第68話 VS葛の葉狐
神童と呼ばれる煌士の戦略を使い、なんとか安倍晴明との戦いを突破する事の出来た浬達。その彼女らの前に、一人のきつね耳と9本のしっぽをもつ美女が現れる。
「えーと・・・貴方は? 玉藻さんのお友達とか何かでは・・・」
「あれと一緒にするな。妾はこれでも日本生まれの日本育ちよ」
「いや、一応玉藻も日本生まれ日本育ちのはずだがな」
美女の言葉に、晴明が苦笑気味に手を振る。晴明は玉藻が暴れまわっていた頃の知り合いだ。出身地等は把握済み、だったのだろう。とは言え、そんな晴明に対して、横の美女が肩をすくめる。
「何処まで本当なのやら。あれは大陸の華陽夫人と妲己とも知り合い、と言うに。大陸の出身と考えた方が話が通ずる」
「そこまでは知らん。俺も俺の判明する所で、というだけだ」
「えーっと、それで、あの・・・」
何処か言い合いに近い語り合いを始めた二人に、改めて浬が問いかける。それに、美女もこんな場合ではない、と思ったようだ。言い合いを止めて、浬達に向き直った。
「おお、妾は葛の葉。陰陽師共からは祖狐・葛の葉等とも呼ばれておる。別に狐ではあるが、玉藻とは縁もゆかりもない別の狐じゃ。どちらかと言えば、善狐の方よ」
「ふむ・・・」
「煌士、情報を頼んだ」
「うむ」
空也の言葉を受けて、煌士が思い付く限りのあらましを語り始める。
「葛の葉狐。陰陽師の開祖、安倍晴明の母親、として伝わる人物だな。夫とされるのは安倍保名。かつて保名に救われた事に恩義を感じ、保名が手傷を負った際に人に化けて恩返しとして保名の治療を行う内に通じ合った、という話だ。保名は伝説の人物とされるが・・・この通り妖怪が居る時点で、何処まで伝説かはわからん」
「こここ・・・保名は良い男子じゃった。顔形はあれらの兄には些か劣るが、魂の質としては、あれにも比する」
「だ、そうだよ」
「うむ。我輩の歴史書の書き換え作業が捗る・・・まあ、それはさておき。伝えられているのは本当にその程度。どのような戦い方をするのか、なぞ全くわからん」
煌士はそう言うと、首をふる。結局としてわかっているのはその程度、だ。人に化けれるのだって、今のあの姿を見ればわかる。改めて特筆する必要も無かった。
「とは言え、玉藻の前を察するに、呪術を基本とするのは、確かだろう」
「こここ・・・これでも女。そのように見つめられては照れるというに」
油断なく観察を行う煌士に対して、葛の葉が艶やかに笑う。まるで匂い立つ様な色香であるが、煌士はそれを斟酌しない事にする。何か嫌な予感がしたからだ。
「こここ・・・ほうほう。色香に惑わされんか」
「母よ。意外と嫉妬深い男に見咎められる前に、やめとけ」
「こここ・・・」
色香に惑わせて同士討ち、を狙ったらしい葛の葉に対して、晴明が何処か茶化す様に告げる。なお、意外と嫉妬深い男、というのはカイトの揶揄だ。彼とて人の子なので、嫉妬はする。そこを揶揄した言葉だった。
「まあ、どうにせよ女には効かぬ。そして残念ながらここにはおなごの方が多い。些か良い手では無かったか」
「後々の事を考えたら、やめておいてやれ・・・ではな。さっさとせぬと、怖い雌狐が来るぞ」
「こここ・・・そうよな。妾も玉藻と戦いたくはない。あれは今の方が厄介よ。さて、ではうぬらには少々楽しんで貰うことにしよう」
言うだけ言って何処かへ消えた晴明の言葉を聞いて葛の葉はそう言うと、手に持っていた扇子をぱたん、と閉じる。それに、一同が身構えたのであるが、何も起きなかった。
「あれ?」
「どれ。万軍を呼んでは勝ち目はない。千という所にしておくかのう」
首を傾げた一同に対して、葛の葉は弄ぶ様に扇子を開いては閉じる。そして、異変が起きた。かしゃん、かしゃん、と金属同士がこすれ合う様な音が鳴り響いたのだ。そうして少しして、異変が全員に感じられる様になった。
「何かが・・・来る・・・?」
「<<万軍招来>>」
海瑠が魔眼の力を使って何かの顕現を悟ると同時に、葛の葉が口決を唱える。そうして現れたのは、鎧兜を身に纏った軍勢だった。
「・・・えーっと・・・これ、明らかに大ピンチ?」
