第八十二話 一時の終わり
今回は麗奈との戦いの後を描きます!
では第八十二話です!
「………」
「………」
結局、というか案の定。
俺と妃愛の間に訪れたのは静寂だった。
そしてその中心に転がっているのは一本の鍵。とても見覚えのあるその鍵は主人を失ってもなお輝きを放っていた。やはりどこまで腐っても最強の神宝。リアスリオンと対をなす最上級の神宝は伊達じゃないらしい。
とはいえ、主人であった麗奈が死んだことによりこいつの人格は表に出てくることができなくなった。つまり今のこいつはただの武器に過ぎないということだ。いくら神宝として意思があるとはいえ、動けない上に喋れないのであればこの鍵は俺に歯向かうことはできないというわけだ。
今思えば、こいつがどういう流れで麗奈を主人に選び、その間にどのような関係があったのかわかっていない。知りたくないといえば嘘になるし、かといって心の底から知りたいかと言われればそうでもなかった。
ただ俺は。
自分の中に渦巻くこのどうしようもない気持ちを何かにぶつけたかったのだろう。
ゆえに感情がまったく浮かばない顔をカラバリビアに向けながら俺はゆっくりと立ち上がった。そして地面に落ちていたエルテナを掴み取って足を動かしていく。
その動きに何かを感じ取ったのか鍵がひとりでに動いた気がした。しかしそれは気のせいだろう。あのカラバリビアの鍵が誰かに怯えるなんてことあるはずがない。
少なくとも心にダメージを負った俺では今のやつの心境をまったく理解できなかった。
「………お前が悪いとは言わない。お前にも目的があって麗奈にも目的があったんだろう。そのためにお互い協力関係を築き、ここまで戦ってきた。それは別に間違いじゃない。それを俺に否定する資格はない」
無音。
風の音すら消えてしまったように感じるこの空間に音というものは存在していなかった。俺の話す声すら何かの念話のように聞こえてしまう。
しかしその空気感にカラバリビアの鍵は明らかに動揺していた。表情も声も汗も何一つ見て取れないが、俺を見ながら慌てているような雰囲気が伝わってきている。
だが、それがなんだと言うのだ?
麗奈と貴教を殺してしまった俺に、今更何を踏み止まれと言うんだ?
………それに。
神器もとい神宝が存在してしまうからこの戦いは成立している。その武器を手にしたものだけがこの戦いに参加する権利を与えられ、白包に近づくチャンスを獲得できるのだ。
であれば。
もし仮にこの鍵を麗奈ではない他の誰かが受け取ってしまったなら、その人間もまた帝人となる。そしてその先に待つのは誰も喜ばない悲劇の未来だけだ。この世界において力を持ち、この戦いに参戦してしまいことは確実に誰かを不幸にする。
その事実を俺は麗奈たちとの戦いから理解していた。
だから、今度はためらわない。
俺の妻が使っている武器であっても、最強の神宝と呼ばれている武器であっても。
何が起きても俺はこの神宝を破壊する。
そう、決めたのだ。
「………この剣は絶対に折れることのない剣だ。つまりいくらお前が最強の神宝でも、無抵抗のままこの武器に切られたらどうなるか、わからないわけないよな?」
絶対に折れない。
ということはとてつもない硬度を誇っているということだ。つまり絶離剣のような切断性はないが何度も殴る、もしくは使用者の技が極まっているとそれなりの切断力を出すことができるのだ。
もし仮に絶離剣であったならその能力が発揮される前にパワー負けしていたかもしれない。しかしあのリアスリオンを封じ込めているこの剣ならば、たとえ力技であってもカラバリビアの鍵を破壊できると俺は考えたのだ。
ゆえに俺は鍵の前に立ち、そのまま右手を振り上げていく。そして感情のない目を鍵に落としながら最後にこう呟いていった。
「………もし、この結末を恨むんだったら、お前を作った張本人じゃなく俺を恨むんだな。この世界のあいつを恨むのはどう考えても筋違いだ」
その直後。
何かを砕くような音と共にカラバリビアの鍵は粉々に砕け散った。
耳の奥にこびりつくような、それでいて何かの悲鳴のようなその音は、武器としての形がけるまで鳴り響いていった。
だが、その悲鳴は………。
