第38話 世界の真実 ――その欠片――
ふとした偶然で玉藻の潜む異空間へと招き入れられた煌士と詩乃。それに対して、御門が少しだけ、知らせるつもりのなかった情報を与えることにした。
「この日本に大勢力としては蘇芳の率いる<<紫陽の里>>、エリザ達が率いる<<最後の楽園>>、貴様ら天道家・神宮寺家等の有力名家が率いる<<秘史神>>の三個の大組織、それ以外にもぬらりひょんや山ン本五郎左衛門等が率いる<<百鬼夜行>>等様々な中小規模の組織が存在している・・・それは良いか?」
詩乃と煌士は一度顔を見合わせると、御門の問いかけに頷いた。そこまでは、まだ天道家率いる<<秘史神>>も把握しており、更にそれについては常識程度の話だったため、二人も把握している。当然、それは既に手ほどきの最中に浬達も聞かされている。そのぐらいに常識だった。
「なら、一つ不可解な事は感じないか?」
「・・・そうか・・・その可能性は・・・」
御門の言葉に、どうやら煌士が何かに気付いたらしい。顔を真っ青にして、小さく震え始める。本来、すぐに疑うべきだったのだ。だが、そこは流石に如何に天才かつ変人の煌士も一般常識に囚われていた、と言うところだった。
「ですが・・・そんなことが・・・?」
「・・・すまん。それが、正解だ」
どこか祈る様に、いや、それどころか縋るようでさえあった煌士に対して、御門が冷酷で、されど多大な哀れみの含んだ口調で頭を振った。彼が気付いたのは、この中で唯一、奇妙な組織が混じっている事だった。
『こここ・・・貴様に限った事では無いの。ほれ、そこの小娘達も全員、同じような存在よ。どれだけその血が薄いか否か、の違いにすぎん。いや、まあそういえば大陸の者共もいくばくかは流れているだろうがのう』
「あの・・・すいません。一体何のことですか?」
理解出来ている者達だけで勝手に話を進めていく三人に対して、鳴海が問いかけた。彼女らも全く聞かされていない話だったのだ。それ故、何が起きているのか全く把握出来なかった。
それに、煌士が滅多にない程の躊躇いを見せ、御門が言い淀む。だが、そんな事を一切斟酌しない者が、秘密を暴露した。
「それは・・・」
「あー・・・まあ、なんだ・・・あー」
「ふん、簡単だ。貴様らの中にも普通に異族の血が流れている、というだけだ。この天才様は自らの父が祖先帰りであることを思い出し、自らの血に異族の血が流れている事に気付いたわけだ」
「・・・は?」
「なっ・・・そこまで広いのか・・・」
言われた意味が理解出来ない。今までそれなりに裏話を聞かされていた浬や鳴海達、そして全てを初めて聞いた詩乃も、意味を咀嚼するのに暫くの時間を要した。だが、それで言われた意味を理解しても、それを信じる事は出来なかった。
それに対して、煌士は言及された範囲の広さに思わず目を見開いた。煌士は天道家所属の自分か、遠くても詩乃程度だと思っていたのだが、まさか全員に累が及ぶとは思っていなかったのだ。
「くくく・・・全く。貴様らは想像力が悪いな」
顔を真っ青に染めて事実を咀嚼しようとしている一同に対して、フェルが笑いながら告げる。それは傲然としていて、全てが事実であると否が応でも理解させられる。圧倒的な覇王の笑みだった。
「この日本に居る異族。そして、流れ着いた神々。それら全てを含めて現段階で約10万。それに加えて、この日本にはまさに八百万とも言える神々がいる。それらが普通に人間に混じって暮らしているのだぞ? となれば恋が芽生え、愛が生まれる。普通に血は次世代に流れるだろう。そもそも、親自体が自身が人外である事を隠す術を持つ。二親は知っていても、子供は普通に過ごせば死ぬまで知る事は無い。そして、隠し続ける限り、陰陽師達はそれを誰も指摘せん。異族達との暗黙の了解だ。後は代々に続けば、誰も知らないだろうよ。多く異族は因子という異族の力の根源を封じ、後は普通にすれば人間と変わらん。見た目だけでは誰もわからん」
