第43話 戦いの始まり
浬達と煌士達が天神市の郊外にあるショッピング・モール内のレストランで偶然に遭遇して、暫く。とりあえず全員の用事と食事が終わったのだが、浬と海瑠の兄であるカイトと、煌士達の相談相手だった刀花は少し相談がある、とレストランに残る事にしていた。
「じゃあ、こちらで送っていきますよ」
「いや、悪いな。オレは自分のバイクあるし、空也の所の送り迎えだと、雷蔵さんだろ? オレ顔見知ってるから、バレる可能性あるからな。それに、刀花ともお前らの件で打ち合わせしとかないと、な」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。そして、よろしくお願いします」
空也は始め混乱はしていたが、自分の尊敬する男が神々からも称賛される英雄だ、とわかり逆に安堵を得る結果になった。
なので相変わらず混乱が収まらない煌士達に対して、彼は至って平然とカイトに頭を下げて、まだ少し相談をする、というカイトに対して、浬と海瑠の送迎を買って出てくれたのだ。
「ああ・・・じゃあ、頼むな」
「はい。じゃあ、浬さん、海瑠くん。行こう」
「じゃあ、お兄ちゃん。先帰るね」
「おーう。リムジン楽しめー」
「僕はじめてだから、ちょっと緊張するなー・・・」
カイトの見送りを受けて、浬と海瑠が呑気に手を振る。まあ、二人からしてみれば、ただ単に欲しい物を買ってもらって、美味しい物を食べただけだ。呑気なのは当然だった。だが、それに対して、煌士と詩乃は相変わらず混乱の極地にあった。
「・・・煌士。道中で話ぐらい聞くから、とりあえず邪魔にならない様に、行こう」
「ああ、うむ・・・まさかこんな天道のお膝元に居るとは・・・しかも、二人の兄がとは・・・一体どうなっているのだ・・・」
「もうさっぱりです・・・」
混乱で頭が回らない煌士と詩乃だが、空也に手を引かれて、その場を後にする。そうして、一同が去った後、カイトと刀花が相談を始める。
「さて・・・で、一つ聞いておきたいんだが・・・」
「なんだ?」
「先生は? そろそろ帰られるという話だったのではないか?」
先生。刀花がそういうのだから桃女こと桜桃女学園在籍しているというエアか、と思うが、これは違う人物、だった。
「ああ、流石にオレ達の転移で向こうの警戒が厳戒に変わったから少し時間はかかるか、と思ったんだが、どうやらアルトの奴が気を回してくれた様子でな。夏休み明けの予定を少しだけ早めて、夏休みと同時に、こっちに帰ってこれる様にしてくれたらしい」
「そうか。わかった。やはり先生が居ないと少し回らなくてな。エア殿も力は貸してくださるんだが・・・如何せんどうしても彼は肉体派ではないからな。巡回ルートの構築なんかの力にはなってくださるんだが・・・」
「やはり威圧感が足りない、か」
「ああ・・・」
カイトの言葉を、刀花が認める。まあ、彼女ら御門一門は全員が年若い女子生徒達だ。おまけにネームバリューのある刀花は名前を変えているので、睨みがあまり効かないのだ。
「まあ、それまでは頑張ってくれ。こちらも手を回せないからな。先生が帰って来たら、まあ、少しは楽になるだろう」
「ああ、分かった」
カイトからのアドバイスというか激励を受けて、刀花が頷く。そうして、二人は立ち上がる。相談が終わったので、お支払い、ということだ。そうして、財布を取り出そうとした刀花に対して、カイトがそれを手で制した。年上の見栄ということだ。
「ああ、オレが払っておく。その金はお前のアドバイス料、ということで受け取っとけ」
「・・・分かった。恩に着る」
刀花は先に帰るので、ということで煌士達――と言うかその上の覇王達天道財閥――からお金を置いて行かれていた。それで支払おうとしたのだが、カイトはそれを受け取っておけ、というと、レジに向かう。
「んっげ!? あいつら・・・」
支払いの段階に入って、カイトが顔を顰める。兄の金だ、ということで二人共容赦なく好き放題注文していたので、少し高い値段になったのである。そうして、カイトと刀花も話し合いを終えて、店を出る事にしたのだった。
一方、その頃。レストランを後にした浬達は、ショッピング・モールをぶらぶらと散策していた。迎えを待つ間、外は暑いので中でのんびりしていよう、という事だった。
「うーむ・・・やはり理解出来ん・・・確かに、あれは君の兄なのか?」
「あ、はい。お兄ちゃんです。魔眼でもお兄ちゃんだ、としっかり断言出来ます」
