は跡取り息子で、神官をやっているらしい。バイト巫女のうかの正体も知っている日本でも結構地位の高い神官でもあるそうだ。海瑠の読み通り、もし手を出されれば大手を振って神様の介入が可能になる。その横での乱暴狼藉はしないだろう、といううかの読みだった。
「ほっ・・・なんだ、お兄ちゃん。やってくれてんじゃん」
「どうだったの?」
「うかさんは今居ないらしいんだけど、宮司さんの息子さんが車回してくれるんだって」
「よかったぁー」
浬からの情報に海瑠もまた安堵の表情を浮かべる。これで、安全は確保されたも同然だ。
「帰りに天満宮に送ってもらって、一応怪しまれない様にウチの近所で下ろしてもらおう」
「うん」
これで何も心配する事は無い。なにせ後ろには宇迦之御魂神というらしい偉大な神様――と言っても無学な二人はそれがどこまですごいのか知らなかったが――が付いているのだ。これほど頼もしい事はなかった。二人はそう考えて、この後はゆっくりと電車に揺られて目的地まで移動する事にするのだった。
そんな会話から、2時間。なんと神社で昼食までごちそうになった二人は、再び宮司の息子の車で送ってもらう事になっていた。ちなみに、宮司の息子といっても年齢は40前後で彩斗と殆ど変わらない年齢だった。聞けば息子も既に居て、と言う話だった。
「じゃあ、次は北野天満宮だね?」
「はい、お願いします」
『すいません。二人をお願いします。自分は上から援護します』
「ああ、頼んだよ・・・大変だねぇ、君達も・・・ああ、アオイさんの事は気にしないで。僕らもきちんと対処を施して貰っているからね。君達の事は露呈しないよ」
車の運転を始めた宮司の息子が、後部座席に座る二人に話しかける。宇迦之御魂神の偉大さを把握している宮司の息子は、藤原千方の四鬼に自分が攻撃の対象にならない事を把握していた。
宇迦之御魂神ないし伏見稲荷大社の位階は正一位。神社の格で言えば最高だ。しかも父親は三貴子の一人である素盞鳴尊だ。そこの悋気に触れる事だけは、如何に千方達とて絶対避けたいはずだった。
三貴子を敵に回す事の恐ろしさは、神社の神官だからこそ誰よりも把握していた。同じく神に関わる以上、陰陽師も把握しているだろう。なお、アオイとはカイトの事だ。ブルーではおかしかろう、ということで日本風にしたのである。
「呪い、解けると良いねぇ・・・まあ、アオイさんの事だから、何か考えているのだろうけどもね」
「あ、有難うございます」
宮司の息子は、人柄の穏やかな人だった。更に色々と裏の事情にも精通――神様とも関わりがあり異族や地元の名士達とも関わりがあるおかげでかなりの情報通らしい――しているらしく、独自の情報網から二人が呪われた事も知っていたようだ。
「あの・・・呪いについて何か知っている事ないですか?」
「うん? そうだねぇ・・・確か、月影山の鬼、なんだっけ・・・あそこは人喰い鬼で結構有名で沢山の人が食われちゃったらしいんだよ。陰陽師達も手をこまねく程で、数年前ちょっとした縁でアオイさんが封印に協力してなんとかなった程、らしくてね。でもまあ、ちょっと調子こいてたらしいね。帝釈天様が退治なされたんなら、もう怖がる事は無いねぇ」
伝え聞く情報から、宮司の息子は浬達を呪ったという鬼の論評を行う。あの鬼はかなり有名な鬼で、知らない者は殆ど居ない鬼だったらしい。それに命からがら逃れられたのは、実は奇跡だったのだ、と後に浬達は聞かされた。
「でもまあ、最後に呪いを放つなんて・・・やれやれ。あの当時はしかたなかったんだろうけど、アオイさんはさぞ臍を噛んだだろうね。その鬼の呪いなら、結構強力なはずだ。でも、君達についているのはアオイさんやそれを慕う神様達。諦める必要なんかないよ」
朗らかに、宮司の息子は二人に安心するように言葉を送る。客観的な意見は二人にとって何より有り難かった。二人に情報をくれるのは基本的にはカイトの身内だ。真実かどうかはわからないのだ。そうではない第三者の意見は、客観的な判断を下すのに役立った。
「まあ、もうしばらくは不安かもしれないけど、<<神話を塗り替える者>>とも<<悲劇を認めぬ者>>とも言われるアオイさんだ。必ず、なんとかしてくれるよ」
「<<悲劇を認めぬ者>>?」
聞きなれない言葉に、浬と海瑠が顔を見合わせる。兄を指しているのだ、とは理解出来る。が、意味が理解出来なかった。
「神話には悲劇的なお話、ってあるだろう? 神様の中で自力でそれを塗り替えられた方は少なくてね。それを彼が塗り替えていってね。それで、神様達は彼をこういうのさ。神様の悲劇に手を差し伸べてくれる人、って。普通は逆だからね。慕う神様や英雄は多いらしいよ」
「「へー・・・」」
二人は何処か感心した様なため息を漏らす。何をやっているか全く見えてこなかった兄だが、その実人助けをしていたことをこの時、二人は初めて知った。
