第72話 謝罪
浬達が三者面談を終えてファミレスで昼食を食べて終えるか終えないか、という頃の時間。その頃に、彩斗は母と共に自らが生まれ育った生家に帰っていた。
「おーう。着いた着いた・・・荷物置いとくで。俺、ちょっくら仕事の話で草壁さんとこ行かなあかんねや」
「草壁さん・・・ああ、あの草壁さんか。草壁さんとこに仕事ってまた珍しいやん」
「いや、ウチの若いのがこっち来た時に草壁さんに迷惑かけてもうてな? こっちでしばらく仕事するし、ちょっと謝っとかなな、思て」
「そか。そういうことやったら、行っといで。父さん帰って来るのまだ先やからな」
「おうおう」
彩斗は母に表向きの理由を告げると、靴も脱がずに再び生家を後にする。あながち間違いではない。ちなみに、涼夜に謝罪した後は本家にも謝罪をしに行く事になっていた。
そうして、彩斗は暑い中5分程町内を歩いて行く。すると、一件の少し大きめの武家屋敷が見えてきた。そこが、陰陽師の名家草壁家の本邸だった。
「えっと、玄関のチャイムは・・・ああ、ここやったな」
彩斗は少し懐かしい感じで、草壁邸のインターフォンを鳴らす。実は彩斗の息子のカイトと涼夜の息子の鏡夜が幼馴染であると同時に、彩斗と涼夜は同じ小学校から高校まで先輩後輩の関係だった。
年齢が違う事で密接な関係こそ無かったが、時折会話するぐらいには親しい。彩斗の昔の性格もあり、悪い仲では無かった事だけは確かだ。それ故、彼が家に来た事も何度かあった。懐かしいのはそのためだった。
『はい、何か御用・・・ああ、これは天音様。お待ちしておりました。直ぐに家人が向かいます』
「すんません」
古臭い見た目だが、実はこの武家屋敷は意外と先端技術が盛りだくさんに使われている。というわけで、インターフォンはテレビカメラ付きで顔がわかるタイプの物だ。そして出たのはどうやら彩斗を知る古い使用人だったらしい。即座に要件を理解して、返答をくれた。
そうして、しばらく待っていると家から人が出て来た。出て来たのは、彼の息子ぐらいの年齢の少年、即ち鏡夜だった。
「おーう、おっちゃん。久しぶり・・・つっても昨日も会うにゃ会ったけどな」
「鏡夜くん・・・学校はどないしたんや?」
「仕事や仕事。こっち優先させられたに決まっとる。お上が手回して半日で公休や」
「な、なんやすまんな」
カンラカンラと笑いながら事情を説明してくれた鏡夜に、彩斗が申し訳なさそうに謝罪する。彩斗が来るというので、涼夜が手を回して休みにさせたのである。
お互い顔見知りなので必要かどうかはわからないが、護衛役に護衛対象を告げない方がどうかしている。面通しも立派な仕事だった。
「で、こっちや。親父は応接室ですでに待っとる」
「そか。すまんな」
家の間取り自体は、彩斗が知っていた当時のままだった。まあ、最後に来たのはまだ彩斗達が大阪で暮らしていた時の自治会の会合で数年前だ。リフォームでもしていない限りは、そこまで変わっていても困る。そうして、鏡夜の案内で彩斗は草壁邸の応接室に通された。
「お久しぶりです、草壁さん」
「こちらこそ、先日は愚息がお世話になりました。何分至らぬ者です故、何かご迷惑をおかけしたのでは無いか、と不安で・・・」
「いや、こっちこそ、今も世話になっとります」
一応、これは大人の顔見知り同士の会話だ。なのでいきなり本題から入る事はなく、社交辞令から入る事にしていたらしい。
ちなみに、何時もならば今回のような一件において草壁家というか陰陽師達は応接室に相手を待たせて言外の抗議とする。するのだが、元先輩の立場に加えて同じ親で馴染みの者としての心情を慮って、今回だけは特例として、普通の対応を取る事にしていたようだ。
とは言え、何時までも社交辞令を交わし合うわけではない。3分程してお茶と茶菓子が用意された所で、彩斗が本題を切り出した。
「こちら、天道会長と天道社長からの親書になります。受け取ってください。そして、今回は天道財閥の社員が迷惑を掛けて申し訳ない、と重ねて謝罪するよう、言い遣ってます。誠に、申し訳ありませんでした」
「今後は、無い様に留意してください。封印は何も何の意図も無く封印しているわけではない。人々に悪害を成す者だからこそ、封印しているのです。そこの所、肝に銘じておいてください」
