第九十五話 そのころ地上では
今回はルルン視点です!
では第九十五話です!
一方そのころ地上では。
ハクたちがダンジョンに入ったところを確認したルルンが一人で大樹の根っこに腰掛けながら、持参した弁当を啄ばみながらハクたちの帰りを待っていた。
実際ルルンはこのダンジョンの全階層を踏破している。
極寒の階層や、罠の階層、また数多く出現する魔物たち。その全てが恐ろしいことを身を持って知っていた。
だがそれと同時にそれらがハクにまったく通用しないことも理解していた。
昨日。
アリエスたちの特訓のついでにルルンは一度だけハクに模擬戦を挑んでいる。その結果は言うまでもなくルルンの惨敗だったのだが、その試合の内容があまりにも一方的だったのだ。
まず初めに様子見程度に放った魔術は一瞬でハクの白い長剣に吹き飛ばされたかと思うと、次の瞬間には背後から首元にその剣が突きつけられていたのだ。
ルルンは剣を抜く暇さえ与えられずに敗北した。それ自体はわかっていたことでもあったのでショックではないが、さすがにルルン自信も現役時代はそれなりに名前を馳せた冒険者であったので、少しくらいは喰らいつけるかもと思っていたのだが、その予想は完全に外れた。
しかしその圧倒的な実力差はルルン個人としては悔しくともダンジョンの門番としては、実に素晴らしいことだった。なにせダンジョンの全階層を突破した自分よりも遥かに強い人間を送り出すのだから、ルルンの仕事上これ以上ない挑戦者なのである。
ということで、いくら神核と戦うといってもある程度の安心を胸に抱きながらルルンはその場に座りながら只管ハクたちの帰りを待った。
で、今は持ってきていた自作の弁当に箸を向けながら、腹を満たしている。
「うーん、もうちょっと塩を足したほうがいいかな……」
ルルン右手に構えた卵焼きのようなものを一口かじり、それをじっと眺めながらそう呟いた。
ルルンはアイドルや舞踏姫なんて呼ばれていても、意外と家庭的な趣味を持っていたりする。元々若いときから料理は得意だったのだが、見た目が変わらず歳だけが進んでくエルフ族にとって時間というのはそれはもうたくさん余っていた。
ルルンはその時間を少しだけ料理や家事に当てたりしている。
ここエルヴィニアに篭るようになってからは、戦闘の機会も大幅に減り、やることがなくなってしまったために、毎日の仕事の際には欠かさず弁当と作るようにしているのだ。
まあそれは誰かに渡すわけでもないので、いつも自分の舌で研究を重ねている。
「明日は、ハク君たちにも作って意見でも聞こっかな……」
とルルンは明日も続く平和的な日常に想像を膨らませながら、大樹の根元から飛び降りると、そのまま背伸びをして軽く準備運動をし始めた。
「食後の運動は大切だからねー」
そういいながらルルンは一人体をほぐしていく。
しかしその瞬間。
ルルンでも予想できない事態がここエルヴィニアで起きることになる。
エルヴィニア全域に響き渡る、大きな鐘を叩いたような音。
それは決して心地いいものではなく明らかに人間の心に危険感を植えつけるような音だった。
「ッ!?こ、これは………。警報!」
ルルンはすぐさま大樹の枝を飛び跳ねながら、その頂上まで移動する。ここエルヴィニアにおいてこの白い大樹を越える高い建造物はない。それゆえこの大樹の上からならっこの里全てを見渡せるのだ。
そしてルルンはその場所から見た光景に驚愕する。
「あ、あれは!?て、帝国兵!?で、でも何でこんなところに………。それにあの人数で樹界を突破したっていうの!?」
そもそも樹界はこのエルヴィニアを秘境たらしめている原因の一つだ。侵入者を阻み罠で追い返す。それが日常。
手練のパーティーであっても無傷であの樹界を突破するのは相当厳しい。ハクたちの様な実力をもつ者なら話は別だが、見たところ極普通の兵士も大量に混ざっているようだ。
ルルンはそのまま大樹を飛び降り、里門まで全力疾走で走った。そこに向かうまでにいくつもの悲鳴や怒号が聞こえてくる。
どうやらすでに帝国の侵入を許しているようだ。
オナミス帝国。通称帝国。
その国はここエルヴィニアよりも遥か北に位置している国で、自国民は大切にするが他の国の人間には容赦がないことで有名である。
さらに魔法が使えないものや獣人族といった差別の対象になるものに対しては、世界のどの国よりも当たりが強く、それも帝国のイメージを印象付ける一つの要因になっている。
