第58話 夏の予定
浬達が訓練を開始した頃、彩斗達大人達もまた、活動を再開していた。とは言え、こちらは当然、戦う事を考えているわけではない。なので調査がメインだった。
「・・・これが・・・こうなるわけか・・・」
「天音さん。読書ですか?」
「ああ・・・そこら、きちんと読んどかないとな」
昼食の最中にまで仕事の資料を読んでいた彩斗を見て、部下の一人が問いかける。関西弁では無いのは、集中しているからだ。ひょうきんな何時もならば柔和に関西弁で話すが、極度に集中していたのである。というよりも、実は話しかけられている事さえ気付いていなかった。
「で、次は何を読んでるんですか?」
「転移術の基礎だ・・・物の入れ替えについてを、学んでいる・・・あー・・・ダメや、これ。全くわからん・・・ん? ああ、なんや。おったんか」
「気づいてなかったんですか・・・」
「ああ・・・はぁ・・・ヘラクレスさんが帰り際に渡してくれたもん見せてもろうとるんやけど・・・こりゃあ、あかん。難しすぎる」
真剣に読書をしていた彩斗であるが、さじを投げてこめかみを解す。読んでいたのは最初の最初、第一章か序章と言える部分だった。だがそれでも、理解は出来なかった。
残念ながら、理論さえ覚えれば魔術を使える様になるのではない。概念を理解しなければならないのであった。が、その理論が、難しかった。
転移術を行う為の前提条件として『魔力で世界に影響を与えて~』、『魔力に次元を越えさせて~』等と様々な事が書かれていたのだが、そこがまず、理解不能だった。
世界に影響を与えられる者も次元に影響を与えられる者も、天道財閥で出来る者は居ない。日本全体で見ても、両手の指で事足りた。人間に限ればゼロだ。無理は道理だった。
「こんなん魔術師達はやっとんのか・・・」
「大昔に滅亡した魔女族、という方々の力が借りられれば、と思うんですけどね・・・」
「ほんまにな・・・俺、絶対に今後は教会にお祈りは行かん事にしたわ」
「あはは・・・行ったことあるんですか?」
「んなもんあるかいな。ウチは仏教や。教会なんぞ結婚式ん時だけや」
「あはは!」
彩斗の答えに、同僚達が笑い声を上げる。確かに真剣に仕事を行っているし、彩斗達にしても真剣に業務に打ち込んでいる。人によっては昼食を本当に手軽に終えて、という者も少なくはない。が、彩斗のチームは基本的に、こういう風に和気あいあい、という感が強かった。彩斗の人柄故、だろう。
「はぁ・・・とは言え、これだけは、魔女を探すしか無いわな・・・言っといて馬鹿げた台詞や、とは思うけど」
「はぁ・・・」
彩斗の言葉に、お弁当や買ってきた昼食を食べながら、一同がため息を吐いた。魔術という物はどうしても、種族的に理解出来るレベルが違う。魂や精神構造の問題なのだから、これはどうしようもない。
神様や魔女と呼ばれる種族の様に魔術に適性のある精神構造がある者が居れば別だが、彩斗達人間ではこの書物の知識は理解出来ないのであった。誰かに、解説をしてもらわなければならなかった。
「魔女・・・確かに魔術文明を滅ぼそうとするなら、滅ぼしたのは正解だったんでしょうね」
「おかげで苦労させられてるこっちの身にもなれ、って思うけどな」
「まぁねぇ・・・」
同僚たちが口々に、ため息混じりに愚痴を告げる。彼らが調査していく中で知った事だが、どうやら魔術に特化した魔女達が滅ぼされた理由は、宗教に関連したものだったらしい。
魔女狩りは真実、魔女達を狩りだす為の行動だったようだ。ただ単に、その余波で様々な冤罪や巻き添えが出た、というだけにすぎなかったらしい。
「はぁ・・・とりあえず、海外組には魔女を探してもらわなあかんわけか・・・」
「あっちは地道に、現地で情報を収集していくしかないらしいですね」
「こっちも一応、もう少ししたら大阪行きやけど・・・あ、そうや。全員、その件、把握しとるか?」
