第98話 降る
投稿時間の設定ミスっちゃった。でも削除するのも何なので、このままお読みください。
まあ、結論から言うと、エルザの新曲披露は約2名が大興奮していた。片方は前々から熱狂的なファンを公言して憚らない浬で、もう片方は今の今まで主さえも知らなかった詩乃だ。というわけで、終わった後の二人は、真っ白に燃え尽きていた。
「もう・・・思い残す事は無いわ・・・」
「ええ・・・」
精も根も尽き果てた様子の詩乃と浬が応じ合う。ちなみに、歌の間は一応歌の邪魔にならない様に黙っていた。が、それ故に興奮は彼女らの内側で燃え上がった為、内側から燃え尽きた、というわけであった。
「喜んでいただければ、幸いです。オルフェ様も喜んでくださるでしょう」
「さいっこーです!」
「はい。さいっこーでした」
何時もよりハイテンションな浬に対して詩乃は何時もと変わらない様子だが、何時も以上に顔色が良いのは気のせいではないだろう。というわけで、そんな見たこともない従者の姿に、煌士は珍しく頬を引きつらせていた。
「あ、あはは・・・あんな詩乃は初めて見たよ・・・」
「私も見たことがなかったな」
どうやら煌士は演技をする余裕もなかったらしい。そんな煌士に笑いつつも、空也も頷いていた。と、その一方、最前列を占拠していた詩乃がエルザに問いかけた。
「そう言えば・・・作詞家のオルフェってどの様な人なんですか?」
エルザの歌には、2パターン存在していた。それは彼女が作詞作曲編曲まで手掛けた歌で、もう片方が、オルフェという作詞作曲家の提供によるものだ。
エルザが作るのはバラードで、後者が作っているのはアップテンポだったりロックな感じの曲調の曲だ。どちらも人気があるが、この後者を作っているオルフェという人物は表に殆ど出ない事で有名だった。
「ああ、オルフェ様ですか? ギリシアのオルフェウス様ですよ」
「竪琴のオルペウス! ギリシアのあのオルペウスですか!?」
今までは従者に気圧されていた煌士が、復活する。この名は興奮するだけの力があったようだ。まあ、有名にも程がある。ギリシア神話ではおそらく有数の名だろう。
「ええ。私がデヴューするきっかけになったのも、彼でした。今はある理由で表には出たくはない、という事で私に楽曲を提供してくださっているんです」
「・・・くっ・・・しくじった・・・まさかこんな近くに英雄の手がかりが隠れていたとは・・・何たる不明なのだ・・・詩乃! 是非とも後で彼女のアルバムを貸してくれ!」
「かしこまりました」
煌士の言葉に、詩乃が頷く。彼女には天道家から幾許かの給金が支払われており、実はそれで布教用のCDを買っていたりしている。それを使うべき時が来た、ということだった。
「あはは・・・」
煌士と詩乃に笑っていたエルザだが、ふと、気配が変わった。それは何処か、剣呑な雰囲気があった。
「カイト」
『はいはい』
「音に乱れが出ています。結界に誰かが入ってきています」
『そろそろだろうな、とは思っていたな。客人だ。警戒を解いていいぞ』
カイトの言葉を聞いて、エルザが警戒を解く。どうやら客人らしい。それに、エルザの異変に気付いた浬達も警戒を解いた。そうしてそれに合わせて、カイトも人型を取る。客が来るというのに鳥の姿はダメだろう、ということだ。
「さて・・・ルイス。誰が来ると思う?」
「ふん・・・聞く必要も無い事を聞くか?」
「まぁな」
フェルからの返答に、カイトが笑う。どうやら二人には既知の相手の様だ。だが、そうしてフェルから出された名前に、浬達は驚きを浮かべる事になる。
「出てこい、隠形鬼」
「へ?」
ぽかん、となる一同に対して、影がするりと一同の中心に忍び寄って隠形鬼が出て来た。エルザは音を利用した結界を張るのが得意で、この家にも展開している。そこに引っかかったのだ。
隠形鬼の影は実体がなくなるわけではない。ただ、影の中に潜むだけだ。ソナーと同じ原理で音の反響を利用できれば、なんとか見つける事は出来ないではないのだ。それでも、まあ、エルザ達人魚並の聴覚と音波を操る力量が必要なので、普通には無理だ。