「ッ!?」
脳に電流が走ったような感覚が流れてくる。
それと同時に俺の頭の中には何かの景色が映し出され、妙な頭痛を走らせてきた。
「こ、これは、な、なんだ………?」
そこにあったのはただの闇だ。
そしてその闇にまるで敗北したかのようにカラバリビアをはじめ、様々な神宝が転がっている。中には完全に破壊されているものもあり、見るも無残な光景が広がっていた。
だが直感的に。
この景色はカラバリビア自身が見ていたものだと気づいてしまった。
そして今度は明確な言葉が俺の頭の中に流れ込んでくる。
『俺を殺した以上、お前がこの結末を塗り替えろ。じゃないと「回帰」の記憶を引き継ぐ存在が消える一方だ』
と、次の瞬間。
幻覚のような幻聴のようなその現象は跡形もなく消え去ってしまった。
頭痛も治り、目の前の世界が色を取り戻していく。
「な、なんだったんだ、今の………」
俺にできることといえばそう呟くことぐらいしかなかった。今の現象に物申したいことはたくさんある。だがそれよりも、今の俺は心に大きな傷を負い過ぎていた。
ゆえに鈍く、重くなった頭を必死に回しながら唯一この場所に生存している妃愛の元へ近づいていく。妃愛は涙を流しながらうな垂れるように蹲っていたが、俺が近づいてきたことを知覚すると何かに怯えるように後ずさってしまった。
「妃愛………」
「………」
「………とりあえず帰ろう。もう、戦いは終わったから」
すると妃愛は自分の体を腕で抱きかかえながら震えた声でこう返してきた。その声に滲んでいたのは明確な拒絶の意思で、俺たちの間に流れる空気がますます悪くなっていく。
「………しばらく、一人に、させて」
「っ………。ああ、わかった」
俺にできたのは素直に相槌を打つことだけだった。
今の妃愛が俺に何を思っているのか、それは理解できる。理解できるがゆえに俺は何もすることができない。してやれることが何一つないのだ。
だから俺は妃愛に声をかけることはやめ、すぐ近くに倒れていた寝たままの麗子を抱きかかえた。その体はとても重く、彼女の体重は軽いはずなのに底の知れない不気味な重さが俺の腕にのしかかってくる。
俺は麗子を抱えたまま、転移を使用して妃愛と一緒に帰宅した。
その際に俺は「あえて」この場をあるままにして立ち去った。事象の生成を使えば一瞬でもとの豪快な屋敷が戻ってくるが、そうはしなかったのだ。
その理由はのちに明かされることになる。
だが。
俺の思考は一瞬だけその理由に飛んだ後、すぐにこれからどうすればいいのか、それだけを考えていったのだった。
そうすることだけが今の俺にできる精一杯だと信じて。
「ふむふむ………。なかなか面白いデータが取れましたね。まあ意外というほど想定外なわけではないですが、それにしても予想の斜め上に物事が進んだ感じです。見ている分には楽しめているので別に問題はないのですが」
そう吐き出したのは白髪の髪をなびかせながら赤ワインを飲んでいたミストだった。大きな椅子に腰掛けながら構想マンションの一室でくつろいでいたミストは分厚い報告書を見ながら夜景に目を這わせている。
しかし、言ってみればそれが彼女の日常だった。
常に他人よりも高い位置から物事を見下ろし、己が楽しむためだけに生を謳歌する。それがミストという女性の生き方だった。
ゆえに、というかつまり、今彼女が思い浮かべていたその光景は彼女が十分に楽しめるものだったということだ。そしてその思惑はゆっくりと「あの青年」に向けられていく。
「最初からそれなりに楽しめると思っていましたが、これはまたとんでもないダークホースがいたものです。相変わらずその正体は謎ですが、存分に楽しめそうですね」
だが、ミストが微笑んでいたのはそこまでだった。次に彼女の視線が向けられたのは数日前に届いていたとある手紙。そこには熱烈なアピールとも思える強烈な文章と、その手紙を書いた本人のからの宣戦布告のような言葉が並べられていた。
それを見たミストは相変わらず大きなため息を吐き出しながらポツリポツリと本音を漏らしていく。
