第50話 女神達の共演
アテネの転入を知らされて、翌日。彼女の言葉通り、アテネが転入してきた。
「と、言うわけで・・・新たに転入生だ・・・」
非常に悲しげに、御門がアテネを迎え入れる。この時ばかりは、彼は本当に色々と投げ出して地元に帰りたい、と思った、とかなんとか。が、そんなのは彼だけだった。
「おぉおおおお!」
何の前情報も無く登場した美少女に、悲しげな御門を他所に一同が歓喜の声を上げる。
「と、言うわけで、今度もまた、純粋培養の天然物の海外美少女だ・・・席はそこのフェルの横で良いだろ・・・うぅ・・・」
「な、なんか悲しそうっすね・・・」
生徒の一人が悲しげな御門に声を掛ける。悲しそうな御門には、勿論きちんと理由がある。昨日のあの後、訓練に入る前によくよく考えれば地元についてをきちんと調査しなければならないだろう、という事に話が至り、全員で街を散策する事になったのだ。
と、そうするとどういうわけか、ナンパ真っ最中の御門に遭遇して、アテネの説教を受けて、それが後を引いていた、というわけであった。勿論、そんな事なのでナンパは失敗だった。
「先生。まずは自己紹介を行いたいのですが」
「はぁ・・・好きにしろ」
「はい。私はミナ・パラス。ミナとお呼びください」
御門の許可を受けて、アテネが自己紹介を行う。流石に馬鹿正直に本名でパラス・アテネです、と言うわけにはいかないので、ミナと名乗る事にしたらしい。
まあ、馬鹿正直に名乗ってもおそらく凛とした美少女っぷりから信じられたかもしれない。なお、由来はローマに渡った際の彼女の名前であるミネルヴァの英語読みであるミナーヴァの略称系である。
「ミナちゃんは何処出身ですか!?」
「あ、はい。ギリシアです。ギリシアのアテネに暮らしていました」
「アテネ?」
「パルテノン神殿のある所です」
「おぉー」
パルテノン神殿は世界でもかなり有名な部類の世界遺産だ。誰もが知る物で、それは中学生の彼らもわかっていた。なのでなんとなく、何処だというのはわかったらしい。というわけで、再びの美少女転校生に教室どころか学校中が沸き立つのだった。
一方、同時刻の天神市の中にある、天道財閥本社の最上階にある社長執務室では、覇王が一人の大男を前に、ため息を吐いていた。
「はぁ・・・かのパラス・アテネ殿がこちらに残留・・・ですか?」
「ええ。アテネ殿は揉めに揉めている貴方方の現状に、非常に心を痛めておいでです」
「いや、まことに申し訳ない・・・」
ヘラクレスの言葉に、覇王が非常に申し訳なさそうに頭を下げる。これだけで、ヘラクレスが何が言いたいかを理解した。
つまりは、見張りだ。これ以上覇王達天道財閥が何か強引な事をやらない様に掣肘する、という事だったのだろう。もしくは日本の外にまで揉め事を持ってくるな、という事への警告かもしれない。そう受け取るのが、普通だろう。よもや浬達の為、なぞとは誰も思わない。そして覇王の想像通り、案の定の言葉が出された。
「貴方方は最近、少々、強引が過ぎる様子。それは遥か遠くのギリシアにまで、響いています」
「申し訳ない・・・我が子が急にいなくなり、少々、強引にし過ぎた様子・・・既に月読様からも掣肘をされています。罰則等は、平に、ご容赦を」
「わかっています。我々も、そこまでは考えていない」
覇王の言葉に、クレスが苦笑する。彼らは迷惑を被っていないのだ。罰則を与える義務も義理も存在していない。そんなクレスに、覇王は内心で安堵する。そうして、次いで問いかける事にした。
「それで、立場等については、如何いたしますか?」
「それについては、ご安心を。既にこちらで用意を整え、活動に必要な立場を用意しました」
クレスからの返答に、覇王は内心で臍を噛む。これはどう考えても、自分達を信頼していない、という事だった。つまり、自分達は完全に蚊帳の外に置かれ、全てが決まった上で、通達されたことだった。
