第22話 神々の会話
「起立、気を付け、礼」
浬達に訓練が開始されておおよそ一週間。浬は丁度日直という事もあって、朝一の号令を担当していた。そうしてクラス一同彼女の号令で腰を折る――腰を折るだけで、口で挨拶は行わない――と、再び浬の号令で着席する。
「よーし、じゃあ、今日も授業すんぞー、っと、その前に、だ。ついこの間連絡があってな。一週間後、天道財閥の方が少しした実験でウチの校庭使いたい、って連絡があったらしい。でだ、その日は一切の部活は禁止だそうだ。何か機材等を運びこむから、全員部活すんな、だと」
「センセ、実験ってなんっすか?」
御門の言葉に、男子生徒の一人が興味深げに問いかける。だが、それに御門は気怠げな調子で頭を振った。
「知らん。興味なかったから、聞き流した」
「ちょっ、それ良いんっすか?」
「いーんだよ、どーせ教えてくんねえんだろうし。大方生徒会長の関係じゃね?」
苦笑した生徒の問いかけに対して、御門は肩を竦めて返す。そうしで出された適当な推測だったが、それは生徒達にとっても納得が出来る話ではあった。こんな天道財閥とは殆ど関係のない市立の学校で実験を行うのだ。となれば、その2つを結びつけるのは、煌士しか誰にも考えられなかったのである。
「ああ、なるほど・・・」
「最近天道会長は休みだそうだ。その関係で休んでんだろ」
「センセ、センセがそんな個人情報漏らして良いんっすか?」
「あ・・・全員聞かなかったな? 良し、何も聞かなかった。じゃあ、朝礼はこれで終わりだ」
御門のおちゃらけた返答に、生徒達が笑い声を上げて朝礼は終わる。ちなみに、煌士が休んでいる事はすでに学校中で知られている話だ。なので、別に彼が漏らした所で何の問題も無い。
そうして、御門は教室を後にして職員室に戻るふりをして分身を向かわせて、玉藻が居る隠し部屋へと移動した。
「おーう、居るな、華陽夫人」
『だから妾とあれは別人じゃと言うとろうに・・・』
御門の言葉に玉藻は気怠げにむくり、と顔を上げる。そうして上げた顔はとんでもなく嫌そうな顔だった。御門が言った華陽夫人とは古代インドの九尾の狐の妖怪の事であった。
玉藻の前は良くそれと同一視されるのだが、とても嫌、とのことである。あれとは別人だ、とは彼女の言である。なお、華陽夫人と別人であることはインドラこと御門が太鼓判を押していた。彼は当然、見たことがあったのである。
ちなみに、同様に狐の大妖怪として有名な妲己とは別人らしいのだが、こちらだけは本当に別人なのかは誰にもわからない。中国のその当時の有名な仙人達に見てもらえればわかるのだろうが、彼女は中国までは行かないし、向こうも来てくれないからだ。
「てめえこうでも言わないと、無視すんだろ」
『当たり前じゃ。誰が帝釈天なんぞ善神の頂点の話を聞かねばならん』
「では、私の話なら聞くか?」
『御身の話なら、聞いてやらんでもない』
次いで現れたフェルに対しては、こここ、と笑って頷く。それに、御門が少しだけ拗ねる。まあ、不機嫌にさせたのは彼なので、仕方なくはあるだろう。
それに、根本的に男を誑し込む悪狐と善神の中でもかなり高位に入る軍神インドラにして帝釈天だ。そもそも根本的にこの二人はあまり相性が良くなかった。まあ、インドラが善神なのか、と問われると今のこの素行を見ているかぎり、少し疑問だが。
「ちっ・・・」
「ふん。まあ、話を進める。ゼウスの奴が来るとは聞いたか?」
『? あの爺さまが来るじゃと?』
「カイトに命じてここにもネットを引くべきだな」
どうやら状況を把握していないらしい玉藻を見て、フェルがため息を吐いた。まあそもそもで一ヶ月も天桜学園消失を知らなかったぐらいなのだ。知らなくても無理は無いだろう。