頭を下げた彩斗から差し出された2通の封筒を受け取って、涼夜がしっかりと当主としての注意を告げる。2通あるのは1通は草壁家宛てだからだ。中身はこの現状でなお天道財閥に協力してくれている事に対する感謝だった。
「申し訳ないです」
「ええ・・・それで、今度はご依頼のあった話について、こちらから護衛を送る事にしています」
「は、ありがとうございます」
涼夜から出された言葉に、再び彩斗が頭を下げる。実は楽園と呼ばれる里は、大阪の上空にある。とは言え、ヘリコプター等で行ける場所では無い。魔術的に行く必要があるのだ。それは流石に彩斗達では不可能な領域だ。なので陰陽師達の援護を貰う事になっていたのである。
「で、その護衛ですが・・・我が愚息に行って貰う事にしています。若輩ですが、腕だけは確か。奇妙な縁ですが、楽園の長と縁を結ぶとある男とも縁があり、先方もこいつの顔は把握している模様・・・安易に手を出す事は無いでしょう」
「まあ、あっちは武闘派やけど、こっちから手を出す事の無い限り、手は出されん。そこの所は安心しといてくれや」
と言うか出したらカイトがぶちギレんねんけどな、と内心で笑いながら、紹介された鏡夜がしっかりと請け負う。鏡夜も彩斗もカイトにとっては等しく守るべき者だ。もし手を出せば、確実に彼の悋気を買う。
楽園と呼ばれる里の者は誰も手出し出来るはずがなかった。そうして、その後もしばらくやり取りを行っていると、急にふと、涼夜が吹き出した。
「・・・くくく・・・」
「?」
「いえ、合いませんね。やはりこういう会話は」
「ああ、なるほど」
急に吹き出した涼夜に首を傾げた彩斗だが、言わんとする所は理解出来る。なので浮かんだのは笑みだ。お互いに知らない仲ではない。それも社会人になる遥かに昔からの知り合いだ。なのに生真面目に仕事の会話をしていると、どうにも違和感が拭えなかったのだ。
そんな父の何処か初めて見る姿に、鏡夜が思わず目を瞬かせていた。が、そんな事も気付かず、二人はしばし笑顔で歓談を行う。
「ここで貴方に頭を下げられた時、思わず昔を思い出しましたよ」
「あはは・・・えらいやんちゃしとった時の事言わんといてな」
「やんちゃ?」
柔和な笑みを浮かべる彩斗からは想像の出来ない彼の一言に、鏡夜が思わず口を挟む。ちなみに、仕事の話は終わったから、ということで和やかな雑談に入った。それに合わせて、彩斗の口調も何時もの物に戻っていた。
「大昔には、彩斗さんは<<孤狼>>なんか言われていた一匹狼の不良・・・いや、番長? でな。ちょっと中学校時代の父さんに迷惑掛けた不良が居たんだが・・・高校に上がった彩斗さんがそれを見ていたらしくてな。ボコボコにして家にまで謝罪にこさせた事があるんだ。で、その時にウチの高校の奴が迷惑掛けた、って一緒に謝ってな。色々とすごかったぞ。年上の有名な不良が机が割れるんじゃないか、って勢いで頭を下げさせられていた」
「はずかしーなー、もー。んな大昔の黒歴史言わんといてや」
熱気では無い暑さで顔を赤らめて、彩斗が手で顔を扇ぐ。その時以来、彩斗の事を涼夜は密かに買っていたのである。彼以外にも地元で彩斗の事を買っている人間は非常に多い。
なお、実はこれは息子や娘達にさえしたことの無い話題だった。今回の事もその恩や涼夜が彩斗を買っている事等があり、特例としたのであった。
「・・・ほんまか」
鏡夜は父達の何処か懐かしげな会話を聞きながら、内心で密かになるほど、と納得していた。彩斗の息子は、日本の裏を取り仕切る顔役だ。同時に神々をも惚れ込ませる英雄として知られている。
そして彼の正体を知らぬ者達からは覇王とさえ言われる器の大きな男として、認識されていた。その度量は彼の父親から受け継がれた物なのだろう、とこの時思ったのである。
「・・・ん? ってことは、相当腕っ節強かったんか?」
「あはは・・・まあ、なぁ・・・そこら辺、ホントやったらカイトにも受け継いでほしくなかったんやけどなぁ・・・あ、中学時代色々やりおってなー。ほんま、あの当時は・・・」
「あー・・・なんやカイトが愚痴っとったな」
三人はしばらくの間、今は地球には居ないカイトについてを話し合う。この場の三人共、カイトの生存は確信している。なので悲壮感は無く、単なるここには居ない人物の会話に過ぎなかった。
「その点、鏡夜くんは非常にええ子やわ。はー・・・何処で間違えたんやろ」