とは言え、何も出来ないわけではない。彼らが来てからの日数を考えれば、事が動いたのはここ数日である事は明白だ。まだ、翻意を迫る事も出来るかもしれないし、それをしないのは損だ。なので、覇王は平然とした顔で、問い掛けた。
「そうですか? なんでしたら、こちらでそれ相応の地位を用意させて頂きますが・・・」
「それには及びません。それに、まあ、アテネほどの容姿の者が会社員等で勤めていては日本では可怪しいでしょう?」
「は・・・?」
クレスの物言いにおかしな物を感じて、覇王が本心からの疑問を顔に出した。今の彼の物言いからすると、会社員やその他それに類する仕事をしている者として、立場を得たわけでは無い様な口ぶり――そして真実そうだが――だったのだ。
「天神市の中の中学校に、中学生として入らせていただきました。高校生でも良いのですが・・・アテネ殿が少々思われる所あり、中学校に、と」
「は・・・? ご、ご正気ですか?」
「ええ・・・まあ、自由気ままな所の多いアテネ殿。そこの所は、私にもわかりかねます」
正真正銘心の底から本気なのか、と問い掛けた覇王に対して、クレスは少し苦笑気味に告げる。アテネの神々の間での評は英雄には好意的だが、自らを貶める者には容赦しない女神だ。そして同時に自由気ままで強気、公明正大で高潔な処女の神でもある。自由気ままな一面が出た、と言われては、それを認めるしか覇王には無かった。
「・・・分かりました。何処でしょうか?」
「はぁ・・・ご子息と同じ学校、と」
「なっ・・・あそこは普通の中学校ですよ? ご無礼があられては・・・」
「それぐらい、アテネ殿は承知の上です。流石に子供達に対して気分を害した、等と言われる事はありませんよ」
絶句した覇王に対して、クレスが笑いながら問題無い、と請け負う。まあ、それもそうだろう。幾らなんでも何も知らない、いや、それどころか神様が実在するとさえ知らない子供達の中に混じって、何か無礼があった、なぞとしてしまうと神様として名折れも良い所だ。出来るわけがない。
そうして、矢継ぎ早に飛び出してくるよくわからない事になっている事態に、覇王はクレスから幾つもの事情を聞きつつ、対処に頭を悩ませる事にするのだった。
さて、クレスから大丈夫、と請け負われたアテネであるが、まあ、確かにある意味では大丈夫だった。が、同時に、大丈夫でも無かった。
「そこ! 校内での漫画のやり取りは禁止です!」
「これは没収します」
「あ!?」
アテネの叱咤が響いて、その取り巻きと化していた風紀委員――女子――の一人が平然と漫画を貸し合っていた生徒達から、漫画を没収する。すでに取り巻きが出来ている当たり、さすがは戦女神、という所だろう。
「おい!」
「文句が?」
「・・・い、いえ・・・」
アテネから睨まれて、漫画を没収された男子生徒がすごすごと引き下がる。この繰り返しだ。確かに、アテネは無礼だ、なぞとは思っていない。が、問題だったのは、彼女の生真面目な性格だ。
転入してきたのだから何か委員会に入るべき、という話になり、では何に入るか、となって色々とあって決まったのが、風紀委員会だった。
そうして丁度今日は会合だったので、そのまま委員会活動となり、見回りに乗り出した結果が、今のこれ、だった。ちなみに、フェルは図書委員だ。理由は気ままに本を読めるから、という事と図書室なら静かだから、という事らしい。
「お、おぉう・・・」
そんなアテネの姿を、本来の風紀委員長が引きつった顔で観察していた。彼の知る限りというか彼の聞き得た限り、今までの委員会活動の中で一番気合の入った見回りだった。
「あー・・・ミナさん?」
「はい、なんでしょうか?」
後ろから声を掛けられたアテネは、風紀委員長の言葉に振り返る。その凛とした立ち振舞は風紀委員長よりも風紀委員長然としていた。
まあ、そんな凛とした雰囲気は彼女の雰囲気を神々しい物に仕立て上げて、あまり女慣れしていないというか美の女神とも張り合える美しさを持つアテネと相対するにあたり、風紀委員長には緊張しかもたらさなかったのだが。
