第八十九話 いきなりの突撃
遅れましたがようやく本編に戻ります!
では第八十九話です!
「あ!ハク、いいところにいますね!ちょうどよかったです、今すぐこの私を助けてください!ほら、ほらほら、ほら!私の手を引いて外国でも地の果てでも、どこでもいいので連れていってください!」
「………お、お前は何を言っているんだ?そ、それに妃愛の家の玄関を破壊したこと見て見ぬ振りしようとしても無駄だからな?」
「む………。それにしてもこの家、無駄に暑いですね。エアコン効いてるんですか?というかエアコンという文明自体存在してるんですか?このオンボロ屋敷にそんな技術が取り込まれてるとは思わ………」
「「この女、どうしようもなく失礼なやつだな!!!」」
俺と妃愛の声がかぶる。
しかしそんな俺たちには目もくれず一瞬だけハッとした表情を浮かべた玄関破壊女ミストは俺の背中に隠れるように土足のまま移動すると、怪訝そうな目を作りながらこう呟いていった。
「………き、きますね。ほ、本当にどこまでしつこいんですか、あの人は!?」
「お、おい、一体何の話をして………」
と、問いかけた次の瞬間。
もはや形容できないほど大きな音を立てて部屋の壁が崩れ去った。
というか破壊された。
それはまるで壁に大砲の弾丸を叩き込まれたような壊れ方で、灼熱の太陽が顔を出す外の景色が俺たちの瞳に映り込んできてしまう。その状況にまったくついて行けない俺と妃愛は、今だけ夏の暑さを忘れて寒気すら感じながら硬直していた。
「なっ!?」
「わ、私の家の壁が………」
まあ、いくら壁を破壊されようといくら玄関が壊れようと、事象の生成さえ使えば元どおりなので思考回路まで停止してしまうことはないが、それでもあまりにもいきなりだったので俺と妃愛の魂はすっかり抜き取られてしまっていた。
という事実をようやく理解した瞬間、壁の向こうから何かが聞こえてくる。それはドタバタという誰かの足音で複数人の気配も同時に近づいてきた。
そしてその気配が俺たちに接近したその時。
それはこの場にやってきた。
「だははははははははははは!!!どうだ、この俺の作戦は!ファーストシンボルにセカンドシンボル、そしてサードシンボルまでも討伐した連中の家に我が麗しの姫をけしかけて、まとめて一掃するという最高のプラン!加えてこの家のエアコンは約一ヶ月前から俺の魔術にて動作停止中。肉体的にも精神的にも相当疲労が溜まっているはずだ!がははははははははは、これぞ俺、最強な俺、天才な俺の超絶完璧な対戦プランだ!!!」
「「………」」
………。
何の感想も出てこない。
本当なら色々と突っ込みたいところなのだが、それすらできないまでの衝撃を俺と妃愛は受けていた。
新たに登場したその人物を俺たちは知らない。
だが、その服装や雰囲気から確実に普通の人間ではないことは掴み取っていた。それは魔術や異能的な側面から見てもそうなのだが、それよりも………。
そのみなりがあまりにも豪華すぎた。
それこそどこかの貴族とか大富豪がするような格好といえばわかりやすいだろうか。
一体どれだけの札束を積めばいいのかわからない高級そうな赤色のマントに黒一色に統一した質の良さそうなスーツ。そしてその服全てにつけられた煌びやかな宝石類。
髪は漆黒に染まっているがその毛先は若干赤味がかっており、マグマのように赤い瞳の色と同期するように光を反射していた。
その姿は見た瞬間、俺たちとは生きている世界が違うとさえ思わせるような空気を放っている。いくら神妃となった俺でも、生活水準はいたって普通だ。異世界の生活となれば色々と勝手が違ってくるが、それにしてもこの男がこの世界においてトップクラスの地位にいることは見ただけで理解してしまった。
だからこそ俺たちは凍りついた。
その男が大量のSPと思わしき集団を連れて壁を破壊し、そのまま内部に侵入してきたことに。
そこまで状況を整理して、ようやくそのおことが放った言葉の意味を読み解こうと頭が動き出す。徐々に色が戻りだした世界は、あまりにも疑問が多すぎる場所だった。
………お、おいおい、今、こいつなんて言った?
