第九十四話 理由と始動
今回は妃愛とハクの視点でお送りします!
では第九十四話です!
「う、うーん?あ、あれ、私なにやって………」
「あ、起きた?もう夕方だよ、そろそろ帰る支度しないとね」
「妃愛ちゃん………?あ、あれ、もしかして私寝ちゃってた?」
「うん。それはもうぐっすり。すごく気持ち良さそうだったよ」
「あはは………。せっかく妃愛ちゃんに勉強教えてもらってたのに、本当私ってなにやってるんだか………。ごめんね、私から頼んだことなのに」
「ううん。いいよ、気にしてないから。それに私も少しだけお昼寝してたからね」
そんな会話をしながら私と時雨ちゃんは机に広げていた勉強道具を片付けながら帰る支度を整えていった。すでにこの場には先ほどまで立っていた「あの人」はいない。壊した窓と砕け散ったガラス片を全て片付けてこの場から立ち去っている。
それから数十分後に意識を失っていた時雨ちゃんが目を覚ましたという流れだ。さすがに時雨ちゃんには先ほどまでここでくり広げられていた会話を話すわけにはいかず、知らないうちに居眠りしていたという設定にもっていったのだが、どうやら怪しまれることもなく信じてくれたようだ。
月見里さんの一件で対戦に巻き込まれかけている時雨ちゃんをこれ以上危険な目にあわせないためにも、それだけは細心の注意を払っていく。また時雨ちゃんが傷つくことがあれば、今度こそ私は自分を殺したくなるほど責めてしまうだろう。
だから私は何もなかったかのように笑顔を振りまきながら時雨ちゃんに話しかけていった。
「それじゃあ、帰ろっか」
「うん!」
元気のいい時雨ちゃんの返事を聞いた私はそのまま図書館の中を歩いて、外に出ていった。外はすっかり夕暮れ時をなっており、真っ赤な夕日が空に浮かんでいる。おそらく今頃お兄ちゃんは今日の夕食を一生懸命作っているんだろうな、という想像が頭の中に流れその顔が頭の中に思い浮かんでしまう。すると自然に顔がにやけてしまうのだが、時雨ちゃんが見ている前なのでその笑みは必死にこらえることにした。
なんてことを考えていた私だったが、図書館を出た後すぐに時雨ちゃんが口を開いたので、そちらに視線を動かしていく。
「私、これからちょっとお使いがあるんだ。だから今日はここでお別れ。色々ありがとね、妃愛ちゃん!」
「あ、そうなんだ。………うん、わかった。でももう日も沈みかけてるから気をつけて帰ってね」
「それ、妃愛ちゃんにも言えることだからね!そ、その、妃愛ちゃんは可愛いんだから………」
「その言葉、そっくりそのままお返しするね」
正直な話、私は自分の容姿をまったく綺麗だと思っていない。可愛いとも思っていないし、美しいなんてもってのほかだ。でも対する時雨ちゃんの容姿は整っていると思う。現に学校の男子から何度も告白を受けているとか。
だから私は間違ったことは言っていない。その自信がある。私の目から見ても時雨ちゃんは可愛い。黒い紙に大きな瞳。そして男子を虜にするような艶やかな肌と唇は、誰が見ても心を奪われてしまうだろう。
加えて。
こんな夕暮れ時に、夕日に照らされて赤くなっている時雨ちゃんの顔を見たときにはもう………。
………ああ、だめだ。これ以上は考えちゃいけない気がする。
一度冷静になろうと考えた私は、そのまま時雨ちゃんに手を振って別れた後、少しだけ先ほどの出来事を頭の中に思い出していった。ちなみに月見里さんの一件があって以来、時雨ちゃんとその家族に関してはお兄ちゃんが色々防御策を取っているようで、危険な目には合わないようになっているらしい。
そんなこともあって私は時雨ちゃんと別れた後すぐに、自分の思考世界に飛び込んでいった。
『我が姫が持っている一品。その名は「戒錠の時計」という。本来それはかつて神妃と呼ばれる神が所有していたものらしい、ようは俺たちが持っている神器とおなじランクの品物ということだ』
『神器と同じ………』
『その神器の能力は体内時間の擬似的なコントロール。仮に年老いていても幼くても、己の全盛期に手に入れているであろう能力を引き出すことのできる力を秘めている。だがこれはあくまで神々、もしくは人間用に調整されたものだ。つまりそれを皇獣、ないしは魔人が使うと………』