「そ、そこまで、えっと・・・本格的にやらなくても・・・まあ、大丈夫と言うか・・・」
しどろもどろになりながらも、風紀委員長がアテネに告げる。確かに、そうかもしれない。こう言ってはなんだが、所詮は中学生の風紀活動だ。所詮は同じ身内の事なので、なあなあでも、まあ、問題は無いだろう。
というわけで、肩肘張ったアテネに、あくまでも肩の力を抜いていいよ、という程度に言ったつもりだったわけなのだが、アテネがその言葉に、ムッとなった。
「なりません。風紀の乱れは心の乱れ。何事も乱れていてはなりません。秩序を・・・」
アテネは腑抜けたことを言い出した風紀委員長に対して、くどくどと説教を始める。ちなみに、その雰囲気がそうさせているのか、風紀委員長は説教の間、命ぜられてもいないのに正座していた。と、そんなアテネに対して、ため息を吐いた者が居る。
「やれやれ・・・だから貴様は彼氏の一人も出来ないんだ」
「・・・あ」
どうやら周り全員が明らかに空気が変貌したのがわかったらしい。明らかに擬音を入れるならピシッ、という様な変貌だ。気づかないのはよほどの愚鈍な者か豪胆な者のどちらか、だろう。
「・・・居ないのではなく、作らないだけ、です。私のお眼鏡に適わない者が多いだけです」
周囲を氷点下に変えたアテネが、ゆっくりと後ろを振り向いて発言者であるフェルを睨みつける。まあ、こんな事をアテネに面と向かって発言出来るのは、この世にただ一人。フェルだけ、だろう。そうして、そんなフェルが呆れ混じりに問い掛けた。
「ほぉ・・・数多男に言い寄られていながら、全てを袖にした貴様の言葉とは思えんな」
「彼らはその程度の男と言うだけです。男ならば、私を惚れさせてやろう、という気概を持つ男の一人でも現れて欲しいものです」
「やれやれ・・・そもそも、肩肘張ったその生き方・・・なんとかならんか?」
ギリシア神話を知る者には有名な話であるが、アテネは物凄くプライドが高い。流石にここの中学生達にまで些かの無礼で何かを言うつもりは無いが、それがフェルという彼女以上に自由気ままかつ尊大な相手となると、話が変わる。そうして、周囲の者達に、一瞬なのに永遠に思えるだけの沈黙が下りた。
「・・・やはり、貴方は一度更生の必要がありますね」
「ほう・・・やれるか?」
「いいでしょう・・・この喧嘩。買います。来なさい」
「良いだろう。たまには私も遊ばねばな」
「その減らず口を叩けないようにしてさし上げましょう」
すたすたすたと歩き始めたアテネに続いて、フェルも歩き始める。そうして向かった先は、校舎の中にある剣道場、だった。そうして二人は無言で入っていき無言で竹刀を取った。
「あー・・・なんだ? 見学・・・か?」
「少々、この傲慢な方にお説教をするだけです。お気になさらず」
「なに、少々この肩肘張った女と遊ぶだけだ。気にするな」
「気にするな、と言われてもだな・・・」
偶然にと言うか剣道部の顧問として剣道場で部活の開始に備えていた剣道部顧問だが、防具を身に着けるわけでもなく竹刀を持つや構えも何もあったものではない二人に注意をしようとする。が、その前に、二人は同時に行動に入った。
「ふっ!」
「はっ!」
「・・・は?」
ぽかん、と顧問が口を開ける。まさに、瞬速。一瞬で間合いを詰めた二人は、眼を見張るような速度で一気に肉薄して、同時に竹刀を振るう。そうして、これは一体どんな映画なのだ、というほどの超速の連撃を交え合う。
「どうした? 剣は苦手か?」
「貴方こそ、拳の方でも良いですよ?」
「ガブリエルと一緒にするな。私は剣がメインだ。貴様こそ、槍が必要ならば、取って来ると良い」
「貴方こそ、翼が必要ならば、出されればどうですか?」
お互いに剣戟の最中に挑発に挑発を重ねあう。お互いに、一応場は弁えている。なので魔術的な行動は一切無し、だ。が、それでも二人の腕前は達人を遥かに超えている。
なにせアテネは戦の女神にして、インドラが罵倒に近いレベルで称賛する強さだ。フェルに至っては戦闘能力では現在の地球では最強クラスだ。