「うぅむ・・・一体何故そんな事が・・・」
海瑠からの返答に、煌士が納得出来ずに頭を悩ませる。そんな煌士と一緒に悩む詩乃に、海瑠が少しだけ、事情を説明することにする。
「あ・・・えっと、どうにもお兄ちゃんは異世界に行ったらしくて・・・」
「ふむ・・・? もしやそれは・・・異世界転移、というやつか?」
異世界、という単語を聞いて、煌士がぴくり、と顔を上げる。そこには先程までの悩みは無く、興味津々、という風があった。
「あ、はい。お兄ちゃんもそう言ってました」
「おぉ! なるほど! それなら納得が行くぞ! それにしても異世界転移か! くぅー! なんとも羨ましいぞ! 我輩もぜひとも経験してみたい!」
「皆様、申し訳ありません。すぐに黙らせますので・・・」
大声で、煌士が興奮する。周囲の人達は何事か、と思って彼の方を向くが、ペコペコと頭を下げるメイド服の詩乃と、何より煌士の服装の奇抜さ――今日も今日とて夏なのに吸血鬼のコスプレ――を見て、腫れ物でも扱うかの様に、さっと波が引くかのように見なかった事を選択した。
「煌士様。とりあえず、声を落とされては?」
「何を言うか詩乃! これが」
こきゅ、という音が似合う程に鮮やかな動きと共に、煌士が沈黙する。詩乃が強引に黙らせたのである。何時もならここでお説教部屋行き、なのだが、今は学校では無いし、そもそもそのまま気絶されても面倒だ。なので、詩乃は最近覚えた雷系の魔術を使って、強引に叩き起こす事にする。ちなみに、お仕置きも兼ねて、少し強めだ。
「えーっと・・・確か・・・<<雷撃>>」
「ぴぎゃ!」
ばちん、という音が鳴り響き、煌士が気絶から復帰する。そうして、何事か、と周囲を見回す煌士に対して、詩乃が睨みつけた。
「落ち着かれましたか?」
「う、うむ・・・えーっと、それで、海瑠。悪いが続けてくれ」
「えーっと・・・それで、向こうに10年ほど居て、勇者になったらしい、です」
蛇に睨まれた蛙の様に僅かに身を震わせた煌士に求められて、海瑠が苦笑ながらも更にその先を説明する。そうして聞いてみれば、確かに納得が出来た。それに、更に煌士は今までに得れている情報を組み合わせて、ある推測を導き出した。
「察するに、騒ぎになっていない所から、それは極短時間、だったのではないか?」
「あ、はい。たった一時間の出来事だった、って」
「なるほど。世界の間では、時間の流れが違う、という事ですか」
煌士の推測と海瑠の答えを聞いて、詩乃が結論を導き出す。彼女も煌士ほどでは無いが、年並外れて頭は良かった。まあ、そうでなければ、専属の護衛兼従者になぞあてられない。年齢もそうだが、同時に煌士の意見に意見を返せるだけの能力を彼女の立場上求められていたのである。
「旦那様と大旦那様には?」
「元々推測として一応伝えているが・・・確証を伝える事は無理だろう」
「左様ですか。では、やはり裏を掻くのは?」
「諦めた」
詩乃の問いかけに、煌士が首を振る。一週間ほどなんとかフェルの裏を掻こうとした煌士だが、結局それは成功しなかった。そうして出せた結論が、諦める、という事だったのである。
どれだけ諦めの悪い人物であろうとも、それだけ試せば今の自分では、どうあがいても彼女に勝てないだろうことは簡単に理解できたのである。そうして、更に推測や意見を交わし合う三人の傍ら、浬と空也も話し合っていた。
「なるほど。では、先ほどの呪符はその可能性が高い、と」
「うん。たぶんね。お兄ちゃんの事をバラさない様に、って。私達にも掛けられているよ」
「カイトさんらしい油断の無さだね」
浬から封印についての説明を受けて、空也が少し楽しげに頷く。どうやら更に畏敬の念を強めたらしい。と、そうして話をしていると、スマホに着信が入った。
「はい、空也です・・・あ、雷蔵さん。はい・・・はい・・・第2駐車場ですね。わかりました。ありがとうございます」
どうやら電話先はカイトの推測通り、雷蔵だったらしい。迎えは彼だ。まあ、空也の護衛も兼ねているのだから、当然だろう。
「煌士、詩乃さん、海瑠くん。雷蔵さんが着いた、って電話来たから、行こう」
「うむ!」
「ありがとうございます」
いつの間にやら何時もの調子になっていた幼馴染に、空也は思わず笑みを零す。気持ちの切り替えが早いといえばそうなのだが、それにしたって煌士は早過ぎるだろう。そんな幼馴染に笑いながら、空也は一同を引き連れて、電話で指定された駐車場へと、移動していくのだった。
