幕間 破滅人の復活、八
本当は妃愛のお話が完結してからこの幕間は投稿する予定でした。
「……つまり。お前は俺よりも前に生まれた特異点で、フギトのやつはキラの次に誕生したイレギュラーってことか。そして今の今までお前は邪気によって正気を失っていたと」
「え、ええ……。情けない話だけど、ね。星神に封じられていたせいで私たちの精神は限界を迎えていたわ。それでも私だけ正気に戻れたのは多分この眼のおかげね」
数分前。
ペトナは自ら取り戻した記憶をレントに話していた。
自分たちが何者で、何のために生み出されたのか。そしてその過去を。
ペトナは自らの右目に手を当てながらそう言うと、さらに言葉を重ねていく。
「この世界は精霊女王の誕生をもって、星神から世界を守ろうとした。でも、それは精霊女王が星神に興味を示さず失敗に終わったわ。だからこそ世界はこう考えた。世界に満ちる星神への『絶望』という感情を力に変えられれば星神を倒せるんじゃないかって」
「それが第二イレギュラーフギトの力か」
「フギトの能力は、目を閉じていればいるほど世界に満ちる邪気を吸収して、強くなるものだった。でも、でもそんなものを一身に受けて正気を保てるはずがない。……だからフギトは狂ってしまった。星神と戦った時はまだ正気だったけど、星神に何千年も封印されていた今はもう……」
「……」
元々疑問ではあったのだ。
なぜ覇女リアナがどうして邪気を扱えたのか。
どうして邪気に飲まれ、意識を二分することになってしまったのか。
だがそれがようやく解明された。
覇女リアナがフギトを基に作られた存在だとしたら? フギトでは不完全だった。だからこそ、その失敗を踏まえ、より完璧に星神を倒すことのできる器を作ったとすれば?
そして、そのリアナと戦ったことのあるレントだからこそ、ペトナの言葉はすぐに飲み込むことができた。
そして現状、その邪気という力がハクを苦しめている。現実世界からやってきた星神を倒すために邪気が作られたのだとしたら、同じ「神性」を持つハクがその力に逆らえないのは道理だ。
(……このままだと、ハクは負けるはずだ。だが、あいつにはまだ余裕があるように見える。だとするとその理由は……)
「え、えっと、あなた私の話、聞いてるかしら……?」
「レント」
「え?」
「俺の名前だ。覚えとけ」
「えっと、それって……」
「お前は、ペトナだったな。……あんまり言いたくなかったんだが、俺も俺でイレギュラーって存在とはそれなりに縁があるんだよ。だから協力してやる。このままだと世界が危ないからな」
「そ、それって、フギトを殺すってこと……?」
「バカ言え。人の話ちゃんと聞けよ、ったく。協力してやるって言ったんだよ。だったら誰一人殺さずにこの場を収めるのが最適解だ。だがそのためには俺やハクだけじゃどうにもならねえ。だから教えろ。フギトはどうやったら止まる? どうやったら正気に戻せるんだ?」
レントの言葉を聞いたペトナは何かに驚いたような表情を作っていく。それはペトナが今まで感じることのなかった感情が原因だった。
ペトナとフギトは今の今まで忌避されることはあっても、その逆はなかった。ましてや二人の知らない誰かが二人を助けるために動くことなどかつて一度もなかったのだ。
だからこそ。
ペトナの心に宿った柔らかな気持ちが、少しずつ彼女の氷を溶かしていく。
何千年も前に凍りついてしまった心という名の氷を。
「っ……。ふっ……! ぁ……!」
「……おいおい、泣いてんのかよ。泣くのは無事にフギトの野郎を救ってからだ。気抜くんじゃねえよ」
「え、ええ……。そ、そう、そうよね。だ、大丈夫。わかってるわ」
「ならいい」
レントはそう呟くとペトナに背を向けて明後日の方向に視線を逸らす。それはまるでペトナの泣き顔をわざと見ないようにしているようだった。