ミストのことを麗しの姫とか言ってたか?
いやいや、それはどうでもいい。他人の恋愛対象なんてどうだっていい。
それよりも、もっと重要なことを言っていたはずだ。………この家のエアコンを俺の魔術で一ヶ月動作を停止させていた、だと?仮にもこの神妃の俺を出し抜いて何度もエアコンを故障させていた、そうあいつは言ったのか?
確かに俺の事象の生成は万能だが、その原因を俺が理解していなければ効果は発揮されない。つまり俺の目を欺いていたからこそあのエアコンは壊れ続けた。うわべだけの故障を直してもそれは意味のないことだったのだ。
………ふふふ。
そうか、そうだったのか………。
俺と妃愛はこの男の策略にまんまとはまっていたのか………。
ああ、そうとも。エアコンが動かないせいで俺と妃愛は肉体的にも精神的にも疲れたさ。その事実は否定しない。
………だが。
だったら、その原因を作った人物を。
許すわけ、ないよな?
その結論が頭に浮かんだ瞬間。
俺と妃愛の視線がぶつかる。そして同時に頷くと、大きく息を吸い込んでこう叫んでいった。
「「お、お前の仕業かああああああああああああああ!!!」」
「おおっ!?な、なんだいきなり、騒がしいではないか。仮にもこの俺の御前だということ理解しているのか?まあ、よい。俺は寛大だからな。その程度の戯れは許して………」
「ちげええんだよ!そもそも論点がずれてんだ!お前が何を考えてるか知らねえが、この一ヶ月俺たちはこのエアコンが故障しているせいでどんな思いで生活してきたと思ってる!?どこに行っても三十度を超えてるこの世界でエアコンなしで生活するなんて普通考えられるか?死ぬぞ、本当に死ぬぞ?それをわかってるのかって聞いてんだよおおおっ!!!」
「お、おぅ………。な、なかなか元気のある坊主のようだな………」
心の中の怒りが一気に湧き上がった。
しかしそれはどうやらこのとこには届いていないようで、一瞬だけひるんだものの、ひらりと言葉をかわされてしまう。だが俺と妃愛の額には怒りのしわがどんどん刻まれていっており、フラストレーションのメーターが完全に振り切っていた。
と、その時。
そんな俺たちの怒りよりも大きな怒りがこの場に降臨する。
それは俺の背後。
そこで全てを見守っていた一人の魔人から放たれた。
「な、に、が!麗しの姫ですか!?私はあなたの私物ではないんですよ!?勝手なことを言うのはやめてください!というかそもそも何なんですかこの手紙は!毎日毎日恋文のような文章を長々と送りつけられても迷惑なだけなんですよ!」
「「え………」」
「照れるでない照れるでない。お前が俺の求婚に喜んでいることはわかっているぞ。まったくもって素直ではないが、それも受け入れようではないか!」
「んんんんーああああああああぁぁ!!!」
男の言葉にミストは大量の手紙のような何かを握りしめながら身悶えてしまう。その姿はファーストシンボルと戦った時に見せた冷静な彼女ではなく、怒りに身を震わせている般若のような形相を浮かべた女性だった。
それを口にすれば最後、俺の命すら危ないので言葉にはしないが、それでも今のミストは普通でないことは理解できた。その状況に己の怒りすら押さえられてしまった俺と妃愛は二人同時にため息を吐き出すと、ゆっくりと足を動かしていく。その動きに男の近くにいるSPは警戒するが、その間を気配を消しながらすり抜けて豪華な服を着ている男の前に躍り出た。
そして。
素早く拳を振り上げてこう呟いていく。
「………まあ、なんだ。お前とミストがどんな関係なのか、それは知らないし興味もない。でも一つだけ言わせろ」
「ん、なんだ?」
「「人の家を壊したことは謝りやがれ!!!」」
「ふべらああっ!?」
俺と妃愛の拳が男の頬に突き刺さる。
それによって男は地面に音を立てながら倒れ、気を失ってしまった。
それによりSPたちが俺たちを取り押さえようとするが、そこにミストが割り込んでくる。顔は笑っているのに目は笑っていない。加えて明らかに殺気を滲ませているというおまけ付きで。
「ふふふ、あなたたちに言っておきますが、彼らは私の意思を代弁しただけですよ?つまり彼らに危害を加えれば私に危害を加えたことと同然です。私が何を言っているのか、わかりますね?」
