第73話 ブリーフィング
エリザとの偶然――と言う名の必然――遭遇を果たした彩斗は、とりあえず生家に帰るとそれを天道財閥の本社へと連絡する事にした。今回、彩斗は本社からの出向では無く、出張だ。報告は本社にだった。
「と、言うことですわ」
『ふむ・・・いきなり向こうからの接触、か・・・幸運と捉えるか、何らかの意図を持つと考えるか・・・』
報告を受けた三柴が、熟慮に入る。こんな部下でもどうにかなるだろう調査に、エリザ程の存在が出向くとは考えにくかった。幸い涼夜が一緒だったお陰で魔術的に何かをされていない事は判明していたが、それでも、何かを疑うのは致し方がないだろう。
「とりあえず、仕事は終わったんですけどね・・・」
『ああ・・・そちらはご苦労だった。向こうのアポイントは明日から、だったな』
「ええ、そないなっとります。明日、とりあえず一回目のエリザ・べランシアとの面会。次は3日後で今度は本題のエルザも一緒、ですわ」
『ふむ・・・』
彩斗からの報告と言うか確認に、三柴が顎に手を当てる。今回、会談は約一ヶ月掛けて行われる事になっていた。というのも、話を聞く相手が多いからという事もあるが、同時に向こう側にも予定があるからだ。
なにより、流石に一度に全員と面会は出来ない。エリザとの交渉に向かうのは彩斗と桐ケ瀬だけだ。若い四人に相手の長との交渉を任せる事はできなかった。それに、無理を押してこちらから申し込んでいる以上、予定は相手に合わせるのが筋だろう。
『・・・ああ、そうだ。今更だが、思い出した。何処からの情報なのかはわからんが・・・パソコンは持っていってるな?』
「仕事柄、パソコン無いと行きてけへんでしょ。多少古いですけど、自宅にもともと学生時代につこうとったデスクトップもあります。カイトと居候の子が趣味で弄りおって、中身最新型になっとりますけど」
『なら、OSは例のあれか?』
「ええ、どうにもそこら俺以上に知っとるらしくて、どっからか引っ張ってきたらしいですわ。俺なんぞこの間裏方知らされてはじめてそこらも重要なんやな、って思ったぐらいやのに・・・」
例のあれ。それは最近になって発売された新規OSの事だ。日本のアルター社と共に開発したアメリカにある大手老舗メーカーからアメリカや日本と言った極一部の国に限定して売られている普通の物だった。
が、その実態はそんな生易しい物ではなかった。これは地球上で唯一生きているとされる魔女との共同開発で生み出された物らしい。アルター社の技術者にこの魔女が名を連ねていた、との事だった。
『最後の楽園』の長達に話を聞こうと思ったのは、その長達が経営しているのが、件のアルター社だったからだ。
まあ、それは兎も角。何がすごいのかというと、この最新式のOSには魔術的なアルゴリズムのような物が仕組まれていたのである。完全な解析は共同開発を行い、なおかつ販売元であるはずの大手老舗メーカーでも出来ていない。まさにオーパーツだった。
「おっし。立ち上がった・・・えっと、アカウントは・・・俺のそのまましとけ、言うといたはずやから・・・」
彩斗は十数年ぶりに自分のパソコンを立ち上げながら、ヘッドセットに通話を切り替える。そして同時に、今の仕事に携わる様になって常に持ち歩いていた特殊なUSBメモリを財布から取り出す。この中には、件のアルター社がくれた更に特殊な防諜対策を施す為のアプリケーションが入っていたのである。
『丁度相手方の情報が手に入ってな。お前と桐ケ瀬に送っておく。集まった時にでも一同に見せておいてくれ・・・VPN接続と特殊暗号化は出来るな?』
「わかっとります。常にポケットに入れとります・・・あれ?」
アルター社独自の技術によるバックドア対策のアプリケーションをインストールしようとした彩斗だが、そこで、違和感に気付いた。何故かそれがもともと組み込まれていたのである。
『どうした?』
「いや・・・これ、どういう事かもともと入っとるんですわ、特殊暗号化のソフトが・・・」
『何? これはアルター社から貰った奴だぞ。複製は無いはずだ。似た名前の奴じゃないか?』
「・・・あ、いや、すんません。似たような名前のソフトやったらしいですわ。名前そのものは市販品と見分けにくい様にしてる、言う話やったんで、見間違えましたわ」
『老眼鏡でも掛ける時期だな、お前も』
彩斗からの応答に、三柴が笑いながら安堵の息を漏らす。もしこれが仕込まれていれば、もはや何が何だかわからない事態に陥るのだ。大事件どころでは済まない話だった。
が、実はこれにはきちんと、事情がある。その元々入っていた暗号化のソフト、というのは彩斗達が貰った物よりも更に上位の防諜対策ソフトだった。カイトの父親がメンバーに加わっている事を知り、万が一何処かで接触があっても大丈夫な様に名前を似せていたのである。