なにが目的かわからないが、どうやら帝国の次の標的はここエルヴィニアになってしまったようだ。
(なんでまたハク君たちがダンジョンに入っている時にこんなことが………)
正直いってハクと帝国軍が組んでいるのか?という発想が頭によぎるが、直ぐにそれを削除する。
もし仮にそうであれば、ハクの事だ。それはもう徹底的にエルヴィニアの中をかき回しているだろう。それにルルンはこの目でハクという青年の人と柄を見ている。そこから感じられるそれは極普通の仲間思いの青年だった。
それゆえそんなくだらない考えは捨て、里門に急ぐ。
しばらくしてようやく里門に到着した。
そこは既に見る影もないほど破壊と血液で埋め尽くされており、数十人のエルフたちが軽く五千人はいようかという帝国兵を足止めしていた。
「大丈夫!?」
ルルンはそう声を荒げながら必死に戦っているエルフたちに駆け寄る。
「る、ルルンさん!た、助かります!」
ルルンはそのまま魔術でその助太刀をしつつ状況を確認する。
「で、何があったの?」
「は、はい。それがいきなり大量の帝国兵が現れたかと思うと里内に侵入して目に付く同胞を捕らえていったんです。もはやこの里にいた半数のエルフが帝国に捕まっています……」
「な、なんですって!?」
帝国の意図が理解出来ないのと同時に、そのエルフたちの無事が気になった。捕まっているということは、命は奪われていないのだろうが、それでも戦いに関わることの少ないエルフたちからすれば精神的ストレスはとてつもないことになっているはずだ。
できるだけ早く救い出したいという心が先行するが、今のこの状況が崩れれば確実に被害が広がる。
うえにルルンは腰のレイピアを抜きながら、近くにいたエルフに話しかける。
「私はこのままここを引き受けるわ。それとハルカちゃんに緊急要請を出しておいて。彼女なら相当な戦力になるはずだから」
そうルルンは口にしたのだが、その言葉を聞いたエルフはじっと押し黙り、下を向いた。
「ま、まさか……」
「は、はい。お嬢様も捕まってしまいました」
よく考えれば当然な話である。
国や町を攻め落とすのに一番大きな権力を持つものの一族を狙うの定石中の定石である。その事実にルルンは唇をかみ締めながらもそれを受け止め前を向いた。
「………わかったわ。それならあなた達はダンジョンの前まで避難しておいて。そこがおそらく今の現状で一番安全だから」
「は、はい!」
その言葉を聞き届けるとそのエルフたちは一斉に攻撃をやめ、里の中に駆けて行く。
それを見送ったルルンはレイピアを構えながら魔術を同時に唱え、戦闘を開始した。
「それじゃあ、いくわよ。あなた達の人数が私の体力より勝るか、それを見せてね!」
瞬間ルルンはその帝国兵に神速のスピードで接近したのだった。
「はあ、はあ、はあ。こ、これはいくらなんでも多すぎじゃない?」
そこにはルルンが切り倒した何百人の帝国兵と、擦り傷だらけのルルンが肩で息をしながら立っていた。
たった一人で何百人という敵兵を倒しているのだから、まさに一騎当千の功績なのだろうが、今はそのような事実より目の前でいまだに湧くように出てくるその人間達の量に驚いていた。
それでもルルンはレイピアを構えながらもう一度戦闘態勢に入る。
しかしその気迫を打ち消すように、帝国兵の大群から人ごみを避けるように一人の少年が姿を現した。
「へえ、意外と根性あるやつがいるじゃねえか。それも飛びっきりの美人ときた。これはそそられるねえ」
その少年は漆黒のフルプレートの鎧に身を包み、肩には大剣を担いでいる。その表情はにじみ出る気配とは裏腹で幼さを残した顔つきであり、鎧を着ていなかったら絶対に戦闘経験なんてない普通の少年にしか見えないだろう。
「あ、あなたが親玉かしら?」
ルルンは恐る恐るその事実を確認する。
「さあな。俺は確かにここの担当だが、今このエルヴィニアには全員で十一人の勇者が来ている。俺はその中の一人ってことだ。それと……」
ルルンは聞きなれない勇者という言葉に気を引かれたのだが、その瞬間目の前に少年の大剣が迫っていた。
「俺は今あんたと戦いたくてうずうずしているんだ!」
「ッ!?」
ルルンはその攻撃をなんとかレイピアで受けようとするが、その瞬間、嫌な気配がルルンの背中を駆け巡った。
この攻撃は剣で受けるのはまずい!