その言葉が放たれた瞬間。
部屋の空気が変わる。
俺と妃愛を取り押さえようとしていたSPたちはその動きをとたんにやめて武器や拳を引っ込めていった。その潔さは少々感嘆するが、とにかく言いたいことが一つだけ。
「おい、ミスト。お前もこの家を壊した張本人だからな?」
「はて、何のことですか?」
この瞬間。
本当にこの女は性格が悪いと思ってしまったのだった。
「この俺を殴った意味をお前たちは理解しているのか?」
「………お前、一体どの立場からもの言ってるかわかってるのか?」
「俺は俺の立場から話をしている。それ以外の何物でもない」
「はあ………」
俺と妃愛が急にやってきた豪華な男を殴り飛ばしてから一時間ほど経過した今、目を覚ました男と俺の間でこのようなやりとりが続いていた。
今まで色々な世界をまわり多くの人と出会ってきたがここまでコミュニケーションが通じない相手は初めてだ。どんな悪党もそれなりに自分の信念を持ち、会話は辛うじて成立していた。
だというのに。
この男はその会話がまったく通じない。
というか何を話しても自分が一番、自分だけが正義、というスタンスを崩さないのだ。
加えて。
その視線は常にミストに向けられている。
ダイニングテーブル設けられている椅子に座っている俺と妃愛、そしてミストとその男の間には非常に奇妙な空気が流れていた。
いや、奇妙というか………。
「あのさ、お前俺が喋ってるんだから俺の方見て話せよな。ミストに好意を持っているのかしらねえけど、それはちゃんと筋を通してからにしろよ」
「ほう?この俺に命令する気か?まあ、いい。我が姫はどんな男でも虜にしてしまう美貌の持ち主。お前がその虜になってしまうのもわからなくはない。とはいえ嫉妬は許さん。我が姫はすでに俺のことしか見えていないのだ!」
「気持ち悪いこと言わないでもらえますか?私はあなたに好意を向けたことも、あなたの好意に答えたこともありません。勘違いするのもいい加減にしてください」
「とまあ、俺の好意に照れているわけだが気にする必要はない。これが俺と姫の平常運転だ」
「「………」」
もう言葉を返す気力すらない。
というかもう諦めた。
ミストはともかくこの男はダメだ。何をしても俺たちの話を聞く気がない。その結論に俺だけでなく妃愛も至ったようで、こちらに視線を向けながら小さな声でこう呟いて着た。
『お、お兄ちゃん………。こ、この後どうするの?あの男の人かなり面倒だよ?』
『わ、わかってる………。でもこのまま返すとあいつが言った言葉の意味を探れない。妃愛も聞いてたろ?あいつはミストに好意を向けているとか言っておきながら「まとめて一掃する」とか言ってきたんだ。このまま返すと厄介なことが起きる予感しかしない………』
『それはそうだけど………』
いや、わかる。
わかるんだ。
いきなり家を破壊して着たやつをこれ以上ここに置いておきたくないというのは俺だって思っている。でも、この男が俺たちの知らない情報を握っているのは確かだ。そうでなければ俺たちを「一掃する」なんて言葉は出てこない。
ゆえに俺は落ち着かない妃愛をなだめながらなんとか男とのコミュニケーションを測ろうとした。
しかし………。
「と、とにかくだ。俺たちはお前を許すつもりは………」
「ああ、そうだ。まだ俺の名前を名乗っていなかったな。がははははははは!本当なら俺から直接名乗ることなどないのだが、今日は特別だ。なにせこの『対戦中』はどのような身分にいようと対等な立場であるべきだと俺も理解している。であれば紳士としてこちらから名乗るのはマナーの一つというものだろう」
「た、対戦中………?」
そしてその男は俺と妃愛にこう言い放った。
だがそれを聞いた俺たちは今度こそ思考回路ごとショートして動けなくなってしまうのだった。
「俺の名はマルク・ネビュリアルス十二世。ネビュリアルスという国の現国王だ。とはいえ今はお前たちと同じ帝人だ。以後よろしく頼むぞ?」
次回はこの四人の会話が続いていきます!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




