第63話 打ち上げ
葛の葉が日本の何処かで行われていた大妖怪達の麻雀大会を抜けだしていた頃。浬達はレストランの一室にて、創作西洋料理に舌鼓を打っていた。
「おーう! 次おかわりー! ルイスが酒追加だそうだぞー!」
「おうよ! おい、大急ぎでワインセラーから1982年の持っていけ!」
「はーい!」
カイトの言葉を聞いて、従業員が慌ただしくワインを持ってくる。カイトの口ぶりからわかるように、ここは彼の裏の顔としての知り合いの店だった。
「んー! おいしー!」
「ありがとうございます。わざわざ私まで・・・」
「うむ。我輩達としても、誠に痛み入る」
料理に舌鼓を打つ浬の横で、煌士と詩乃、空也、そして侑子と鳴海が頭を下げる。せっかくなので、と残る四人も呼ぶ事にしたのである。ちなみに、当然だが海瑠も一緒だ。
「ああ、良いって良いって。口止め料みてぇなもんだ。遠慮無く食え」
「痛み入る・・・それで、一つ思ったのだが・・・先ほどからカイト殿は平然と色々と為さっているが・・・個室だから大丈夫、という判断なのか?」
煌士がカイトに対して、先ほどからナイフが落ちそうになったりすると魔術を使うのを見て、問いかける。彼らは当然だがこの店の事は普通の店としか思っていない。なので裏事情は察せられなかったのである。
「ああ、まあ、もう少しすればコック長兼店主来るから、その時に説明するか」
「お知り合いか?」
「まあな・・・っと、来た来た」
噂をすれば影が差す。カイトの言葉を聞いていたわけではないが、厨房からコック長らしい男性が顔を出す。それは日本人ではなく、30代前半の少しちょい悪オヤジという名称が似合う無精髭を生やした金髪の男性だった。
「おう、久しぶり・・・ってのも可怪しいか」
「まぁな。オレはここには居ないからな」
「違いない」
カイトとコック長が笑顔で応じ合う。そこには親しさがあった。かなり長い知り合いなのだろう。と、そうしてそれがわかる台詞が、コック長の口から出て来た。
「旦那は?」
「インドラはまだ仕事してるよ。こいつらの試験が今日だったからな。採点中」
「そうか。じゃあ、酒は次の機会にしておくか。上物のウィスキーが手に入ったんだがな。お前も旦那も居ないとなりゃ、出す意味も無いか」
少し残念そうにしながら、コック長が持って来ていた琥珀色の瓶を何処かにしまい込む。一同の目には消えた様に見えた。
「おいおい、オレの味覚は一応、本体と同程度だぞ? 後で味も記憶としてサルベージ出来るからな」
「偽物の身体と精神で飲んで楽しいか?」
「んー・・・そこらは微妙か・・・結局これ、オレっちゃあオレだけど、オレじゃないっちゃあオレじゃないからな・・・あーなんか混乱して来た・・・」
「そんな事はどうでも良い。どうせなら貴様だけでも帰ってくればいい。なんなら、私が連れ帰ってやる」
どう伝えるべきか悩んだカイトに対して、フェルが告げる。こういう時には何時も帰還を促すので、やはりフェルも偽物よりも本物の方が良いのだろう。まあ、どうしても我慢出来なければ彼女の場合は異世界にまで足を伸ばせるのだが。
「他はどうしろってんだよ・・・」
「知るか」
「あんたは相変わらずだな・・・」
完全に他は我関せずを決め込んだフェルに対して、コック長もカイトもため息を吐いた。相も変わらずの唯我独尊だった。と、そんな雑談をしていた三人に対して、詩乃が問いかける。
「あの・・・それで、彼は誰なのですか?」
「うん? ああ、悪い悪い。ついうっかり紹介を忘れていたな・・・」
「表向きは、アゼル・ヘルマンと名乗っている。以後、お見知り置きを、お嬢さん」
表向きは、と前置きしてアゼルと名乗ったコック長は、どう見ても主だろう煌士を無視して横のメイド服姿の詩乃に対して腰を折り、手の甲にくちづけをする。それに、詩乃が対応に困る事になった。
「え、あの・・・ありがとうございます」
「気にするなよ? あいつは女好きでな。まあ、ストライク・ゾーンがもうちょい上だから、手は出さんさ」
困惑しているのは、煌士や横の空也も一緒だった。なのでカイトが小声で事情を説明する。と、そうしている内にコック長が女性全員――と言ってもアテネとフェルは除く――への挨拶を終えたらしい。再び立ち上がり、本来の名を名乗った。
「っと、まあ、アゼルは偽名だ。本当の名前はアザゼル。グリゴリという天使の長をしていた」
「アザゼル!?」
