第八十七話 決意表明
今回で第二章は完結します!
では第八十七話です!
白包。
それは真話対戦を生き抜いた帝人が手にすることのできる三つの霊薬を指す言葉だ。
その実態は詳しくわかっていない。后咲が管理しているため彼女なら色々と知っているだろうが、その実態は不明のままだ。
しかしその霊薬が持つ能力を見る限り、俺の事象の生成を薬として落とし込んだものだということぐらいは推察できる。神妃の力を利用して神器もとい神宝を呼び出している以上、白包に付随している力も神妃のものである可能性が高いのは明白だ。
であれば、その分泌先が神妃であってもなんら不思議じゃない。
だが。
ならば尚更。
妃愛が口にした願いを叶えることは不可能だ。
この世界の神妃はもちろん俺ではない。
しかし始中世界の神妃にできないことをこの世界の神妃にできるなんてことはまずあり得ない。いや、もしかしたらそういうこともあるのかもしれないが、話を聞く限りこの世界の神妃はあの「リア」で、神話大戦で他の神々に敗北している。
つまり言い方は悪いが、その程度の実力しかなかったのだ。
俺たちの知っているリアは深手は負ったが負けはしなかった。数体の神々を残して全てを殺害し、自らは二妃を創造して生き延びていた。
だがこの世界の神妃はその結末にすらたどり着かなかった。であれば、どちらのリアが力を持っていたか、それは言わずともわかるだろう。
仮にこの世界のリアが事象の生成を使えたとしても、俺や俺側のリアを超える力を震えるとは到底思えない。となれば、そんなリアの力から抽出された白包というのは高が知れているということになる。
つまり、俺が麗子の意識を取り戻せないということは、白包を使ってもそれは不可能と言わざるを得ないのだ。
俺はそこまで思考をまとめると、それをゆっくりと口にしていく。間違っても自分の正体をバラさないように、慎重に。
「………妃愛、悪いけどそれは多分できない。白包がどんなものなのかはわからないけど、あれにそんな力はない。今の麗子は生きることすら放棄した状態だ。そんな麗子を呼び戻すにはまず彼女自身に生きがいを与えないと………」
「うん、それはわかってるよ。でも、月見里さんを助ける方法はもうこの戦いを勝ち抜くことしかないと思うの」
「どういうことだ?」
「月見里さんの人生を歪めたのは間違いなくこの対戦。だったらこの対戦を終わらせて、二度と対戦が起きないようにすれば月見里さんの意識にも何かしらの影響はあるかもしれない。未来が過去に干渉できるわけじゃないけど、それでも何かしらのプラスにはなるはず。その上で白包を使えば………」
「麗子も目を覚ますかもしれない、ってことか。でもそれはあまりにも希望的すぎないか?そもそもどうやって彼女にそれを伝えるんだ?意識がない人に情報を伝えようとしたって無理が………」
と、呟いた瞬間。
俺と妃愛の頭の中に声が響いてきた。だが気配はない。何かの能力を発動した痕跡もない。だけどその声は間違いなく俺たちが知っている人物のものだった。
『可能ですよ。鏡さんが言っていることは確かに彼女を目覚めさせることにつながります』
「こ、この声は………!」
「后咲、お前か………」
『はい、その通りです。本当であればお二人のプライベートな空間に入るのは悪い気がしているのですが、今日は特別です。月見里家との戦いを終えたあんたたちに少しだけヒントを差し上げようと思い、連絡させていただきました。ああ、これはあくまで使い魔を通してお話ししていますのでお気になさらず』
「使い魔だと………?」
その情報を元に俺は気配探知の索敵網を少しだけ広げてみた。すると俺たちがいる家のさらに上空になにやら黒い球体のようなものが浮かんでいた。それには微量ではあるが気配と魔力が宿っている。どうやら后咲はその使い魔を使って俺たちに話しかけてきているようだった。