「さて・・・伝言は受け取った」
「伝言? 何時受け取ったんですか?」
カイトに対して、煌士が問いかける。彼が伝言を受け取っている気配は何処にも無かった。
「ああ・・・伝言、と言っても戦場で、だ。お前が口パクでオレやオレの部下に残した言葉は、幾つかあるが・・・一つは、部下を殺さない様に頼む事。もうひとつは、オレへのメッセージだ。それは、気付いて、という言葉だ」
「気付いて? どういう事なのですか?」
「これはお前らの今の知識でも気付ける。少しだけ、私達の会話を思い出してみろ」
煌士の再度の問いかけに対して、フェルが考える様に指示を出す。とは言え、実は煌士の方にはずっと疑問だった事があったらしい。即座に答えを出してきた。
「なぜ、死者蘇生が出来るのか、という所か?」
「なんだ。疑問には思っていたのか・・・そういうことだ。奴が言いたかったのは、死者蘇生なぞ出来ていない、ということだ」
煌士の即座の返答にフェルが毒気を抜かれつつもそれを認める。常々、カイト達この地球上で有数の実力者達が死者蘇生は無理だ、と明言していたのだ。
それが千方程の力量で出来ている事が可怪しい。であればこれは死者蘇生では無い、もしくはそう見えるだけの別の『何か』だ、と思うべきだろう。そして案の定、その通りだったわけだ。
「そしてその上で、浬と海瑠。この間の一件を思い出しても見ろ。貴様らを相手に隠形鬼が本気になれば、あそこまでの時間が必要あったか? わざわざ逃げ道を塞いでいった理由は何だ」
「え?」
「理由って・・・」
二人はフェルの指摘に、改めて顔を見合わせる。やろうと思えば影に突っ込んでそのまま逃げる事も出来ただろう。なのに、それをしなかったのだ。
流石にフェルが来れば逃げ切れないだろうが、それでも、一度遠くへ逃げてしまえばそれも困難だ。一応最後の手段として宇迦之御魂神に助力を求める、という手もあるが、それもあまり使える手ではない。
神様は人界の出来事への介入はあまり好まない。やってもらうのは本当にどうしようもなくなった時だけにしておきたい、というのが彼女らの考えだった。
「もしかして・・・逃がすつもり、だったわけ?」
「ん。私の目的の為、二人には逃げてもらう必要があった」
浬が至った答えに、隠形鬼が頷く。そうして、それを聞いて、二人はあの時見た笑みが幻影でもなんでも無かった事を悟った。
「でも、じゃあどうして?」
「私を解放して欲しい。今は千方に縛られた状態。その為にも、彼に会う必要があった。その為の時間稼ぎ」
「時間稼ぎ? それに縛られているとは?」
状況が理解出来ず、煌士が隠形鬼に問いかける。ここまでおおっぴらに姿を現しているのだ。すでに彼は隠形鬼には敵意が無い事を見抜いていたし、安全だと判断していた。
「私達は制約で縛られている。制約とは契約とも言える。私はかつて、千方に負けた。命を助けてもらう代わりに命令を聞く、と契約を交わした。謂わば、半奴隷の状況。今はまだ復活が完璧では無いが故に、抗えるだけ・・・でも、影は影故に、縛られる事を厭う。私達影はそこから逃れたい」
「つまり降伏する、ということですか?」
「ん」
空也の問いかけを受けて、隠形鬼がはっきりと頷く。だが、今のままでは降伏も出来ないのだ。だからこそ密かにメッセージを残す事しかなかったのである。そうして、フェルが説明を始める。
「普通、制約は片方が死んだ後は有効にならない。制約の引き継ぎは両者の同意の上でなければ、成立しない・・・が、今は如何な理由かで、その有効にならないはずの制約が有効になっている・・・そういうことで間違いないな?」
「ん」
隠形鬼ははっきりと頷く。彼女が気に入らないのは、ここだった。なぜ一度死んだ奴に縛られなければならないのか、と。
元々心酔していたわけではないのだ。不承不承で従っていただけだった。復活するとは思わずそのままになっていたのだが、それが仇になったのである。そうして、カイトが再度引き継いだ。ここからは、組織の長である彼が問いかけるべき内容だからだ。