「あ、自分初耳です」
彩斗はふと今度大阪に行く旨を思い出して、改めて全員に通達が行き渡っているか確認する。が、どうやら一人聞いていない者が居たようだ。なので彩斗は改めて、事情を説明する。
「まあ、知っとる話やけど、大阪の上空にゃ楽園がある。あそこはもともと西洋系の顔役や。人魚姫は魔女と関わりがあった、つー噂もある。知っとる事は無いか、と聞くのにアポイントが取れたから、夏には大阪行きや」
「ああ、分かりました。じゃあ、また出張の用意しとかないとな・・・何時からですか?」
彩斗の言葉を受けて、部下の一人が手帳を取り出す。予定は早いウチに入れとかないと、私生活でも揉める原因だ。
「7月末からや・・・正式な所は向こうからの返答待ち、やな。まあ、どれぐらい掛かるかわからん。里に入って顔役達に話聞ける事になったからな。ホテルなんかは会社で用意してくれる、やと」
「天音さんも、ですか?」
「俺は実家から、や。十分に行ける範囲やったからな。ついでに早めに里帰りもしとく・・・っと、盆休みは気ぃつけろ。8月中は大阪から動かん可能性があるからな。お盆はそのまま大阪から各自で、になるっぽいわ」
「あるんですか?」
彩斗の言葉に、部下が首を傾げる。そういう仕事であれば、お盆休みは無しかズラして取るのが通常だ。が、何故か普通に取れるらしい。
「盆休みは取らせろ、と向こうからのお達しや」
「あー・・・じゃあ、自分も申請して実家から、にしてもらおうかなー・・・」
この部下はどうやら関西出身だったようだ。と言うか、実はこの彩斗の班は全員そうなのだが。それ故に、近畿を中心としていたのである。
通えるかどうかは調査次第だが、お盆を考えて実家から、という事も考えたらしい。ちなみに、この知らなかった彼は父親が学園で教師をしていたらしい。数年前に表の仕事で彩斗の部下として入ったばかりで、彼も若かった。
「まあ、そこらは好きにせえや。会社も安上がりになる」
「あはは・・・考えておきます」
笑いながらどうするかを考え始める部下達を横目に、彩斗が密かにため息を吐いた。
「顔役・・・吸血姫の女王の娘、か・・・面倒にならんかったら、ええんやけど・・・それに・・・もう一個、仕事があるんやけど・・・そっち、面倒やなぁ・・・」
実は彩斗には、もう一つ別の仕事が与えられていた。それは謝罪をしに行く、という事だった。この間覇王が煌士に述べた様に、天道家は陰陽師の組織を怒らせている。その本拠地が、京都にあったのであった。
その謝罪の使者には普通は覇王の秘書や覇王自身が何度も向こうに訪れているわけであるが、彩斗も行くのなら詫びに行ってくれ、と頼まれたのであった。課長としての責務、というわけだ。
彼がその陰陽師の幹部――先の鏡也の父――と私的な友人であった事もあり、彩斗なら、なんとかあまり叱責を受けずに仲を取り持つ事が出来るのでは、という事だった。
「まあ、涼夜さんやったら知り合いやし、こっちにもこの間鏡也君を頼む、つーメール来とったから、悪うはならんと思うんやけど・・・はぁ・・・」
彩斗としても、そこまで抗議が来るとは思っていない。それに行く場所にしても幸いにしてご近所様だ。実家から徒歩10分程度。同じ町内だ。会う相手はまだ息子のカイトが小学校に通っていた頃には、自治会の集まり等でお互いに飲み交わした事もある。
彼の失態でも無いのでまだ仕事と諦める事が出来て気は重くはなかったが、それでも怒られに行くのなら、気は重かった。
「しゃーない。とりあえず、おかんに話するか・・・」
決まった事は決まった事なので、彩斗はとりあえず帰ってから綾音達に早い里帰りを相談して、とすることにして、再び調査の仕事に入る事にするのだった。