『では話の続きといきましょう。この使い魔は急いで飛ばしたものなので、そこまで長話はできませんから。………白包というのは本来、対戦の内容によってその力や出力が大きく変わってきます。前回、前々回の場合はそれなりに激しい戦いになりましたが、結局帝人は全員敗北。一応完成はしたもののその白包はまだまだ不完全です。白包は倒した皇獣の数や使用する神器のランクによってその質を大きく変えます。この情報はほとんど知られていない情報ですので、かなり貴重です。ですが、もし鏡さんが本当に月見里さんを助けたいと思っているのなら、話は別です。私はあくまでもこの対戦の管理者。参加者の方の助けになることがあれば躊躇いなく教えるのが道理です』
「………つまり、俺たちがこの戦いを勝ち抜き、黒包を今まで以上に抑止することができれば神妃の力さえも超えた事象を引き起こすことができるってことか?」
『まあ、そうなりますね。どうしてここであなたの口から「神妃」という言葉がでてきたかはさておき、もし仮に本当に黒包をどうにかできたなら、それはもう人間にも神にも不可能な「奇跡」を引き起こすことができるはずです。そうなるように白包は設計されています』
奇跡。
そうきたか。
その言葉を聞いた俺はある意味納得した。
もし、白包が想定している事象干渉現象が「事象の生成」ではなくあの「奇跡」なら、確かに麗子の目を覚ますことはできるかもしれない。
そう、あのアリスだけが使用できた「奇跡」なら、仮に死人を蘇らせることも、世界を救いたいなんて漠然な願いも、ありとあらゆる願望も全て叶ってしまう。
そんな結論に俺は至っていた。
神妃にはできない二妃だけに許された極意。それをこんな世界の果てにまできて聞くとは思っていなかった。
俺は半ばそんな驚きに打ちひしがれていたのだが、対する妃愛は希望を与えられたかのように目を輝かせながら后咲に声をかけていく。
「ほ、本当に月見里さんを助けることができるんですか!?本当に、可能なんですか!?」
『はい、それだけは断言できます。しかし注意しなければいけないのは、すでに不完全な状態で完成している二つの白包ではそれを叶えることはできないということです。完成したものに手を加えることはできない。その事実だけは揺るぎません。ですからもし本当にあなたが月見里さんを助けたいと思うのなら、今回の対戦で作られる「特別な白包」を完璧な形で完成させる、それ以外に方法はありません』
「加えて、歴代の帝人がなしえなかった偉業をどうにかして達成しないといけないってわけか」
『そうなります。決して簡単なことではありません。一年という間皇獣を狩り続けるだけでなく、最後に待っている黒包までどうにかしないといけないという条件まで付いてきます。通常ならば一年間耐え続けることで勝利する対戦ですが、そこに今まで以上に「黒包」を抑止しろ、という条件が追加されるのです。並大抵の覚悟ではなしえない偉業だと思います』
「そ、それは………」
妃愛の声が小さくなっていく。
ここでもし、妃愛が常に戦いに身を置いているような歴戦の猛者であれば、元気よく后咲の言葉に首を振っていたかもしれない。でも今の妃愛はそれができるような状態になかった。
確かに妃愛は「普通」じゃない力を持っていた。しかし使い慣れていない。加えて俺がその力を使うことに反対しようとしている状況。この全てが妃愛を押さえつけている。
無謀な戦いに挑むのは愚かなことだ。死ぬとわかっている戦場に赴くのは馬鹿のすることだ。ましてそれが自己犠牲の上で成り立っているとすれば、愚の骨頂以外の何物でもない。
だが。
理論上は。
可能だと、示された。
『おすすめはしません。鏡さんはこの対戦に巻き込まれた被害者です。その状況で、これ以上の危険を被る必要はないと思います。でももし、それでも戦う覚悟があるならば、そう思って私は希望の光を落としました。選択肢がないより、あった方がどう考えてもいいですからね』
后咲はそう言うと、最後にこう言い残していく。
『一つだけ、最後に言っておくことがあります。月見里さんが入院した病院。あなたは無理矢理彼女を入院させたようですが、心配せずともあの病院は私の知り合いが運営しています。ゆえにすでに話を通しておきました。そのあたりの問題は心配ありませんよ』
「………そうか。助かった、礼を言うよ」
『はい。では私はこれで。もう時間がありませんので。後悔のない選択を』