「さて・・・では、お前が求めるのは、オレという後ろ盾。千方というビッグネームを失った後釜・・・そう読んでいるが、相違ないな?」
「はい」
隠形鬼はしっかりと、カイトに対して傅いてその言葉を認める。千方から逃げた後、彼女らには後ろ盾は何もなくなる。自らで後ろ盾が必要が無い程の力があれば別だが、無ければ渡っていけないのがこの世界だ。その為の後ろ盾としてカイトを選んだ、というわけであった。相性や組織の規模を考えれば、悪い判断では無かった。
「・・・そして、ここに貴方への服従の印を差し出します」
「え、ちょ!?」
隠形鬼が取った行動に、浬が思わず赤面する。いや、赤面していたのは彼女だけではない。他の全員が一緒だ。隠形鬼はいきなりくのいちの装束の上をはだけてもろ肌を見せたのである。
何時もは着ている鎖帷子に似た防具は身に付けておらず、そうなれば見えたのはくのいちとして何人もの男を誘惑しただろう大きな乳房だった。が、これは自らをカイトに対して女として差し出す、ということではなかった。
「ぐっ・・・うぅううう」
隠形鬼の苦悶の声が、響く。彼女は迷うこと無く自らの左胸に手を突っ込んだのだ。とは言え、血は出ていない。その代わりに、闇が吹き出していた。それに、ただただ浬達は気圧されて目を背ける事は出来ず、カイトやフェル達は事の成り行きを見守るだけだ。
「うぅ・・・これを、貴方に差し出す。欲しければ、この身体を慰み者としても差し出す。くのいちとして幾つもの房中術を修めている。別に必要がなかった事もあり使った事はないが、それら全てを貴方に差し出す。望むのなら、貴方の子も産む」
隠形鬼がカイトに差し出したのは、鼓動する彼女自身の心臓だ。血は出ていない。大きな血管の部分には、闇が覆っていた。<<冥道>>を応用して、心臓が身体に繋がったまま取り出したのである。
「自らの命を担保に、部下達の安全を保証しろ、と?」
「ん。やれというのなら、水鬼も私が殺す」
「そうか・・・」
隠形鬼の言葉に、カイトは差し出された心臓を右手で受け取る。覚悟の程は確かに示された。そして浬達にはわからなかったが、ここに至るまでの数年の間の彼女の行動に筋も通っている。偽りの裏切りとは、思えなかった。そうして、浬が兄に問いかける。
「ねぇ、お兄ちゃん。それ、どうするの?」
「うん? ああ、これか? これは、もうオレの物で、お前はオレの物、で良いんだよな?」
「ん。一族の保証を貴方がしてくれるのなら」
隠形鬼ははっきりとカイトの言葉を認める。縛られるにしても、主は自分で選ぶ。そんな決意が滲んでいた。
「そうか。ならば、好きにさせてもらおう。立て」
隠形鬼の返答を聞いたカイトは、もろ肌を見せたままの隠形鬼を立たせる。そうして、隠形鬼が立ち上がった次の瞬間。カイトは心臓を持ったままの右手を、まだ影の穴が空いたままの彼女の胸へと突っ込んだ。
「ぐっ!」
「・・・これで、良し」
しばらくの後。カイトが腕を引き抜いた時には、彼の手からは心臓が無くなっていた。それに、やっぱりか、とフェルが呆れて、ランスロットやヴィヴィアン、モルガン、玉藻は笑顔を浮かべていた。
「はぁ・・・」
「どうして・・・?」
心臓を突っ返されて、復元の痛み等で腰を抜かした隠形鬼が信じられない、という顔でカイトを見上げる。降伏を却下された、と思ったのだ。が、そうではなかった。そうして、カイトの声が響いた。それは、少し怒っているようでさえあった。
「巫山戯てんじゃねぇぞ、クソアマ・・・長として自らを差し出さんとしたその気概や良しだ・・・がなぁ・・・オレを舐めんな。てめぇが裏切った所で問題はねぇよ。相棒も戻ってきたしな。担保なんぞ必要はねぇ・・・だから、お前の心臓は好きにさせてもらっただけだ。本当にオレに従うというのなら、その行動を以って、証としろ。その果てに貴様が好き好んでオレに身を差し出す、というのなら、オレもお前を抱いてやる・・・だがな。それ以外の理由で女は抱かねぇよ。好き嫌い以外で抱いたら、今までオレが抱いてきた女どもにオレが申し訳が立たねぇんだよ」