フェルは物の道理として、日本の現状を語る。約10万。この当時の日本の総人口は21世紀初頭から若干の減少があるとはいえほとんど変わっていないを考えれば、無視出来る数ではなかった。そして、現状を説明してなお、理解出来ない一同に煌士が気付いた理由と真実を開陳した。
「わからんか? <<秘史神>>だけは、そのまま聞けば大企業の連合体。だが、ここに並び、ここだけが人間の組織であるはずがないだろう。つまり、<<秘史神>>は日本に古来より居る異族の血を引いていると知る子孫達の連合体だ。子孫だけで見れば、<<紫陽の里>>にさえ劣る集団にすぎん。その更に裏。今だ生き続ける始祖達が入って、初めて三大勢力として挙げられる。覇王や星矢なる小倅だけでは、この結界・・・いや、私が施したは封印はどう足掻いても発見出来ん」
フェルは語ることはなかったが、覇王はそれ故、何処の組織にも表の長と捉えられていた。裏の長はまた別にいるのである。
とは言え、その裏の者達は子孫である覇王達が異族絡みのよほどの危機に陥らない限りは滅多に関わってくる事が無いので、結局、覇王が長と言うことで間違いなかった。
「いや、まあ、そもそもで他二つが馬鹿げてるだけなんだがな」
完全に脅す様なフェルに対して、御門が苦笑しながら訂正する。
「まあ、兎にも角にも、古来より日本に異族は溢れている。それはどうしようもない事実だ。西欧から見て極東の島国、しかも周囲を海に囲まれた天然の要塞だ。しかも、中は森林や山岳地帯が多く逃げ隠れはしやすい。最後の避難所として集まるのは当然だった。そうなれば生きる為、人間の中に紛れ込む。もう日本人とはなんなのか、と言う定義の領域で、純粋な人間は殆ど居ないだろうな」
『そもそも、妾らを取り締まるであろう陰陽師達とて、その祖の片割れは半妖。それほど、日本にはありふれた存在よ。割り切るしかあるまい』
真っ青な顔の少年少女達を見て、御門と玉藻が助言を与える。彼らは最早顔色は土気色に近い程に真っ青で、何かを喋れる程の精神力さえ、残っていなかった。
これは仕方がない。もっと昔。まだ異族という存在が普通に認識されているころならば、ここまでの動揺はなかっただろう。だが、今は21世紀。科学技術が黄金期を迎えエルフや妖精、鬼や悪魔と言った異族という存在がお伽話になり、幻想の中に消え去った。そこに喩え異族という存在が明らかになったところで、それは自分達人間という種族に加えて別の種族も居るということがただ単に知識として入っただけのこと。人間である自分達の在り方そのものが大きく変わるわけではない。
しかし、たった今。その人間であるという最大の前提条件が脆くも崩れ去った。自らの中にもその人ならざる血が流れているということは、つまり自分達が単なる血統としてみれば、純粋には人間ではない事にほかならない。いや、濃さを見れば、ともすれば異族とみなした方が良い者も居るかもしれないのだ。
「諦めろ。そもそも隠す様になった時勢・・・いや、それを強いた奴らが悪い。そして一度裏の世界に関われば、その事実は何時かは知る事だ」
傲慢に、傲然とフェルが諦めろと告げる。流石に生まれる親を選ぶ事は無理だし、生れ出た時点で、自らに流れる血をどうにか出来るわけがない。これは逃れようのない事実だ。それから逃れる事が出来るはずがなかった。そうして、この日は全員顔を真っ青にしながら、一日が終わり散開となるのだった。