「やめてくださいよ・・・おっし。これで常駐化完了、と・・・設定は起動毎に検査でデリートはせず、と・・・ちょい待っといてください」
『ああ』
インストールが終わり、バックドアに何も仕掛けられていない事の検査が始まると、その間手隙の時間が出来る。その間に三柴は彩斗の社用PCのメールアドレス宛に情報の入ったメールを送信して、彩斗は息子達の手が入って使い勝手が幾分変わっていたPCに慣れる訓練を行っていた。
「あ、終わりました。VPN接続もオッケーです」
『ああ、こっちも丁度桐ケ瀬と話が終わった・・・一応メールに詳細は書いてあるが・・・念の為に確認しておくか。おい、桐ケ瀬。そっちは繋がらんか?』
「はい・・・あ、これやな」
三柴と彩斗、そしてその間に連絡が行っていたらしい桐ケ瀬は今度の会談の為の前ブリーフィングとして、一度前もって情報を確認する事にする。
『あ、繋がりました・・・ええ、今こっちもメールを確認しました』
「えーっと・・・あ、やっぱこの美人さんですわ。金髪で長めの髪が外ハネしとる・・・」
『にしても、えらく気取ったポーズだな。まるでどっかのモデルみたいだ』
『何処かのモデルも何も、若者の間では有名な海外モデルらしい』
『「はぁ?」』
若い子供を抱えている彩斗と桐ケ瀬であるが、三柴からのまさかの返答には唖然となる。モデルみたい、とは直に遭遇した彩斗も思ったが、本当にモデルだとは思わなかったのだ。
「吸血鬼が美女といや、まあ、イメージ通りっちゃあ、イメージ通りやけど・・・そりゃ、卑怯というかなんというか・・・」
『そこらは知らん。が、事実として、欧州の方では有名だそうだ。今度映画にも出るらしいからな』
「『はぁ・・・』」
事実は事実として受け入れた方が良いだろう。そう考えた彩斗と桐ケ瀬はそう素直に受け入れる事にする。それに重要な事は表で何をしているか、ではない。裏がどんな人物であるか、という所だ。
『まあ、それは良い。重要なのはプロファイルの方だ。性格だが、かなり厭世的な性格だそうだ。正直な所、かなり難しい交渉になるだろう』
「自分からは動かん女、ゆうわけですか・・・」
『ふむ・・・』
彩斗と桐ケ瀬はメールに添付されていた資料を読みながら、交渉方法を考える。前もって知っているのと知っていないのでは、やはり心構えが変わってくる。厭世的な性格をやる気のない、と勘違いして何か事を起こしては問題だ。そこらを気をつけるべきだった。
「何か触れん方がええ話題とかってありますか?」
『ああ、それか。少なくとも教会の話題は出すべきじゃあないだろうな』
「当たり前の事はするな、つーことですか・・・」
三柴からの返答に、彩斗は顎に手を当てる。情報は無いに等しかった。大阪上空の『最後の楽園』とは、実は欧州からの避難民達の暮らす里だった。
では、逃げた者達は何から逃げたのか、となるが、これはというと、ユダヤ教の信徒達、キリスト教の信徒達、イスラム教の信徒達から、だ。まあ、早い話が今の人類の半分ぐらいから逃げていたわけである。というわけで、そこらの宗教の話は厳禁だった。
「じゃあ、逆に好む話題は? まさか若い女の子連れてった方がええ、とか言わんでくださいよ? むさいおっさん二人で行くんですから・・・」
『あっははは。いや、それが奇妙な話だが、エリザは血を吸わないらしい』
「? そら、吸血鬼にしちゃあ、珍しい話、つーか・・・それ、マジで吸血鬼なんですか?」
『女王の娘である事は確からしい。が、同時に血を吸わない事で有名だ、ということが欧州支社に飛んだ奴からの情報だ』
吸血鬼――実際は吸血姫という別種――なのに血を吸わないとはどういうことだ、と三人は総じて首を傾げる。ここらは命に関わるのでかなり重要だった。
「ふむ・・・じゃあ、そこらの話も禁止しといた方がええか・・・」
『そうか?』
「ああ。もしかしたらなんかトラウマとかあって、かもしれん。安易に突っ込むのは下策やろう」
『なるほど・・・』
常識の差。種族の差。そんな物から彩斗達は時には気が狂いそうになるが、それを飲み下して、どういう話題が最適なのかを判断していく。
彩斗は交渉とは相手のペースに乗せられた様に見せつつ自分のペースに乗せる事だ、と考えていた。その為にも、どんな話題でも笑って流せるだけの胆力が必要だった。その胆力は何の因果か、ここでこそ最大限に活かされていた。
「ふむ・・・いや、でもいっぺん出しとくのも有りか・・・そうした方が、こっちが弱い人間、と印象付けられるかもしれん」