移動すること、暫く。駐車場のある所まであと少し、という所で、事件は唐突に起きた。
「え・・・?」
いきなり一変した周囲に気付いて、浬が周囲を見回す。その異変は、少し前に見た忘れられない光景、だった。休日でごった返すショッピング・モールから人だけが、一瞬で消えたのである。それに、浬は嫌な予感が頭をよぎった。
「ま、まさかこれって・・・」
「っ! お姉ちゃん! 向こうから来る!」
異変はどうやら、正解だったらしい。海瑠が目の前を指差した。それに、煌士、詩乃、空也が身構える。魔術と一度でも触れ合ったのだ。予想された事態であった。
そうして、空間が避けて、着物姿の男が入ってきた。腰には、ふた振りの刀がある。両方共普通の太刀だ。どうやら、大昔に滅びたと思われていた侍、らしい。
「ほう・・・拙が入ってくるのが理解出来たか。これは収穫」
海瑠が自らがどこから入っていくるかを理解していた様子である事を、男が笑って感心する。敵意は無さそうだが、同時に、出してくれそうにない雰囲気ではあった。
「えーっと・・・何の御用でしょうか?」
「ふむ・・・少々、遊ぼうと思ってな。お主・・・剣士であろう?」
男は空也を示すと、剣士であるか、と問いかける。それに、空也はどうするかを考えて、自らが目的ならば、という考えで頷いた。
「・・・はい」
「拙も、そうだ。まあ、そう言っても名のある剣士というわけではない。ただ単に剣客として修行中の身。名乗る程の者でもない。先頃の戦いを見て、興味を覚えただけだ」
男は笑って来意を告げると、腰に帯びた刀を空也に投げ渡す。
「ほれ」
「これで、戦え、と?」
「む? 拙とか? かかか! いやいや、流石にそうは言わん。今のお主らと戦った所で、面白くもなんともない。赤子の手を捻る以前の問題よ。お主も剣士の端くれであれば、相手の力量を考えて物を言え」
空也の問いかけに男が笑って否定する。そんな男の侮蔑とも取れる言葉に空也は少しだけむっとするが、彼から見ても、それは事実として認識出来た。なので、ぐっと堪える事にする。
まあ、どう考えた所でここまで大それた事が出来る相手に、空也が勝てる見込みがあるはずがない。男とてそれは理解していた。なので、要件は別の事、だった。
「ただ単に、面白みもない相手を面白くしたいだけよ。それは拙からの選別だ。好きに使え。剣士だというのに刀の一つも身に帯びねば、格好がつかん」
男はそう告げるだけ告げると、懐から紙の束を取り出す。それは、煌士達が学校を使ったゼウス神の試練において貰った呪符に、よく似ていた。違いといえば、それが人の形をしている程度、だろう。
「ここは広い。さてさて・・・拙はお主らがどう逃げるか、どう戦うか。ぜひとも見てみたいのよ。何、安心しろ。殺しはせん。拙も弱き者との戯れで殺すのは趣味ではない」
言われた事を理解して、一同がはっとなる。そうして事が始まる前に、浬が大慌てで申し出ようとして、先に男が口を開いた。
「ああ、お主らはカイトの弟妹だな? 拙も拙の友人も世話になっておる。お主の身体能力は兄に似て、非常に良い物だった。ぜひとも、ここで披露してくれ」
「ちょ!?」
自分達は関係無いのでは、と思い生命まで取られないのなら逃げられないか試そうとしたらしい浬だが、そうは問屋が卸さないらしい。男はどうやら始めから浬達も標的だったようだ。そうして、焦る浬に男が笑い、紙束を上に放り投げて、刀を一閃した。
『では、存分にがんばるが良い。では、式王子達よ、行けい!』
一閃と共に、再び男が何処かへ消える。そうして、紙束がまるで風にでも煽られたかの様に勢い良く、撒き散らされる。どうやら男が切ったのは束をまとめている紙だけ、だったようだ。
「これは・・・」
撒き散らされた紙幣は見る見るうちに巨大化して、2メートルほどの人型に変わる。それは、ある単語を、一同に連想させた。
「式神? っ! 来るぞ、全員、大急ぎで逃げるぞ!」
始め少し興味深そうに観察していた煌士だが、男の言葉と合わせて何が起こるのかを把握して、大慌てで号令を下して、自らも背を向ける。
男の言葉を合わせて考えれば、これが自分たちに襲いかかろうとしてくる事は自明の理だった。そうして、浬達の逃走劇が、再び始まったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。