そう咄嗟に判断したルルンはその場に転がるようになんとか攻撃を回避して、態勢を立て直した。
「やるじゃねえか。これはますます気に入った。あんた俺の嫁に来ないか?まさか異世界に来てこんな美人な奴と出会うと思ってなかったからよ。そうすればあんただけは助けてやるぜ?」
「なにを馬鹿なことを!そんな戯言聞く気にもならないわ!」
ルルンはそう叫ぶとその少年にレイピアを振り上げ全力で切りかかった。
しかし。
「そりゃ、残念だ。だけど俺も諦めが悪いからよ、少しだけ痛い目にあってもらうぜ」
瞬間ルルンの目にも捕らえられないスピードでルルンの体は吹き飛ばされた。
「カハッ!?」
地面を何度も跳ね、十メートルほど飛ばされた段階でようやく止まる。
つ、強い。
まだ消耗していない全力状態なら戦えただろうが、今の状態ではあまりにも分が悪すぎる。
ルルンは口から少量の血を吐き出すと、なんとか立ち上がり間合いをつめる。
するとその瞬間、ルルンの前に二人の人影が立ちふさがる。
「逃げてください、ルルンさん!ここであなたがやられれば全て終わってしまいます!」
「ルルンさんはダンジョンに避難している住民を頼みます!もう我々にはこの手段しかない」
「あなた達……」
「なんだお前ら?野郎には用はねえだよ!!!」
「ルルンさん!」
その声にルルンは今自分のやることを、確認すると顔を全力でしかめながら、その勇敢な同胞に背を向け里に戻っていった。
「ごめんね………」
その言葉は消えそうなほど小さかったが、ルルンを守るために駆けつけたエルフたちの耳にはしっかり届いていた。
「これより貴様らはこのエルヴィニアに入れないと思え!」
「我々が死んでも食い止める!」
そう二人のエルフは声高らかに叫び、残り少ない魔力を使いながらも必死に戦ったのだった。
「あ!ルルンさん!」
ダンジョンの前について見るとそこには多くのエルフたちが集まっていた。見たところそれは女性や子供達が多く、男性の姿が少ない。
おそらく男衆は死力をつくして女性と子供を守ったのだろう。
ルルンはその現実に唇を噛み切りそうなほどかみ締めると、全員の無事を確認していった。中には怪我をしているものもいたがどれも全て軽症だった。
(ハク君、できるだけ早くもどってきて………。今の私じゃ、どうしようも……)
そうルルンが心の中で呟こうとした瞬間、またしても強力な気配が出現する。
「もー、拓馬ってば優しすぎ!私達に言われてるのはエルフの確保なんだからもっと派手にやっていいでしょ!」
「僕は無闇に人を傷つけたくはない。それは結衣だって知っているだろう?」
そこに現れたのはいかにも強力そうな装備を身につけた二人の男女だった。
それはどこかにいるような恋人のような雰囲気を醸し出しているが、間違いなく危険な存在だ、とルルンの勘が告げる。
「それにほら、ここにはそのエルフたちがたくさんいるんだから、できるだけ手短に終わらそう」
拓馬と呼ばれていたその男の子がそう言いながらこちらに近寄ってくる。
ルルンはその前に立ちふさがり、言葉を投げる。
「あなたたちどうしてこの里を襲うの?」
「それは君達には関係のないことだ」
「だったら……」
その言葉を聞き終わる前にルルンは行動を起こす。この少年はたとえ自分が全力状態でも厳しい相手だろう。そうなればこの少年を倒す方法は不意打ちの一点だけに絞られる。
そう思ったルルンは出来るだけ全力でその少年に近づき剣を振り下ろす。
だが。
「っぐはあ!?」
その攻撃はまたしても届くことなく、ルルンの体は吹き飛ばされ大樹に直撃する。
「あなたみたいな無粋な女が触れていい人じゃないのよ、拓馬は」
その光景はエルヴィニアにおける最強の門番を打ち砕き、同時にそれを見ていたエルフたちの心を凍らせる。
「はあ………。結衣、やりすぎた。そこまでやることはないだろう。仮にも僕達は勇者なんだ。少しくらいは気を使おう」
「まったく真面目すぎるのもたまに傷よね。でもあの女は私が止めをさすわ」
そう言うと結衣と呼ばれた少女は倒れふすルルンに近寄り、その首元に腰にさしていた片手剣を突きつけた。
「それじゃあね、私達勇者だから、悪い人は殺さないといけないの」
その言葉はルルンの耳に轟きながらも、抵抗することは出来なかった。
叩きつけられたダメージは体の自由を奪い、満足動かすことができない。
ルルンはその剣を見つめつつ、ただ只管に心のなかで祈った。
(お願い、神様。もし私の願いを聞いてくださるのなら、この里の皆を守って!)
「それじゃあね、エルフさん」
そしてとうとうその剣がルルンに振り下ろされる。
ルルンは力いっぱい目を瞑りながら痛みに耐えようとした。
だがそれは一つの風が弾き返す。
「な!?」
結衣が驚きの言葉を上げながら後退した。
ルルンはなんとか重い瞼を持ち上げながら、その光景を確認する。
そこには力強く二本の長剣を構えた、白色のローブに金髪の青年が立っていた。
その青年は軽くルルンのほうに振り返るとこう言ったのだった。
「悪い、待たせたな」
それはここエルヴィニアにおける最強の存在が帰還した瞬間だった。
次回はハクvs勇者になります!
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