そう言って后咲の声は消えていった。上空にあった使い魔の気配も消えて、再び静寂が降りてくる。しかし手がかりは得た。これからどう進めばいいのか、その条件も后咲が落としていった。ゆえに俺は口を開ける。妃愛にどうしたいのか、聞くために。
「………正直言って、俺は妃愛が戦いに参加するのは反対だ。それがたとえ麗子を目覚めさせることにつながっていても、妃愛が危険な目に会うのは間違ってると思う」
「で、でもっ!」
「でも、だからといって妃愛の気持ちがわからないわけじゃない。誰かのために戦いたいって気持ちは間違ってないって俺は言った。その考えはへんだけど、間違ってはない。だからその言葉には責任を持つ」
「え………?そ、それって、どういう………」
妃愛の頭の上に疑問符が浮かぶ。
しかしそれでも俺は間髪いれず言葉を口にしていった。
「力っていうのは少なからず周りに影響を与えてしまうものなんだ。そしてそれがコントロールできなかったら、それこそ全く関係のない人まで傷つけてしまう。だから俺は妃愛が妃愛の力を制御できるくらいにはしようと思う」
「お、お兄ちゃんっ!」
「だが。勘違いはしないでくれ。正直に話すと、妃愛の中に宿っているその力。それは異能と呼ばれる力の中でもかなり特殊だ。挙げ句の果てに俺が見てもその力の正体がまったくつかめない。だから戦うことだけは許可しない。仮にコントロールできるようになってもそれを使うことはしないでくれ、お願いだ」
先ほどの戦いのように力が暴走してしまうのは危険だ。だからそれを制御するための訓練はさせる。でもそれを使うことは許可しない。使ってしまえば今回の俺と同じように何かを傷つけなければいけない事態になりかねないからだ。
ゆえにそれだけは言っておいた。
おそらく妃愛は納得しないだろう。
力を得ても、その力を振るうなと言われれば誰だって反対する。
でも、それだけが俺の出せる唯一の譲歩だった。
その言葉に妃愛はしばらくの間口を閉ざしていた。だがそれもすぐに破られ、こんなことを呟いてくる。
「………お兄ちゃんは、月見里さんを助けたいって思ってる?」
「………どういう意味だ?」
「お兄ちゃんに付いていけば月見里さんを助けられるくらいの白包は作れるの?」
「………」
その質問はつまり、俺に黒包をどうにかするつもりがあるのか、そう聞いているのだろう。
無論、その黒包が俺たちの前に立ちふさがれば踏み倒して進むのは言うまでもない。でも本当にそれを実現することができるか、と言われると正直なんとも言えなかった。
断言はできない。でもできればそうしたい。
それが俺の本音だった。
その本音はどう偽っても変わらないので、しばらくの沈黙の後に正直に口にする。
「確実にその白包を作れる保証はない。でも黒包と対峙する機会があれば問答無用で踏み倒す。それだけは断言しよう。それで妃愛が納得してくれかはわからないけど………」
と、呟いて俺は妃愛の様子を確認する。
すると妃愛は目を閉じて何か考えた後、もう一度俺に頭を下げてこう言いだしてきた。
「考える必要も、質問する必要もなかったけど、それでもお兄ちゃんの意思は聞いておきたかったの。でも、もう決めた。お願い、お兄ちゃん。私を、強くしてください」
その瞬間。
俺は妃愛の背後に「何か」を見た気がした。
その「何か」は笑っていて、すごく幸せそうにしていた。そしてその「何か」と目があった瞬間、俺は我に帰る。
そして下げている妃愛の頭をゆっくり撫でると優しく微笑みながら、こう返していった。
「わかった。それじゃあ、これからビシバシ鍛えていくから覚悟しとけよ?ああ、それと………」
その途中で言葉を切る。
そして屈託のない笑顔で俺はこう言ったのだった。
「その前に、修学旅行はしっかりと楽しんでこいよ?」
その言葉をきっかけに俺たちは笑い出す。
それは戦いの中にある日常を確実に取り戻した瞬間だった。
そして俺と妃愛の戦いは続いていく。
奇跡を起こすことのできる白包を求めて、未来へ進んでいくのだった。
次回から第三章に入ります!
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