『こここ、本来はあ奴と共におる妾と繋がっておるから何ら問題は無いんじゃがのう。必要ならあれに調べさせるしな』
「最後の一体は何処へ行った?」
『あれは・・・まあ、相も変わらず仕事の真っ最中よ。そういえば最近は連絡を取り合っておらんの』
「まったく・・・」
玉藻の言葉に、フェルが呆れ返る。確かに、最も彼女と情報を取り合っていた一体はカイトと共に消えた。だが、彼女の分身というか分かたれた身体はもう一体居るのだ。そこからなら、本来は外の情報を入手出来るのであった。
「うかに言っておけ。たまには此方に連絡をよこせ、と」
『こここ・・・あれがおらぬ今、そうするしかあるまいな』
フェルの言葉を受けて、玉藻も久々にもう一体に連絡を取る事にしたらしい。なお、うか、とは宇迦之御魂神の事だ。彼女の神使が狐なので、玉藻は今までの罪の罪滅ぼしを兼ねて分身の一体が彼女の下で働いているのであった。
「そんなこたぁ今はどうでもいいだろ。今度の土日。どちらかで天道の奴らが来る。妙な気を起こすなよ」
『起こせば即座にあれが飛んでこよう。妙な気は起こすだけにしておく』
御門の言葉に、玉藻は笑って告げる。あれ、とは彼女のお目付け役に近い存在だ。それに見張られている以上、彼女とて妙な行動に出る事は出来なかった。
まあ、それ以前に往年の彼女に比べて殺生石であった時代にしこたま瘴気を放出した所為か、今の彼女はかなり丸くなっているので、そんなつもりは一切無いのだが。
「でだ・・・ついでにゼウスの爺から変な情報が飛んできた。天道の奴らが『天穹の水瓶』を貸してくれ、と申し出てきたそうだ」
『何?』
「あいつの父親が、わざわざギリシャのゼウスの邸宅にまで足を運んだそうだ。ステンノとエウリュアレの二人が顔を売ったそうだ」
フェルが少しだけ苛立ち紛れに事の次第を語る。ちなみに、何故少しだけ苛立っているのかというと、かの二柱は彼女にとって恋敵に近い。先んじて父親に挨拶されたのが少しだけ気に食わなかっただけである。
まあ、揃って面倒を見てくれるだろうことはわかっているので速いか遅いかだけの差だったが、それでも、苛立つのは苛立つのだった。
「お前はそこらの専門家だろ? 何かわかんねえのか?」
『むぅ・・・水瓶・・・とすれば、考えられるのは水鏡よ。丁度少し先には満月があるからのう。合わせ鏡を使い強化して、世界の境界線をも超えた水鏡を行うつもりなのであろうな』
「やはりお前も同意見、か」
『ふむ?』
フェルの言葉に玉藻が首を傾げる。それはまるで誰かに聞いて、同じ答えを得た後だと言っている様子だったのだ。まあ、事実そうなのだが。
「ヨミから聞いた。あれも同じ答えを出している。と言うより、皇経由でさくや姫と共に水鏡への協力を奏上されたそうだ」
『ならばわざわざ妾に尋ねる必要は・・・あるな』
「あれは嘘を吐く時があるからな」
それと同時だった。フェルのスマホに連絡が入る。そこにはツクヨミと記されていた。つまり、ヨミとは月読命の事であった。
「何だ?」
『いえ、少し酷い言葉を聞いた物ですから』
「貴様は・・・この部屋自体を覗いていたな?」
『何分、カイトが居ないもので。暇なんですよ』
『つーちゃーん。『八咫の鏡』知らないー? お仕事で使おうと思ったら無いよー』
可憐な少女の声がスマホに入り込み、二人の間に気まずい沈黙が流れる。そして、数秒ほどでヨミ側から通話が切断された。
ちなみに、割り込んだ声は日本の総氏神である天照大御神だ。聞こえた部分だけで推測すると、彼女の仕事道具を勝手に借用したのだろう。
「勝手に使ってたらしいな」