「う、うむ。そうとしか我輩も言えんな。流石にこれは・・・」
明らかに先ほどまで相手をしていた紙の式神達とは違う。見ただけでそれがわかる軍勢を前に、浬と煌士が頬を引き攣らせる。まあ、頬を引き攣らせているのは他も一緒だ。そんな一同に対して、葛の葉が笑いながら告げる。
「こここ・・・まあ、ざっと千程よ。耐えてみせい」
「いやいやいや! 無理無理無理! せめて一人一体にして!」
「ならんな。ラスボスとは得てして中ボスより強いもの。ただでさえ十分の一より遥かに値引いておるのに、これ以上は些か値切りすぎよ」
鳴海の絶叫に対して、葛の葉は楽しげに笑いながらそう告げる。ちなみに、一見勝てない様に見えるこの式神達であるが、実は性能の方も十分の一程度に落としていた。なので強さとしてはそれほどでもない。
見た目が完璧に近いので、無理に見えているだけだった。なので流石に一千は無理だが、死ぬ気で頑張れば彼女らでも3割ぐらいは削れる見込みだった。死ぬ気で頑張れるかどうかはわからないし、削れて3割の時点で色々とアウトなのだが。
「じゃあ、作戦会議!」
「ならん。それはすでに晴明の時にやったじゃろ。妾も相手になる、という時点で作戦は立てておれ」
次善の策として提案した浬だが、どうやら葛の葉は認めてくれる事は無いようだ。というよりも、断って愕然とする浬の姿を見たかったらしく、楽しそうに笑って断っていた。
「まあ、ものは試し。やってみればよかろ・・・ということで、全軍、進撃開始」
「うそぉおおお!」
かしゃん、かしゃん、と音を立ててゆっくりと歩き始めた式神達を前に、浬の絶叫が響き渡る。そうして、戦いが始まる。そして始まれば、浬は直ぐに腹を括った。
「なんでこんな事に! とりあえず、カード!」
「あんた本当に凄いよ、うん」
戦いが始まるや否や即座に腹を括った浬を見て、侑子が何処か楽しそうに告げる。今までは殴るだけだったが、ここからは放出する本来の使い方をするつもりだった。そして侑子が手のひらから魔弾を射出し始めたのとほぼ同時に、煌士が指揮に入る。
「とりあえず、弾幕を張れ! 木場君と成瀬君は上の矢の対処! 天音姉弟は敵数を減らしてくれ! 詩乃と空也は直援として近づいてくる敵の排除! 我輩はその間に魔法陣を刻み、上への対処策を講ずる!」
煌士は即座に考えられるだけの作戦を練ると、矢継ぎ早にその指示を送る。そしてその様に陣形が動いたのを見て、彼も早速行動に入った。
地面に刻むのは、彼がかつてゼウスの試練の際に使った風の魔法陣だ。乱気流を生み出す事で矢だけでも防御可能にしてしまおう、という算段だった。そうすれば、後は近づいてくる敵への対処だけでどうにでもなる。
「よし! この程度で良いだろう!」
ものの数分で、煌士は一つの魔法陣を描き上げる。流石にここらは手慣れたものだし、ゼウスの試練に挑む際に無数の練習を繰り返した。熟練の陰陽師や魔術師達から見ればまだまだ、と言われるレベルではあるが、とりあえず普通の矢を相手には使えるレベルには仕上がっていた。
が、結局そんなものは焼け石に水だ。そもそも敵は一千。数からして、圧倒的だ。というわけで、この結果も必然だった。
「もう・・・無理・・・」
「こんなの無理だって・・・」
「くっ・・・」
女子勢が膝を屈して、空也と煌士、そして詩乃はなんとか立ち上がろうとする。当たり前と言えば当たり前の話だが、今回は晴明の時とは逆だ。つまり、同じように数の利を使われて、包囲されたのである。
そうなってしまえば、実戦経験がゼロの彼女らだ。一気に精神的に追いつめられて、後は一方的な嬲り殺しだった。5分ほどで勝てないと思い始めて、10分もすれば反抗の手は止まっていた。そんな彼女らに対して、葛の葉が笑いかける。
「こここ・・・悪手じゃったな。その場に留まっての戦い。そも、それが悪い。なぜ一目散に逃げんか」
「・・・え?」
煌士が顔に驚きを露わにする。逃げる。はじめから頭になかった事だった。そうして、戦いが終わったのを察して、アテネが顔を出した。
「そもそも、誰も逃げてはならない、なんて言っていません。逃げるのも作戦です」