なお、これでカイトに対して浬が少しは尊敬を抱いたのか、と言われるといまいちそうではなかったらしいが。所詮、兄とは兄なのである。大抵の家では妹にとって兄の地位は低いのであった。
「まあ、そういうわけだから、安心するといい・・・僕が何かするわけでも出来るわけでもないけどね。僕は所詮しがない宮司の跡取り。陰陽師達みたいに呪術なんて使えないからね」
宮司の息子は笑いながら、運転を行う。そうして、しばらくの間はそんな話をしながら、一同は北野天満宮を目指す事になるのだった。
それから、しばらく。何の襲撃も起きぬままに、時は過ぎ行く。その間に、カイトは援軍がどうなっているかについてフェルに問いかけた。
『・・・そっちはどうだ?』
『少々遅れている。飛行機は到着したんだが、何分あの二人だ。入国管理局の奴らが親はどうだのと五月蝿いだろうからな。『説得』に少し時間が必要だ。今は上役を『説得』して、ノーチェックで通させる様に指示を送っている』
『そうか。こっちはまだ戦闘は起きていない。ピッタリと張り付いている・・・と思うけどな』
フェルからの返答に、カイトは少しだけ、苛立ちを募らせる。流石に戦闘が近くなってまで監視役を配置するつもりは千方にも無いらしい。隠形鬼の邪魔になる。すでにカイトでは隠形鬼達が張り付いているかどうかもわからない状況だった。
まあ、そう言ってもカイトは張り付いているとは思っていた。万が一カイトが逃げた場合には、海瑠達の確保をする手はずになっているだろうからだ。
そして案の定、隠形鬼に与えられた千方からの命令は実は攻撃ではなく、カイトを警戒させてここから動かさない事だ。同時に動いた場合には二人を確保しろ、とも言われていた。今も隠れてぴったりと張り付いていた。
『そうか。なるべく早く頼む・・・だからって、バレるなよ。あいつら日本に滞在してるの、政府も知らないんだからな』
『わかっている。だから、多少時間をかけて『説得』しているんだろう。まあ、合流は北野天満宮になるだろうな。先に行っていろ』
カイトの言葉に、フェルが笑う。説得というが、これは真っ当な意味ではない。魔術による洗脳に近かった。入国管理局の上の方を洗脳して、援軍のチェックを行う事になる職員を即座に引かせるつもりだった。
職員に要らない事をすると近くで魔術の使用をモニタリングしている陰陽師達が即座に出て来る為、上を操るしかなかったのだ。こうして、もうしばらくの間、平穏は保たれる事になる。
そうして、援軍も到着せぬままに、浬達の乗る車はついに北野天満宮へと到着する。
「さあ、着いたよ。ここが、北野天満宮。学問の神様、菅原道真が祀られている神社だよ。じゃあ、僕は車を駐車場に停めてくるから、ゆっくりお参りしてきなさい。後で駐車場で合流しよう」
「はい、有難うございます」
車を降りて、浬と海瑠がお礼を述べる。結局、攻撃はなかった。まあ、宮司の息子が一緒だったのだ。安心だ、と思っていたし、ここからは神社だ。宮司の息子自身、安全と思っていた。本職であるはずの神職で、これなのだ。だからこそ、このミスは致し方がなかった。
『よし・・・これで神社にはいっ、何!?』
浬達と合流するか、とした瞬間に自らの身体を覆い尽くす様に広がった闇に、カイトが目を見開く。神社に入った以上、攻撃はされないと思っていたのだ。その途端の攻撃だ。ある種、彼にも油断があった事は否めない。
『そうか! しまった! ここに祀られているのは『人間』か!』
ここで、カイトが気付いた。祀られているのは、神様では無いのだ。菅原道真は神様とは何の縁もゆかりも無い単なる『人間』だった。勝手に人間の側が神様として祀り上げただけなのだ。日本の厄介な所は、こういう風に神様には何の縁もゆかりも無い者が神様と祭り上げられる事がある事、だった。
それ故、ここで多少暴れた所で神様は何ら関与出来ない。北野天満宮は神社でありながら、いわば単なる建物なのだ。神様のルールは適用されない。だが、もう手遅れだった。
『くそ・・・逃げろ・・・』
無理が祟った。神社の中に入ってフェル達と合流するので、ほぼ限界まで力を使い果たしてしまっていたのだ。いくら彼の使い魔でも、脱出出来る程の余力は残されていなかった。
「やっぱり。最大10%程度だと見てた。最大10%。即ち、常時はそこまでは出せない。今の貴方では、そこからは抜け出せない」
完全に外部と遮断される寸前。カイトが最後に見たのは、何処か決意の表情を浮かべた隠形鬼だった。そうして、ついに隠形鬼と彼女率いる影忍が、自らの為の行動を起こす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時です。
2017年1月15日 追記
・誤字修正
『アオイ』とすべき所が『ブルー』になっていた所を修正しました。