『全く・・・あれが日本の三貴子の一人とは思いとうないのう・・・』
そうして呆れた二人だったのだが、ふと御門を見て、思い直す事にした。
「おい、ちょっと待て! なんだ今の反応は!」
『こここ、何処の世界も主神クラスとなれば、変わり種しかおらんと思うただけよ』
「よくよく考えればゼウスも然り、オーディンも然りだったからな」
「なっ・・・」
神々の中でも有数の変神を出されて、御門が固まる。だが、言い返せなかった。彼本人でさえ、ゼウスと同じぐらいの女好きだと思っていたのだ。ちなみに、オーディンが変神扱いされるのはあまりの知識欲から、である。と、そこで一つ思い出す。
「・・・ってことは、ル・・・いや悪いって」
「安易にその名を出すな。それに、ルイスと呼んで良いのはあいつただ一人だけだ。ティナにさえ許していない・・・まあ、あいつは私の事を同じ妻と認めれば、呼ばせてやってもいいがな」
思わずフェルに睨まれて、思わず御門が冷や汗を流して謝罪する。それにフェルは忠告を与える。どうやら彼女にとって、『ルイス』という呼び方は大切な物なのだろう。
「はぁ・・・どっちにしろそこまであいつに入れ込んでんだ。お前も変神の一人で良いだろ」
「なっ・・・」
御門の言葉に、今度はフェルが絶句する。此方も、言い返せなかった。神様に近い存在が、たった一人の人に入れ込む。それは彼らの世界から見れば、かなり珍しい事だったのだ。
高位の神使で前例があるとすれば、ブリュンヒルドぐらいだろう。それに、御門が少しだけ勝ち誇ったような顔をする。
「数千年ぶりに出てきたと思えば、一人の男に惚れ込んでいた、なんぞ俺達の世界からすれば伝説だぞ。まあ、同時にお前さんを惚れささせた奴も伝説確定したけどな」
「ぐ・・・ぐぐぐ・・・」
珍しく、フェルが劣勢に立たされる。それほど可怪しいという事は彼女にも理解出来ていたのだ。だが、惚れてしまった物は仕方がない。こればかりは、なんとか出来る物でもないし、彼女自身が驚いているのだ。それを見て取って、御門が攻め時と更に攻める事にした。
「お? その調子だと、昨夜もおたの」
ひゅん、とその瞬間、御門の鼻先を銀閃が掠めて行った。その速度は御門には決して、対処出来る物では無かった。それを見て、思わず御門は目を瞬かせる。
「そうか。どうやら軍神殿はここでの最終戦争をお望みらしい。私もかつては魔王と呼ばれた事のある身だ。受けて立とう」
フェルは滅多に無い綺麗な笑み共に、莫大な力を貯めていく。ちなみに、御門は今まで一度も『殿』を付けて呼ばれた事は無い。つまり、それほどまでに激怒していたのである。なお、昨夜はお楽しみというのは事実なので、図星を指された照れ隠しの意味も大きい。
「すんませんでしたー!」
すでに何度も言及している事だが、軍神インドラは軍神でありながら、神様の中では決して強くは無い。トップ100には名を連ねているが、トップ5に入っているフェルには遠く及ばない。なので本気のフェルを相手にすれば、ものの1秒も掛からず消滅するだろう。
なので、彼の行動に迷いは無かった。即座の土下座であった。御門はまだ現世に未練タラタラだ。可愛い女の子や美人の女性といろんな事を楽しみたいのだ。
その対象でもないし、それらの居ない空間で外聞もなく土下座をするのに躊躇いなぞ存在していなかった。下半身が全てに優先する所、彼は全男の代表として十分な資格を持っている・・・のかもしれない。
「なら、詫びとしてワインでも持って来い。10年前の当たり年の物だ」
「わかりました」