「三十六計逃げるに如かず、と言うだろう。勝てないと察したらさっさと逃げろ。馬鹿正直に戦う奴はアホだぞ」
アテネに続けて、フェルが呆れ混じりに告げる。そもそも、誰も逃げてはならない、なんて一言も言っていない。そして幸いな事に、出口は見えていた。勝てないと察すれば、そこから逃げるのは恥でもなんでもない。上策だろう。そうして、アテネが更に道理を説いた。
「そもそも、貴方達が戦って勝てる相手が敵ですか? 貴方達は些か誤解している。敵はあなた達なぞ片手で殺せる。それでも臆しない様に戦いを経験させているだけに過ぎません。なぜここに来て戦おうとするんですか」
「え・・・いや、だって、ラスボス、って言われたし・・・」
「はぁ・・・そもそもそれが挑発や誘導尋問の類だと理解しなさい。ラスボスだからと言って逃げてはいけない、という道理はありません。貴方達は逃げる事を覚えなさい」
浬の返答に、アテネが呆れ気味に首を振る。実は晴明が葛の葉の事をラスボス、と言ったのはこの逃げるという事を意識の俎上に載せさせない為、だった。
敵とて真っ当な思考を持ち、策を練る相手なのだ。口八丁手八丁でこちらを騙してくる。その作戦から如何に逃れて生命を拾うか、というのが彼女らが真に学ぶべき事だ。今の浬達のやり方は、謂わば生命を捨てに行っている様な物だった。
「生きる為に逃げる事は恥ではありません。戦士であれば逃げる事を覚えてはじめて、始めの第一歩を踏み出せた事になるのです。逃げられない戦士は戦士でさえない。どうしても負けられない一戦以外で逃げる事は恥ではない」
『まあ、オレが言う言葉じゃないが、逃げられない奴は早死するぞ?』
アテネの真剣な口調に落ち込みを見せる一同――特に煌士が落ち込んでいた――に対して、カイトが何処か苦笑混じりに告げる。彼の口調とアテネの言葉に従えば、カイトは長らくその前段階が殆ど出来ていないまま、だったようだ。
『その点、お前らは有り難いと思っておけ。これだけ先達を集められたんだからな』
「・・・はい」
カイトの言葉に、煌士が今の一幕をしっかりと心に刻みこむ。そもそも戦いの決断をしたのは彼だ。安易に戦う力を得た者だからこその失態だった。それを、彼はここで思い知ったのである。
と、それで終われば良かったのだが、どうやらそれでは終わらないらしい。煌士の姿にアテネ達三人が良し、と頷いていたのだが、同時に何かに気づいた様子だった。
「・・・これは」
「自分でなんとかしろよ。私達は知らんぞ」
「母上。俺も知らんぞ。こうなる、と言ったからな」
「むぅ・・・」
晴明の言葉を受けて、葛の葉が嫌そうに顔を顰める。と、それと同時だ。もう一人、きつね耳と九本のしっぽを持つ美女が、ここに介入してきた。言うまでもなく、玉藻だった。
「こここ・・・どうやら、妾の守る地で要らぬ事をした親狐がおるなぁ」
「もう終わった所よ。見逃せ」
玉藻に対して、葛の葉が見逃す様に告げる。実は基本的に、この二人は相性があまり良くはない。悪いわけではないのであるが、決して、良いわけではないのだ。
まあ、片やかつて片方を追い詰めて封じた陰陽師の母親で、片や封ぜられた大妖狐だ。そしてお互いに狐として他者を謀る事を好みとしている。これで仲が良くても可怪しいだろう。
「どれ。せっかくよ。妾も楽しませてもらおうかのう」
「やれやれ・・・見逃せというに」
胸元から呪符を取り出した玉藻に対して、葛の葉も戦いは避けられないと悟って、同じように胸元から呪符を取り出す。
『やれやれ・・・始まると長い・・・ほっとくか』
「巻き込まれない様に、貴方達もこちらに来ておきなさい」
同時に呪符を放って、まさに<<万軍招来>>の名に相応しい万を超える軍勢を呼び出した二人を横目に、アテネが浬達を避難させる。このまま巻き込まれれば、嵐の中の枯れ葉の船と一緒だ。即座に沈没するのが目に見えていた。こうして、今回の訓練は突破出来ず、という事で終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