出て来た名前に、思わず煌士が大声を上げる。有名所も有名所。堕天使の中でも天使長だったと言われるルシフェルに負けず劣らずの知名度を誇る堕天使だった。
「おぉ! では貴殿があのアザゼルなのか!?」
「なんだよ、うざってぇな・・・だから、そう言っているだろ?」
詩乃や鳴海達に対する時とは違い顔にぞんざいな表情を浮かべて、アザゼルが頷く。まあ、こんな所で堕天使の大御所が料理をしているのだから、驚くのも無理は無いだろう。
「昼はイケメン料理人、夜はイカすバーテンダー。その正体はアザゼル、ってわけだ」
「まあな・・・って、明日はあれか? 雨でも降るか?」
妙に持ち上げたカイトに対して、アザゼルが首を傾げる。普通はここまでは持ち上げない。と、よく見ればカイトがアザゼルの異空間に介入していた。
「あ、おいてめ。勇者が泥棒していいのかよ」
「ちっ・・・勇者は場合によっちゃあ他人の家への不法侵入とタンスや壺の中の物色、拾得物の横領等は許されるんだよ」
「嫁さん何処だよ」
「現在異世界。ただし侵略はしていない」
打てば響く様に、二人はふざけ合う。基本的にカイトは見た目と精神年齢が近いやんちゃ者達とはこんなやり取りをしているのであった。
「この店はまあ、数年前にこいつらが復活した折りに働く場所として、ウチが提供した。意外と料理上手いからな、アザゼル」
「え? これ、アザゼルさんが作ったの?」
「店長とコック長兼任してるからな。他にもとなり町の創作料理屋にはアルマロスがやってるし、ここら一帯で新規に参入したホスト達は実は俺らグリゴリの天使達だ。顔は良いからな」
アザゼルが笑いながら、一同に裏事情を語る。ちなみに、アザゼルもホストに適任なのだが、既婚者なので参加はしていない。ホストが既婚者だと揉める原因になる。なので時折ヘルプに呼ばれるぐらいで、何時もは裏方に引っ込んでいるらしい。
「そう言ったこいつら関係の事を取りまとめているのが、一応は経営者になるシェムハザだ・・・アザゼルは経営論が苦手だからな。ふむ、悪くはない」
「喜んでもらえて何より」
料理を食べながら口を挟んだフェルの言葉を受けて、アザゼルが少し嬉しそうに頷く。やはり堕天使でも美味しいと言ってもらえると嬉しいらしい。ちなみに女好きの彼だが、フェルやアテネは対象外だ。手を出すのが怖すぎるのであった。
「そういえば・・・フェル殿はアザゼル殿と知り合いなのか?」
「? フェル?」
「偽名の一つだ。ルルだのルイスだので代わり映えしないからな」
フェルという名に首を傾げたアザゼルに対して、フェルが告げる。どんな偽名で活動しているのか、については把握していなかったらしい。
「ふーん・・・」
「で、質問だったな。知り合いだ。こいつらがまだ天使だった頃からな」
「知り合いも何も」
「それ以上は言うな」
呆れた様に口を開いたアザゼルに対して、フェルがひと睨みで黙らせる。別にもう正体を隠す事についてはどうでも良くなっていたが、もう少しは謎のままにしておきたかっただけだ。
「? 元カノとか何か?」
「げふっ! 縁起悪い事言わないでくれ、鳴海ちゃん・・・まかり間違ってもそんな事にはならないぜ・・・」
「100回ぐらい足蹴にはされてたからな」
想像しただけで顔を青ざめさせたアザゼルの後ろから、声が掛けられる。それは同じく金髪の男性だったが、こちらはメガネに黒いスーツを身に纏っていた。顔立ちもアザゼルとは異なって少し神経質そうな感があった。
「よう、シェムハザ。帳簿整理は終わりか?」
「ああ、終わった。今期も若干カイト殿に助けられた感はあるが・・・上半期は総じて黒字で終わっていた。先月は全店舗黒字で終わっていたぐらいだ。口コミが聞いてきた。カイト殿。後ほど、書類をお持ちいたします」
「ああ、わかった」
シェムハザの言葉を受けて、カイトが頷く。彼が全体の取り纏めを行っていた。スーツなのはそこらで市役所や商工会等とやり取りをする事が多いからだ。それと同時に彼もホストクラブでヘルプに入る為、という所もあった。
「? お兄ちゃんなの?」
「オレがトップだからな」
浬の疑問に対して、カイトが明言する。相も変わらず信頼度がゼロだった。
「言っとくがアザゼル達だけではなく、バアル・ゼブルや茨木達も一応はオレの配下だからな? 茨木達には常日頃は自由にさせてるだけだ」
「あ、ううん。そうじゃなくて・・・出来るの?」
「そっちか」
