第57話 大妖怪達
天道邸にて自らの一族が持つ情報を頼りに日本の妖怪達の中でも有名ドコロの調査を開始した煌士達は、その日の夕暮には、一区切り調査を終わらせていた。
「ふぅ・・・とりあえず、めぼしい物はリストアップ出来たか・・・」
煌士が肩を揉みながら、疲れた様に息を吐いた。先ほどまで、彼は新品のノートに自分達に関係があるだろう妖怪というか異族達についての情報を纏めていたのである。ノートにしたのは後々に海瑠や浬達にも教える際に使える為だ。
「こんなに居たんですね・・・」
「日本は地球最大の異族国家、ですので」
空也の省いたつぶやきに、雷蔵が告げる。とは言え、そう言うのも無理は無い。調べてみれば、日本には海外からの異族も山程存在していたのでる。元から日本に住んでいた異族達も含めれば、何ら遜色なく他国に比べて桁違いの数が存在しているだろう。
「とりあえず、これで有名所は押さえたな」
「はい、これで、肝心な所に抜けは無いかと」
「会う事は無いと思うが・・・我輩とて天道の子。もしも会えば名も知らぬとあれば無礼だからな」
雷蔵が抜けはない、と請け負った事を受けて、煌士が頭を下げる。曲がりなりにも彼は天城家の主家にあたる天道家の子だ。そして今は魔術の存在も知っている。
未成年だし関わりがないので天道家からの使者等として会う事は無いだろうが、それでも空也の様に万が一の接触はありうる。それを考えての事だ、と雷蔵には嘘を言っていたのであった。
「茨木童子、玉藻の前、崇徳院・・・この名まで見れるとは・・・うぅむ・・・酒呑童子がなくなっているのが嘆かわしい・・・」
「生きていても困るけどね」
煌士の残念そうな口ぶりに、空也が苦笑気味に告げる。酒呑童子とは、茨木童子が主と言うか親父と仰ぐ大妖怪だ。玉藻と崇徳院を合わせて日本三大妖怪とも渾名される三体の妖怪の一人で、鬼達の長だった。
が、彼だけは、歴史として正式に死が確認されていたのであった。死者が蘇らない以上、出会う事は不可能だった。そしていかに魔術があっても、死者をよみがえらせる事は出来ないのであった。と、そんな二人に対して、調査結果を全て把握しているわけでは無い詩乃が、先を促した。
「他には、どんな妖怪がおられるのですか?」
「ふむ・・・他には、何故かエルフもこの日本に存在していたり、吸血姫・・・おお、鬼の方では無いぞ?」
「? 他に何があるのですか?」
煌士の言葉を聞いて、詩乃が首を傾げる。彼女は鬼と書く吸血鬼しか知らない。と言うか、知っていても不思議だった。
「姫と書いて吸血姫、なる種族が存在する・・・吸血鬼の上位存在らしいな。その女王がトランシルヴァニアに居るらしいのだが、その娘が如何な理由か西日本を拠点としているらしい」
「らしい?」
「うむ・・・どうにも大阪には空飛ぶ大地が存在しているらしい」
「はい?」
何をアホな事を、と思わず詩乃が顔を顰める。彼女も煌士について何度か大阪には足を伸ばしていたが、そんな物は一度も見たことが無い。と言うかそんな物があれば、今頃地球からは魔術が失われて居なかっただろう。
「おお、隠されているらしいぞ。で、そこに居城を構えているらしい。我輩としては吸血鬼につきものの巨大なお城を期待したい」
「居住性が無いので、おそらくされないと思いますよ。そこの所、どうだったのですか?」
「残念ながら、誰も入った事が無いらしいので資料は無い。名をエリザというらしいが、それ以外には何も不明だ」
残念ながら、煌士達はエリザに出会ってはいない。ということで、彼女がこちら陣営だ、という事は知らなかったのである。ということで、万が一の可能性として、敵に含められていたのであった。
「で、他には?」
「ふむ・・・有名な所を上げると、神野悪五郎、山ン本五郎左衛門、形部狸、遠野の一門・・・無数にある・・・」
「も、物凄い数がいたものですね・・・」
「あれらは異族達を取り纏める大組織の長。他にも単独で動くのでしたら、牛鬼や土蜘蛛一派などなど。種族では無く個々名になりますと、安倍晴明の母である葛の葉狐、蛇神になって嘘を吐いた坊主を焼き殺した清姫、源義経を鍛えた鞍馬天狗等、善悪問わず数多いらっしゃいます」
呆れた様な苦笑した様な表情の詩乃に対して、雷蔵が微笑みながら告げる。今少し調べられただけでも、これだけ居たのだ。まだまだ、有名な名前は眠っていた。
「はぁ・・・」
そうして見えてきた敵の多さに、思わず三人がため息を吐いた。ここまで多いと、どれほどの数の異族が自分達を狙いに来るのか、というのはまったく不明だった。それどころか煌士の予想以上に多かった為、あたりが付けられなくなった。