『そ、それが暴走につながるってことですか………?』
『そういうことだ。真話対戦において呼び出された神器ではなく、この世界にそのまま残されてしまった神器というだけで破格だというのに、それを魔人が保有しているというのはあまりにもいただけない。というよりは危険すぎる。この国の国民を守る義務はないが、あの神器は我が師匠が残したものだ。加えてその暴走する可能性がある人物が知人であれば、さすがに無視することはできないだろう』
『だから、その神器を私に探し出せと………?』
『ああ。とはいえ、無理をする必要はない。我が姫もあの神器をコントロールすることはできずとも、あれがどのような力を持っているかぐらいはわかっているはずだ。加えて、あの神器は我が師匠の形見でもある。我が姫が欲するのもわからなくはない。ゆえにお前ができる範囲で行動すればそれでいい』
『あ、あの、一応言っておきますけど、私、引き受けるなんて一言も言ってませんよ?』
『ここまで聞いてお前が引きさがれるとはとても思えんがな。がはははははははははは!!!』
………ああ、ダメだ。
思い出しただけで頭痛が………。
事情は確かに理解した。色々とぶっ飛んでるけど、ミストさんが危険な神器を持っていてそれを回収したいあの人、マルク国王。そんな構図が今目の前にあるのだろう。
それなら自分でその神器を回収すればいいのでは?と一瞬思ってしまうが、おそらくそれができていれば私に声なんてかけてこない。だから私は一定の納得と疑問を携えながらその思考を一度停止していった。
何かに集中していると人というのは時間感覚を忘れてしまうようで、気がつけばすでに自宅の前まで到着していた。窓から何やらいい匂いが漂ってくるので予想通りお兄ちゃんが夕食の準備をしているのだろう。
私はそう考えると、一瞬だけお兄ちゃんに今日あったことを話すか話さないか迷い、でもやっぱり話そうと心に決めるとドアノブを手で掴みながら家の中に入っていった。
マルク国王はお兄ちゃんにはこの話をしたくないと言っていたが、私がお兄ちゃんに話すなとは言っていなかった。
やはり私にとって一番信用できるのはお兄ちゃんなので、包み隠さず今日の出来事を話すことを決意する。
だが。
今、この瞬間。
私は自分の体に起きていた変化にまったく気がついていなかった。
そして私がお兄ちゃんにマルク国王の話をしようとした瞬間、それは発現してしまう。
つまり。
私は嫌でもこの問題を解決しなければいけなくなってしまったのだ。
「ぐっ、あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ!?」
それはいきなり起きた。
「ど、どうした、妃愛!?」
夕食時。
今日何をしていたのか、それを聞こうとしたそのとき。
いきなり妃愛が胸を抑えながら何かに苦しむように身悶え始めたのだ。額には大量の汗が滲み、体が小刻みに震えている。医者ではない俺の目から見ても尋常ではない事態だと理解できたので、すぐに俺は妃愛をリビングのソファーの上に移動させて様子を確認していった。
見たところ特段変わった様子はない。だが、魔眼を使用するとまったく違う景色が目の中に飛び込んできた。
「こ、これは………!?」
そこにあったのは「何かの魔術」が施された痕跡だった。魔眼を使用して妃愛の体を見るとそこには赤黒い蛇のような痣が浮かんでおり、その痣がまるで生きているかのように蠢いている。加えてその痣が妃愛の体に激痛を走らせているようで、容態はどんどん悪化していっていた。
俺はすかさず事象の生成を発動してその魔術の解除を試みる。するとその痣は一瞬にして吹き飛び、妃愛の体を蝕んでいた力は跡形もなく消滅した。それによって妃愛の容態も元に戻り、呼吸も安定していく。もう一度魔眼を使って妃愛の体を確認するが今度こそ何も残されていなかった。
その事実に安心した俺は一度息を吐き出すと、汗をかいている妃愛の額を濡れてタオルで拭いてあげながら体を持ち上げてベッドまで運んでいく。妃愛を苦しめていた力は消えたが、それでも体力はだいぶ減っているだろう。気配量から察するに今日はもう寝ていた方がいい。