浬もどうやらこの頃になると、カイトがトップなのだろうな、とは薄々納得していたらしい。なのでそちらではなく、書類とか見て理解出来るのか、という所が疑問だったようだ。
「まあ、収支報告書はどの世界もそうは変わらん。書類を見るのもハンコ押すのも小鳥形態でも出来るしな」
「いや、なんで出来るわけ?」
「ん? あれ? オレ、異世界じゃ公爵って言ってなかったっけ?」
「公爵・・・偉いの?」
公爵と言われた浬だが、残念ながら普通の女子中学生は貴族の地位なぞ詳しくは知らない。公爵の名称自体は知っていても、それが偉いのかどうかなぞ分かりようもなかった。
と、言うわけで一同の視線が煌士に集中する。煌士が一番そういう事を知っていそうだったからだ。彼は視線を受けて一度口にしていた物を飲み込んで水を飲むと、怪訝な顔で浬達に告げる。
「偉いも何も・・・最上位の貴族ではないか。それこそ一国一城の主と呼んで良い地位だぞ・・・っと、言っても地球の貴族の爵位が当てはまれば、の話だが」
「まあ、厳密には違うが、おおよそは一緒だと思って良い。西洋とは違い、個人、ないしは家に付随する地位だ、という事か。なので地位の売買とかは不可だな」
「ふむ・・・であればやはり、最上位だ。我輩の信仰するドラキュラ伯爵のモデルとなったワラキア公ウラドと同位階だな。伯爵の遥か上に公爵がある。一概には言えんが、大公と同格と考えて良いだろう」
煌士は少し記憶を手繰り寄せ、全員がわかりやすい例を上げて説明する。流石に浬達とてドラキュラ伯爵は知っている。そして伯爵よりも上、と言われれば凄いのだ、と感覚的に理解出来た。
「へー・・・偉いんだー・・・」
「偉いというよりも、国を作った偉人として唄われても可怪しくはない。それこそ初代ともなれば演劇にもなれるだろう立場だろう」
「オレの場合は勇者として謳われてるけどな・・・」
煌士の言葉に、カイトが苦笑する。彼の場合、異世界では公爵カイトでは無く、勇者カイトとして真実、謳われるのであった。
「実務経験は10年強だ。向こうの一年が48ヶ月だから、地球での40年に匹敵するぐらいは、公務に携わってる。やれない道理は無い」
「ち、地球での4、40年・・・」
その実ものすごく長かった期間に、煌士を含めた一同が唖然となる。時間の流れが違う事は予想していても、流石にこれは予想外だったらしい。そんな一同に苦笑しながら、カイトは更に続けた。
「まあ、そういうわけで、収支報告書とかの確認は出来る。それに、補佐にはルイスにエリザや蘇芳の爺達も居るからな」
「何より、カイト殿に居なくなられも困りますので。色々と立ち行きません」
「あはは・・・使い魔だから疲れ知らずで良いんだけどな」
シェムハザの言葉に、カイトが苦笑を深める。使い魔の身体に意識を載せているだけだ。肉体的な疲労は無く、疲れは感じない。と言っても魔力の消耗があれば、やはり疲れるのだが。
「まあ、そりゃ良いや。ということで、オレ公爵」
「うーん・・・凄いのかすごくないのかわかんない・・・」
「ね・・・」
浬と海瑠は二人して、少し困った様な顔になる。公爵という地位が凄い、というのはなんとなく理解出来る。だが同時に、公爵となったのが年若い兄なのだ。イマイチ凄いのかどうか理解がしにくかった。が、逆にそう考えれば、確かに可怪しい。なので煌士が問いかける。
「・・・いや、待ってくれ・・・カイト殿は何歳で叙任されたのだ?」
「ん? ああ、えっと・・・15歳か。土地の総面積はアラスカの倍ぐらい、かな・・・」
「なっ・・・」
煌士が絶句する。なんの縁もゆかりもない少年が15歳で叙任されたとなると、何かよほどの事を成し遂げなければ、ありえなかったのだ。
「ああ、まあ、いっちょ戦争を終わらせただけだ。敵の総大将ぶっ潰してな・・・あ、総大将つっても魔王じゃないぞ? 魔王も被害者側。詳しくは、その魔王様の傷口に塩を塗るから語らないけどな」
カイトが苦笑気味に告げる。他人の傷口を勝手に教える事は出来ないだろう。だから、そう告げる。と、そうして一同の手が止まったのを見て、フェルが告げる。
「おい、貴様ら。せっかくの料理が冷めるぞ。さっさと食え」
「あ、うん」
フェルに言われて、一同も食べる手が止まっていた事に気付く。そうして、その日はそのまま、微妙な雰囲気の中で打ち上げが終わる事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日の21時です。