御門は二つ返事で即座に自宅までワインを取りに帰る。彼にとっても秘蔵の品ではあったが、彼女のご機嫌取りを最優先としたのであった。そうして、去った後の部屋にて、フェルが少し拗ねた様に口を開いた。
「おい、居るだろう。出てこい」
「何だよ」
フェルの言葉に反応して出てきたのは、かつて隻腕の鬼と激闘を繰り広げた蒼い髪の青年だった。彼は楽しげに笑みを浮かべていた。
「貴様のせいだ。そこに座れ」
「はいはい」
フェルは拗ねた様に部屋に備え付けのソファを指差してそう命ずると、男は苦笑してそれに従う。
「ふん」
ソファに腰掛けた男の腰に、更にフェルが座る。そうして、しなだれかかる様に、男にもたれ掛かった。そうしてそれを見て、美女の姿を取った玉藻が笑って告げる。
「妾の席もありそうじゃな」
「やめろ。今の私は不機嫌だ」
「何、足にすがりつく様に座るだけよ。そう目くじらを立てるな」
「やれやれ・・・」
その姿に男は玉藻が何を望んでいるのかを把握して、金色のケモミミの生えた金色の頭を撫ぜてやる。対してフェルは自分の領分を侵されたわけではないし、少しだけ不機嫌そうではあったが、それを許す事にした。
「貴様が昨日も求めてくるからだろう。恥を掻いたぞ」
「勝手に自爆しただけだろ」
「ふん・・・」
「たくっ・・・」
拗ねたフェルを可愛いと思うあたり、蒼い髪の男も彼女に随分惚れ込んでいるのだろう。拗ねた彼女の唇にくちづけをする。そうして5分もすると、ワイングラス片手に御門が戻ってきて、部屋の光景に思わず目を瞬かせた。
「・・・何してんだ、お前ら?」
「あ? おっさんがルイスを拗ねさせたから、オレもご機嫌取りに参加してんだろ」
「そりゃ、助かる」
「ワインを持って来たのなら、さっさと渡せ」
御門が去る直前よりも少しだけ機嫌が回復したフェルを見て、御門は少しだけ安堵してワインを手渡す。ちなみに、ワインとは別にもう一瓶あったのだが、これは彼用だった。インドラは酒好きでも有名で、目の前で酒飲を始められては飲みたくなってしまったのである。
ちなみに、彼らは一瓶程度では一切酔わないので、ここから出ても誰にも酒盛りをしたのはばれないだろう。まあ、それ以前に授業は全て分身にやらせているので、二人共今日はここから出るつもりは無かったのだが。
「ルイス、オレも一杯くれ」
「・・・くくく、良いだろう。私が自ら飲ませてやろう」
何かを思いついたらしいフェルだが、彼女は何を思ったのか蒼い髪の男の盃にワインを注ぐのではなく、自らの口に含んでそのまま飲み込まず、男に口移しでワインを飲ませる。
「・・・ん、なかなかに美味い酒だな」
「ふん、悪くはない。それに、私が飲ませてやったんだ。拙いはずがない」
男に口移しでワインを飲ませたフェルは不敵に笑ってそう告げる。そんな男に、それを見ていた御門が呆れて告げた。
「お前・・・良くそいつとキスできんな・・・」
「そうか?」
「何か言いたそうだな」
「いーや、別に何も?」
御門が苦笑したまま、肩を竦める。確かに、フェルも玉藻も美少女だ。いや、男の側に侍る全ての女性が、美少女だったり美女だ。確かに、見た目だけなら御門もゼウスもご一緒したい。
だが、決して神々の中の女誑し共でさえ、彼女ら神々が認める絶世の美女には手を出さない。美少女や美女なのは、見た目だけだ。中身はとんでもない食わせ者ばかりなのだ。
「さーすが悪喰・・・」
それを片っ端から手を出す蒼い髪の男に対して、御門が小さく呟いた。それは、神様全員の総意だった。神様達が対処に困るじゃじゃ馬達を飼い慣らす彼を揶揄した言葉でなのであった。そうして、この日は4人で酒盛りをして、浬達が来るまで部屋で飲み会を行うのであった。
お読み頂き有難う御座いました。