フェルの解説が終わり散開となった後。何時もなら仲の良い3人に加えてその中の一人の弟ということで何処かで寄り道をする浬達だったが、流石にこの日だけは何か寄り道をする気にはなれなかった。今まで生きてきた全ての常識が崩れ去り、精神的にそんな気分にはなれなかったのだ。
「ただいま・・・」
「おかえりー・・・って! どうしたの!?」
帰ってきて早々。浬と海瑠の顔を見た綾音が二人の真っ青な顔を見て目を見開いた。すわ何かの病気か、と思ったのだ。
「うぅん・・・」
だが、浬も海瑠も真実を明かせるわけは無い。なにせ、明かせば母親まで巻き込んでしまうかもしれないからだ。それは出来なかった。おまけに、信じてもらえるはずもない。言った所で何かなるわけでは無い、と中学生の彼らが思っても仕方がないだろう。
「ただちょっと疲れただけ・・・」
だから、浬も海瑠も疲れただけ、という事にする。言うわけには行かない。知っているはずの兄もまた、自分達に知らせる事なく抱え込んだのだ。同じく抱え込む事を彼らもまた、選択したのである。
「・・・そう? でも、無理しちゃダメだよ?」
何かがあった、とは思ったのだが、何も言わないのだ。ならば、落ち着くまで待とう。そう、綾音は考えた。もともと浬達の年齢は多感な時期だ。その一環だろうと思ったのだ。
そうして、彼女まで訝しんだ状況では駄目だと思い、彼らが帰ってからすぐに伝えようと思っていた事を口にする。
「あ、そうだ! ほら、二人共! こっち!」
ならば、後は笑顔で明るく振る舞うだけだ。何で綾音は笑顔で二人の手を引いて、リビングにまで案内する。するとそこには、一人の品の良さそうな老婦が居た。その姿を認めて、二人は思わず目を見開いた。
「おかえり」
「おばあちゃん!?」
「いつこっちに来たの!?」
関西風の発音で二人に挨拶した老婆は、二人の祖母だった。二人は今日祖母が来るとは全く知らなかったのである。驚きで一時的だが、二人は自分達の身に降りかかった出来事を忘れる。
「今日の昼過ぎに来たんや。まあ、驚かせようって思って誰にも報せなかったんやけどな」
「もう、お義母さんも言ってくれれば迎えに行ったのに」
祖母は生まれも育ちも関西だ。なので関西弁しかしゃべれない。そうして彼女は誰にも報せず此方に来た事を二人に伝える。それに、綾音は苦笑しつつ、自分にも報せなかった事について苦笑した。
「いや、ごめんなー。ホントは名古屋あたりで言おう思ってたんやけど、リニアの珍しさにうっかり忘れてしもたわ」
「え、おばあちゃん、あれに乗ったの? どうだった?」
少し照れた様な祖母の言葉に、海瑠が少し興味深げに問いかける。近年というより予定より僅かに遅れて去年中頃にようやく始動したリニアモーターカーはまだ海瑠達も乗れていなかったのである。前々からちょっと乗ってみたいと思っていた海瑠にとって、興味惹かれる話だった。
「ほんま揺れ少なかったわ。もう、モノレールよりも全然」
「へぇー」
目を見開いて、次の夏に乗る予定の海瑠が少し興味深げに頷いた。夏のお盆時には毎年姉弟も両親も実家に帰る事にしているのである。去年は流石に開通してすぐということで連日予約が満員でリニアモーターカーには乗れなかったのだが、今年は運良く行き帰りの予約が取れたのだった。
「で、おばあちゃん。急にどうしたの?」
「ああ、何や綾音さんが急に倒れた、言うやないの。それで様子見に来たんよ」
「あはは、電話でももう大丈夫、って言ったのにー」
既に倒れてから数ヶ月。始めは精神安定剤等と服用していた綾音だったが、今ではもうその必要も無くなり、普通に照れて応じれる様になっていた。
「まあ、それになんやボランティアも受け付けとるらしいやないの。折角暇なんやし、色々こっちに来とこかなー、って」