そう判断した俺は妃愛をベッドに運んで、何か食べられるものを用意しようとリビングへ移動しようとする。だがそんな俺を妃愛は呼び止めるようにこう呟いてきた。
「お、お兄ちゃん、ま、待って………!」
「妃愛!ダメだぞ、もう少し安静にしてないと………」
「ち、違うの!た、多分、私に何かしたのはマルク国王で………」
「え?」
その言葉はさすがに想像していなかった。
そもそもなぜ妃愛の口からマルクの名が出てくるのか、それすら俺には理解できなかった。
だが話を聞いていくにつれ、その実態が明らかになっていく。
今日一日時雨ちゃんと図書館で勉強するつもりだったのが、いきなりマルクが部屋に乱入してきて少々もめたこと。俺には離さず妃愛に「とある神器」を探すように依頼したこと。何事もなかったかのように去っていったこと。
そしてそれを口にしようとした瞬間、体を切り裂かれるような激痛が襲ってきたこと。
その全てを俺は妃愛の口から説明された。
「………そうか。ごめん、そんな危険な目にあってたのに気付いてやれなくて」
「大丈夫、だよ。お兄ちゃんが気にする、ことじゃ、ないから………。迂闊に会話しちゃった、私が悪いから………」
「………」
俺はその言葉には返事を返さず、依然として汗が出ている妃愛の額をタオルで拭いていく。だがそれと同時に俺は今の話の中にあった違和感を頭の中で整理していっていた。
………なぜだ?
どうしてエアコンの時も、妃愛の時も俺の気配探知にマルクの気配が引っかからない?これだけ大掛かりな魔術を妃愛に施していたんだ。普通ならすぐにでも気がつくはず。仮にも神妃の俺を欺くことなんて………。
と考えていると、妃愛が不安そうな顔をこちらに向けてきた。疑問にオモタ俺は優しく微笑みながらこう呟いていく。
「どうした?何か言いたいことあるのか?」
「………あ、あの、私と時雨ちゃんは今日ずっと一緒にいたから時雨ちゃんは大丈夫なのかなって」
「ああ、そのことか。大丈夫、それはさっき確認したよ。妃愛から話を聞いたときに彼女にも何かされてるんじゃないかって思ってすぐに様子を確認したんだ。でも、何も異常はなかったよ。多分、マルクの標的は妃愛だけだったんだ」
「そっか、それならよかった………」
「後のことは俺がどうにかしておくから妃愛はもう寝た方がいい。今日は一段と暑かったし、マルクの件がなくても疲れてるはずだ。さ、もうおやすみ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
そう言って俺は妃愛の体に掛け布団をかけると、そのまま部屋の電気を消して妃愛の部屋から退出した。
だが。
俺の頭の中はまだ寝ることはできなかった。
マルクが妃愛に接触してきた。この事実だけでもう十分に緊急事態だというのに、聞いてはいけない「神器」の名前が妃愛の口から出てきてしまったのだ。
その神器は俺もよく知っている神宝だ。というか実際にその力を使ったことすらある。だからこそ、その神宝については誰よりも知っている自負がある。
………だが。
この世界の神宝は俺が知っている神宝とはまた違う力を持っていることが多い。ゆえにもしかするとその神器、もとい神宝に妃愛が教えてくれたような大災害を引き起こす力があってもおかしくないと思ってしまう。
そう考えると。
このまま何もしないというわけにはいかなくなってしまった。
国王やら皇帝やら、そんな身分の連中とはなんども関わってきている。だがその中でも今回の相手は少々特殊だ。そう俺の本能が告げている。
だからこそ俺は今一度気を引き締めて調査へと乗り出していく。
マルクの口から語られた神宝の真実。
マルクの目的。
マルクとミストの関係。
それら全てを暴くために、俺は動き出す。
だがそれとは別に。
妃愛が追われたという事実だけで俺が動きには十分すぎる理由になっているのだった。
そしてこれにより、真話対戦、その後半が幕を開けるのである。
次回はハクの視点でお送りします!
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