そんな二人が魔術無しであっても戦えば、人外の領域での戦いだたった。と、そんな観客たちを唖然とさせる戦いは、どうやら学校中で噂になったらしい。煌士が飛んできた。
「おぉ! これが戦神の戦いか! なんとも素晴らしい!」
「あの・・・煌士様。止められなくてよろしいのですか?」
「止める・・・?」
ぽかん、と何を言っているのだ、と言う感じで詩乃の言葉に首を傾げる。どうやら全く思い付かなかったらしい。
「いえ、あの・・・これ、明らかに・・・」
「む・・・そういえば、人外も良い所の戦いだな」
指摘されて、煌士も気付く。アテネは平然とサマーソルトを繰り返すし、フェルについても平然と後方三回転捻りだの何だのと繰り返している。だんだんお互いに抑えが解けているようだ。このままでは剣道場が崩壊するのも近い様に思えた。
「とは言え・・・我輩にどうか出来るわけがない。ならば、かぶりつきで見させてもらう事にしよう!」
「はぁ・・・」
結局は本来はあり得ない堕天使と戦女神の共演を観戦することにした煌士に、詩乃が呆れ果てて、スマホを取り出す。自分達で無理ならば、天道財閥に依頼すれば良いだけの話、と思ったのだ。が、流石にこの行動には、止めが入った。
「お待ちを」
「貴方は・・・」
割って入ったのは、なんとクレスだ。アテネに挨拶に来たのだが、向こうからは何の連絡も無いし戦いの気配があったので、ここまでやって来たらしい。
「少々、失礼します」
パチン、という音が鳴り響く。音の発生源はクレスの指だ。彼が指をスナップさせたのである。とは言え、ただ単に指をスナップさせたのではこの場の騒音に飲まれるので、彼は何かの魔術を併用したらしい。それは全員の耳に響いていた。
そうして、それでざわめいていた周囲が、一気に静まり返る。全員、まるで集団催眠術にでも掛かったかの様に、目が虚ろだった。これ以上見られると厄介なので、見なかった事にさせて、更には一時的に気を失わせたのだ。
「これで、大丈夫です。では、失礼」
詩乃にそう断言すると、クレスは一瞬で二人の間に割って入る。そうして、二人が振るった竹刀を平然と両手で掴んだ。それに、煌士が大興奮で手を叩く。あまりに見事な英雄の武芸、だった。
「おぉ!?」
「む?」
「ヘラクレス。どういうつもりですか?」
空中から逆さ向きに斬撃を繰りだそうとしていたフェルは空中で縫い止められ、それを迎撃する様に切り上を行おうとしていたアテネが、自らの竹刀を強引に止めたクレスを睨みつける。そうして、そんなアテネに対して、クレスはゆっくりとフェルを下ろすと、頭を小さく下げて進言した。
「アテネ殿。ルル殿。少々、熱の入り過ぎていたご様子。周囲には何も知らぬ人の子らもおります故、もう少し、ご自重ください」
「む・・・そういえばそうだったか」
「・・・そうですね。ヘラクレス。頭を上げてください。諫言、感謝します」
どうやら二人共少し熱くなっていたらしい。少々人間の出来る範囲を超えていたな、とクレスの諫言に耳を傾けて、感謝を示す。
「それで、ヘラクレス。如何致しました?」
「はい。天道の当主より、滞在の許可を得ましたので、そのご報告に、と」
「そうですか。ありがとうございます」
「では、私はもう暫くすると戻りますが・・・お一人で大丈夫ですか?」
クレスの言葉に、アテネが苦笑する。実は彼女は料理も出来るのであった。
「これでも戦女神。自炊能力も軍事に携わる事として、出来ますよ。心配しなくても、大丈夫です」
「わかりました・・・後、アテネ殿。確か、見回りか何かの最中、だったのでは? 先ほどご連絡をした折りには、何かの見回りが、と」
「あ・・・」
「貴様、完全に忘れていたな」
「では、失礼致します」
アテネの返答を聞いて、クレスが頭を下げる。そうして、彼が出て行って、アテネはようやく見回りの真っ最中だった事を思い出して、少し頬を染めながら、見回りを再開するのだった。
お読み頂き有難う御座いました。