「はあ………。まったく今の時代、どこの国王が魔人を口説こうとするんですか………。そのくせ対戦での勝利は譲らないという我儘っぷり。プライドが高いだけでなく独占欲も強いだなんてただの暴君ですよ、まったく………。この戦いをかき回してくれるのは別にいいですが、ただただ面倒なことを引き起こしてきそうな気がしてなりませんね」
と、言ったものの。
ミストにはこれからその「国王」という人物がどう動いても対処できる自身があった。それゆえの自信。というか余裕。
魔人への変化を超えて皇獣へと進化した麗奈や魔眼すら持っていた魔人、麗子を見ても何一つ驚くことのない「純然たる魔人」はどこまでも超然としていたのだった。
そしてミストはその場を締めくくるようにこう告げていく。
「この戦いはまだまだ始まったばかり。気をぬく気はありませんが、まだ焦る時間ではありませんね。相変わらず『最後の帝人』だけが気がかりですが、それ以外はどうにでもなるでしょう。なにせ所詮、人間が相手なんですから」
その後。
空間に彼女の不気味な笑い声が響いていたのは言うまでもない。
この世界において一つの頂点に君臨する彼女はまだまだ余裕の笑みを浮かべていた。
だが次の戦いは。
そんな彼女すら巻き込んで大きくなっていく。
以外にもその事実にミストは気がついていなかったのだった。
「セカンドシンボルとサードシンボルが殺されたようだな。まあ、そこまでの驚きはないが………」
「驚きはなくとも、少々焦っていらっしゃるように見えますよ?」
「焦りはない。ただ残っている五皇柱が少なくなってしまったのは面倒なことだ。戦いが始まった以上、他の皇獣にその称号を与える暇もない。ようやく帝人が一人減っただけだというのに、こちらの駒が削られすぎているのは眉唾ものだ」
その会話は闇に包まれている空間で行われていた。ゆえに誰が言葉を発し、誰がそれに頷いているのかすら判別することはできない。しかしこの会話はまず間違いなくこの世界の真に迫っているものだということは確かだ。
「………あの神器の所有者はどうなっている?」
「さあ、それは私にもわかりませんね。『彼女』に関する情報は全てが謎に包まれています。いくら私でも全てを知っているわけではありません」
「そんな嘘がこの俺に通用するとでも?」
「まさか。とはいえ嘘は言っていないのですからお許しください。『彼女』は出生も過去も経歴も居場所も、その名前すら謎が多いんです。そもそもどうしてあの神器を引き当てることに成功したのかさえ私にはわかっていませんからね」
「………。だが、『最強』の名を冠する神器が一つ消えたのは大きい。その神器とあの鍵が手を組まれると少々厄介と言わざるを得なかったからな。まあ、今の俺にはどちらも些細な問題だが」
「ではよいではないですか、そこまで気にしなくても。何をどうあがいてもあなた様が勝利するのなら、その途中で何が起きようと関係ありません」
そう返した声の主はくるりと背中を向けてこの場から立ち去ろうとする。しかしそんな背中を呼び止めるように背後からこんな声が響いてきた。
「………お前はいつ俺を『裏切る』つもりだ?」
「………」
「気がついていないはずがないだろう?この俺は『回帰』の記憶を保持している。それが有る限り、お前の真意など筒抜けだ」
「………」
沈黙が降りる。
しかしその沈黙もすぐに破られていった。
だがそれと同時に、今まで以上に凍てつく空気が空間を支配し、殺気と殺気がぶつかる殺伐とした空気が出来上がっていく。
そしてその空気の温度が零度を下回った時。
全ての結末を予測する「彼女」の口が開かれた。
「………それはお互い様ですよ。私にもあなたの行動と真意は見えています。この勝負、あなたの思うようには絶対にいきません。必ずどこかで綻びが出る。それは忘れないでください」
「………」
その言葉を最後に会話は終了した。
この会話が一体何を意味し、誰が喋っているのか。
それが明らかになるのはまだまだ先だ。
だが一つだけ断言できるとすれば………。
あのハクにすら予測できない事態が起きようとしているのだった。
次回はハクと妃愛の視点でお送りします!
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