「日本は妖怪大国だと思っていたが・・・これは覚えるのも我輩でも一苦労だ」
「お頑張りくださいませ。煌士坊っちゃんは天道家の麒麟児。出来ぬとは、思いません」
「うむ・・・雷蔵殿。感謝する」
「いえ、お力添え出来ましたなら、幸いでございます」
煌士の感謝を受けて、雷蔵が頭を下げる。そうして、その日の調査は終わるのだった。
その数日後。休日を終えて平日となり、更に学校を終えた煌士達は再び隠れ家に来ていた。重力場研究については今は先のテストの繰り返しを行っており、彼は報告待ち、という所だ。
幾らなんでも中学生を常に研究に張り付かせておくのは大人達の尊厳に関わった為、こういう彼が居なくても良い所では、自由にさせる事にしていたのであった。
「と、言うわけで、これがまとめた物だ!」
「あ、あんたそんな事してたの・・・?」
「うむ! 意外と多くて我輩、結構興奮している!」
雷蔵の前なので実は興奮を抑えていた煌士だが、このノートの中の何割かは堂々と会えるのだ。何時も以上にアッパーなテンションだった。
「ぬふふふ・・・・まさか、向こうからわざわざ訪ねてくれるとは・・・」
「ふむ・・・意外と綺麗に纏められているな。不必要な情報は省かれている」
煌士の提示したノートを見ながら、フェルが少しの感心を滲ませる。彼女としてもまさかノートにまとめてくるとは思っていなかったので、アテネがまだ来ていない――風紀委員の活動が長引いているらしい――事もあって一読していたわけであった。
「それで、どうだろうか! 誰が来てくれるのだ!」
「ふむ・・・とりあえず、茨木の奴は確定だ。他は・・・葛の葉がどう出るかは不明だ。あれは気まぐれだ」
「来たら、妾が潰すがのう・・・」
フェルの言葉に、今日は美女の姿の玉藻が少しだけ剣呑な気配を滲ませる。彼女も葛の葉も同じく九尾の狐だった。近親憎悪というかなんというか、少し相性が悪いらしい。
「玉藻の前は言うまでもないな・・・一体はエネフィアに飛んでいる。もう一体は高天原だ・・・崇徳院は・・・あれはこういう事に興味を持つ奴ではない」
「むぅ・・・三大妖怪は全て除外か・・・」
フェルの言葉に、煌士が少し残念そうな声を上げる。三大妖怪は有名所だ。玉藻は目の前に居るので仕方がないにしても、他の二体に会ってみたいと思わないわけではなかった。
「では、神野悪五郎や山ン本五郎左衛門はどうだ!」
「ああ、あいつらか。あいつらは微妙な所だが・・・が、どちらかが来れば、確実にもう一方も来る。適当にあしらってやれ」
「おぉ! 魔王達は来てくれるのか!」
有名所の中でもかなりの有名所が来てくるのがわかり、煌士が少し興奮を滲ませる。
「魔王って・・・なんでそんなに嬉しそうなのよ・・・」
「魔王だぞ、魔王! 血が騒ぐではないか! 貴様らは会いたくないのか!?」
浬達にはよくわからない何かが、煌士を興奮させているらしい。彼は絶賛大興奮だった。
「魔王って絶対オドロオドロしいなんかやばい奴でしょ? 絶対ヤダ」
「それが良いのでは無いか! 高笑いしながらマントをたなびかせる! くぅー! カッコいい!」
「どんなイメージだ・・・神野悪五郎は普通に黒揃えのスーツ姿の男だ。顔立ちは悪くはない・・・まあ、やんちゃな奴だ。山ン本五郎左衛門は和服の大男だ。こちらは対極的に豪快な男だ。貴様がイメージしているのは西洋風な魔王だろう」
「む? おお、それもそうか」
煌士もフェルから言われて、確かに妖怪の王様が西洋風な外套をたなびかせるのは可怪しいだろう、と気付く。とは言え、フェルの言葉はそれはそれで妖怪達の長っぽくはあったので、納得だったらしいが。
「それにまあ、魔王と言えば貴様ら元とは言え魔王と同居していただろうに」
「・・・え?」
水を向けられた浬達が、首を傾げる。彼女らが同居していたのは、魔王では無く美少女だ。
「あれは正真正銘の魔王だった女だぞ。それも異世界では最高の魔王と呼ばれた女だ」
「あー・・・でも、ぜんっぜん魔王っぽくは・・・時々高笑いとかはしてたけど・・・」
浬達は兄と共に消えた居候を思い出して、訝しげな顔をする。中学生ぐらいにしか見えなかったその少女は、ゲーム等で圧勝し始めると時々高笑いをしていた。が、魔王っぽいと言えるのは、その程度だった。
オドロオドロしいどころか見た目も相まってそんな高笑いさえ子どもが何処か背伸びをしている感しか無く、可愛らしいとしか思えない。
「あれは中身ガキだが、本来は立派な女だぞ。身長は170センチ、胸は三桁行ってるからな」
「うそぉ・・・」