「いやいや、ウチの愚息よりもカイトくんの方が非常に出来た子でしたよ。きちんと目上の人は敬うし、注意も聞く。この愚息なぞ、数年前にはもうものすごい事をしでかして・・・」
片方の息子に話が行けば、当然もう片方の息子にも話が飛ぶ。ということで、今度は何処か羨望を滲ませながら涼夜が鏡夜に言及した。が、カイトは居ないが、鏡夜はここに居るのだ。当然、口を挟んだ。
「おい、親父。俺ここおんぞ」
「また説教されたいか? まだまだ残っているぞ」
「うお、遠慮しとくわ」
「なら、黙ってろ」
涼夜が笑い、鏡夜が慌てて口を閉ざす。数年前、というのは実は玉藻の復活に関する事で、その時に鏡夜は色々としでかしたのであった。今は笑って言っているが、激怒ではすまないレベルで説教がされていた。
まあ、事の大きさは日本全土を揺るがす規模で、最悪は日本が崩壊しかねないレベルだったのだ。当然ではあるだろう。
実は普通に勘当どころか処刑されるレベルだったのだが、<<深蒼の覇王>>と姿を偽ったカイトやカイトが親しくしていた神様達が間に入り、なんとか仲をとりなしたのであった。そうして、そんな雑談をしながら、1時間程、彩斗は草壁邸にとどまる事になるのだった。
一時間後。彩斗は草壁邸を後にすることにして、玄関までやってきていた。が、そうしで玄関を出た次の瞬間だ。見送りに来た涼夜が身体を固くさせる事態が起きた。
「っ!」
目の前に居たのは、一人の金髪の美女。過日に浬達の前に現れたカイトの副官こと、楽園と呼ばれる里の長であるエリザだった。
「ん? 外人さんまでおんのか?」
「・・・どういう了見だ?」
彩斗の問いかけを無視して、涼夜は懐に手を入れながらエリザに問いかける。懐に入れた手には呪符が握られており、万が一には何時でも投じれる様に準備が為されていた。
「別にどうという理由は無いわ。無謀にも私に謁見を求めた者に興味が沸いただけよ」
「謁見・・・?」
「彩斗さん。彼女が、楽園・・・『最後の楽園』の長にして、トランシルヴァニアの吸血女王の娘。エリザ・べランシアです」
「っ!」
思わぬ大物の出現に、彩斗が思わず身体を固くする。アポイントだけは、一応取れている。だがまさか向こうから接触してくるとは思いもよらなかったのだ。
そんなエリザだが、彩斗は何処か厭世的な印象を受ける美女だった。腰よりも長い髪はところどころで外側に跳ねて、スタイルはモデルの様に抜群だ。着ている服は黒色のドレスに似た衣服だ。異族と言われて簡単に理解出来た。改めて目の前にしても、現実味がなかった。
なお、彩斗は芸能には疎く、おまけにエリザの活動拠点が海外であった事から、エリザが海外でトップモデルの一人であるとは気付いていない様子だった。
「それだけで、わざわざ草壁家の本邸まで来たのか?」
「別にどうこうするつもりはないわ。貴方達は好きにすればいいわ。それに、こちらに来る客人だ、というのなら顔も知っておかないと下手に諍いで死なれても問題だもの」
「・・・では、そちらが密かに警護を回すとでも言うのか?」
「謁見に来て死なれても面倒だもの」
エリザの言葉に、涼夜は珍しいと思う。普通彼女らは単なる使者にここまでの厚遇はしてくれない。とは言え、これが普通なのか異常なのかは、涼夜にも判断しかねた。数年前までは陰陽師達と彼女らは犬猿の仲で、使者なぞ殆ど送った事がないからだ。
おまけにその数少ない使者だって陰陽師だ。他の客人なぞ訪れた事が無い。これが普通と言われれば、納得するしか無いことだった。
「とりあえず、顔と家は覚えたわ。そこに手出しはしないように、里の者の厳命しておくわ。私がここに来たのは、家を覗いて誰も居なかったから、よ。血の匂いを辿ったらここに着いただけ」
「手出しって・・・」
「意外と多いわ、私達異族は。それに、貴方達の魔力はダダ漏れ。喧嘩を売っている程ではないけれども、血の気が多い奴なら、突っかかりかねないわ」
彩斗に対して、エリザは少しの呆れを滲ませながら告げる。この呆れはここ数年で覚えた演技だった。見破られる事はなかった。
「じゃあ、また会いましょう」
「あ・・・」
彩斗は何も聞けぬまま、エリザが物語に書かれる通り霧になって消える。こうして、彩斗はエリザとの初会合を果たすのだった。
お読み頂きありがとうございました。