そんなレントを見ていたペトナだったが、ふとその左薬指にはめられた指輪を見つけてしまった。何度も剣の柄を握った勇ましい手の中心にひかるその輝きに、ペトナは少しだけ思考を巡らせていく。
(……ああ。この人にも大切な人がいるのね。それなのに、見ず知らずの私たちに手を差し伸べるなんて。……きっとこの人の心はすごく優しい。そしてそんな彼のパートナーもきっと――)
「で、結局フギトはどうやったら止まるんだよ?」
「……そうね。今のフギトは己の中に貯め続けた邪気によって正気を失ってる。だから簡単な話、その邪気を使い果たせば嫌でも暴走は止まるわ」
「ってことは、ガス抜きさせてやればいいのか?」
「その解釈で問題ないわ。でも邪気はこの世界から常に供給され続けているもの。そう簡単に消せるものじゃないわ。だから能力自体をどうにかしないとどうすることも……」
「それは心配ねえよ」
「え? ど、どういうこと?」
「あてがあるんだよ。それにその問題自体は別に急いで解決する必要はねえ。あとからどうとでもなる。まあ、つまり今何をしないといけねえかっつーと」
そこで一度レントは言葉を切った。
そしてペトナに対して振り返ると、こう言い放った。
「特異点同士、暴れまくってフギトを消耗させるぞ」
「か、片付けるって言っても……。どうやって……」
「あの野郎は目を瞑っていればいるほど世界の邪気を吸収して強くなるらしい。今のフギトは目を『開いて』いる。つまりその力を使い続けている状態だ。ってことはガス欠になるまで遊んでやればいい」
「だ、だからって俺の人神化すら通用しない相手にどうやって……」
「俺やこいつにできることは殺すことだけだ。特異眼を全力で使えばいくらフギトでも死ぬ。ましてやこの『不完全』な特異眼しか使えねえこいつまでいる以上、変な手加減はできねえ」
レントはそういうと自分の背後から歩いてきたペトナに視線を向けていった。そこにいたペトナは先ほどの殺気立った雰囲気とはまったく違う、柔らかな表情を浮かべて俺に近づいてきた。
「さっきはごめんなさい。言い訳にしかならないけど、私も邪気に侵されて正気を失っていたの。でも今は違う。今はフギトを止めたい。そのために力を使うわ」
「だから俺たちができるのは、時間稼ぎだ。お前が隠してる『その力』がなんなのか知らねえが、それを完成させる時間は俺たちが用意する」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! い、色々思考が追いつかないんだけど……。と、というか、俺の力のことをどうして知ってるんだ!?」
確かに俺は人神化以上の力を隠している。
それは事実だ。
でもそれをどうしてレントが知っている? それこそアリエスにすらこの力は見せたことがない。妃愛の世界で最後に使ったぐらいしかないはず……。
と、思っていた俺だったが、そんな俺を見ながらレントは少しだけ笑みを浮かべてこう呟いた。
「はんっ。お前のことだ。どうせ奥の手の一つや二つぐらい隠し持ってても不思議じゃねえ。どれだけ同じ修羅場くぐってきてると思ってるんだよ。だが、だとしたらそれを使わねえ理由がわからねえ。ってことは何か使えない理由があるか、単純に使う隙がないかの二択だ」
そうだろう? とでも言いたげな空気を醸し出したレントはそのまま剣を引き抜くと、ペトナと一緒にフギトの前に立ちふさがった。
「さあ、こっからが本番だ。期待してるぜ、神妃様?」
「レント……」
その瞬間、フギトとペトナの姿が消えた。
一瞬でフギトに肉薄して剣を突き出していく。
「ったく、敵わないよな、レントには……」
俺は口からそう言葉をこぼすと、口角を上げて笑みを作り、準備を開始する。
人神化の状態を維持しながら、己の中にある確固たる力を目覚めさせていく。
(前よりは安定するようになったとはいえ、これはあまりにも大きすぎる力だ。五分、いや三分保てばいいほう……。だけど、それでもやるしかない!)