居なくなって初めて知らされた現実に、浬が頬を引き攣らせる。正体を偽っている、とは聞かされていたが、そこまでナイスプロポーションとは考えていなかったらしい。
兄の性癖を少し危ぶんでいた浬だが、それを兄が知らないとも思わない。なので浬は兄を窺い見る。すると、そんな兄はのんきに観葉植物の上で毛づくろいしていた。
『ん?』
「知ってたの?」
『当たり前だろ? あいつ連れ帰ったのオレなんだから。あいつ無茶苦茶綺麗な美女だぞ』
「・・・ぷっ・・・あ、いや、ごめんなさい・・・ぷくく・・・」
至極真面目に答えたカイトだが、そんな様子が何処か面白かったらしい。鳴海が思わず吹き出した。なにせ尊大にしながらもやっている事は小鳥が毛づくろいだ。ギャップがものすごかった。
『まあ、それで言やぁ、オレも本来はそこそこの大人なんだけどな』
「性格殆ど成長してなかったけどね」
『うるせ』
浬からの一言に、カイトがソッポを向く。歳相応に落ち着いたかな、と思っても結局はカイトはカイトだ。肉体の成長はさておいても、成長は殆ど見受けられなかった。
「まあ、それはどうでも良い。とりあえず、貴様はどれが来ると思う?」
『うん?』
フェルからノートを指さされたカイトが、器用に翼を操ってノートを読み始める。何処かあざといぐらいに可愛らしい様子に、浬が身悶えしそうになった。
「あれはお兄ちゃんあれはお兄ちゃんあれはお兄ちゃん・・・」
「ぶつくさと煩いな・・・」
決して抱きつかない様に、と念じる様につぶやく浬に、フェルがうっとおしげに顔を顰める。浬とて年頃の女の子だ。兄に抱きつく事はしたくはなかった。と、そんな騒動の傍らもノートを読み進めていたカイトは、とりあえずの目星を付ける。
『茨木が来るなら、やんちゃな鬼達が来るか。長壁姫は会っておいて損は無い。悪くはない方だ・・・人嫌いだがな。気に入られたりできれば、力になってくださる・・・他は不明だな。とりあえず、清姫は来ん。来てもらっても困る。安倍晴明と葛の葉はセットだ。来ても敵では無く、助力が貰えるだろう』
「ねえ・・・この間の男の人は?」
『ああ、あれか。あれは付喪神の一人だ・・・正体は聞いたら驚くぞ』
カイトは何処かイタズラっぽい笑みを浮かべて、正体をはぐらかす。が、そんな様子から、空也が思い当たる節を見つけた。
「もしかして・・・天下五剣なのですか?」
『ありゃ・・・あれがレプリカだ、って知ってたのか。ああ、その一振りである<<鬼丸国綱>>だ』
「なっ・・・御物では無いか・・・」
カイトから出されたまさかの名前に、煌士と空也が目を見開く。御物とは皇室に召し上げられた私有物の事だ。まさかそんな物があんなおちゃめな性格だったとは、と驚くしかなかった。
「何故そのような御物がわざわざ出奔なぞ・・・」
『おいおい・・・<<鬼丸国綱>>は刀だぞ? 道具とは飾られる事を栄誉とするのではなく、使われる事を栄誉とする。それが武器である刀であれば、なおさらだ。召し上げられて蔵の中、では拗ねもしよう。飾るだけで使われなくて拗ねて脱走、だそうだ』
「そ、それはなんとも・・・」
カイトからの返答に煌士が頬を引き攣らせる。天下五剣を使おう、なぞと普通の一般人でなくても恐れ多い。なので<<鬼丸国綱>>も使う事無く飾るのが、本来は人として正しい事だろう。
なにせ御物なので国宝には指定出来ずとも、有数の名宝だ。紛失したり折れてしまえば、その時点で日本国としての大損失だ。
が、それで道具の方が納得してくれるかは、別だ。当然納得はしてくれず、自分を使ってくれる最適な使い手を求めて国の管理下から脱走、と相成ったわけであった。
『奴が襲ってきたというのなら、奴も適度に攻撃は仕掛けてくれるだろう・・・アテネ。奴には調練の助力というか実戦を頼んでおいてやる。適度に戦わせて良いんじゃないか?』
「それは有り難い。訓練も重要ですが、実戦も重要。それについてはお頼みします」
いつの間にやら来ていたアテネが、カイトの言葉に感謝を述べる。彼女としても何処かで実戦を経験させたいな、とは考えていたわけだが、そのあてがなかった。だが、こういう形で与えられるのなら、それに越したことはない。とは言え、まさか実戦まで入っているとは思っていなかった浬達が、悲鳴を上げる。
「えー!?」
「何を今更。諦めなさい」
「うぅ・・・」
翻意が無理なことぐらい、浬達もよく理解している。というわけで、致し方がなく従うしか無い。そうして、アテネが来た事で情報の交換会が終わり、この日の訓練が開始されるのであった。
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