『逆に侮られたりはしないか?』
「んなもん、どっちにしろ同じや。鏡夜くんももし突発で怒らせたりしたら守れん、言うとるからな。怒らせん事が大前提や」
彩斗は思考の海に沈んでいく。同時に考える事は、如何にして確実に生きて帰るか、だ。生きて帰らなければ、意味がない。そうして、彩斗を中心として、明日の会談に向けた作戦会議が進んでいくのだった。
一方、その頃。エリザは表の仕事の一つであるアルター社の執務室に居た。というよりも、実はモデル業というのは片手間の仕事だ。とある縁により、強引にやらされているに過ぎない。
とは言え、まあ、愛する男が綺麗になると褒めてくれるというか喜んでくれるので、手を抜いている等という事は無いのだが。
「どうでした?」
「似ていたわ・・・似ていないと困るのだけれども」
エルザの問いかけに、エリザが苦笑を浮かべる。似ていた、とは彩斗の事だ。彼の息子の事を、二人はよく知っていた。自分が愛して傅く男だ。知らない、と言う事が有り得ないだろう。
「どうしますか?」
「恩を売る・・・のも良いのでしょうけれども、それよりも今は少々手が回らないわ。あの一家は本当に揉め事しか持ってこないわね・・・」
「あ、あはは・・・」
エリザが回ってきた連絡を片手に出した言葉に、エルザが頬を引き攣らせる。回ってきた連絡とは、浬達が大阪に向かう、という事と、そこに合わせて襲撃があるかもしれない、という情報だった。
御門の持つ神々の情報網からの情報によると、今のところ一番知られたくない浬達とカイトの関係はバレていないらしい。
が、それも何時まで保つ事やら、という状況だ。そして前回の接触から、敵の主眼は煌士と詩乃の天道家組か、浬・海瑠の天音姉弟である可能性が非常に高い、という推測が考えられた。護衛が張り付いている煌士は兎も角、海瑠は要注意だった。
「天神市は現在防備を整えている真っ最中、だそうよ。蘇芳が相当気を揉んでいたわ。天道にバレない様にしつつ、通学路と各々の家を守らないと、って。まあ、清明が力を貸している様子だから、問題が起きそうな雰囲気は無いわね」
「清明様ですか・・・なら、大丈夫ですね。問題は、道中、ですか」
「そうね。高速は狙い目よ」
二人は如何にして浬と海瑠、そして綾音を無事に大阪に送り届けるかを考え始める。二人にとって、浬も海瑠も家族に等しい。彼女らを家族と扱う男の実の弟妹だ。守る意味があった。
ちなみに、清明の実力は今のエリザ以上だ。エリザの最盛期には及ばないが、それでも十分に強いと見做せた。歴史上最強の陰陽師の名は伊達ではなかった。
「およそ300キロの高速道路の一本道・・・夏の暑いお盆前後という一年でも有数に事故が起きやすい時期。隠蔽も容易・・・大目玉のとばっちりだけは、受けたくないわ」
「大目玉で済まないでしょうけど・・・」
「余波だけで皇家の二の舞い、なんぞになりたいわけないわ」
二人はある事を考えて、背筋を凍らせる。想像だけで、かつては日本最強と言われたエリザの背筋が凍り、身体が震える。それが、ある男の怒りに触れる、という事だった。
そしてそれに触れたのが、彩斗が数日後に謝罪に行く陰陽師の総本家・皇家だった。要した時間は、たったの5分。それで、とある儀式の真っ最中で警戒していた本家お抱えの腕利きの陰陽師達100人近く壊滅させられた挙句、秘密の場所にまで攻め込まれたのである。
これは皇家が弱い、というわけではない。戦力だけで言えば、ここは人間主体の組織の中では地球最強の一角だった。だというのに、抵抗は一切できなかったという。それを成したのが、カイトだった。
浬達は知らないし、カイトは沽券に掛けて見せないだろうが、それほどまでに『家族』を傷付けられた時のカイトの激怒は恐ろしかった。正しく龍の逆鱗と言い表しても良い。そしてそれを見たくないのなら、取る行動は一つだ。
「舞夜を呼んで。仕事の時間よ」
エリザは内線の受話器を取ると、『最後の楽園』の幹部の一つへと連絡を入れる。そうして、従者の一人に応対を頼むと、直ぐに舞夜という女性が受話器を取った。まるで待っていたかのような早さだった。
『はい』
「情報は聞いているわね? なら、成すべきことをなして頂戴」
『すでに手はずは整えていました』
「なら、過不足は無いわね。道順は主の影に聞いておきなさい」
『はい、エリザ嬢』
エリザからの連絡を待ってました、とばかりに話の終了と同時に舞夜という女性が受話器を置く。仕事をはじめたのだ。そうして、様々な者が動く大阪での騒動が、幕を開けたのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時です。