ぽかん、となる隠形鬼へ向けて、カイトが告げる。それは、人々が覇王と呼ぶに相応しい覇気と風格を伴っていた。そうして、小型化したヴィヴィアンが隠形鬼の鼻先で告げた。
「覚えておいて。カイトに抱かれるって事は女にとって結構光栄なんだよ? 彼は、覇王。好きだから、女を抱く。私達を性欲の相手とは見てないの。彼自身のかけがえのない宝物として、私達に愛を囁いてくれるの。それを、道具として彼は使わない。私達は、覇王にとっての宝物。それを汚す事だけは、私達も許さない」
「あの腰が痛くなる程の性欲はやめて欲しいんだけどねー」
「いい場面なんだから、茶化さない」
茶化す様なモルガンをヴィヴィアンが笑って窘める。とは言え、内心はわからないでもない、と思っているらしく、少し苦笑していた。
「わかったか」
カイトの有無を言わさぬ問いかけに、こくん、と隠形鬼が頷く。度量が違う。それはわかっていた隠形鬼だが、それでも、思わず魅せられていた様子だった。何処か顔は赤らみ、尊い物を見るかの様だった。そして、それは彼女だけではなかった。
「すごいな・・・」
「うん・・・」
目を見開いた空也のつぶやきに、浬も呆然と頷く。他の煌士達でさえ、呆然となっていた。全員がただただカイトに呑まれて、カッコいいとしか思えなかった。
ここで、ようやく。彼女らもカイトがなぜ長なのかを、はっきりと理解する。数多の者達とは格が違うのだ。そうして我を取り戻した隠形鬼が、カイトに片膝を着いて傅いた。
「私は今この時より、貴方を主とする。制約を解いてください、我が主」
「良いだろう・・・スカサハ直伝のルーンを使えば、造作もない」
隠形鬼の申し出を、カイトが受け入れる。カイトがやることは、ただひとつ。魔術のほころびを見付けて、それを解くだけだ。フェルの言葉に従えば、この制約はあってはならない形だ。死んだ後も制約が続いている。本来は認められる事ではないのだろう。
それをほころびとして指摘してやれば、如何に超常の魔術だろうと解除されるらしい。魔術とは超常現象の一端でも、論理に破綻があれば機能しない、とは後にフェルが解説していた。
それ故、ほころびさえ見付けられれば外部から制約を解除する事は容易だったらしい。なので、カイトが手を隠形鬼の頭に向けて何らかの魔法陣を展開するだけで、簡単に制約は解かれた。
「ぐっ・・・」
「これで、解けた。後は好きにしろ」
「・・・待って」
背を向けて椅子へと向かっていくカイトに対して、隠形鬼が制止を掛ける。
「制約を結んで。私が貴方の奴隷である事の証を」
「あぁ?」
「私は、貴方の物。貴方の物である証が欲しい」
「要らねつってんだろ・・・」
隠形鬼の申し出に、カイトがため息を吐く。が、隠形鬼は縋るように、カイトにもう一度、願い出た。
「お願い。貴方は何も差し出さなくて良い。私が、差し出すだけでいい。宣誓でいい」
「・・・はぁ。オーライ」
真摯で縋るような視線に、カイトが押し負ける。そうして、二人の間に魔法陣が展開された。正式に制約を交わす為の魔法陣だった。
「私は、この身全てを貴方に捧げる。髪の毛一本から、血の一雫に至るまでの全てを貴方に捧げる」
「「制約は交わされた」」
最後の口決が同時に交わされて、制約が成立する。このカイトはカイトの使い魔だが、この制約そのものはカイトの許可がある為にカイト自身にも適用される。代理契約と考えて良い。
引き継ぎは同意があれば、引き継げるのだ。それを応用していたのである。こうして、隠形鬼は正式にカイト陣営へと降る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日には21時に投稿します。
2017年2月25日
・誤字修正
『口パク』が『口バグ』になっていたのを修正。口バグってなんぞや。