目を閉じて、息を整えながら、心を落ち着かせる。
そして俺はゆっくりと『真』なる力を解放していったのだった。
「……ペトナ。ペトナアアアアアアアアア!!」
「フギト……」
「完全に暴走状態だな。邪気を持ってるやつと戦うのは二度目だが、さすがに肝が冷える。……まあ、やることは変わらねえが」
レントはそう呟くと自らの両目に魔力を流し込んでいった。その瞬間、琥珀色の瞳が紫色の光を帯びていく。
「……それが完全な特異眼。やっぱり私のまがい物とは違うわね」
「そんなことはどうでもいい。本物だろうが偽物だろうが、今は気にしてる暇はねえんだよ。いいからさっさとお前も発動しろ」
「ええ、わかってるわ」
その言葉がペトナの口から発せられると同時に、ペトナの瞳にもレントと同色の光が宿っていく。
しかしそれは右目だけ。力の質もレントの特異眼には遠く及ばない。
だがそれでもペトナの両目はまっすぐフギトに向けられていた。
「……いくぞ」
「ええ」
合図はそれだけだった。
その声が空気を振動させるよりも前に地面がえぐれる。二人が立っていた場所が大きく削れ飛んだ。
「ッ!?」
「ハクは戦闘バカだからな。誰が相手であろうと絡め手は使わねえ。だが、俺は違うぞ」
レントは猛スピードでフギトに接近すると右手に持っている剣を振り下ろすと同時に、両目に大量の魔力を注ぎ込んだ。
その結果、フギトの体を包み込んでいた邪気が全て霧散する。
だが。
「……無駄、無駄、無駄だアアアアアアアアアア!!」
「ちっ!」
再びフギトの体から漏れ出た邪気がレントの剣を受け止め、そのまま後方へ弾き飛ばしてしまう。
レントが消した邪気はフギトの体から漏れ出たものだ。それを消したところで根本的な解決には至らない。
特異眼はその性質上、現象の因果質を操作することができる能力だ。つまるところハクが持つ事象の生成よりも能力対象の幅が広い。それどころか、一度確定した現象ですらその過去に介入してなかったことにできる。
だがそれはレントがその因果律を捻じ曲げられると確信できたもののみ。
フギトを狂わせている邪気だけを消滅させるという器用な真似は非常に難しい。一つ加減を間違えばフギトという存在自体の因果律を狂わせてしまうのだ。そうなればハクの気配殺しと同レベル、もしくはそれ以上の破壊現象が発生してしまう。
そうなればフギトを無力化できない。
だからこそ、レントはフギトに対して決定的な攻撃ができないでいた。
(邪気の噴出だけで俺の剣を防いだのか……。邪気の濃度で言えばリアナ以上。ハクの人神化を打ち破っている時点で、その力の規模は神すら凌駕している。とはいえ……)
瞬間、レントの隣を一人の少女が駆け抜けていった。そしてフギトの体を覆っている邪気がまたしても消失する。
「くっ……。わ、私はあなたを救うわ、フギト! 戦いは終わった。だから今度こそあなたは救われないといけないの!」
「む、無駄だと言っているウウウウウウウ!」
「いや、無駄じゃねえよ」
ペトナの特異眼がフギトの邪気を消しとばした瞬間、レントは自分自身に特異眼を使用していた。それはレントの位置情報を捻じ曲げ、一瞬にしてレントをフギトの懐まで移動させる。
「ッ!? ば、バカな……!」
「こいつの思いは本物だ。こいつがお前をどれだけ大切に思っているのか、それは今の動きを見れば一目瞭然。……それに、その思いがお前の隙を生んだ」
人神化したハクが叶わない相手である以上、そのパワーもスピードも、レント達が敵う相手でないことは明らかだ。
だからこそレントとペトナは短期決戦を挑まざるを得なかった。
ハクが奥の手を発動するための時間稼ぎが主な目的ではあるが、それであっても今のフギトに対して満足に時間稼ぎなどできるはずがない。
であれば取れる手段は一つだけ。
「今は少しだけ、そこで大人しくしてやがれ!!」
「がっ!?」
レントが大きな声で言葉を放った直後、レントの持っていた長剣がフギトの体に直撃した。だがフギトの体に傷はない。
しかし。
フギトの体はピクリとも動かなくなった。フギトの意識はまだある。現に苦しそうに顔を歪めなが何かに抗うような素ぶりを見せていた。
フギトの体にはレントの瞳と同色の光が纏わりついている。
つまるところ、隙をついてフギトを特異眼の力で拘束することがレントとペトナの作戦だったのだ。
「……俺の特異眼でお前の自由という概念を捻じ曲げた。いくらお前であっても特異眼の力はそう簡単に打ち破れないはずだ」
「く、クソがアアアアアアアアアア!!」
「こ、これで後は……」
「ああ。あとはあいつがなんとかしてくれるだろう」
そんなペトナとレントの視線の先。
そこに誕生しようとしている最強の力。
それが今まさに産声を上げたのだった。