帰ってからまず第一に綾音と相談、とすることにした彩斗は最近調査が主だった事もあり、この日は残業も無しで――と言っても訓練が入れば、残業は有りだ――帰宅する。
「ただいまー」
「お帰りー」
どうやら今日は浬や海瑠達の帰宅よりも、彩斗の帰宅の方が早かったらしい。出迎えは綾音一人だった。
「おーう。今日は早帰りってかまあ、ちょいと用事ではよ帰って来たわー・・・浬達はまだ学校か?」
「うん、そだよー・・・っと、お風呂入っちゃう?」
「うん? いや、その前におかんは?」
「ああ、お義母さん? まだ出かけたままだよ」
二度手間になるなら後にしても良いかな、と思った彩斗であるが、まあ暇だし良いか、ととりあえず綾音に大阪への長期出張を伝える事にする。
「お仕事で大阪?」
「おう。8月いっぱいは向こう居る事なりそやな。母さんついでやから連れて帰るわ。親父は何も言うとらんけど、絶対寂しがってるはずやからな」
「あはは・・・で、浬達、かー・・・そう言えば去年は部活あったけど、今年はどうなんだろ」
今も部活の真っ最中だ、と聞いていた綾音は、彩斗の言葉に娘達の予定を思い出す。夏の部活は浬にとって最後の物だ。試合が近い、というような言い方をしていたし、あるとは思うのだが、正確な所はわからない。聞いてみる必要があった。
と、そんな話をしていると、彩斗の母が帰宅した。と、どうやら浬達も一緒らしい。後に聞けば、丁度スーパーで一緒――彩斗の母は夕涼み、浬達は買い食い――になったらしい。そうして、彩斗は改めて、大阪行きを問いかける。
「ああ・・・なんや、仕事でこっち・・・大阪来るんか」
「そういう事や・・・で、母さんは一回親父に顔見せたりや」
「ほっといてもええやん」
「いや、まあ、どっちにしろお盆は俺らも帰るで? 一緒に車乗ってっても邪魔なるだけやん。ウチの車そんな大きないしな」
「んー・・・それもそか」
彩斗の言葉を受けて、彩斗の母が確かに其れはそうか、と考えを改める。どうやら彼女も先んじて大阪に向かう事にしたようだ。そうして、母の考えを改めると、彩斗は浬と海瑠に問いかけた。
「で、お前らどうする?」
「んー・・・私はそこら辺は試合次第かなー・・・」
彩斗からの問いかけに、浬が天井を眺めながら考える。最後の試合は夏休みの序盤に予定されており、レギュラーに選ばれている彼女の参加も決定していた。が、どれだけになるのかは、試合次第、だった。
「ん? なんや、調子ええんか?」
何処か嬉しそうな浬の様子に、彩斗が大凡は予想しながらも先を問いかける。それに、浬が嬉しそうに頷いた。
「あ・・・えっと、私夏の大会でレギュラーに選ばれてるから・・・」
「え? お、ほんまか! やったやん!」
すっかり色々とあった所為で伝え忘れていた事を思い出した浬に、彩斗も嬉しそうに笑みを浮かべる。まさか浬があんな出来事に巻き込まれているとは思っていなかったので、ただただそこには娘の頑張りを賞賛する声しかなかった。と、言うわけで、彩斗は大喜びで浬に残る様に指示した。
「じゃあ、あかんな。残れ残れ」
「じゃあ、その大会が終わってから、だねー。私は送ってくよ」
「おう、頼むわ」
自分は仕事である以上、娘を大阪に送れる事は出来ない。なので綾音の言葉に、彩斗が笑って頼む。久々の朗報に、気分が浮かれている様子だった。
「あ、じゃあ海瑠。お前はその応援行かなあかんのか?」
「あ、うん。マネージャーだし、行かないと・・・」
「そりゃ、しゃーないわ。おりゃ応援行かれんけど、頑張れよ」
「うん」
できれば一緒に行きたかった彩斗であったが、浬は最後の大会で、そのレギュラーに選ばれているのだ。そっちを頑張ってくれた方が、彩斗としても嬉しかった。こうして、彩斗は母とともに一足先に大阪行きを決定するのであった。
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