そんな綾音に対して、祖母が笑いながら告げる。ボランティアとは天桜学園の消失に関するビラ配り等の事だった。主に天桜学園のPTA等が主体となり消えた学園の情報が少しでも得られればとビラ配りや、独自調査の為の募金活動等を行っているのだった。そのボランティアの為の有志による炊き出し等も行われており、どうやら祖母はそれに参加しようと思ったのだろう。そうして、1時間程一同が話をしていると、珍しい事に彩斗が早く帰ってきた。
「おーう、ただいま・・・って、母さん!?」
「あはは、彩斗、えらい早いやん」
帰って早々に実家に居るはずの自らの実母の顔を見れば驚きもしよう。心の底から魂消た雰囲気で彩斗が目を見開いた。
「な、なんや、どないしたん?」
驚き冷めやらぬままに彩斗は自らの母に問いかけて、母もまた、事情の説明を開始するのだった。
彩斗が事情を理解して、感謝の意を示してから数時間。夜になり、彩斗は少し遅れたが今日早く帰れた理由を伝える事にした。
「綾音・・・ちょっとええか?」
「うん、何?」
真剣な顔で、彩斗が告げる。その顔を見て、綾音はのほほん、とした顔だが、真剣な目で頷いた。
「・・・あんな、カイトの事、少しわかったわ」
「え・・・」
彩斗の真剣な言葉に、目を見開いて綾音は驚愕を浮かべる。それから少しだけ、彩斗は自らの今の仕事について語る。水鏡の儀式からこれまで数日。なぜここまで時間が必要だったのかというと、何処まで語って良いのか決まるのにそれだけの時間が必要だったからだ。そうして、語れる所の全てを語り、最後に告げる。
「なんとか、無事・・・いや、元気にやっとるみたいやわ」
「そっか・・・良かった・・・」
ぽすん、と夫の胸にもたれかかり、綾音は安堵の涙を流す。当たり前だが、ツクヨミも咲耶姫もカイトの事は旧知だ。それ故に、捜索対象である桜を除けばどうしても無意識的にカイトを中心として映像を展開してしまったのである。幸いな事に桜が近くに居たので誰にも悟られる事はなかったが、敢えて引いた映像にしたのは、そうすることで誰かを中心とした映像であると悟らせない為だった。
「あいつもティナちゃんもぴんぴんしとったわ。ティナちゃんなんか向こうの方が調子ええ様な感じがあったわ。えらい楽しそうな笑顔を浮かべとった。ソラくんとか魅衣ちゃんも無事や・・・とりあえず、安心出来る」
「うん・・・うん・・・」
安堵の涙を流しながら、綾音が頷く。それを撫ぜながら、彩斗は自分達が知りうる限りの友人達の安否も伝えていく。とりあえず、最も気がかりな安否は確認出来たのだ。それだけでも、精神的な不安感は薄れた。
「それで・・・何処に居るのかわかった?」
「・・・そりゃ、まだや。今ウチも大急ぎでやっとる・・・けど、どうやってもムズい。せやけど、諦めるつもりはない」
山よりも高い決意を目に秘めて、彩斗は綾音に告げる。喩え会社が業務としてやめたとしても、彼一人であってもやりぬくつもりだった。そして、それは多くの仲間達が同じ思いだった。
だが、簡単に終わるとは思っていない。なにせ対象の居る場所は異世界だ。短くとも、年単位。ながければ彼らの一生を費やす事業になる。そう、考えていた。
「あいつらも戻ろうと頑張っとる・・・俺は、それをこっちから引っ張り上げるつもりや」
「うん、頑張ってね・・・その間、浬達のことは私が頑張るから」
「・・・ああ、頼むわ」
彩斗とて、浬や海瑠達を放って置きっぱなしという自責の念はあった。だが、綾音がそう言ってくれたお陰で、懸念は薄れる。そうして、新たな決意を胸に、二人は安堵を抱いて眠るのだった。
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